2008/06/16 - 2008/06/16
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utamiumiuさん
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アウシュビッツ第一収容所博物館に続き第二収容所ビルケナウにいきました。
第一と第二の間は無料のバスが一時間に一本運行されています。
乗り場は正面位置口の斜め横です。
ビルケナウは広く広くて広いところでした。
野ざらしになっている「あの時」の建物と草に覆われた「あのときの」堀と強い日差しに打ちのめされました。
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ビルケナウ死の門です。ポーランド語ではブジェジンカといいます。
すでにたくさんの写真や映像で何度も見てきましたが実物を見るとやはり背筋が凍る思いです。
ここに人々は貨車で荷物や家畜以下の扱いで運ばれてきました。
人生の終着駅だったわけです。
老人の青年の子供の赤ちゃんの・・・そして
お母さんのお腹のなかにいて生まれる前であってさえ・・・ -
ところどころに残された見張り台。
機関銃や小銃を持った憲兵にいつも見張られていました。
時折憲兵の理由も無く退屈しのぎに撃たれて殺されました。 -
ドイツ語ガイド(ベージュのパンツに白シャツの青年)に引率されるドイツの高校生のグループ。
皆手に大輪の様々な色のバラを一本ずつ持っていました。
どこに献花するのでしょう?
皆押し黙ったまま歩いていました。
ここに社会勉強に来た彼らの心の中はどんなだろう?と思いました。
この子たちにこの収容所で起こったことの責任はありません。
しかし、ドイツ国内の収容所見学よりはるかに重いものを感じているようでした。 -
最後尾の男の子が薔薇を片手にふとカメラを自分の背後に向けました。
彼のカメラの先にあるのはご覧のとおり広大な野原と有刺鉄線の中に立つ焼け残った無数の煙突でした。 -
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上記の建物のの内部
3段のベッドとはいえないところに藁が敷いてあり8人が寝ました。 -
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この煉瓦のたてものは死の門を後ろにみてずっと左端の方にありました。
病気で労働できない人々がガス室へ送られて殺されるまで建物の中に閉じ込められたままにされました。 -
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一段に8人が寝ていたところ。
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こちらも同じような建物ですがここは思想犯、共産主義者、ドイツ第3帝国(ヒトラー率いる第三ライヒ)に危険な分子とみなされた人々が収容されました。
上の病人棟ともそうでしたが収容者が増えすぎて中に入りきらなくなると時折、そとの壁のところで何人もが射殺されました。
ここから先は入れませんでした。 -
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収容者の厨房で使われた大八車。
大八車の横に「生きた証拠」の落書きが痛ましいです。 -
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爆破された焼却場やガス室の跡
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「クレマトリウム」焼却場というのは火葬場ではなく人体を焼却したという意味で使われています。
もちろん尊厳のカケラもありませんでした。 -
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爆破されたあとにもこんなにはっきりと残っているガス室への入り口です。
まず入るとシャワーを浴びるからと全員裸にされました。 -
焼却場で焼いた灰を捨てたところ。
湿地帯だったので白い遺灰が砂のようになった池。
ところどころに点在していました。
その場所には英語、ポーランド語、イディッシュ語で書かれた墓碑銘がありました。 -
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爆破されたガス室跡
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ガス室跡
正面にはっきりと階段が残っています。 -
ガス室と監視塔の後ろには美しい森があり、小鳥のさえずりが聞こえます。
こんな美しいところで無数の人が薪のように積まれて焼かれました。 -
ガス室へ向かう階段
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この先の森の中にソ連兵を野焼きしたところがあると案内書に書いてありましたが私は行く勇気が出ませんでした。
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おびただしい死体を焼くのに焼却場では間に合わなくなったのでここでも野焼きが行われました。
大八車やトラックで運ばれザラザラと材木のように
枯れきった死体を並べ、燃やしたのはその次にも殺される予定のゾンダーコマンドと呼ばれた同胞達でした。
この四角いプールのようなものも殺されていった人々が掘らされたものです。 -
信じられないくらい広くて穏やかななビルケナウ。
ジリジリと日が照り付けます。 -
一枚はこれです。
もう一枚は材木のように死体が積まれその人々の上に炎がメラメラと燃え上がっているものでした。
カメラを向けてはみたものの、手が震えて撮ることができませんでした。
下のサイトの写真はヒトラーが各地で行った焚書の写真です。
http://www.ne.jp/asahi/masa/private/history/ww2/yougo/hunsho.html
ここでは人がこの本と全く同じに炎をあげて燃えていました。 -
この場所で何が行われたか。
という写真パネルが二枚展示されていました。
偶然にも収容所内の抵抗運動をしていた人が撮影したとかいてありました。 -
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遺灰が捨てられた池。点在する池の中でも一番大きいもの。
畔に行って水の中を覗くと遺灰の中にまだ遺骨が見られると書いてあったが私には見に行くことが出来なかった。
水草が茂り、小魚や蛙がピョンと跳ねる憩の場所のようになところです。 -
池の後で通称サウナと呼ばれた常設展の建物に入りました。
収容者が集められたところでその人たちの持ち物を全て取り上げ、今は残っていませんがその後ろにあった倉庫に仕分けされて蓄えられました。
その倉庫はカナダ移民して豊かになったと言われたのをもじって通称カナダとよばれました。
サウナの中には略奪したものや、脱がした衣服を消毒した施設が残されています。
私はこの辺でもう、精魂くたびれ果てていました。
サウナ展示場を後にして正面、SSの指令棟本部だったところを目指します。
とおい・・・
目眩がしました。
でも4時発の第一収容所まで戻るバスに乗りたかったので(もう一度第一収容所を見たかったので)急ぎました -
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ようやく司令塔本部だった建物が近付いてきました。
ウォーキングシューズのかかとに穴が開き中に入った石ころがコロコロなっています。 -
司令塔本部を左に見てもと来た死の門方向へ向かいます。
右手にはバラック群が立ち並びます。
この中にもメンゲレが人体実験をした棟があります。 -
囚人用トイレ
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再び死の門を生きて通り、4時発のアウシュビッツ第一収容所行きのバスに乗りました。
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作業能率を上げるため、あるいはガス室に従順に送り込むために収容者で作られた楽団が演奏させられました。
8時間歩きどおしでしたがまだまだ見落としや間違いがあることに帰ってからきづきました。
この次行く機会があったらもっともっと下準備が必要だと痛感しました。
しかしポーランドはここだけ行くにはもったいない素晴らしく自然に恵まれた美しいところです。
その自然を満喫するためにも「もう一回」があればいいと思います。 -
「労働は(あなたを)自由にさせる」この言葉を胸に刻んで
働いてもう一度ここに来ようと思います。
撮影禁止だった、あるいは私が弱気で撮れなかった写真の写真参考資料があります。
図書館で借りられます。
写真ドキュメント「アウシュビッツ収容所」
グリーンピース出版会
アウシュビッツの記録
平和博物館を創る会
平和のアトリエ編
とてもとても書ききれなかったことのその他の参考資料
アウシュビッツ博物館案内
中谷剛:凱風社
アウシュビッツの悲劇
K・スモーレン
柳原書店
夜と霧
ヴィクトール・E・フランクル
池田香代子訳
みすず書房
他。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ぺうさん 2008/07/22 20:19:18
- こんばんは
- uta様
遅ればせながらお帰りなさいませ&先日の集いではお世話になりました。
アウシュビッツに行きたがっている身ではありますが
場所が場所なので、旅行記を読んでいるだけで少し疲れてしまいました。
私も、ここは一人で行こうかなぁ…
あれから、日本人ガイドさんの本は読んでみたのですが
紹介されている他の文献も今後あたってみようと思います。
- utamiumiuさん からの返信 2008/07/23 01:21:17
- RE: こんばんは べうさん
- utaの横好きで行ったところなので「行った方いいよ」とは言いにくいところですね。
行って見て感じることが大切だと思います。何を感じるかはそれぞれの自由です。
「可哀想に」と感じるひともいるし私のように「自分の中の罪にあらためて気付かされ押しつぶされそうになる人もいるでしょうし。
もう一度こういう施設を作ってある一つの民族を絶滅させる計画ななんてきちがい地味ていると誰もが思うと思います。
二度と起してはいけないことだと分かりながら。世界のどこかで今も起きている。
ビルケナウのほうが何にもない広野だった分やはり打ちのめされたかなぁ・・
同じ場所をkumustaさんはクラクフからのガイドツアーで周ったのですが
ガイドさんの英語力がいまひとつだったのと、時間内に終らなければならなかったためあまりに急いだものだったようです。
したがって打ちのめされ方にも差があるかもしれません。
私は一番初めがドイツのブッヘンバルト、2回目がベルリンのザクセンハウゼン、そして意を決してアウシュビッツ、ビルケナウへ行きました。
行く前にも図書館でアウシュビッツ関係の写真集や本など(中谷氏のも含む)色々よんでアウシュビッツ、ビルケナウ関係の映像も手に入るだけはほとんど見て行きました。
だから打ちのめされ方がひどかったのか、にもかかわらずやはり打ちのめされたのか、自分でもよく分かりません。
精神的な疲労はありましたが肉体的には8時間歩き通しでもそれほど疲労困憊してはいませんでした。
ひとつひとつ読んでいったり見て行ったりしていては時間がたりません。
自分のペースで周りたいという天邪鬼でしたががこの次いけたら中谷さんにお願いしようかと思います。
見落としがたくさんありましたので。
一つだけアドバイスができるとしたらアウシュビッツ、ビルケナウの後は少し値がはってもステキなところにお泊りになることをお薦めします。
バチあたりそうですが無味乾燥なホテルだと心が癒されなくなります。私が泊まったのは
古城狩旅館ホテルでした。森の中にひっそりと優しく私を包んでくれました
裏切り者といわれそうですが
http://photos.yahoo.co.jp/ph/utamiumiu/lst?.dir=/1273&.src=ph&.order=&.view=t&.done=http%3a//photos.yahoo.co.jp
ヴィクトール・E・フランクルという人の「夜と霧」はなかなかよかったです。
彼はアウシュビッツに収容された精神医学者で収容者の心理を自分のもまぜて書き表しています。
究極の状態になった人間心理を分析していて興味深いです。
ポーランドは美しいところです。人々も親切です。
あそこだけではなくそのほかのポーランドも楽しんでこられることをお薦めします。
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