2006/04/28 - 2006/05/09
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Shuntatatataさん
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突っ走った・・・
一言、そんな一言が何よりもまず、思い浮かぶ。
ウィーンin イスタンブールout 東欧"突っ走って"横断!
たった11日で8カ国。
オーストリア⇒スロベニア⇒クロアチア⇒モンテネグロ⇒クロアチア⇒ボスニア・ヘルツェゴビナ⇒セルビア⇒ブルガリア⇒トルコを超強行日程で回ってます。
まとめた本編はこちらを
http://4travel.jp/travelogue/10957061
(超強行11日間東欧横断 人生で一番怖い思いをした?一人旅)
ボスニアヘルツェゴビナ。
一言、人生でもっとも怖い思いをしたかもしれない国。
ヤスナ(イヴァナ)・・・
- 旅行の満足度
- 4.0
-
早朝10時、お隣ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタル行きのバスに乗り込む。
ここでちょっと不思議な領域があるのに気がつく、途中国境らしきゲートを通過した。
でも、まったくパスポートチェックがない? それに、国境にはまだ早すぎる気もする。
そしてまた、ゲートをパスポートチェックなしに通過。。。??
地図を調べてみると、ほんの数キロ、地図でもよく見ないとわからない程の「ヘルツェゴビナ」をまたいていたことがわかる。
海のない国ヘルツェゴビナ、ではなかったんだ・・・わずか数キロ、ヘルツェゴビナには海があるのだ。
そしてバスはその地域を通過していたようだ。
あまりに短い距離なので、通関も非常に簡単で済ましているのかな。
事実、再度ヘルツェゴビナ入国時には、長いパスポートチェックがあった。
そして、何人かはそのチェックを通過できずに、バスはその人を置いて出発した。
いったい何が、入国の最大の難関なのか?
僕にはわからなかった・・・けど、この国の戦争が終結したのは、ほんの10年前。
まだ、”何か”があるのだろう。 -
そして、国境を越えた瞬間、その雰囲気は驚くほど変貌する。
一言、「のどか」
クロアチアのきらびやかな雰囲気が、「国境を越える」、まさにそれだけで一変した。
国境を越えるってのは、いつも緊張してしまうもんだ。
最強の日本パスポートを持ってしても、何が起こるかわかったもんじゃない。
その安心感からか、この頃から隣の大男の存在が気になるようになってきた。
っというのも、そのおっちゃんの食うこと食うこと・・・
当然、丸々太っているわけだけど、足元に落とした水すら、腹ががつっかえて拾えないのだ。
そして僕がそれを拾ってあげたところから、ちょっとした会話が始まった。
会話の始まりは「私は糖尿病なんだ」だった(笑)
しかし、そんなもん気にもしないような陽気ぶりがおかしい。
「おれは片目が全く見えない、そしてもう片目も15%が見えない」とか・・・楽しそうに、甘そうなパンを食いながら話す。
なんとなく、そういう生き方、後先考えずに好きなことをやる、ってのもありかなってな気分にすらなっちまう。
おっちゃんとは、モスタルでハイタッチして別れた。 -
風景が町らしくなってきた。。。っと、反対側の窓を見て、一瞬固まった・・・。
そうだ、実はここへ至るまでにも、”それ”の存在はなんとなく気になっていた。
広い牧草地に転々と在った家の壁にもあった小さな穴。
あの穴は、やはり”それ”だったのだと確信する。
「弾痕」
バスの窓から見えた建物の壁には、数え切れないほどの穴穴穴・・・
人間、おびただしい数の小さいものを見たとき、吐き気のような圧迫感を感じるもんだ。
そして僕はそれを見たとき、その圧迫感を、吐き気を、そして背筋がぞっとする何かを感じた。その家は、まさに「蜂の巣」だった・・・
ここモスタルはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の激戦区の一つだったらしい。
6つの民族、3つの宗教、6つの共和国、7つの国境。
それらが理想的に共存していたはずの地域で始まった戦争。
それまで、家族や友人だった人々の間で、「同族殺し」と称される悲惨な戦争が行われた。
当時10代だった、世界情勢なんて無関心だった僕にも、「ユーゴスラビア」その言葉はきな臭い印象を与える。
この後、ベオグラードでNATOの空爆で破壊されたビルを見たけど、それよりもこのモスタルの弾痕はあまりに強烈だった。
まさに「死の生々しさ」がそこで感じられた。
写真は砲弾で壊された建物。「蜂の巣」はもっと芯にくる。。。 -
とは、いうものの、ここモスタルの町の雰囲気はとてもいい!
これはモスタルの象徴である石橋
戦争中に破壊されたとのことだが、まさに2年前に再建されたとのこと。 -
石橋を挟んでムスリム人と、クロアチア人居住区に分かれているとのことだ。
そう、ここでもう一つ気がついたこと、それはモスクがあるということだ。
クロアチアではまったく見かけなかったモスクがここにはある。
宗教までも国境で隔てられるもんなんだろうか?
「国境」ってのは、いったいその国に人間にとって、どんなものなのだろう・・・ -
美しい川辺で、まったり。
クロアチアより、明らかに物価が安い・・・
ある種、衝撃的な部分はあったけど、ここモスタルはとても居心地がよかったと思う。 -
サラエボ行きのバスを待っているとき、一人のおばさんから話しかけられた。
「サラエボでの宿は決まってる?」
僕はそのとき迷っていた、予定ではサラエボはスルーしようと思っていた。
しかし、リュブリャーナで会ったフランス人から「サラエボは一番いい」っと聞かされていたのだ。僕はとりあえず、「サラエボには泊まらない」っと答えた・・・
しかし、これがサラエボでの”あの事件”への序曲だったとは、そのときは想像もしていなかった・・・
サラエボでの”あの事件”・・・
なによりもまず、「サラエボ&イヴァナ(ヤスナ)」をネットで検索して欲しい。
すぐにヤスナが何者なのかがわかると思う。 -
旅に出る前、僕はネットでいろいろな旅人の旅行記や掲示板を読みあさっていた。
というのも、ボスニア・ヘルツェゴビナ以東の旧共産圏の国々に関する情報があまりにも乏しかったからだ。
バスはもちろん、宿といった情報もクロアチア以西に比して極端に少ない・・・
そんな中、どの情報源を見ても、必ずといってよいほど一人の女性に関する情報にぶち当たることに気づいた
”ヤスナ”
間違いなく、日本で一番有名なボスニア人である。
(本名は”イヴァナ”らしいんだけど、あまりに有名になりすぎて改名?しているらしい)
僕の印象に残っているのは「悪夢の一夜」と題された旅行記だった(笑)
どうやら、このヤスナっておばはんは「無類の日本男児好き」らしいのである。
多少言いにくいが、「性的」に日本人好きなのだ。まさに”食い物”にしているらしいのだ。
サラエボのボスニア人側バスターミナルで、日本人を狙い、自分がやっているプライベートルームへ
そして・・・そしてそんな体験談は僕の中に潜む”ある感情”をくすぐる・・・「怖いもの見たさ」 -
サラエボに到着したとき、日はすでに傾き始めていた。
バスから降りて、市街地へ向かうトラム乗り場を探しているとすぐに、
ピンク色のトレーナーを着たおばさんが近づいてくるのに気が付いた。
心拍数が早くなってくるのがわかる、そしてすぐにそのおばはんがまさに「ヤスナ」であると確信した。
意外にも対応は親切そのものであった。
もし、事前の情報がなければ、信用してもおかしくはないとさえ、第一印象として感じた。
しかしなかなか図々しい、
「私は30歳よ」・・・・どう見ても、50代としか見えない。
「日本人は皆、私のことビューティフルと言うわ」・・・残念ながら、そんな感情は沸いてこない
が、このときの僕は何故か舞い上がっていた
なんといっても、ネットを賑わすボスニア1の有名人が目の前にいるのである(笑)
そして、それは疲れのせいなのか、怖いもの見たさなのか、旅人が煩うある種の思考麻痺のせいなのか、「こりゃ、面白そうだな」そう、感じてしまったのだ。
そして、彼女のプライベートルームへ泊まることにしてしまったのだっ!!
そして、部屋へ向かう途中、驚くべきこと知った。
彼女は僕がサラエボへ来ることを確信しており、そしてバス停に迎えに来たらしいのだ。
つまり、モスタルで僕に話しかけてきた女性。
彼女が、ヤスナへ「日本人がサラエボへ向かっていること」を"通報"していたのだ。
つまり、ボスニア・ヘルツェゴビナには”日本人包囲ネットワーク”が存在するっつーこと?
この周到なネットワークを、事前情報なしで掻い潜るのは、純然な日本人にできるのだろうか・・・恐るべし。
そして、そんな包囲網に僕は面白半分で入ってしまった。どうなるんだろう?
すでに何か彼女の達者な口車に流され、完全に彼女のペースから抜け出せないような気すらする。 -
サラエボの中心部”バシチャルシァ”
サラエボまで来るともうヨーロッパの雰囲気ほとんどなくなってくる。
そこは、見慣れたイスラム色が非常に濃い。
女性は、アバヤ(黒衣)を着て、街中にはモスクが聳え立っている。
イスラム特有のオリエンタルな雰囲気はとてもいい・・・っとは思うのだが、
この頃の僕には、到着したころのテンションはすでになく、町を楽しむ余裕は全くなかった。今まで味わったことのないタイプの、これから起こりうる「恐怖」に気分はどん底に沈んでいた・・・
そして、その後のヤスナとの会話で、彼女の態度が若干”おかしい部分がある”のに気づき始めていた。こっちの話したことを何一つ覚えていない? 話がころころ変わる。
あまりに嘘が多い・・・いや、それが嘘であることを本人が自覚していない?ちょっと怖い。 -
僕の思考回路はフル回転して、現状と打開策を考える。
食欲が全くわかない(T T)
ありとあらゆる可能性を考える。
「腕力」、相手はさすがに女性だし、恐ろしく強くても逃げることはできるだろう。。。すでに相当弱気(笑)
実は、すでにアメリカ人が滞在しているのだが、もし彼が「グル」だったら?
「睡眠薬」、男を襲うのにそれは目的を果たすのだろうか?
「銃器とか」、もうどうしようもないわな。。。でもまぁ、それはないような気はする。
辺りはもうすっかり暗くなってしまった、部屋へ戻りたくない。しかし、荷物はあそこにある・・・夜9時頃、あきらめて宿に戻った。
彼女は飯を作ってくれたが。。。不味かった。なんだあれ?
とりあえず、アメリカ人グル説はなさそうで、ちょっと安心。
そして、彼女は執拗に日本人と一緒に写った写真を僕に見せてくる。。。
お馴染み、日本人と仲良しアピール攻撃である。
しっかし、その写真に写っている日本人が皆、皆が皆、まったく笑ってない(笑)
まさに僕が今しているであろう”表情”をしているのだ。 -
とにかく僕は自分を守らねばならない。
僕は翌朝朝一のバスでベオグラードへ発つことを告げ、もう寝ると主張した。
アメリカ人が起きているうちに眠ってしまおう。
しかし、アメリカ人と同じ部屋へ行こうとすると・・・完璧とも言えるヤスナのペースで事が展開する
「朝が早いなら、彼(アメリカ人)を起こすのはかわいそうだ」
「”だから”あなたは、この部屋でこのベッドで寝なさい」
「私は大丈夫、この部屋で、床に布団を敷いて寝るわ」
「えっ、いや・・」っと口を挟む間のなくベッドがメイキングされた。
そしてベッドの隣にあったテーブルをなぜか部屋の端に寄せ始めた?
ベッドから一番離れた位置に布団を敷くスペースはあったのだ、しかしそのスペースへテーブルを移動し、空いたベットの真横に、彼女の布団を敷き始めるではないか!
つまり、僕のベット、彼女の布団がまさにすぐ隣に並んでしまった。
焦った。
「やばいやばいやばいやばい・・・」心の中でさけぶ
僕はとりあえず、非常事態に備え、いつでも脱出できるようにバックを完璧にパッキングしてジーンズのまま、ベルトをしっかり締め、ベットに深く入り、壁を向いて、寝息を発した(ふりをした)。正直、恐怖で、緊張で、まったく眠れるような精神状態じゃーない!
僕の背後で、何やらせわしく動いている彼女の気配を感じる。
白黒テレビの光が彼女のシルエットを、壁に投影する・・・これがまた不気味である。
”恐怖”だった。。。まさに経験したことのないタイプの恐怖。
何か”大切なもの”を奪われるのではないかという恐怖だった(笑)
しばらくして、彼女が僕に話しかけてきた。
僕は精一杯、寝ぼけた振りをして、「ん゛? ん゛〜」といった意味不明な言葉を返した。
それからして、しばらくして背後から聞こえる物音が消えた・・・
布団に入ったんだろうか?
助かった?
助かったのか?
もう、大丈夫なのか?
数十分におよぶ沈黙、、、僕はそのまま眠ってしまった。
翌朝、まず自分の置かれている状況を確認する。ベルトはちゃんと締まってる。どうやら無事らしい・・・僕は彼女を起こして、郊外のセルビア側バス停へ向かった。
とにかく早くこのおばはんのいない、一人きりになりたかった。
おんぼろで、ガソリンの匂いのするバスに乗り込む、待ち望んだ安息の時だった・・・
このとき、ふと、「やっぱ面白かったな」っと感じた(笑)
後日、ヤスナの好みのタイプが書かれたHPを見つけた(どうやって知ったんだ?)。
「色黒、がっちり、ひげをはやした日本人」
僕とは正反対。。。これが助かった理由だろうか(笑)
ってか、自分で行って、勝手にびびってただけなんだけどね♪
ただ、人生でもっとも恐怖を感じた瞬間だったかもしれない。
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