2008/05/13 - 2008/05/24
40036位(同エリア47250件中)
明石DSさん
午前5時13分:撮影 龍江站の手前で
ちょうど田植え時期なのか、水田も時折見掛ける
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10日目:斉斉哈爾:5月22日(木)晴れ
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2008.平成20年5月22日(木)
■斉斉哈爾へ
5時前から起きて通路や連結部で外の景色を眺めていた。この辺に来れば水田風景も所々で広がっている。もう水田には水が張られ田植えの終わっているところも多いようだ。
5時30分:龍江(Long jiang)站を通過。
6時44分:昂昂渓(Ang ang xi)を通過する。次が斉斉哈爾站だ。
-
午前5時30分:撮影 龍江站
満洲時代を知る日本人にとって
満鉄の駅名は懐かしいだろう -
AM.5.33/撮影:龍江附近
水田があると思えば、すぐにこんな広大な畑地も広がる -
AM.6.44/撮影:昂昂渓(Ang ang xi)站
次の停車駅が斉斉哈爾だ -
AM.7.17/撮影:斉斉哈爾に着いた
ホームに足を下ろし、いざ行かん
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■7時17分:斉斉哈爾站に着く。
改札を抜け、地下街の通路を通って、駅前広場の向こう側の道に行ける。「05〜06:地球の歩き方」の方の地図を見て歩いてホテルに行くことにした。駅から西に向かって真っ直ぐ龍華路(Long hua lu)を歩けば左側に中国銀行、右側に新華書店があるはずだ。そこを右に(北へ)曲がれば民航大厦があるはずだから・・・。
セーターを着て汽車から降りて歩き出したが、すぐに暑くなりシャツ姿になってリュックを担ぎ歩く。やっと中国銀行が左に見えたが、新華書店は右手になかった。書店があるべき所は高層ビルの建築中であった。
8時25分:民航大厦に到着。
デジカメ時間によれば駅からホテルまで1時間8分掛かっていたのか。しんどかったはずだ。途中歩く選択をしたのは失敗だったと思いつつ。
でもフロントで一言「日本から電話で予約済みのはずですが・・・」と、言うと名前を聞かれ、すぐに予約済みを確認できた。「一泊180元で予約されていますね」・・・と。ちゃんと電話で予約できていたことが嬉しかった。
それに中国のホテルの良いとこは、こんな朝の早くからすぐに部屋に入れてくれる。もっとも日本ではどうなのか?良く知らないが。部屋は11階の3号室、No・1103だ。評価は良。
昨日の海拉爾で地下要塞などでフラッシュを使って写真を取り捲ったけど夜行だったのでデジカメの充電が出来ず。だから部屋に入って、まず出かける前に充電し、その間仮眠する。 -
駅前から広がる市街を写す
どこの駅前風景も大差なく・・・。
そしてどこも大都会だ -
斉斉哈爾站
日本で自分で電話予約した民航大厦に歩いて行く
果たして予約が出来ているのか?
確認もしていないけど
もし出来ていなくても、全然問題ない
ホテルは幾らでもあるから -
「05〜06:地球の歩き方」の地図を見ながら
龍華路を西に向って真っ直ぐ歩く
すぐにセーターを脱ぎリュックにしまう -
満洲里にも有った緑の郵便ポスト
何で、日本と同じ形なのか?
満洲時代の名残りかも・・・。 -
四川地震の為の電光掲示板
5月12日から10日が経った
見たら意味が分かる漢字ではあるが
19日の地震一週間後に
早々と全国一斉に哀悼の意を表す中国人
日本なら・・・と、考えてしまう -
AM.8.25/:民航大厦
間違うことなく到着
7時17分に斉斉哈爾に着いて、1時間以上・・・か
ホンマ、朝から選択を間違い気分的に疲れた -
市の南東26kmのところにある扎龍自然保護区に向う
往復100元(¥1500)でタクシーをチャーターす
着くまでの風景で、それなりの期待感はあったが
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■10時7分:斉斉哈爾観光に出発す。
結局、1時間半くらい仮眠していた。斉斉哈爾には満州国時代の旧跡も分からず情報が無かったので、ガイドブックを見てそこに紹介されていた三ヶ所に取りあえず行っておこうであった。
ホテル前でタクシーを止め交渉し、三ヶ所の中の一番遠いところの観光地である扎龍自然保護区に最初に行くことにした。ガイドブックに往復タクシーチャーター100元が目安と書いてあったので、運転手が「120元」と言うのを「100元」に値切ったらOKだったので早速向かう。
10時40分:黒龍江扎龍国家級保護区に着く。
入場料が50元、駐車場代が10元。市の南東26km湿地帯の自然保護区とは如何なるところか?と、少しは大自然を期待して行ったが、ホンマしょうもない場所だった。
ここも案の定テーマパークにするつもりなのか?「黒龍江扎龍国家級保護区」と書いたご立派な石碑を立てているが、安っぽい公園にでもするのか・・・と、出来上がりが想像できる今の工事中の風景だった。
すでにいろんな人工物で公園のようにしているが、これから公園内に道路を整備し、自然に似せた偽自然保護区を作ろうと準備しているようだ。丹頂鶴も金網の小さな檻にひしめき合うように入っていたり、大きなドームの中で羽ばたかせようとでも思っているのか???そんなドームも有った。
そして決まった時間に丹頂鶴の放鳥をし、一人5元の料金を取って写真を撮らせようとするつまらん企画もある。自然の景観は台無しで、全く興味も湧かず感動もない、それが私がこの自然保護区へ行って見ての感想だ。バードウォッチャーには少しは見る価値あるのかも?
運転手は漢族で42歳、月収は¥1500元前後、嫁は450〜500元、二人で計2000元(3万円)前後。母親は71歳、母親の年金は月に150元(2,250円)だ。二人の収入や親の年金、これが今の一般市民の中国人の平均のように思う。
年金は国家から支給のものではなく勤めていた企業の年金だ。日本人が如何に恵まれた国家に属する人間なのかと言うことが分かる。日本人よ、行政に文句言う前に己が国家の為にどんな貢献をしているのか?胸に手を当てて考えろ。
帰りはホテルに戻らず龍沙公園前で降ろしてもらった。ハキハキと気風の良い運転手だったので値切った20元のチップを渡そうと思ったが笑顔で拒否された。めったに無いけど彼はそんな男だった。 -
扎龍自然保護区
ここも人工的な公園化って言う感じで
工事中
どこもかしこも工事中か
自然保護など何処吹く風、やってるのは自然は破壊
見るに値せず -
石碑には「中華人民共和国国務院」と書いてある
共産党幹部になれば金が儲かるそうです
「大学の事務職員になりたいがその為に20万元の賄賂がいる」
・・と、中国人の知人が言っていました
日本円¥300万円を払って大学に職を得ても・・・。
それ以上に将来「得」があるのか?
彼の奥さんは現大学教授で、彼の両親も元教授です
コネというのは=「金」ですね -
金網の中の丹頂鶴
自然の中で雄飛してこその丹頂鶴の美しさ
お前ら丹頂鶴も豚も牛も同じか
・・・なんて、言うと、豚や牛に申し訳ないですが -
丹頂鶴を放鳥した時、
それを撮影するなら5元(75円)必要です
見てるだけは無料だそうです -
こんなん見にここまで来たのか?
ホンマ何処に行っても
意識の違い、文化の違いを感じます -
視野を超狭窄すればこんな景色にもなりますが
ちょっとでも視野を広げれば邪魔な物が目に入ります
大金使ってわざわざ価値を下げてます -
漢族の兄貴
チップを笑顔で拒否した正直兄ちゃん
話すことに修飾がなく
すべてが真実に感じた -
玉子焼き飯
そりゃあ確かに玉子焼き飯頼んだけど
ホンマ、そのままやんか、
もうちょっと何とかならんのんかいや・・・。
こんなんだけ食うの恥ずかしいし
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■11時55分:龍沙公園に行く。
時間も昼なので公園に入る前に、そこらの食堂で昼飯を食おうと入った、というより中には入れず外のテーブルに坐った。揚州焼飯有る?と聞いたら「玉子焼き飯しかない」と言われたのでそれを頼んだら、持って来たのはそのまま玉子焼き飯山盛りだった。
これじゃあ、あまりにも美味くもなく、横で鍋豆腐を食っているのを見て、同じのを頼んだ。味はまあまあ・・・無論日本の味のほうがうまいけど、食えなくもなく。そしてその横の店で羊肉の串焼き(シシカカブー)を二本(2元)頼んで食べた。ここにもウィグル人が商売しに来ている。
龍沙公園は無料だった。満州国時代の地図にもこの龍沙公園は同じ名前であり、露国領事館もその傍にある。今は「龍沙公園歴史展覧館」として公園内にあった。料金を払って中に入ったが展示物のことは何も覚えていない。
満洲時代の地図には日本領事館、日赤十字社、陸軍監獄、女子職業学校、商業学校、その他の軍関係の建物も多い。今も、回教寺院(卜奎清真寺)が有るように、当時も大きな回教墓地が地図に示されている。
龍沙公園内に労働湖があり、大きな公園だ。木曜日の昼下がりだったが多くの人が遊びに来ていた。大概、私も疲れ果て体力気力共に絶不調状態だったが、うつろな目付き足つき?で、うろついた。そしてここにも高台に1907年に作った望江楼が建っていた。
この高台の塔が旅行者にとっては実に有りがたい。市街を一望できるからだ。町全体の雰囲気を見てみたいのは、何処に行ってもそう思う。それには高い所に登るのが一番手っ取り早い・・・。
1時9分:望江楼に登る
疲れた身体と足に鞭打って、最上階にの展望台に上った。360度を眺めることが出来た。斉斉哈爾もやはり大きな大都会であった。この望江楼から西方向を眺めれば嫩江(Nen jiang)が流れている。ビルが建てこんで見難いが一部は見えた。15分ほど周囲を眺めていた。
1時28分:関帝廟に入る。
門のところに四川地震の寄付の名簿が貼ってあった。最高がこの関帝廟自身の寄付金¥5,000元(7万5千円)、次に多いのが個人名で200元(3千円)、100元、50元(750円)でも立派な印刷書きの看板に明記し掲げてあった。
その後からの寄付は、紙に筆書き、個人名を列挙し金額と共に貼り出している。その数は少なく全部で50名も無かった。
廟の中はド派手な三国志の関羽の像があったが、参る気にもならず見ただけだ。境内にはいろんな占い師が店を開き、客もところどころで占ってもらっていた。 -
追加で頼んだ鍋豆腐
まあこれでちょっと昼飯らしくはなったけど -
この店で玉子焼き飯食いました
テントの下に坐って
客は結構入っていました -
隣にあったシシカバブ(串刺し羊肉)の店で
二本(2元)食いました
新疆ウィグルからきたウィグル人が焼いてます
ホンマにどこに行ってもこんな店はあります
値段も大概同じです -
龍沙公園
満洲時代の地図にも同じ名前でありました
1897年、111年前からこの公園の歴史は始まった -
旧露国領事館。
今は「龍沙公園歴史展覧館」
料金払って入ったけど何があったのか記憶無し -
龍沙公園内にある労働湖
公園は広いです
一角を歩いただけですが・・・。 -
望江楼
私の好きな展望台です
知らない街に行けば高いところに登りたいです -
望江楼より斉斉哈爾市内を望む
どっち方向を写したのか?
不明です? -
望江楼より斉斉哈爾市内を望む
どっち方向を写したのか?
不明です? -
望江楼より斉斉哈爾市内を望む
こっちは西方向で
前方に嫩江(Nen jiang)が流れています -
関帝廟:関羽を祀る
「三国志」で有名な
関羽は劉備に仕えた武将
信義に厚い事から、商売の神として
世界中の中華街で祭られている。
↑だ、そうです -
四川地震への寄付金
最高額:この関帝廟5000元(¥75,000円)
最低額:50元(¥750円)
50元の寄付者でも、こんな立派な掲示板に名前が書き込まれている
寄付者が少ないのか? -
ド派手なご本尊
なんか違う・・・。 -
関帝廟・・・でした
-
四川地震への募金
まず寄付金額を申告する
係りが名前と金額を記入している
申告金額と実際に入れる金額は
いつも大差があるらしい
でも今回は中国全体でも以前に比べて
その差は大幅に少なくなった・・・らしいけど?
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■1時48分:龍沙公園管理事務所前にて
今日の一番面白かったのは、四川地震の寄付集めの催しを生で見れたことだ。テレビ番組でいつも各地の寄付集めをやっているが、この斉斉哈爾の龍沙公園でも同じことを同じようなやり方でやっていた。でも実際の現場だったので、よりその様子が分かった。
募金箱にお金を入れる前に、寄付をする人が順番に会場横で係りの者に金額を申告し、係りの者はノートに氏名と金額を書き込んでいく。一体何の為に先に寄付の金額を申告させ、名前と一緒に銘記する必要があるのだろう?寄付だというのに、大金なら分かるが・・・。
そして司会者の挨拶と紹介で、偉い人がマイクを握って演説をする。テレビカメラも来ていた。地方版ででも放送があるのだろうか?それとも全国ネットで・・・。そしていよいよ募金箱にお金を入れてゆく。
寄付者は学校の朝礼の時のように正面に向かって並んでいた。合図と共に寄付者は一列に並んで順番に募金箱にお金を入れてゆく、テレビで見るようにお金を見せながら入れる。沢山入れる人は堂々と、少ない人はそれなりに・・・。それが又面白い。
一体この風景も中味はどうなのか?やらせ的な人もいるように思う。所謂“サクラ”って言うのが、そして終わった後は、テレビ局が特定の人を前もって選んでいるようだったがインタビューをしていた。これもテレビで見るのと全く同じパターンだった。
老人、そして子供・・・と。最後は挨拶をした偉いさんが、誰かを連れてきてテレビ局のクルーに「この人をインタビューしてあげて」と頼んでいる様子だった。その人は募金箱に入れる時に何枚も札を入れようとして入りにくかった男性だ。すべては裏がある寄付行為のように思えた。
無論、通りすがりの善意の人が多いとは思いたいけど、肝心のところに演出があり、仕組まれたパフォーマンスだ。それが私には違和感がありテレビはみんな一緒に見える。まあそんな“やらせ生本番”の一部始終を見れて面白かった。 -
司会者が登場し
寄付者は学校の朝礼のように並ぶ
そして偉いさんの話を聞かされる -
最近テレビでしょっちゅう見てる場面が
目の前で生で見れた、なるほど同じやな
地元テレビ?のカメラが撮影している -
募金箱に順番に並んで入れて行く
入れるお金をみんなに見せながら
大枚入れる人は、お金が募金箱にすんなり入らず手間取る
手間取るが慌てずゆっくりフフフと
少ない人は、素早く・・・早く
そんな光景は、下手な芝居を見るより遥かに迫真の演技で面白い -
順番にみんなに見られながら募金する
こんなん日本で同じことしたら・・・
一体、俺はどうすねん?何ぼ入れるねん?
ええかっこして沢山か?それとも・・・。
やっぱりみんなと同じような金額を入れるんやろ -
募金パフォーマンス終了後のインタビュー
そこらの善意のたまたまオバハンには見えません
何故って?服装が決まってます、その表情からも
まだ手に札を持ってますが?
やらせ番組、やらせ募金、
そりゃあ通りすがりの募金者が多数であっても
基本的には脚本どおり
見ててそんな感じがしたしだいです・・・。 -
この左のスーツのおっちゃんは、
募金箱に沢山手間取りながら札をねじ込んでいました
わざわざ右の茶色のジャンパーの幹部(挨拶をしてた)が
この人をインタビューしてくれとカメラクルーに頼んでました -
そしてインタビューが始まりました
得意げに応じる“おっちゃん”
きっと四川地震の被害者に励ましのメッセージを語り
中国人の団結を呼び掛けていたのだろうと思います
みんな役者ですから・・・ホント -
こんな三輪タクシーが向ってきたので
卜奎清真寺まで乗りました:4元(60円)
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■2時22分:卜奎清真寺へ行く(門票6元)
卜奎清真寺(ぼくけいせいしんじ)に歩いて行ける距離だと思ったがちょうど龍沙公園の前にオートバイの三輪タクシーが来たので乗った。卜奎清真寺まで4元(60円)だった。
運転手が「寺は今はもうなくなった」と言うので、「えっ?」と思ったがちょっと見渡せば、周囲で確かに工事をやっていたが寺はちゃんと有った。イスラム寺院だから関係ない者は用事もなく知らないと言うことだろうか?
1684年創建とあり、それなりの佇まいを感じた。ド派手な中国の寺院よりは雰囲気はある。回族の為の寺院のようだが、イスラム寺院なので新疆ウィグルから出稼ぎに来ているウィグル人も来るのだろう。頭に白い帽子を被った回族の人が、寺の事務所のような所に何人か居た。僧なのか?事務所の職員のような人なのか?
その中の一人が、中を案内してくれた。中と言っても礼拝堂ではなく境内の中だけだったが、回族は言葉も文字もあると彼は言っていた。文字はアラビア文字だと言っていた。しかしウィキペディアによれば、『清の時代に漢族化され今は言語は中国語を用いる』と書いてある。
満州族も回族もすでに言語は漢語なのだ。白布仁が一言「少数民族の中で一番嫌いなのは回族だ。」「何で?」と聞いたら「やることが汚い」の一言だった。以前にも同じことを誰かに聞いたことがあるなあ・・・と、その時思い出した。
今は斉斉哈爾に2万人くらいの回族が暮らし、イスラム寺院は斉斉哈爾ではここだけだそうだ。
3時28分:ホテルに戻る
卜奎清真寺から歩いて戻る。その間に日本語辞書(25元:375円)を買ったけど中国人が使う物だからピンイン(発音記号)が表記されていないので、これでは中国語の読み方が分からず失敗した。バナナも買う、でもこっちでは重さだから2,3本では売っていない。そこを頼んで3本、2.5元(38円)で買った。
疲れがピークで・・・と、言うより“気力に欠ける”状態だったと思う。 -
乗り心地はそれなりにです
おっちゃん曰く
「卜奎真寺はこの辺りにあったけど今はもう潰してない」
何て言うのでちょっと驚きましたが、ちゃんと前にありました
イスラム寺院なので誰も関心ないようです -
時代を感じる「卜奎真寺」
ド派手な中国の寺より雰囲気は良いです -
斉斉哈爾の回族の為の寺院のようです
お祈りの場所であり、集会所のような役目もあり
社務所?は事務所風で回族のおっちゃんたちがたむろしてました
門票には10元と書いてますが、実際は6元でした
値下げしたようです -
324年の年月を刻む寺院
それだけで凄いと思う
その歳月、眼下にうごめく人間どもの営みを
目の当たりにしてきたのだろう
満州時代はどうだったのか?聞いて見たい -
案内してくれた回族の人
彼は回族に「言葉も文字もある」と言っていたが
実際のところは、すでに漢化されているようだ -
民航大厦の近くにあったケンタッキー
そこでまた
海拉爾で食った“海老ホットドック”セット
を、頼んでしまった
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■4時49分:出掛ける。
疲れていても1時間ちょっと部屋で休憩したら又外に出たくなる。まず、民航大厦の周りをブラブラし、5時半頃早いけど夕食を食った。ホテルのすぐ近くにあったケンタッキーで、何も考えずに頼んだのが海拉爾で食った“海老ホットドック”セットでホンマ思考力の低下を思う。
このケンタッキーの店で、私の前の席に坐った“おばちゃん”は、ここで誰かと待ち合わせのようで席に一人で坐ったけど何も頼まず、自分のバックからつまみのような物を出して平気で食いだした。その上、服務員にティッシュを要求し、服務員も別段普通に渡していた。
夕方で店は客で一杯でテーブルの空きがない時のことである。この図々しさはさすがだが、それを誰もが不思議がらないのが不思議だ。まさかこのまま休憩して店を出るのではなかろうと思う頃に娘のような者が来た。何で俺がホッとせなアカンねん?
今日は22日、19日から三日間昨日まで続いた地震の為の喪に服す哀悼の日は昨日で終わったようで、今日からワンバもオープンしていた。三日ぶりにインターネットをした。ワンバはどこでも若者がほとんどで私のような年齢の者はまず見かけない。
中国の地方都市では、まだパソコンも各家庭にはそれほど普及しているとは思えないし、中年以降の者はまだパソコンは身近ではないように思う。
ワンバに入って電源を入れて準備をしていたら、少年たちが興味深そうに近寄ってきて「日本人?」と聞くので「そうだ」と言うと、「ありがとう」「愛してます」「おはようございます」「あいうえお」とか知っている日本語を話して、私に通じているのか?話しかけて来た。
南満洲地域、遼寧省・吉林省、特に大連や朝鮮族の暮らす延辺自治州ような所は日本語学習熱も盛んだと思ったが、この旅行を通じてこっちの方は、「ありがとう」「さようなら」なんて言う日本語もホテルの服務員ですら知らない。
それくらい今は日本との関係は薄いような気がした。日本との関係と言う点で、私の一つの目安として、こういったワンバのパソコンで日本語入力が出来るか否か?というのがある。
今回の旅先では皆無だった。まあ私が接触した中国人といってもごくごく僅かだし、この辺りの対日事情も詳しくは分からない。旅行者の大雑把な感想である。
7時30分:部屋に戻る
さあ、斉斉哈爾の一日もあっけなく終わったような気がする。旧満州時代の関係あるものは一切分からなかったのは物足らないが、「欲を出さない」「足るを知る」と思い無事を感謝しよう。
斉斉哈爾については下調べもほとんどしなかったし、その分私の知る情報も少なかった。そんな時は当地の日本語をガイドを頼めば全然違うのだろうけど・・・ノモンハン以降、気力に欠ける。
さあ、明日は朝から哈尓濱までバスに乗って行こうと思う。
いよいよ明後日、日本に帰る。
それが待ち遠しいのがアカンたれの私である。 -
頼んでからシマッタと思うも
後の祭りとはこのことを言う
ケンタッキーで
フライドチキンを食いたかったのに
何でまたまた海老ホットドックなんや -
ワンバ今日から全国一斉に再開す
少年たちが近寄ってきて
日本語学習講座が始まった
珍しくもちょっと日本語知ってる少年がいた
「あいうえお」「愛してます」なんて
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