2007/02/25 - 2007/02/27
1619位(同エリア1652件中)
akyxさん
内容 : 東南アジアと中国に旅行をしてきた。
コースは以下の通り。
・1月24日成田発
成田→シンガポール経由→インドネシア・バリ島→ジョグジャカルタ→ボロブドール→バリ島→シンガポール→マレーシア・ジョホールバル→コタキナバル→ブルネイ・バンダルスリブガワン→コタキナバル→ジョホールバル→シンガポール→インドネシア・バタム島→シンガポール→タイ・バンコク→マカオ→中国・珠海→広州→桂林→陽翔→重慶→楽山→成都→昆明→孟力 月昔→磨芯→ラオス・ビエンチャン→タイ・ウドンタニ→コラート→チャンタブリー→トラート→ハートレイク→カンボジア・コッコン→シアヌークビル→プノンペン→シアヌークビル→シダック島→コッコン→タイ・トラート→バンコク→成田2月21日
・2月22日成田発→韓国・インチョン→中国・北京→西安→昆明→景洪→大孟龍→孟力 月昔→磨芯→ラオス・ボーデン→中国・磨芯→孟力 月昔→昆明→蒙自→河口→ベトナム・ラオカイ→ハノイ→フエ→ダナン→ホイアン→ダナン→ホーチミン→バベット→カンボジア・プノンペン→シアヌークビル→シダック島→コッコン→トラート→パタヤ→バンコク→マカオ→中国・珠海→広州→韓国・インチョン→成田3月20日
・思い出となった事柄
シンガポール空港のトランジェット
ボロブドールの遺跡
バタム島の釣り
ブルネイ・サンダル・スリ・ブワガンの水路
陽翔の山紫水明
楽山の大きな大仏
峡谷寝台列車(成都→昆明)
シダック島の釣り
万里の長城は長かった
北京の春節(花火、天安門の国旗掲揚、列車バスの混雑)
北京から西安の列車
秦始皇・兵馬俑
四方壁の町、西安
ラオス国境の町、磨芯での盗難
ベトナム国境の町、河口
ラオカイからサイゴンまでの列車の旅
シダック島の3回目の釣り
マカオの回力
ソウルの明太子
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 鉄道 観光バス
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2007年2月25日、18:27分発 T41列車です。
13号車7番の中段です。
30分前に待合所に行ったんです。
すでに改札が始まっていて、たくさんの人がホームに向かっていました。
始発なのですが、春節時期でみんな大きな荷物を担いで荷物の置くところは所狭しと置いてありました。
でも何とかキャリーバッグを荷の間に突っ込んで人心地でした。
寝台列車の必需品は、カップラーメンとお茶と小ポットです。
暑いお湯のサービスがあり、ほとんどの人が出発後、カップラーメンにお湯を注ぎ食べ始めます。
中国のカップラーメンは辛いのが多いけど美味しい。
ホームの売店で7〜8間程度で販売しています。
それとお茶。
お茶名美味しい!!! -
朝の7時は少し明るくなった程度です。
西安の駅ビルはまだ明かりがよく見えます。
北京よりは温かい感じですが、朝はやはり寒い。
人はいっぱいです。
ここ、陝西省の省都西安は昔、”長安”と呼ばれた。
秦滅亡後の戦乱を制して漢を建てた劉邦は、破壊された咸陽の郊外に新たに首都を建設し、長安と名付けた。
特徴として難攻不落の城壁、碁盤の目状の道路、南北を貫く大通り、北の政庁の位置、河川の配置があり、日本もここをまねて、嵯峨天皇時代に平城京、平安京を作った。
隋・唐時代、最盛期で人口100万人とも言われる大都市に発展した長安であったが、食糧問題には勝てなかった。
この膨大な人口を支えるだけの食糧生産は不可能であり、衰退した。 -
朝7時調度、西安駅に到着しました。
昨日は22時消灯で直ぐに寝て、朝は6時前に起床しました。
寝台車のガタンゴトンはユリカゴです。
よく寝たのですっきりです。 -
侠西省・西安汽車(バス)駅の表示板です。
ここから兵馬俑や秦の始皇陵へ観光バスが発車します。 -
昨日の20時頃列車内でカップラーメンを食べただけなのでおなかが空きました。
駅の近くの食堂で小龍包子(しょうろんぱおず)と小豆粥を食べました。8元(120円)でした。
小龍包子は美味しかった。
小豆粥は小豆とご飯の味だけの塩分無しのシンプル粥です。
健康によさそうです。 -
パンフレットを持ったおばさんたちが旅行者らしき人の声を掛けてバスの乗客を募っていました。
行きたい兵馬俑と秦の始皇帝陵に行く観光バスがあったので即決めました。
観光バスは10時出発です。
バスに乗り込み待っていると次々と載ってきました。
やはりみんな中国人です。
当然観光案内も中国語でちんぷんかんぷんです。 -
2時間ほど走ると(混んでいました)兵馬俑近くの来たようです。
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兵馬俑の看板です。
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最初は秦の始皇帝珍宝館を見学し増した。
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次は博物館。
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よく分からないお寺のようなところに来ました。
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小高い山でした。
皆に遅れないよう、逸れない様ついて行きました。 -
大砲が出てきました。
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昭和11年、西安事変の時の日本軍が使用した大砲でした。
するとここは西安事変の記録がある山だ。 -
中国語で記載された、石の西安事変の説明版です。
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蒋介石が隠れていた岩陰です。
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一通り見て、入り口に戻りました。
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観光場所には兵の像がどこでも立っています。
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やはり翡翠館に寄りました。
結構大きな翡翠の彫り物がたくさんあります。
欲しいけど高すぎて買えません。 -
何だか訳の分からないところまで観光です。
七不思議、八不思議館だそうです。 -
西安駅から路線バスが走っていました。
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秦陵地宮です。
秦の始皇帝の調度品やら部屋、生活風景が見られます。 -
中国、五星旗が青空にたなびいていました。
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15時近くになりました。
兵馬俑はまだかな、と思っていたらようやく入り口の休憩所に到着しました。
遅い昼食です。
食事をして、そして見学です。 -
入り口からチケット売り場まで20分ほど歩きます。
チケット売り場にようやく到着しました。 -
プリペードカード風チケットです。
入場券は65元。
観光バス代には含まれていない、とのことです。
え〜、本当。
道理で観光バス代が安すぎると思った。 -
入り口を過ぎ、チョット行くと大きな体育館のような建物がありました。
兵馬俑の発掘建屋です。 -
ここは超A級遺跡のようです。
トランプでもAの4カードは凄いし。 -
兵馬俑です。
よくもこんなにたくさん作ったものだと感心しました。
一つ一つ作りが違うそうで表情もとりどり。 -
整列してずっと立っています。
秦の始皇帝は偉大だったんだな。
死んだ後も権力が衰えなかったようです。 -
併設してある、博物館の象です。
なぜか、佐渡ののろま人形を思い出しました。 -
兵士の後ろに馬を従えています。
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秦の始皇帝の大きな像が入り口付近に立っています。
兵馬俑は素晴らしかった。
これだけのものをよく作ったものだ、そして最近まで土の中だったとは、と感心しました。
明日は市内見学をして、夕刻、昆明に向けフライトです。
観光バスは一足先に出発しました。
なぜか車が待っており、無料で市内の宿まで送ってくれました。 -
朝10時に起きて、荷物を犯していただきチェックアウト。
市内見物に出かけました。
これは、西安中心部をぐるりと囲っている城壁です。
こんな大きくて、高くて、頑丈な城壁があったものだと感心しました。
当時は戦車など無かったと思いますが、戦車でも突き破れそうにありません。 -
昼間の西安の駅です。
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あっちが鉄道駅で、こっちが北のほう。
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城壁の拠点拠点に立派なお城があります。
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城壁で囲ってある中心部の、その中央にある、
鐘楼
です。 -
説明書です。
英字で THE BELL TOWER -
鐘があります。
右前方に小さく見える建屋は、鼓楼、です。 -
鐘楼からの眺めは素晴らしい。
四方、城壁に囲まれているのが眺められます。
正面の右方面側が西安駅になります。 -
右の先が鼓楼。
良い眺めです。 -
鼓楼には大きな太鼓がいっぱい。
-
15時頃、雨が降ってきました。
ちょうど見学終了です。
これから宿に戻って、荷物を担いで西安の飛行場に行きます。
バスは16時発。
飛行場まで高速道路を通って約1時間。
17時過ぎに到着。
出発が20時だから飛行場で少しゆっくりしよう。
西安は歴史がそこらじゅうに点在する、すばらしい都市でした。
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