2008/04/29 - 2008/04/29
334位(同エリア359件中)
もろずみさん
「躑躅」という字も「薔薇」に劣らず難しいですね。とても書けません。
館林藩は、関東に入部した家康公が徳川四天王の一人である榊原康政に館林10万石を与えたのが始まりです。
その後変遷を経て、5代将軍となる徳川綱吉が25万石で館林に入りました。
綱吉公が将軍となったため一時は天領となりましたが、のちに復活していくつかの大名家が封ぜられ、維新の時の最後の藩主は秋元氏で7万石でした。
館林のツツジは歴代の藩主が綿々と植えてきて、江戸期にはすでに名所となっていました。樹齢数百年の巨木もあります。
行田の忍城の侍たちが非番の日に大挙してツツジを見に行って、藩主の不興を買うといった事件もあったくらいです。
関東では小藩が多い中で、館林はそこそこの石高の大藩です。ましてや徳川家の所領だったこともあり、城下は整えられ、町に多少は風情が残されています。
そんなこんなでGWらしい盛りだくさんの一日になりました。
- 交通手段
- JRローカル 私鉄
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野鳥の森からシャトルバスを使って移動。
途中、駐車場に入る車の渋滞の列をすり抜けました。
バスは公園のはずれのパークインに到着。
ここでもタヌキの親子に迎えられます。 -
パークインは城沼の畔にあります。
躑躅ヶ岡公園入口には歩いてもすぐです。
こんな長閑な風景を眺めながらのんびりと。 -
入園してすぐのツツジのトンネルをくぐります。
とにかくツツジ園と言えば、背が高くても胸の高さくらいの木を想像しますが、館林のツツジは大きい。
3M以上の古木が林立しています。 -
園内の遊歩道は迷路のようです。
何しろ林間を彷徨う感じで全体が見通せませんから。
この写真はツツジというより紅葉だな。 -
すでに満開のようです。ちょうど良い時期に来ました。
日射しもあって花が光り輝いています。
それにしても想像を絶する花の数です。 -
江戸時代から続くツツジの名所で、樹齢数百年の古木がたくさん。
昔は園芸種がなかったのでヤマツツジ系が主です。
やはり燃えるような色がツツジの代表でしょう。 -
古木の間にもびっしりと新しい品種が植えられています。
爽やかな藤色もあります。 -
数は少ないけど白いツツジも清楚で良いですね。
真っ赤に燃えるツツジ山のアクセントになってます。 -
園内には名木が何本かあります。
誰それのお手植えのツツジというのは無視。ツツジはツツジですからね。
興味を引いたのは枝垂れたこの巨木です。
全体は撮れませんが部分でも大きさがわかりますよね。 -
迷路の中を彷徨うだけでなく全景を見たいもの。
上に登る道を辿って展望の効く所に出ました。
いやぁ、絶景ですね。 -
根津神社や塩船観音の丸く刈り込んだツツジとは迫力が違います。
紅葉ではありませんよ。 -
真っ赤な写真ばかりになりそうなので、茅葺きの四阿を入れて風情を出してみます。
この屋根の下は人がいっぱいです。 -
藤棚の下は撮影ポイントで人が途切れません。
ツツジの赤との対比が面白いですね。 -
迷路を抜けて隣の日本庭園風の池へ。
池面にツツジが写り込むアングルを探します。
何だか今一つかな? -
気温もぐんぐん上がって行楽日和。
大勢の観光客が訪れているのは作画に花の名所。
木陰が心地よい季節になりました。少し早いけど。 -
まだお昼前ですが早朝から歩いて来たので早めのランチ。
こんな芝生もありました。
館林のツツジを見に来たのは30年ぶりくらいかも。
ずいぶん変わってしまったけど、良くなりました。 -
城沼には観光船や渡し船があります。
対岸には榊原康政の菩提を弔う善導寺やお辻の方の墓のある善長寺があります。今日は対岸から両寺を望むだけ。
躑躅ヶ岡のツツジは、康政が側室・お辻の方を偲んで植えたのが始まりとか・・・。 -
公園はこれくらいにして町へと出てみます。
ツツジだけでなく公園外周路のはハナミズキが満開。
今年はどこもハナミズキの花つきが良いようですね。 -
鶴生田川の河畔に出ると夥しい数の鯉のぼり。
3年ほど前に5283匹でギネスブックに登録された、正真正銘の世界一の鯉のぼりだそうです。
今年も5000匹は超えているはずですが、数えませんでした。(^^; -
人道橋である「ふれあい橋」からの眺めが圧巻です。
こちらは下流方面。上流にも鯉のぼりが泳いでます。
一つ一つはそんなに大きくないですが、小学生たちの手作りなどあって楽しいです。
思わぬ所で世界一に遭遇ですね。 -
橋を渡ると市民の森。
結構良さそうな菖蒲田もありますが花はまだです。
代わりに色鮮やかな藤が満開でした。これは立派です。 -
この辺りから歴史の道が始まります。
館林城の本丸跡に、和洋折衷の建物と広い庭のある旧秋元邸です。
ちょうど琴の演奏が始まったところでした。 -
なかなか見所の集中している歴史の森です。
今は第二資料館となっている旧上毛モスリン事務所。
2階建の大きな洋館で、明治の香りが漂いますね。 -
上毛モスリンは明治29年(1896)に設立。大正期には従業員2000人を数える大会社となりましたが、その後倒産。
上毛の繊維業の近代化をリードしてきた企業だそうです。
中は資料館になっていて、立派な馬車が残されています。 -
館林が生んだ文学者と言えば田山花袋。
向かいに記念文学館もあります。
自然派の文豪らしくやさしい顔の胸像でした。 -
田山花袋が少年期を過ごした旧居が移築されています。
花袋は旧館林藩士の子で、この建物は江戸末期の武家屋敷です。 -
道路を挟んで建っているのは向井千秋記念子ども科学館。
館林出身の宇宙飛行士・向井さんの名を冠した博物館で子供向けの施設です。
シャボン玉が風に乗って子供が群がっていました。 -
二の丸跡には館林市役所が建ち、それを迂回して三の丸へ。
館林城の痕跡として城門が復元されていました。
二の丸の通用門にあたる土橋門です。 -
鷹匠町という町名から城下とわかる町に出ます。
旧館林藩士の武家屋敷があり、武鷹館と名付けられています。
むろん復元ですが先ほどの田山花袋旧居より大きな屋敷です。
中では瓦作品が展示されていました。 -
これも作品の一部で庭に置かれています。
なかなか勇ましい意匠の作品ですね。
瓦焼きの技術が現代美術になったというわけか?
そう言えば館林の県立美術館は評判が良いらしい。
やはり現代美術中心ですが、建物そのものは良いと聞きます。
ただ駅から遠いので次回車で行ってみようと思います。 -
そのまま町並をぶらぶらと歩いていきます。
こんな案内の道標があり道に迷うことがありません。
予備知識なしで来たのですが、現地で発見した散策ルートです。 -
まずは酒造や醤油造りを営んでいた外池商店。
間口の広い商家は昔ながらの佇まいが残ります。 -
堂々たる外観の旧二業見番組合事務所。昭和13年(1938年)築。
二業とは芸妓の置屋と料理屋のこと。
花街があったのですね。 -
小さな社の青龍神社ですが、メインは井戸です。
城沼には竜が棲んでいて、沼とこの井戸は繋がっているらしい。 -
菅原道真が太宰府に左遷された時に投げた梅の実がここまで飛んで来たという言い伝えがある青梅天満宮。
お宮はともかくこの参道の雰囲気は妙にレトロ。 -
昭和の日ですから懐かしの昭和を偲ぶ旅になってきました。
何となく川越に似た風情の裏通りです。
ちゃんと店先にタヌキがいる漬物屋です。 -
江戸期からの造り酒屋の分福酒造の建物。
典型的な町家建築で今は毛塚記念館として見学できます。 -
ということで小一時間歩いて館林駅にゴール。
この駅舎も相当に貫禄のあるレトロ加減です。
館林と言えば、やはり駅前ロータリーにはツツジの大木。
今が一番の見頃でしたね。 -
花の名所を2ヶ所訪ねて、歴史ある町歩きも堪能できて予想以上に楽しめました。
北関東にはまだまだ面白そうな町が山ほどあります。
たまには日帰りのこういう旅も良いです。
最後もタヌキに見送られて電車に乗りました。
久喜で湘南新宿ラインに乗り換えて早速ビール。
やはり電車が良いですね。
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