2008/04/09 - 2008/04/09
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滋賀県大津市の長等山園城寺(ながらさんおんじょうじ)、一般には「三井寺(みいでら)」は、天台寺門宗の総本山で天智・弘文・天武三帝の勅願により、弘文帝の皇子・大友与多王(おおとものよたのおおきみ)が開基したと伝えられている。近江八景の一つである「三井の晩鐘」や桜の名所として知られる三井寺は一時荒廃したが、853−858年に唐で仏教を学び延暦寺第5代座主にもなった智証大師・円珍((ちしょうだいし・えんちん814−891年)によって再興され隆盛した。境内は現在も広大で、金堂、大門、釈迦堂、鐘楼などの国宝、重要文化財が並んでおり、境内の桜、三井寺の前を流れる琵琶湖疏水沿いの桜も見事だった。
(写真は三井寺の前を流れる琵琶湖疏水沿いの桜)
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琵琶湖疏水の水門と桜。
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「三井の晩鐘」で知られる梵鐘。梵鐘は1602年の鋳造で、平等院鐘、神護寺鐘とともに日本三名鐘の一つとされる。
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琵琶湖疏水沿いの桜。
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「三井の晩鐘」で知られる梵鐘。
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琵琶湖疏水沿いの桜。
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大門、仁王門とも呼ばれる。入母屋造の楼門で1451の建立とされている。
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三井寺の石垣と桜。
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琵琶湖疏水沿いの桜。
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三井寺の石垣と桜。
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梵鐘(弁慶の引き摺り鐘)。「三井の晩鐘」の鐘とは別のもので日本でも有数の古鐘。伝承では、平将門を討ち取った藤原秀郷(ふじわらのひでさと)の異称とされる俵藤太秀郷(たわらのとうだひでさと)がムカデ退治のお礼に琵琶湖の竜神から授かった鐘だと言われる。比叡山と三井寺の争いに際して、武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい−1189年)が奪って比叡山に引き摺り上げたが、鐘が「イノー」−「帰りたいよう」と鳴ったので、弁慶が怒って谷底へ捨てたといわれ、鐘の表面の擦り傷やひびはその時のものとされる。歴史的には、1264年の比叡山による三井寺焼き討ちの際に強奪され、後に返還されたと考えられている。
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三井寺の桜。
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神仏分離令に基づいて、三井寺から分離した三尾(みお)神社。
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三井寺の桜。
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三重塔。鎌倉時代末期から室町時代初期の建築。奈良県の比曽寺にあった塔を豊臣秀吉が伏見城に移築し、1601年に徳川家康が再度移築させたものといわれている。
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三井寺の桜。
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三重塔。
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三井寺の桜。
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観音堂。琵琶湖を望む高台に位置し、西国三十三箇所観音霊場の第1414番札所として知られる。観音堂は1689年に再建された。
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三井寺の桜。
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観音堂。
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観音堂から見る光景。
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観音堂前では伊勢音頭で踊る催しもあった。
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三井寺の桜。
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釈迦堂。16世紀造営の御所清涼殿を下賜され移築したものと伝えられている。
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