2008/01/03 - 2008/01/03
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のうりかさん
十数年前、幼稚園の会報に読書についての寄稿を求められ、迷った末に「愛読書はJ.D.サリンジャーの『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』です」と書いた。
サリンジャーの作品を読んだことのある人はたくさんいるだろう。
しかし、「ライ麦畑でつかまえて」か「ナイン・ストーリーズ」がせいぜいで、作品を理解するに至った人はあまりいないのではないかと思う。
自分はどうか?と言われると、全然ダメなんだな。これが。
特に受験勉強の類と同じように「ライ麦畑・・・」の作者はサリンジャー。としか言わない人と同じレベルなんだろうと思うと、とても悲しくなってくるよ。実際。
僕の旅行記のタイトルをヘンだと言う人は多いと思うんだけど。今回サリンジャーの名前を出したところで、「あ、やっぱりね」と思った人はそのとおりなんだ。
冬のパリ編「たとえば猫が下見して」なんて、「長靴は履いてみた猫」と同じくらいヘンテコだもの。
と、野崎孝訳のベタなホールデン書体はこれくらいにして。
サブタイトル「~グラース兄弟を探してNYC編」の「グラース兄弟」とはJ.D.サリンジャーが「ナイン・ストリーズ」に登場させたシーモアとバディ兄弟のラストネームから引用したもの。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ANA
-
1月3日(木)晴れ。強風。
8時に起きて、ラウンジへ行こうとしたらエレベータが満員状態。悪い予感。
階段で上ると入口に長い列。
ありゃりゃ、こんなのはじめてだわ。
しかし、コンチネンタルなので回転は良いらしく、数分で案内される。 -
席を確保して皿を持って戻ると先に置いといたジュースと新聞が片付けられ、どこぞの家族が座っている。
Oh My Gosh・・・。
気をとりなおして、空いている席を指し、スタッフに僕のテーブルがなくなった旨申し出ると「どうぞ座ってください」と言われる。
なんだか、ネコおやじと同じような1人旅の客が同じ目にあっているのがチラホラ。
気の利いた客は紙皿にいろいろのっけてラウンジを出てゆく。
ネコおやじは慌しい雰囲気のなかで朝食を摂り終えた。一応。 -
紙のカップにコーヒーを入れて、エレベータに乗りロビーまで降りる。
さらにエントランスの外へ。
タクシーが頻繁に客を乗せて出て行く。ここで普通ならタバコを吸うところだけど、僕は偉いよ。ポケットに入れてないもん。
それに、セーター1枚でこんな寒いところでタバコを吸ってはいられない。
じゃ、なんで外にきたの?って、今朝どれくらい寒いのか知りたかったから。
かなりの寒さだ。風が顔に突き刺さる感じ。
カップのコーヒーを一口つけて、また部屋へ戻る。 -
部屋へ戻ってコーヒーを飲んでパッキング。
バッグからは最小限のものしか出していないのですぐに準備できた。 -
このホテルはHオーナーズに新聞をサービスする。
「New York Times」http://www.nytimes.com/
じゃなくて「USA TODAY」http://www.usatoday.com/
これはケチなのではなく西半球で最大の発行部数を誇るという点が買われたのだろうね。
さすがに、主要な記事に日本は出てこない。
日本人が多く住んでいるなどといっても東海岸にとって日本は地球の裏側の国なのだろう。
ニューヨーク市民にとって、少なくともマンハッタン・エリアに住む人々は、「ニューヨークが東京と同格だ」などと日本人が言っていると首をかしげるのではないか。 -
アヴェニュー・オブ・ジ・アメリカを見下ろす。
ずいぶんといっぱいの高層ビルだ。
東京とは全然違う。いちばんの違いは昔から高層ビルだったということだろう。
大手町に「大手町ビルヂング」という腐ったオフィス・ビルがあったが、大正時代に建設された丸の内界隈、日本橋、銀座のビルは東京では高層にする必要がなかっただけで、確かにアメリカン・ルネッサンスの傑作なのだとは思う。
しかしながら、関東大震災から1世紀近くも大地震がない東京では、高度成長期までに無秩序に都市の建物が林立してしまった。首都高速がいま補修を必要としているのもまた然り。
故美濃部知事が都庁の移転を決めたとき西新宿のビルは数棟だった。
現在は30棟ちかくあるそうだが、レインボーブリッジからの汐留あたりには数棟が建っている印象しかない。
それをメディアが、それを真に受ける人々が「摩天楼のようだ」と言っているあなたと私。 -
この街に集まった人々が高層ビルを建て続けた理由は何だろう?
摩天楼(天に迫り近づく高楼)はSkyscraper(空を削るもの) の訳語。日本語のサウンドとだいぶ違うね。Skylineは稜線とかさ。
あるイギリス作家はマンハッタンについて「どんな犠牲を払っても利益を追求する資本主義精神の強欲さの象徴」と記述している。
鉄鋼業の発達が都市のインフラ整備を加速したことについて疑いの余地はない。摩天楼は1920年代には建設ラッシュを迎え、大恐慌とともに終わった。
合衆国経済の象徴と言うが、実はマンハッタンが合衆国のなかで異質なのではないか?
狭い土地を有効に活用するには建物は天に向かうしかない。東京も同じだ。
しかし、合衆国の国土は広大だ。東京や香港とは違う。
マンハッタンは合衆国の象徴なのではなく、ニューヨークの象徴だったのではないか?
マンハッタンを挟むハドソン川とイースト・リバーにかかる橋を見るとそれがわかる。
イースト・リバーに架かる橋はブルックリンとクィーンズに5つあるのに、ニュージャージー州とを隔てるハドソン川には1つの橋しかない。
これは、マンハッタンの経済流出を警戒したためではないか?
けっして退役した海軍の軍艦をハドソン川に係留するためではないだろう。 -
チェックアウトは12時までなのでこうしていくらでも、摩天楼を見ながらとりとめもない思いをめぐらせることはできるのだが、I have no time.
そして今夜はレキシントン通りのホテルに移動しなければならない。
チェックアウトは直接カウンターでした。Hオーナーズだから。
で、不思議な質問をスタッフおやじからされる。「部屋を変えましたか?」
あん?「いいえ。」
妙である。
スタッフおやじが言うには、昨日チェックインした部屋の記録と渡された部屋番号は違っていたらしい。
問題ありません。と精算して「サヨナラ!」
1980部屋http://www.hilton.co.jp/property/1011_OurRooms.jsp?hid=11225708もあるだなんて、あとから知った。
当然間違いもあるわな。 -
荷物をベルに預け(お金とるらしい)、いつものように手には何も持たず北へ向かって歩き出す。
どこへ?
それは「セントラル・パークです!」
北風が予想以上に冷たくて57丁目の地下鉄駅構内にビバーク。
ちょうどメトロ・カードhttp://www.mta.info/metrocard/を買おうと思っていたからね。
しかし、欧州系外国人数名が、券売機の前であーでもない、こーでもないと、どの種類のカードを買うか協議中。 -
ネコおやじは隣の2台並んだクレジットカード専用の券売機で1日券を購入。レシートも出した。
7USD。バスにも乗れます。(その気になれば観光スポットも割引ありhttp://www.mta.info/metrocard/tourism/index.html)
と、そこへまた別の東欧系外国人おやじがオイラに「すみませんが、メトロカードをゲットする方法を教えてくれませんか?」と話かけられた。
券売機で現金を詐取される被害にあうツーリストは多いらしいが、このカードは「Not available at station booths.」とあるので、このオヤジは困っているのだろうと思い,ネコおやじは「Sure!」などというとんでもない言葉をつかって笑顔をつくった後、
「まず、ここのSTARTを押すでしょ?何日?何人?カードはVISA?」とかいがいしく液晶のパネルを押してあげたざんす。
暗証番号はさすがにオヤジに押してもらったけど、役に立ったエイジアン・オヤジだと感謝されただけで十分です。
思い出せば、20年前初めて行ったパリのアンバリッド駅で同じようなことをしたネコおやじ。
このテの機械とは相性がいいらしい。 -
マフラーをコートの外から巻きなおして、リ・スタート。
プラザ・ホテルの前に出て、5番街からセントラル・パーク・サウスに入る。
冒頭、表紙でJ.D.サリンジャーの話をしたが、ネコおやじにとってフィッツジェラルドよりもこだわっていたのはサリンジャー。
そして偶然ではなくこの2人の作品を邦訳した日本人のような小説家にも少しだけ思い入れはある。
僕がなぜ、十数年前に迷いながらも「愛読書はサリンジャーの『大工よ、屋根の梁を高くあげよ』です。」と言ったかは、とても複雑だ。 -
はじめて「ライ麦畑でつかまえて」(野崎孝訳)を読んだあと、とてもやりきれない思いになった。
当時僕はまだ高校生で、むりやり仲間たちを演劇部へ引き込み、くだらない脚本を書いて演出し、あやつらの人生を多少なりとも変えてしまっていた。
今でも友の一人は「自分が光る時間だった」と語ってくれるが、いまだにあの頃を振りかえることには大きな抵抗がある。
それは、あまりにもエキセントリックな日常だったから。
精一杯生きていたとは思うが、しばしば常軌を逸し、毎日説明のつくような行動をしてはいなかった。
皆に期待され答えを求められるとき僕の能力は最大になる。しかし、その後の落ち込みは激しく、また別の友は「別人のようだ」と不思議がった。
当の本人は「ぼくって、なにやってんだろ・・・。」とつぶやく。
「ライ麦・・・」を読み終えて僕もどこかへ飛び出したくなったのは事実だ。
社会はもしかするととんでもなく良くないところで、自分を許容する要素は、或いはお互いの接点はどこにも見つけられないのではないか?と莫たる不安が常にあった。
作中、ライ麦の主人公は最後にはどうしようもなく疲れてしまって病院(たぶん精神科だ)で、
「あんな最低な奴らでさえいまここにいないってことがつまらなく思える。」
と言って終わる。
読み終えた後、僕は思った。
将来いまの自分を顧みることができるようになったとしても、たぶん読み返すことはない。
この本はあまりにもつらすぎる。 -
しかし、この本の名は、ある日二つのニュースによってリマインダーが作動するように再び僕の前にあらわれた。
1980年12月、マーク・チャップマンなる人物がジョン・レノンを銃で殺害したというニュース。
容疑者が犯行後現場で読んでいた本は「The Catcher in the Rye.」だったというもの。
そして、1981年3月にはレーガン大統領狙撃事件でも「The Catcher in the Rye.」が登場する。
容疑者ジョン・ヒンクリーは映画「タクシー・ドライバー」に傾倒し、ジョディ・フォスターをストカーしていたが、所持品からはボロボロになるまで読み込まれた「The Catcher in the Rye.」がみつかったというもの。
ある記事には「偶然の一致かもしれないが、チャップマンとヒンクリーは同じ年(1955年)に生まれている。」とある。
この2つのニュースを見て、つくづく思ったのは、自分はあの本の「こちら側」に踏みとどまっていたのだと。それはとても幸運なことだったのだと分かった。願わくば、この本によってこれ以上の悲劇がおこることのないようただ祈った。
そんな経過が二十数年間「ライ麦畑でつかまえて」を語らない理由となった。
大学時代に「僕の好きな本は『ライ麦畑でつかまえて』です。」なんてことを恥ずかしげもなく言う奴に、正確な記憶によれば3人出会っているが、絶対に友達にはなれない輩だった。そして徹底して無視もした。
なぜなら彼らに共通していたのは「申し分のない弱さ」だったから。
それを若者の間では「ナイーブ」と呼んでいた時代の話だ。 -
それにしても完璧な冬の青空じゃないか!
(ゲッ、どうも思考がUS市民に近づいている気がしてきた)
こんな青空はニューヨークの冬に似つかわしくない。
ネコおやじが一人旅をするとほどんどの街は晴れていることが多い。
ありがたいこっちゃ。
風は鼻がもぎれそうなくらい冷たいんだけど!
「Welcome to THE POND」セントラルパーク・サウスの池。
「ライ麦畑でつかまえて」でホールデンが「冬になって池が凍ってしまったら、家鴨たちはどこへ行くのだろう?」と心配したところ。
作品中で実際に彼は夜中の池に近づいて確認しようとするが家鴨を見つけることはできなかった。
今朝も半分は凍っている状態。 -
ピンクのコートを着た小さな子どもが、家族に連れられて池の前に立たされ写真を撮られている。
-
ホールデンの最愛の妹はフィービーだっけ。
作品中、佳境に入ると登場してくる。
たしか最後は公園のメリーゴーラウンドに乗るんだよな。 -
池の橋を渡ろうとしたら、「いた!・・・家鴨が!」
家鴨(カモに見えるという方、間違いでもありません。アヒルも同じ仲間なのでいろんな種類がいるそうです)は集まってウールマン・リンク寄りの干潟で暖をとっていた。
ホールデンが50年前に家鴨を探したのはプラザ・ホテルの前あたりだったに違いない。その頃、今の干潟があったかどうかは別としてもさ。
一人旅の楽しさはここらへんでテンション上げられるかどうかなのかな、と自分でも思う。 -
インディアンの砦の手前を曲がると、ウールマン・リンクではリンクを調整中でスケート靴を履いた人々がレストハウスの下屋で待機している。
僕もスケートしてみたいざんすう!
ところで今日は何曜日?木曜日だよ。
休みじゃないのにこれだけスケートしたい人たちがいるだなんて、信じられない。
僕が昔、日比谷でスケートしたのはウィーク・デイだったけど、10人は滑ってなかったな。ウィンター・スポーツ人口の違いだね。
例えばオーストリア(いまオーストリーと呼ぶの?)のチロル地方では「歩くようにスキーをする」のだらしい。 -
さらに北へ向かうと、メリー・ゴー・ラウンドが見えてきた。
パリのカルーゼルを見慣れた人には、「何なのこの建物は?」という感じだと思うけど、これがセントラル・パークに昔からあるメリー・ゴー・ラウンド。
今日はクローズしている。
「ライ麦畑でつかまえて」の野崎訳では確か「回転木馬」と訳してあったと思う。
妹のフィービーを怒らせて、どこにも行ったりなんかしないと約束して彼女を回転木馬に乗せるんだけど、フィービーは「わたしは大きくなりすぎたわ」って言うんだよね。小学生なのに。
でもホールデンのために乗るんだな。たぶん。
そして、ホールデンはライ麦畑の「捕まえ人」ではなくて、こうしてずっと彼女のことを見ていたい(見守っていたい)だけなんだということがわかってくる。
冷たい12月の雨が降ってきても幸せな気分で。 -
左のEXITのそばの壁にプレートがあった。
MICHAEL FRIEDSAM MEMORIAL
THIS MERRY-GO-ROUND
REPLACING A FAMOUS LANDMARK IS A GIFT TO THE CHILDREN OF THE CITY
BY THE MICHAEL FRIEDSAM FOUNDATION
1951
なんて、アンティークな遊戯場だろう。
クローズしていたのがとても残念だった。
一回、1USDで日没まで回るらしい。 -
マンハッタンのみならず、NYCに実際に訪れてみて感じたのは「アンティークな佇まい」または「ヴィンテージな街」。
ここから見えるアパートもゆうに百年は経過している建物なのではないか。それが現存されている点では、パリやヨーロッパの都市と同じだ。
前回の旅行記「神戸編」で旧居留地を紹介したが、神戸も京都も古い町並みが保存されていることは素晴らしいと思う。確かに。
ニューヨークが他の都市と明らかに違う特異性は、「アンティークが現在と共存しながら、しかも世界の最先端にある。」ということではないだろうか?(文化的に最先端かどうかは疑問もあるが)
こんなことを言うのは甚だおこがましいが、ネコおやじはなんとなく、かすかにではあるけども、この街の本質を感触として得たような気がした。 -
小高い丘のむこうに野原が広がっている。
「シープ・メドウ」
冬の間は、芝生を養生中。
外国の芝は冬でも青い。
日本の在来芝は冬に枯れる。正確には茶色、または黄色に変化する。
マグノリアが咲く5月、春まだ浅い札幌の旧道庁舎前の芝生も青い。つまり外国種。それに気がついたのは前回「神戸編」で紹介したT氏だった。さすがは大金持ち。(金持ちじゃなくても、ゴルフやるオヤジはみんな知ってるな) -
春には青々とした風景となっていることでしょう。
4月から10月までは羊の牧草地やってます。 -
東に足を向けると「THE MALL」
ショッピング・ビルの名前ではない。
が、世界にMALLと名のつく場所は多いのだろうか?
明日移動するDCは国会議事堂からワシントン記念塔までの広大なスペースを「モール」と呼んでいる。
しかし、この名称はどう考えても、ロンドンはアドミラルティからセント・ジェームズ公園をバッキンガム宮殿前ビクトリア大オババ像まで伸びる大通り「THE MALL」からきているのではないか?
ロンドンでの発音は「マル」だが。 -
ベセスダの噴水までにたどりついた。
南からアプローチしてまだこの公園の半分にも達していない。
黄色の人力車が観光客を乗せてスタート。
ペディ・キャブと呼ばれているらしい。地球にやさしい乗り物だね。 -
この噴水と天使像は映画でよく出てくるね。
1873年、エマ・ステビンス作。
冬は噴水も流れてなければ池に水もなし。
ここはニューヨーク市民が愛する噴水だそうである。理由はこの天使像の手から流れる出る水がヒーリング・パワーを持っていると信じられているから。
ふむふむ。
じゃ、何かい?
この噴水はマンハッタンにマイナス・イオンを発生させているのか?
ニューヨーク州にマイナス・イオンを送り続けているのはカナダ国境にまたがるナイアガラ瀑布だと思っていたが・・・。 -
このあたりから見える東の高級アパートメントたちがホールデンの実家のモデルらしい。
71丁目と紹介されていた。
71丁目・・・。
「ボーン・アルティメイタム」の最後の舞台となるCIAの研究所も71丁目415番地だったはず。
そして、ボーンの本当の名前はデイビッド・ウェッブ。
なぜ憶えているかは後でね。 -
池の奥に静かなたたずまいの「ボートハウス・カフェ」
http://www.thecentralparkboathouse.com/sections/food/menu-quick.htm
噴水からこのまま道は続いていないらしい。 -
一度階段を戻って公園内を走る道路沿いになだらかなスロープを下っていくと「THE BOATHOUSE CENTRAL PARK」の看板があった。
入口は北向き。
ドアを開けると正面のロビーで何人か開店を待っている。レストランは12時から。 -
ネコおやじくんは12時まで待ってられないので、手前左のエクスプレス・カフェへ。(ここは8時から開いてます)
愛想のよい黒人のおねえさんに「Hi!」。
ここでまた絶対に日本ではオーダーしないものを食す。
Classic chicken noodleとHot Chocolate。
だって、寒かったんだよお! -
暖炉のすぐ隣の席で胃に染み込む、滋味あふれるスープ
(この際、紙カップでも許す。クラッカーはスープに入れて食べろと言うのか?)。
・・・固まった身体がほぐれていく感覚に包まれた。 -
12時になって隣のレストランでは待っていた客たちがテーブルに案内されているのを横目に、再びパークへ歩き出す。
初夏だったらレイクサイドの夕暮れが最高だろうな。
アーウィン・ショウの小説を思い出す。
「・・・そして、陽気がよくなると、夏服を着た女たち」(常盤新平訳)
SUMMER TIMEはどうしたってガーシュインでしょう。
え?知らない?
じゃ、Gershwin の 「Rhapsody in Blue」は知ってるでしょう?
でもまだその曲は流れません。 -
歩道に四角の乾草が一個。なんのために置かれているのか?不思議。
ニューヨークの寒さに耐えられない自分はこの街に拒絶されているのかもしれない。なんてね。
あー、スティングの「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」かい?http://jp.youtube.com/watch?v=doYNBHE8Yes
歩きながら頭の中ではソプラノ・サックスの音色とともに勝手に歌が流れ出した。
I don't take coffee I take tea my dear
I like my toast done on one side
And you can hear it in my accent when I talk
I'm an englishman in new york
映画はダイニエル・デイ・ルイスが好演していた。ちろんスティングもイギリス人なのだが、合衆国では違和感を感じることは多々あるのだろうな。
この国で英国人がアメリカ人から「話し方がヘン!」なんて言われるのは、日本人が言われるより不本意、いや、耐え難いことなのではないだろうか?
ネコおやじにとっては、ブルックリン訛りのほうがよっぽどヘンな発音だと思うが。
この曲のエンディングに“Be yourself, no matter what they say...”という言葉が流れる。
自分の国を離れ、エトランジェとなるとき心に滲みる歌だ。フィル・コリンズはげおやじ(こいつも英国人だ!)の「テイク・ミー・ホーム」もまたAlso。
もっとも、映画でのSTINGは「レオン」の「Shape of My Heart」のほうがヒットしたのだろうけど、最近では「Jamaican in New York」なるパロディ曲がそっくりそのままのメロディで出ているらしい。
そういえば、確かにレゲエのメロディ・ラインだったよ。あの歌は。 -
そこへリスが登場。
カメラを出している間に歩道を横切り、先の森に消えていった。
ネコはいない。
冬にネコを発見できるはずはないんだ。寒いのが苦手だからな。 -
五番街に出る。
ここは別名「ミュージアム・マイル」と呼ばれているのだが、なんといっても外せないのが「メトロポリタン美術館」
大貫妙子の歌(Shall We Dance?が有名か?でも、リチャード・ギアの映画http://www.miramax.com/shallwedance/を思い出す人も多いね)にある
「メトロポリタン・ミュージアム」http://www.youtube.com/watch?v=XQMMqiU2WDA&feature=relatedは子らも知るところだが、僕にとっては「MET」。
ここのオンライン・ショップhttp://www.metmuseum.org/store/index.asp?HomePageLink=store_rではいろいろ世話になった。
宗雪のポピーや光琳のアイリスのフレームは拙宅のリビングに重要なアクセントを与え、ベッドルームのグラスホッパーと月の襖絵については、もはやこれ以外に拙宅の部屋を飾る代わりはない。 -
「代わりはいない・・・」で思い出した。
サリンジャーの「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」のストーリーはシーモアの弟であるバディによって語られる。
妹フラニーがおたふく風邪の感染を避けるためにシーモアとバディの部屋へ避難してきた。夜中に泣き出した赤ん坊の妹にシーモアは哺乳瓶のミルクではなく、中国の秦の時代の道教の説話を読んで聞かせるのだった。
あえて、その説話は紹介しないが、バディはそのセンテンスの最後にこう言っている。
「・・・わたしには、彼(シーモア)の代わりに馬を探しに遣わしたく思う者は一人として思い浮かべることすらできなくなったということなのである。」(野崎孝訳)
「代わりはいない」・・・。
大学時代からの唯一無二の親友「Y」もまた然り。
フィービーの友達が言うところのThe one where the Indians.じゃないほう、pictureのあるミュージアム。または遺体安置所のような床が大理石の構築物。 -
実際に「ライ麦・・・」のエンディングの行動を逆ルートしているとは思うのだが、美術館のファサード前の路肩には黄色のスクールバスが何台か停まっていた。小学生たちが見学にきているのだらしい。
チケットブースで「一人です。」と言うと、係りのお兄さんから「ニューヨークに住んでいますか?」と聞かれた。
「いいえ。」
市民だと割引の日があるのか?
入館料は基本的に20USD。チケットの代わりにブリキ製の青いバッジをもらい、セキュリティ・チェックを受けて館内へ。
AdmissionがSuggestedとあったのは特別展の援助として。そのため特別展はアディショナル・チャージを徴収していない。 -
一階の南から始まるオセアニアのコレクション。
何気なく入ったホールは明るくて開放感があり、陳列がダイナミック。
こんなオセアニアは初めてだ。
アフリカのコレクションも斬新なディスプレイで感心させられる。 -
パウエル・クレーが好き。
東京で特別展があれば必ず美術館へ足を運んだ。
「たとえば猫が下見して」のなかで一番好きな映画は「FORGET PARIS」だと紹介したが、ミッキーことビリー・クリスタルがパリからプロバスケ審判のロードに戻り、朝食のダイナーで審判仲間から「今日は何をする?」と聞かれて、「そうだな、美術館へ行って絵を鑑賞するよ」と答え、みんなに気味悪がられるシーンがあった。
たぶん、ネコおやじも同じ類。
どっちの?もちろんミッキーの。 -
ロダンのヘラクレスは昨年、オルセーで、これでもか!というほど写真に収めた。
-
「カレーの市民」あたりでなんだかいろいろ思うところが大きくなってくる・・・。
-
武器、鎧の展示で西洋と日本の甲冑に会う。
大阪城を思い出したのは、幼い頃初めて鎧兜と対面した場所だったから。
ここに鎮座ましましている日本の武具と対峙していると、改めてその芸術性の高さに感心させられる。 -
僕の通った小学校は城址の三の丸にあった。
水戸の流れをくむ小藩だったが葵の紋も燦然と、旧家には今でも国宝級のお宝が眠っているそうだ。
事実、家老職の某家ではボストン美術館へ寄贈した美術品が数点ある。 -
2階への階段をチャイニーズ・アートへ。
-
昨年、香港のキャットストリートで聞いた言葉をまた耳にする。
「COOL!」。
合衆国市民の中国美術に対する思いは、このステレオタイプの表現に込められていると言ってよい。
実際に、フランス人も英国人も中国の美術品は部屋のインテリアぐらいにしか思っていない人が多い。
そうでなければ、仏陀像の頭部だけを飾れるはずはない。
なぜかは知らねど、台北の故宮博物院を思い出す。
乾隆帝の「三希堂」という名の書斎。
とりわけ王義之の「快雪時晴帖」http://www.npm.gov.tw/ja/collection/selections_02.htm?docno=644&catno=17&pageno=1
日本語のガイドツアーのご一行様とランデヴーすること数分。
なかなか興味深い解説をしてくれるオヤジである。
しかし、I have no time.先へ急ぐ自分が悲しい。 -
そしてジャパニーズ・アート。
光琳のアイリス(八橋図)は拙宅のリビングに来ていただければご覧にいれますので。本日は襖絵を。
狩野山雪(Kano Sansetsu) The Old Plum(老梅図屏風) http://www.metmuseum.org/special/Great_Waves/plum_tree.L.htm
どうも、このPCの画像処理を間違ったかのような、屈曲した梅の老木は・・・。見る人々に、この作家はパラノイアだったのかと思わせるには十分ですな。 -
太平洋戦争後、合衆国軍が持ち帰った日本の美術品は膨大な量だったに違いない。
光琳の屏風「八橋図」がどのような経緯でこの美術館に売却されていったかを考えるとき、それでもなお美術品にとっては幸いなことだったのだとつらつら思う。
戦後持ち込まれた美術品。たとえば屏風などは、その価値も判らない購入者によってフレームに入れるために切り取られ、原形を著しく損傷していたものもあったらしい。
しかし、日々ここで修復作業を続ける美術員によってこれからも生きながらえることができる。
もし、あの戦後の日本にそのままだったらどうだったか?
歴史に「if?」はあるはずもないが、こうして海外の美術館に所蔵される日本を素晴らしいと言える時代になったのだから、日本国民としてメトロポリタン美術館に感謝せねばならないのだろう。
珠玉の中国美術を集めた故宮博物院はどうか?
中華思想がなせる業だとは言わないが、蒋介石が世界の財産だと信じて中国4千年だか6千年だかの主要なお宝をごっそり紫禁城から持ち逃げ、内陸の険しい山岳を超え、台湾海峡を渡り、台北へ運び込んだことには、ただただ脱帽するしかない。
そして、故宮に眠る美術品を守るためにどれだけの人々が犠牲を払い、権力者が或いは普通の民が関わったのか。思いを巡らせると尽きない。
「価値あるものは地下に眠る」それはルーヴルも大英博物館も、故宮博物院も同じ。メトロポリタン美術館に収蔵されているコレクションは実に200万点以上。そのうち4分の1が展示されているだけだ。 -
やっとエジプトへ。
古代エジプトに関する展示は、ロンドンの大英博物館と肩を並べると言われるほどのコレクション。だそうだ。
何が?さて・・・。
Sackler Wing(サッカラーウィング)の「The Temple of Dendur」(デンドゥール神殿)。
http://www.metmuseum.org/toah/ho/04/afe/hob_68.154.htm -
この神殿は・・・、(以下、それっぽくディスクリプションを訳)
「このモニュメントは、1960年に開始されたアスワンハイダム(Aswan High Dam)の建設により、完全に水中に沈むことになっていた。
古代ヌビアの様々なモニュメントを保持するための国際キャンペーンに対するアメリカの功績を讃え、このデンドゥール神殿はアメリカに 譲渡された。
デンドゥール神殿はローマ皇帝アウグストュスによって建てられ、豊饒と受胎の女 神イシスと神聖視されたヌビア族の頭の2人の息子が崇められてきた。・・・。」 -
ふむふむ。
紀元前15年ごろに、アウグストゥスがヌビアの地に建設した神殿だということはわかった。
それにしてもだな、この神殿を復元するために巨大なガラス張りの吹き抜けホールを作り、そっくりそのままドン!デン!ジャーン!と展示してしまったあたりが、この美術館の底力だな。
おまけに、周りには水がめぐらされ、ナイル川の河畔に佇む姿、あたかもそのままにという。
なんと申し上げてよいものやら。素晴らしい。と言うべきか、意見差し控え監査報告書を作成すべきか、正直微妙なところ。 -
古代エジプトのコレクションはロンドンの大英博物館と肩を並べると自負するのは確かにそうだろう
。数や大きさでむしろ凌いでいる錯覚をするくらいに。
しかし、中国コレクションを見て故宮に思いを馳せたように、ここのあるエジプトもヨーロッパ絵画も、オリエント・ギリシャ彫刻やアフリカの彫像までもが、ルーヴルと大英博物館に並ぶ展示物を想起させるに十分なのだった。
それは見れば見るほどに、故国を遠く離れた旅人がその風景を懐かしむように。
そろそろ疲れてきた。
あまりにもボリュームがありすぎて。
どこぞの富豪が寄贈した、テファファニースタイルのステンドグラスやら、エジプト猫像やらを流す。
ミュージアムは自分がここで終わりと決めないかぎりいつまでもいることになる不思議な空間。 -
大英博物館にもルーヴルにもあるお土産を買う。
とても上品な言葉づかいと丁寧な応対のオババさま店員に対応してもらい、ピアス猫と青いヒポポタマスのミニチュアを購入。
USDで表示されるとユーロよりずいぶん安く感じる。と言っても支払いはVISAですが。
METはあまりに広すぎて、またそのコレクションに圧倒され少々お疲れモード。
自然史博物館も欲張ってみようという予定はキャンセルした。 -
METの前からバスに乗る。
躊躇うことなく初めて訪れた街でバスに乗るのは、この街が相当に整備された交通網を持っているからだろう。
台北や香港でバスに乗るには少々勇気が必要だ。あとソウルも。
バスは前のドアからメトロカードを差し込んで乗り込む。五番街を南へ。
すぐにティファニーが見えてきたのでボタンのようなもの?を押して下車する。
買い物はしないけど、五番街の代名詞に敬意を表すため。 -
「ティファニーで朝食を」http://www.paramount.jp/dvd/catalog/dvd00040.htmlはあまりにも有名な作品だが、ティファニーはダイナーかレストランかと思った人は多いと思う。
実際に映画を見た人は、冒頭に黒のパーティードレスを着たヘップバーンが誰もいない早朝の五番街にTAXIから降り立ち、ショウウィンドウの前で特徴のあるエラとサングラスを映しながら、バッグからクロワッサンとコーヒーを出すところで、なるほどね。とタイトルを理解するのだろう。
この作品のファンは多い。
たぶん「ローマの休日」と同じくらいに。
僕は作品の内容についてはいまひとつだと思っている。たぶんそれは原作がカポーティーだからだろう。
監督のブレーク・エドワーズは好きだ。ジョージ・ペパードは戦争映画のイメージしかないけど、キャスティングに問題はない。
しかし、オードリーの「ムーン・リヴァー」http://jp.youtube.com/watch?v=_aU02NIFdQMは最高だ。日本の八代亜紀の「舟唄」http://www.youtube.com/watch?v=9gui-Sg1_xQくらいに。
それもそのはず、音楽はヘンリー・マンシーニだった。
ほんとに一回聞いてみてよ絶対に良いから。彼女のダミ声が。(もちろん、オードーリーの!) -
ホーム・デコラティヴの店をのぞく、「マッケンジー・チャイルド」という名のショウ・ウィンドウ。
ここでとうとう降参しました。
マンハッタンの北風と底冷えに。 -
ヒルトンへ戻る通りにあった、ラーメン屋「めんくいてエー」。
迷わずドアを開ければ「いらっしゃいませ!」の日本語に迎えられる。 -
こんなときにバドワイザーのんでるオヤジってどうよ?寒いから入ったのだが・・・。
でも日本人だとグラスと一緒に運ばれてきます。で、せっかくだからグラスに注いで泡を見ながら飲む日本人ネコおやじ。
僕の隣で食べていたおばちゃんは、僕に向かって「美味しいくて、たくさんたべちゃいました」と言って去って行きました。
寒いからね。おいしく感じたんだよきっと。
博多では寒くなくてもラーメン食べるけどさ。
うまかったよ!ラーメン。
パリのひぐまといい勝負だな。 -
ラーメン屋を出てアメリカ通り(6番街55丁目)に曲がると、巨大なオブジェが通せんぼ。
「LOVE」のオブジェ。
ここでお会いするとは思いませんでした。作者は知ってますか?僕はようやく調べました。
ローバート・インディアナ(本名R・クラーク)http://americanart.si.edu/education/cappy/14aindianabio.html
日本人には新宿アイランドタワー(「電車男」でデートの待ち合せ場所に使われたから?)でおなじみのオブジェなので珍しくもないのだろうけれど、作者はこのイメージに著作権をとらなかった。
彼は自分の作品へのサインもあえて入れないという。
かくして世界中に「LOVE」のイメージは繰り返し作られ続けてゆく。1973年にはUSPS(合衆国郵便公社)が切手のデザインに採用した。
ホットニー美術館に行けばミニチュアのレプリカも購入できるらしい。 -
ヒルトンで3.7USDも(ホテルにバッグを預けてお金をとられたのは初めてだな!)払ってバッグを受け取り、ラジオ・シティとロックフェラーの通りまで歩く。
今夜の宿ラディソン・レキシントンへバスで向かうつもり。 -
はたして目的のバス・ストップは存在し、僕が待っていると後に2人並んだ。
数分で西から市バスがやってきて、メトロカードで乗り込む。
便利だな。
途中、セント・パトリック教会が見えた。 -
全米最大のカトリック教会でステンドグラスが美しいらしい。
尖塔は高さ100mというが、残念なことにその高さもこの街ではビルの谷間に隠れてしまう。
デザインとしてはケルン大聖堂と似ているね。
セント・パトリックス・デイ(アイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックの命日記念する)という行事がある。
アイルランド系の人々が暮らす街では大々的にパレードが行われるが、このパレードは合衆国のアイルランド系住民が始めたものだそうだ。
ハリソン・フォード主演の映画「逃亡者」の中ではシカゴのセント・パトリックス・デイのパレードに紛れ込み、トミー・リー・ジョーンズ演じるジェラード警部の追跡をかわす場面がある。
パレードに参加する人たちは胸にシャムロック(アイルランドの国花クローバー)を付ける。
このクローバーは聖パトリックの布教に重要な役割を持った。クローバーの葉が3つに分かれているのは「三位一体」を表している。というもの。
毎年3月17日。世界中で巨大パレードが開催され、シカゴ川に大量のバスクリン(じゃないけどsomething like that.)が投入され緑色に染められる。
(なぜかは知らねど原宿では1000人規模で行われるらしい) -
レキシントン通り51丁目の地下鉄駅のサインが見えてきた。
ボタンじゃない黒い部分を押し、バスを降りる。
どうもまだバスを降りるときに押す「ベルトのようなもの」に違和感を覚える。
テープと呼んでいるらしい。「Push Tape To Signal For Stop」と表示されている。
間違って触ってしまう人はいないのかな?識字率の低い合衆国市民への心配をしてみたが・・・。
(もっとも一方の日本人は漢字を読めたとしても意味を理解できない人々が急増しているな)
「My Lost City ?
〜牡蠣くん、世間話をしようじゃないか?NYC編」
へつづく。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- ぶーぶーさん 2008/12/25 22:22:53
- ホールデンをさがして
- のうりかさん、はじめまして。
毎年クリスマスシーズンになると、『ライ麦』を読み返します。
高校生の時に初めて読んで、よくわからなかったこのお話。
今読み返す『ライ麦』は、なんだか痛々しさを感じます。
サリンジャー大好き、です。
トラベラー名の「ぶーぶー」は、グラース家の長女からいただきました。
グラース兄弟の中で、一番バランスが取れてて、
安心して見ていられる人、という印象。
そんなわたしなので、クリスマスシーズンのニューヨーク、
ホールデンの足跡を探しにいつかは訪れたい場所。
セントラルパークでアヒル見て、スケートして、メリーゴーラウンド見て。
もちろん博物館も外せない!
今、柴田元幸訳の『ナイン・ストーリーズ』読書中の
ぶーぶー
- のうりかさん からの返信 2008/12/28 22:09:30
- RE: ホールデンをさがして
- ぶーぶーさん、こんばんわ。
さっき帰ってきました。返信がおくれてすみません。
投票とコメントまでちょうだいし、ありがとうございます。
ぶーぶーさんのぶーぶーはグラース家の「ブーブー」だなんて、
とてもよい引用でしたね。
僕はどちらかと言えば、というか、やっぱりバディです。
ぶーぶーさん、レイモンド・チャンドラーは読みますか?
僕はオジサンだから、昔読んだ本にとても会いたくなるときがあります。
では。
のうりか。
-
- nakamasananiwaさん 2008/09/03 02:37:35
- 毎度です
- のうりかさんの写真が好きになりました
すべての写真に共通するのが---
ワクワクします
せっかくのおすすめですが3と4は次回にします、こわいから
それでは
- のうりかさん からの返信 2008/09/03 21:08:45
- slightly out of focusです。
- > すべての写真に共通するのが---
「ちょっとピンボケ」(ロバート・キャパ)ですねん。
?と?はあまりにも長くて、読み抜けるのには山あり谷だらけでっせ!
なので、よっぽどnakaさんの気分のいい時に読んでください。
(たぶん、みなさん最後まで読んだ方はいないと確信してます)
じゃ、また。
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