2008/04/26 - 2008/04/26
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hirootaniさん
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今日は昨日ホテルで申し込んだアウシュビッツのツアーに出かける。
ホテルのピックアップ前にユダヤ人地区カジミエーシュを歩いた。
ホテルにもどるとすぐに、ツアーの迎えのバンがきた。このツアーはアウシュビッツとビルケナウをまわるツアーで130ズルチ。町中には沢山のツアー紹介場があり、それによると90ズルチのツアーもあるが、多分これはビルケナウを含んでいないのだろう。同じバンに乗ったのはアイルランド人の男女2名づつのグループとイタリア人1名、自分を含めて計6名の団体。計6時間のツアー。
55キロ先のアウシュビッツに向う車の中で、ソ連軍の記録員が撮影したアウシュビッツ解放時のフィルム・写真をもとにしたドキュメンタリーをみた。あまりに残酷な出来事で、所々でみるに耐えなく、また吐き気をもよおしそうになった。戦争は人間を狂気にすることがよくわかる。ドイツ人に対する見方が変ってしまいそうで恐ろしい。日本軍も中国で同じようなことをしたのだろうか?それとも日本人はそこまで鬼畜になれなかったのだろうか?
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アウシュビッツには1時間程で到着。そこで他のバスできた人たちと合流し、現地ガイドに従って収容所にはいる。
【1944年の空撮。上がビルケナウ、下がアウシュビッツI】 -
【アウシュビッツI入口】
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春が訪れ、タンポポが芝生に咲いている中で、収容所はより残酷にみえる。
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第2次大戦中、ナチス・ドイツ占領下の土地からユダヤ人、ポーランド人、ロマ、共産主義者、反ナチス活動家、同性愛者などが捕らえられ、各地にある強制収容所に送られた。そこから、この殺人工場ともいえるこの強制収容所に囚人達は送られてきた。ここで殺された人々の数は28の民族、150万人に上るといわれている。現在は、博物館として2度と同じ過ちを人類が犯さないようにと、当時行なわれた事がなんであったかを後世に伝えている。1972年にはユネスコの世界遺産として登録された。
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収容所の入口には「Arbeit Macht Frei (働けば自由になれる)」という文字が掲げられている。あまりに皮肉だ。
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アウシュビッツ収容所は28棟の囚人棟から成り立っている。1次は2万8000人もの囚人が同時に収容されていたこともあるという。ここには、囚人を餓死させる「飢餓室」や狭い部屋に数人の人間を閉じ込める「立ち牢」などが残されている。
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【有刺鉄線・高圧電流が流れる】
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【囚人棟】
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また、10号棟と11号棟の間にある壁は「死の壁」と呼ばれ、銃殺に使われた。
【死の壁】 -
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【囚人を後ろ出に縛り体をつるした杭】
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【10号棟と11号棟の間】
左側の建物の窓はふさがれている。 -
【監視塔】
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【有刺鉄線】
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【点呼台】
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元囚人棟だった建物の中には、ナチスが収容者から没収した生活用品が公開されている。おびただしい衣服、トランク、ブラシ、靴等。遺体から取り外された義足、メガネ等が展示されている。特に気分が滅入ったのは膨大な量の人間の髪の毛を見たとき。収容所に収監されると同時に男女ともに髪を切られ、その髪はカーペットの材料等として払い下げられた。
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アウシュビッツ強制収容所には最初のガス室と焼却場が残されている。どのような手順で殺戮がおこなわれたがよくわかる。ドイツ人流の効率的な殺人手順に従って、ここには1日に340人を償却できる能力があったという。ここは、ビルケナウにさらに大規模なガス室・焼却場が作られて以降、次第に使われなくなったという。ガス室の中ではひとのうめき声がきこえるようだった。
【焼却炉】 -
<ビルケナウ>
次に向ったのは、アウシュヴィッツ強制収容所から約2キロ離れたところにあるビルケナウ。ここはアウシュビッツよりさらに大規模な強制収容所で、一大殺人工場として機能していた。
1941年に建設が開始され、1945年にソ連軍に開放されるまでに百数十万人の命が奪われたという。 -
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「死の門」と呼ばれた入口のゲートをくぐると、現在は見渡す限り草の茂るなかでレンガと木造のバラックが点在している。
【死の門と強制収容所送りの人々を乗せた輸送列車が入ってきた引込み線】 -
【収容所入口】
この場所で、輸送列車から降ろされた人々がナチの医師により、収容所行きかガス室行きかをその場で選別された。ユダヤ人の子供たちは、例外なくそのままガス室へ送られた。 -
【ビルケナウ収容所入口】
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【収容所】
レンガ造りのものと木造のものがある。 -
【木造の収容所の残骸。暖房用の暖炉】
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ここでは、バラックの中を見学できる。
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【囚人用トイレ】
力尽きて落ちてしまう囚人もいたという。 -
【ツアーの参加者たち】
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ナチスが開放直前に証拠隠滅のために爆破したガス室と焼却場の跡が生々しく残されている。
【ガス室跡】 -
【慰霊碑】
後ろの池に焼却された跡の人の灰が捨てられた。 -
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【ガス室跡】
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見学の最後は、国際慰霊碑。その脇に20カ国の小さな慰霊費が並ぶ。
【国際慰霊碑】 -
もともとアウシュビッツに来るかどうかは少し迷いがあった。しかし、人からは是非一度見ておくべきと進められ、今回それが実現した。本当に重いものを見た。人類が犯した過ちを目の当たりにして、2度とこんなことを起こすべきではないと強く思う。戦争がいかに悲惨かが本当によくわかる。
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