2008/09/26 - 2008/09/26
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satoshi.s2さん
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ジバング倶楽部主催の「明石~ちょっぴりグルメと自由散策~」に参加してJR明石駅前を散策して楽しんできました。
⇒JR明石駅⇒明石公園(櫓、武蔵の庭園)⇒市立文化博物館⇒時の道散策・明石神社⇒大聖寺⇒妙見社⇒本松寺⇒月照寺⇒柿本神社⇒トンボ子午線標柱⇒亀の水⇒魚の棚商店街(昼食・休憩・買物)⇒明石の寺町散策・宝林寺⇒龍谷寺⇒木立寺⇒長久禅寺⇒伊弉冊神社⇒実相院・正徳寺⇒明石浦漁協⇒岩屋神社⇒長林寺⇒JR明石駅⇒
明石公園
六甲山系の西端、赤松山台地にのこる明石城跡を中心につくられた都市公園です。
城跡は、明治十六年五月、当時の明石郡内の有志によって公園として開園されました。のち皇室御料地に編入されるなどの経過をたどり、大正七年四月、新たに県立公園として発足しました。
園内には多くの樹木や植物が繁茂し、変化にとんだ丘や池、堀は周辺の自然環境と調和して美しく、春は桜、初夏は新緑、秋は紅葉と市街地にありながら野趣ゆたかです。
平成元年七月には「日本の都市公園100選の地」に、平成二年三月には、全国「さくら名所100選の地」に選ばれています。
また、園内には各種運動施設がととのい、スポーツ、リクリエーションに利用されています。
平成十六年三月には「明石城武蔵の庭園」が完成しました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル
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中部幾次郎銅像
明治・大正・昭和… 三時代に活躍した現大洋漁業の創設者
遠洋漁業も明治初期には中断。やがて徐々に再開し、明治末期には最盛期を迎えることになります。この頃大活躍したのが、旧大洋漁業の創設者・中部幾次郎(1866−1946)でした。鮮魚の仲買商だった彼は早くから遠洋漁業に目をつけ、現地で待機している網船と、店にあった魚運搬船(明治39年に建造された生簀設備もある日本最初の石油発動機付き鮮魚運搬船策一新生丸)を利用することで、鹿の瀬以上の魚の宝庫・朝鮮半島近くでの遠洋漁業を合理的な効率の良いものにしたのです。 “人より高く買って、人より安く売れば商売は必ず繁盛する、これが金儲けの秘訣だ” と考えた彼の発想が画期的な遠洋漁業を成功させ、さらに昭和11年(1936)、国産捕鯨母船日新丸を造船し、南氷洋捕鯨に進出するなど、明石の水産業に大きく貢献しました。また、彼は大正11年(1922)市立明石中学校の建設にあたって、その経費の半額を寄付するなど街づくりにも貢献。今、彼の偉業をたたえる銅像が明石公園前に建てられています。
古い鮮魚商たちも彼に続いて遠洋漁業に取り組みました。船も大正時代初期には、エンジンが改造され、魚が生きたまま明石に運べるくらいにスピードアップされるなど、明石の漁業は大きく変わりました。 -
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坤櫓
天守閣が造られなかった明石城では最大の規模をもつ櫓である。天守台のすぐ南にあり、天守閣に変わる役割を果たしたとみられる。
桁行6間(10.90m)、梁間5間(9.09m)、高さ7間2尺9寸(13.60m)、の入り母屋づくりで、妻部を南北に向け、棟の方向が巽櫓とまったく異なっている。
昭和57年の大改修で、構造上、他から移されたものであることが明らかになり、伏見城からの移築説が裏付けられた。
●南面
第一層に千鳥破風を据え、第二層を唐破風とし、第三層を入り母屋でおさえている。
●東面
城内に向く面で、第一層は入口と南隅に窓がある。軒先は第一層、第三層は力強い直線だが第二層は唐破風の上に千鳥破風が重なる二重破風の豪華なつくりである。
●北・西面
北面は、城内に向かう面で窓は少なく、第一層、第三層にのみ窓がある。西面は播磨平野を展望する重要な面にあたり、巽櫓の南面をひとまわり大きくしたような造りで、天守閣に代わるにふさわしい威容がみられる。
●用材
木目のそろった松の木が多く使われ、移築前の豪華なつくりが偲ばれる -
巽櫓
本丸の南東端に築かれた三層の櫓である。桁行き5間(9.09m)、梁間4間(7.27m)、高さ7間1寸(12.19m)の隅櫓で、妻部を東西に置く入り母屋づくりである。
●南面
第一層の軒先に華麗な唐破風、第二層の軒先に柔らかな千鳥破風を据え、第三層の軒先を強い直線でおさめている。
●東面
第三層の妻に対して、第一層に千鳥破風を置き、第二層は直線としている。
●西面
東面のつくり方と変わらないが、第二層、第三層には窓がない。
●北面
城内向う面で第二層、第三層には西面と同じく窓がなく、第一層には入口がある。
●用材
松材が多く使われている。昭和57年の大改修で柱や垂木、梁等の木材はすべて統一された規格品による建築物で、当時の最新技術で新築され廃材などは使われていないことが明らかになった。 -
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日時計
日時計は人間の歴史の中で最も古くから発見され使われた時計とされていますが、ご存知の通り現在ではどちらかというと実用性よりも公園などでのアクセサリーとして使われている物が多いようです。
その理由としては日時計が正しく時刻を示すようにするには、幾つかの条件を満たさねばならず、その為にかなりややこしい工夫を要するからです。
それらとは、
1.標準時を定めた場所に対し日時計を使う場所の経度のずれの補正。
2.日時計を使う場所の緯度の違いに対する補正。
3.方位磁石を用いて日時計を設定する時の磁気偏角の補正。
4.地球の公転が楕円軌道であるために周回速度が変化し発生する時期による進み遅れの補正。
公園のアクセサリーとして楽しいが実用性は?の4つあります。
以上のうち1.から 3.の補正は固定的に出来ますから容易ですが、4.は季節により補正量が変化するのでかなりややこしいことになります。 -
日時計
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