2008/08/04 - 2008/08
28位(同エリア43件中)
砂布巾さん
最初に開城(ケソン)について。開城は918年から1392年まで朝鮮半島に栄えた高麗王朝の都。
北緯38度線のわずかに南にあるため、1948年の韓国建国時には、韓国の領土だった。しかし朝鮮戦争の休戦協定の結果、北朝鮮領となった。
開城市内では3カ所観光しました。
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観光公社HPからの引用です。
朝鮮時代の教育機関である書院の形式を知るためには欠かせない貴重な文化遺跡。 高い塀に囲まれた敷地には陽書院の中心となる祠堂や位牌堂が配置されており、建物が対照的に配置され当時の書院様式と配置形式を伝えています。 -
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チマチョゴリを着ているのが「北」の女性。
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HPより
善竹橋(ソンチュッキョ)は長さ6.57メートル、花崗岩でできた小さな石橋で、高麗時代の忠臣・鄭夢周が李芳遠に襲われた所。最初は「善之橋」と呼ばれていましたが、鄭夢周が流した血痕が消えず、竹が生えたという話が伝わることから「善竹橋」と呼ぶようになったそうです。その西側には名高い学者にして政治家でもあった鄭夢周を称えて建立されたという「表忠碑(ピョチュンビ)」があり、亀の形をした台石に立つ2つの碑を見ることができます。 -
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赤い部分が血の跡と言うが…
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北朝鮮では外来語を使わないので、ジュースのことは「甘い水」と言うとか。1ドルでテドォンガン(大同江 平壌を流れる川)を買ったが、本当に甘い水にピーチ風味をつけたような感じ。
汚い話で恐縮ですが、帰国後、1990年のモスクワ以来となる水状の激しい下痢にやられました。これが原因だったのではと思っています。外に心当たりがないので。 -
HPより
高麗博物館は高麗時代最高の教育機関である国子監の後身である成均館であった建物が使われた博物館。高麗時代の建物は壬辰乱の時消失し、現在の建物は17世紀始めに建築されたものです。高麗博物館は建物の内部を展示空間として活用しており、4つの展示館に高麗青磁、金属活字など約1,000点余りの遺物を展示しています。また屋外には玄化寺7層塔など北側の国宝級文化財も展示されています。
また博物館を出ると工芸品や食品、お酒などを取り扱う店や朝鮮切手博物館があり、ショッピングを楽しむことができます。 -
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拡声器を持つ北のガイド。後方は韓国から同行したヒュンデ(現代)アサンの会社の人。
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「樹齢5百年以上のイチョウ」。
(ここからは主に北朝鮮で購入したガイドブックから引用しての説明です) -
「9百余年のけやき」
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「8万大蔵経」
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「高麗陶器」
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「寂照寺の鉄仏像」
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「ちゃんと修理しないと」のガイドさんの言葉に思わずパチリ。
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金日成氏が訪問した時の写真があった。もちろん案内人に撮影して良いか確認してから。
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「朝鮮最初の統一国家高麗太祖王建の墓」
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名物高麗人参と当時の交易されていたイメージ図。
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反物との換算を表す。牛が一番価値が高い!
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「第31代王と后の双墓」(再現)
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農民の服装。
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両班(ヤンパン 貴族階級)の服装。
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後方にわずかに見える北朝鮮のアパート。許可されたポイント以外の写真は一切厳禁。車内から町並みや肖像画の撮影すら一切だめ。出国時にデジカメのチェックがあり、意に沿わない写真は消去させられる。消去の方法に自信がなかったので、ヒヤヒヤしていた。
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いざというときに備えて、家が写らないようにもう1枚。意識していなかったが、バスのナンバーが隠されているのにもご注目。前方に掲げられている赤い旗が北朝鮮領内でのナンバープレートの代わりで走行許可。
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お菓子は2〜3ドル。ハナ(1つ 統一を暗示)というタバコは1ドル。支払いは全てアメリカ・ドル。韓国ウォンや日本円は使えない。あれだけアメリカを毛嫌いしながら、ドルしか受け取らないとは…。
持参したのは20ドル。使わずに持って帰るかと思ったが、地図や案内書などで全て使った。 -
韓国入国審査の係官。「北朝鮮は楽しかったですか?」。そして「北朝鮮も南朝鮮も韓国の領土」とか言っていた。
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遠くに見えるのが臨津閣(イムジンガク)。
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統一展望台付近から北朝鮮をのぞむ。1997年を思い出しながら。
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夕方大元旅館からYahooのHPを見て知ったのですが、北朝鮮は、金剛山地域に住んでいた韓国人(主には観光に携わる現代の関係者)の退去を要求するとのことでした。7月に金剛山で起こった韓国人女性射殺事件以来、冷え切った南北関係の状況は当面続きそうです。実際、この開城ツアーも中止されてもおかしくない状況でした。
ツアーの感想を一言で言えば、同じ民族でありながら、ソウルと開城の風景が余りに対照的であったということです。多くの新しい自転車が走り、着飾った人が意外に多く、サッカーボールを持った少年、プールに浮き輪を持っていて入っている子どもたちなどの人々が車窓から見えました。しかし、実はプールに水が入ってなかったのが全てを物語っているように思えてなりません。
そして家並みがあまりにみすぼらしく、生活水準の違いは隠しようもありません。少々大げさに言えば、それこそ高麗の時代から時間が止まっているのではとすら思えたほどです。
これで3年越しで東海岸、西海岸の両方で軍事境界線を越えました。早く平和的にこの境界線がなくなることを願うばかりです。
個人的見解としては、かなり近い将来、北朝鮮の体制に重大な変化が起こるのは間違いないところです。行き着く先は「北」の混乱に伴う権力闘争或いは内乱状態でしょう。以前成田で拘束された正男にせよ、正哲(異母弟 ジョンチョル)にせよ金正日の子どもに権力が渡ることはないでしょう。
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