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<br />サイゴンホテルの116号室にチェックインして、レストラン#13で昼食を取ったあと、僕は「統一会堂」へと歩いた。<br />統一会堂(The Unification Palace/The Reunification Palace)とは、南ベトナムが存在したころの「大統領官邸」のことだ。<br /><br />今の若い人は、おそらくベトナム戦争自体を知らないと思う。<br />ベトナム旅行をする人も、ベトナム雑貨やベトナム料理やエステが目的だ。<br /><br />昔、ベトナム戦争というものがあって、そこで米国と北ベトナムが戦ったなんて言ったら、信じてもらえないかも。<br />しかし、団塊の世代の世界旅行者にとっては、なにしろベトナム反戦運動が盛んな時代に青春時代を送っている。<br /><br />僕が高校時代に読みふけっていた本が、確かロベール・ギラン著の「ディエンビエンフー陥落」という本だった。<br />ちなみにディエンビエンフーで戦ったのは、フランス軍とベトミンだけどね。<br /><br />いまアマゾンで調べてみると、この著者名では「ディエンビエンフー陥落」は見つからなかった。<br />ひょっとしたら間違っているかもしれない。<br /><br />ただ、僕の頭の中にすんなりと著者名が浮かんだということは、以前はそういう本が存在したのだと思うよ。<br />同じくロベール・ギランの本があるので、興味があったら読んでください。<br />ベトナム戦争関連の映画も、たくさんあるよ。<br />プラトーンは、僕が離婚する前に日本で見たんだった。<br /><br />フルメタルジャケットは、最初にナイロビに滞在した時ナイロビシネマで見たんだったよなー。<br /><br />それ以前に、もちろん「地獄の黙示録」があるよ。<br /><br />僕は地獄の黙示録をビデオに録って、それを繰り返し繰り返し見ていた。<br />それから、NHKで放送されたドキュメンタリーの「ベトナム戦争」があった。<br /><br />7部か8部くらいにわかれていて、非常に詳細なベトナム戦争の記録映画だった。<br />これを僕は、繰り返し繰り返し見ていたんだよなー。<br /><br />だから、有名な「1975年4月30日、大統領官邸へ突入する北ベトナム軍戦車」の映像は何度も見て記憶に残っている。<br />その大統領官邸が、ベトナム統一後に「統一会堂」と名前を変えた。<br /><br />その想い出の場所へ行くのだから、かなり心の中では盛り上がる。<br />統一会堂はドンコイ通りから歩いてすぐだ。<br /><br />サイゴン大教会のほうから統一会堂の正門、つまり戦車が突入した方向から入る。<br />1994年では入場料が4ドル。<br /><br />英語のガイドが付いて、ツアーで内部を見て回った。<br />各階と地下にそれぞれ別のガイドがいて、詳細な説明をしてくれる。<br /><br />特に興味深かったのが、地下の通信設備だった。<br />南ベトナム政府関係者、米軍協力者は米国へ脱出した(行けない人もいた)。<br /><br />1975年に南ベトナムが解放されたあと、南ベトナムの生活がよくなったかというと、それは違う。<br />開放20年もたった1994年でも、サイゴンの町にはまだまだ活気がなかったからね。<br /><br />統一会堂を出たときは、いろんな考えが浮かんできて、その重さにぐったりしてしまった。<br />しかしとにかく、サイゴンを見て回れるのは今日しかないわけだ。<br /><br />続いて、「侵略戦争犯罪博物館(Exhibition House of Aggression War Crimes)」へ歩いていく。<br />ところでこの博物館の英語名は、1994年には「Exhibition House of Aggression War Crimes」となっていた。<br /><br />そのまま日本語にすると「侵略戦争犯罪展示場」だね。<br />これがそのあと「Museum of American War Crimes」つまり「米国戦争犯罪博物館」となった。<br /><br />手許の「Lonely Planet South-East Asia on a Shoestring(11th/2001)」を読んだら、アメリカとの関係改善によって、さらに「War Remnants Museum(戦争遺物博物館)」となったそうだ。<br /><br />それならば、現在(2008年)は、ひょっとして「American Friendship Museum(米国友好博物館)」となっているかもしれないね(笑)。<br />この博物館には、ベトナム戦争のときの武器なんかも展示してあったが、そのころ有名だったのが「ホルマリン漬けの奇形胎児」だったね。<br /><br />僕はこういう残酷な展示物は見たくないのだが、やはり見ないわけには行かない。<br />というのはやはり、世界旅行者とはいっても、結局は単なる「サイゴンへ来た観光客」なわけだからね。<br /><br />ベトナム戦争について、見るものはもうこれで十分。<br />次は、なぜか観光名所らしい「ベンタイン市場」へ向かいます。<br /><br />だって、なにかお土産を買いたかったからね。<br />この時期はまだ、珍しいところへ行ったらお土産を買うことにしてたのね。<br /><br />1994年だと、「ベトナムへ行ってきた」だけで、ちょっと自慢できたし。<br />でもベトナム自体は見るところもないわけで、1994年に行ってても、2008年になると自慢は出来ない。<br /><br />しかし「1994年にアンコールワットを見た」というのは、十分自慢できるんだ。<br />なにしろ、観光客がほとんどいなかったんだから(笑)。<br /><br />【旅行哲学】戦争の残虐さを示す展示をいくら見たところで、戦争は止められない。<br /><br />http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20080504<br />

統一会堂(Reunification Palace)でベトナム戦争を想い、戦争犯罪博物館(Exhibition House of Aggression War Crimes)を見る

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1994/08 - 1994/08

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みどりのくつした

みどりのくつしたさん


サイゴンホテルの116号室にチェックインして、レストラン#13で昼食を取ったあと、僕は「統一会堂」へと歩いた。
統一会堂(The Unification Palace/The Reunification Palace)とは、南ベトナムが存在したころの「大統領官邸」のことだ。

今の若い人は、おそらくベトナム戦争自体を知らないと思う。
ベトナム旅行をする人も、ベトナム雑貨やベトナム料理やエステが目的だ。

昔、ベトナム戦争というものがあって、そこで米国と北ベトナムが戦ったなんて言ったら、信じてもらえないかも。
しかし、団塊の世代の世界旅行者にとっては、なにしろベトナム反戦運動が盛んな時代に青春時代を送っている。

僕が高校時代に読みふけっていた本が、確かロベール・ギラン著の「ディエンビエンフー陥落」という本だった。
ちなみにディエンビエンフーで戦ったのは、フランス軍とベトミンだけどね。

いまアマゾンで調べてみると、この著者名では「ディエンビエンフー陥落」は見つからなかった。
ひょっとしたら間違っているかもしれない。

ただ、僕の頭の中にすんなりと著者名が浮かんだということは、以前はそういう本が存在したのだと思うよ。
同じくロベール・ギランの本があるので、興味があったら読んでください。
ベトナム戦争関連の映画も、たくさんあるよ。
プラトーンは、僕が離婚する前に日本で見たんだった。

フルメタルジャケットは、最初にナイロビに滞在した時ナイロビシネマで見たんだったよなー。

それ以前に、もちろん「地獄の黙示録」があるよ。

僕は地獄の黙示録をビデオに録って、それを繰り返し繰り返し見ていた。
それから、NHKで放送されたドキュメンタリーの「ベトナム戦争」があった。

7部か8部くらいにわかれていて、非常に詳細なベトナム戦争の記録映画だった。
これを僕は、繰り返し繰り返し見ていたんだよなー。

だから、有名な「1975年4月30日、大統領官邸へ突入する北ベトナム軍戦車」の映像は何度も見て記憶に残っている。
その大統領官邸が、ベトナム統一後に「統一会堂」と名前を変えた。

その想い出の場所へ行くのだから、かなり心の中では盛り上がる。
統一会堂はドンコイ通りから歩いてすぐだ。

サイゴン大教会のほうから統一会堂の正門、つまり戦車が突入した方向から入る。
1994年では入場料が4ドル。

英語のガイドが付いて、ツアーで内部を見て回った。
各階と地下にそれぞれ別のガイドがいて、詳細な説明をしてくれる。

特に興味深かったのが、地下の通信設備だった。
南ベトナム政府関係者、米軍協力者は米国へ脱出した(行けない人もいた)。

1975年に南ベトナムが解放されたあと、南ベトナムの生活がよくなったかというと、それは違う。
開放20年もたった1994年でも、サイゴンの町にはまだまだ活気がなかったからね。

統一会堂を出たときは、いろんな考えが浮かんできて、その重さにぐったりしてしまった。
しかしとにかく、サイゴンを見て回れるのは今日しかないわけだ。

続いて、「侵略戦争犯罪博物館(Exhibition House of Aggression War Crimes)」へ歩いていく。
ところでこの博物館の英語名は、1994年には「Exhibition House of Aggression War Crimes」となっていた。

そのまま日本語にすると「侵略戦争犯罪展示場」だね。
これがそのあと「Museum of American War Crimes」つまり「米国戦争犯罪博物館」となった。

手許の「Lonely Planet South-East Asia on a Shoestring(11th/2001)」を読んだら、アメリカとの関係改善によって、さらに「War Remnants Museum(戦争遺物博物館)」となったそうだ。

それならば、現在(2008年)は、ひょっとして「American Friendship Museum(米国友好博物館)」となっているかもしれないね(笑)。
この博物館には、ベトナム戦争のときの武器なんかも展示してあったが、そのころ有名だったのが「ホルマリン漬けの奇形胎児」だったね。

僕はこういう残酷な展示物は見たくないのだが、やはり見ないわけには行かない。
というのはやはり、世界旅行者とはいっても、結局は単なる「サイゴンへ来た観光客」なわけだからね。

ベトナム戦争について、見るものはもうこれで十分。
次は、なぜか観光名所らしい「ベンタイン市場」へ向かいます。

だって、なにかお土産を買いたかったからね。
この時期はまだ、珍しいところへ行ったらお土産を買うことにしてたのね。

1994年だと、「ベトナムへ行ってきた」だけで、ちょっと自慢できたし。
でもベトナム自体は見るところもないわけで、1994年に行ってても、2008年になると自慢は出来ない。

しかし「1994年にアンコールワットを見た」というのは、十分自慢できるんだ。
なにしろ、観光客がほとんどいなかったんだから(笑)。

【旅行哲学】戦争の残虐さを示す展示をいくら見たところで、戦争は止められない。

http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20080504

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