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京都・墨染(すみぞめ)の清涼山欣浄寺(ごんじょうじ)は山科の小野小町(809−901年)の屋敷(現在の随心院・ずいしんいん)に百夜通いした深草の少将の邸宅跡であったと言われている。深草少将(ふかくさのしょうしょう)は、室町時代に世阿弥(ぜあみ1363−1443年)ら能作者が創作した、小野小町にまつわる「百夜通い・ももよがよい」の伝説に登場する人物で知られる。この地は深草少将義宣(−813年)が桓武天皇(737−806年)から土地を賜ったとされるが、義宣が亡くなった813年には小町はまだ4歳だから義宣が小町に恋したとは考えにくい。御陵が深草にあることから深草帝(ふかくさのみかど)と呼ばれた仁明天皇(にんみょうてんのう810−850年)が深草の少将に名を変えたとの説もある。誰がモデルなのかはさだかでないが、小野小町の美しさに心を奪われた深草の少将は、そっけない小町を振り向かせるために百夜通いをし、満願の日に晴れて契りをむすぶことを小町に約束させた。だが少将は99日まで通ったが100日目の夜、大雪のため道中で凍死してしまい満願成就ならなかったという悲しい話が残っている。現代ならストーカーと呼ばれるほどのしつこさで、小町も困ったことだろうが悲恋は1300年も語り継がれているのだから深草の少将の無念さは計り知れないものがある。<br />寺の話では現在は無くなったそうだが、欣浄寺の池の東にあった道は「少将の通い道」と呼ばれ、99日間少将が往復したといわれる。池の畔には少将と小野小町の塚と「墨染井」(すみぞめのい)と呼ばれる井戸がある。本堂前のこの池は、小野小町が訪れ姿を水に映して<br /><br />おもかげの変らで年のつもれかし よしや命にかぎりありとも<br /><br />と、詠んだといわれ、「姿見の池」といわれている。<br />「墨染井」(すみぞめのい)は「涙の水」とも「少将姿見の井戸」ともいわれ,少将の涙水が今も湧き出しているそうだ。<br /><br />通う深草百夜の情け 小町恋しい涙の水は 今も湧きます欣浄寺<br /><br />と西条八十(さいじょう やそ1892−1970年)が詠んだ詩が立て札に残されていた。叶わない恋というものはいつの時代も人の心を捉えるが晩年は老いて寂しい最期だったといわれる小町の若き日のもてもてぶりを伝える逸話でもある。<br /><br />欣浄寺に近い桜寺こと墨染寺(ぼくせんじ)は小野小町65歳ころの874年に清和天皇(850−881年)の勅願により創建されたといわれている。<br /><br />深草の 野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染めに咲け<br /><br />藤原基経(ふじわらの もとつね836−891年)の死を悼み、上野峯雄(かんずけのみねお)が「桜よ悲しみの墨染め色に咲け」と詠むと桜が本当に薄墨色になったとのことから墨染桜寺と呼ばれるようになったとのこと。<br />現在の薄墨桜は三代目で3分咲きだったが花の中心部分が心なしか薄墨色に見えた。<br /><br />伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)も墨染から近い。711年に、伊侶具秦公(はたのきみのいろく)が伊奈利山三ヶ峯(稲荷山)に三柱の神を祀ったことが創設とされる伏見稲荷大社は全国約4万社の稲荷神社の総本宮。<br />多くの学者を輩出しており、国学者の荷田春満(かだのあずままろ1669−1736年)も社家出身で境内には荷田春満の旧宅が保存され荷田春満を祭神とする東丸神社がある。<br />毎年初詣(正月三が日)の参拝者が多く2008年は約270万人で、関西の社寺では最も多かったそうだ。<br />(写真は欣浄寺の小町の「姿見の池」に映える桜)<br />

日本の旅 関西を歩く 京都・墨染、伏見稲荷の桜

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2008/04/05 - 2008/04/05

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さすらいおじさん

さすらいおじさんさん

京都・墨染(すみぞめ)の清涼山欣浄寺(ごんじょうじ)は山科の小野小町(809−901年)の屋敷(現在の随心院・ずいしんいん)に百夜通いした深草の少将の邸宅跡であったと言われている。深草少将(ふかくさのしょうしょう)は、室町時代に世阿弥(ぜあみ1363−1443年)ら能作者が創作した、小野小町にまつわる「百夜通い・ももよがよい」の伝説に登場する人物で知られる。この地は深草少将義宣(−813年)が桓武天皇(737−806年)から土地を賜ったとされるが、義宣が亡くなった813年には小町はまだ4歳だから義宣が小町に恋したとは考えにくい。御陵が深草にあることから深草帝(ふかくさのみかど)と呼ばれた仁明天皇(にんみょうてんのう810−850年)が深草の少将に名を変えたとの説もある。誰がモデルなのかはさだかでないが、小野小町の美しさに心を奪われた深草の少将は、そっけない小町を振り向かせるために百夜通いをし、満願の日に晴れて契りをむすぶことを小町に約束させた。だが少将は99日まで通ったが100日目の夜、大雪のため道中で凍死してしまい満願成就ならなかったという悲しい話が残っている。現代ならストーカーと呼ばれるほどのしつこさで、小町も困ったことだろうが悲恋は1300年も語り継がれているのだから深草の少将の無念さは計り知れないものがある。
寺の話では現在は無くなったそうだが、欣浄寺の池の東にあった道は「少将の通い道」と呼ばれ、99日間少将が往復したといわれる。池の畔には少将と小野小町の塚と「墨染井」(すみぞめのい)と呼ばれる井戸がある。本堂前のこの池は、小野小町が訪れ姿を水に映して

おもかげの変らで年のつもれかし よしや命にかぎりありとも

と、詠んだといわれ、「姿見の池」といわれている。
「墨染井」(すみぞめのい)は「涙の水」とも「少将姿見の井戸」ともいわれ,少将の涙水が今も湧き出しているそうだ。

通う深草百夜の情け 小町恋しい涙の水は 今も湧きます欣浄寺

と西条八十(さいじょう やそ1892−1970年)が詠んだ詩が立て札に残されていた。叶わない恋というものはいつの時代も人の心を捉えるが晩年は老いて寂しい最期だったといわれる小町の若き日のもてもてぶりを伝える逸話でもある。

欣浄寺に近い桜寺こと墨染寺(ぼくせんじ)は小野小町65歳ころの874年に清和天皇(850−881年)の勅願により創建されたといわれている。

深草の 野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染めに咲け

藤原基経(ふじわらの もとつね836−891年)の死を悼み、上野峯雄(かんずけのみねお)が「桜よ悲しみの墨染め色に咲け」と詠むと桜が本当に薄墨色になったとのことから墨染桜寺と呼ばれるようになったとのこと。
現在の薄墨桜は三代目で3分咲きだったが花の中心部分が心なしか薄墨色に見えた。

伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)も墨染から近い。711年に、伊侶具秦公(はたのきみのいろく)が伊奈利山三ヶ峯(稲荷山)に三柱の神を祀ったことが創設とされる伏見稲荷大社は全国約4万社の稲荷神社の総本宮。
多くの学者を輩出しており、国学者の荷田春満(かだのあずままろ1669−1736年)も社家出身で境内には荷田春満の旧宅が保存され荷田春満を祭神とする東丸神社がある。
毎年初詣(正月三が日)の参拝者が多く2008年は約270万人で、関西の社寺では最も多かったそうだ。
(写真は欣浄寺の小町の「姿見の池」に映える桜)

  • 京都墨染の濠川。<br />

    京都墨染の濠川。

  • 深草少将の邸宅跡に建立されたと言われる欣浄寺(ごんじょうじ)の桜。<br />

    深草少将の邸宅跡に建立されたと言われる欣浄寺(ごんじょうじ)の桜。

  • 欣浄寺(ごんじょうじ)。<br />

    欣浄寺(ごんじょうじ)。

  • 欣浄寺(ごんじょうじ)の桜。<br />

    欣浄寺(ごんじょうじ)の桜。

  • 小野小町と深草少将の墓。<br />

    小野小町と深草少将の墓。

  • 欣浄寺(ごんじょうじ)の桜。<br />

    欣浄寺(ごんじょうじ)の桜。

  • 百夜かよいの百日目に亡くなった深草少将の無念の涙といわれる井戸。通う深草百夜の情け 小町恋しい涙の水は 今も湧きます欣浄寺(西条八十)の詩が残されている。<br />

    百夜かよいの百日目に亡くなった深草少将の無念の涙といわれる井戸。通う深草百夜の情け 小町恋しい涙の水は 今も湧きます欣浄寺(西条八十)の詩が残されている。

  • 通う深草百夜の情け 小町恋しい涙の水は 今も湧きます欣浄寺(西条八十)の詩。<br />

    通う深草百夜の情け 小町恋しい涙の水は 今も湧きます欣浄寺(西条八十)の詩。

  • 墨染の名前になった3代目墨染桜。

    墨染の名前になった3代目墨染桜。

  • 墨染の名前になった3代目墨染桜。花の中心部分が心なしか薄墨色に見えた。<br />

    墨染の名前になった3代目墨染桜。花の中心部分が心なしか薄墨色に見えた。

  • 墨染寺の桜。<br />

    墨染寺の桜。

  • 墨染寺の桜。<br />

    墨染寺の桜。

  • 伏見稲荷神社前の琵琶湖疏水の桜。<br />

    伏見稲荷神社前の琵琶湖疏水の桜。

  • 旧国鉄最古の建物といわれる「ランプ小屋」。<br />

    旧国鉄最古の建物といわれる「ランプ小屋」。

  • 1880年から1910年まで使用された旧国鉄最古の建物といわれる「ランプ小屋」の説明板。<br />

    1880年から1910年まで使用された旧国鉄最古の建物といわれる「ランプ小屋」の説明板。

  • 鉄道唱歌の碑。「赤き鳥居の神さびて立つは伏見の稲荷山」と歌われた。<br /><br />

    鉄道唱歌の碑。「赤き鳥居の神さびて立つは伏見の稲荷山」と歌われた。

  • 鉄道唱歌で「赤き鳥居の神さびて立つは伏見の稲荷山」と歌われた赤鳥居。<br />

    鉄道唱歌で「赤き鳥居の神さびて立つは伏見の稲荷山」と歌われた赤鳥居。

  • 伏見稲荷神社。<br />

    伏見稲荷神社。

  • 伏見稲荷神社。<br />

    伏見稲荷神社。

  • 伏見稲荷神社の神の使いの狐。<br />

    伏見稲荷神社の神の使いの狐。

  • 伏見稲荷神社。<br />

    伏見稲荷神社。

  • 国学者・荷田春満(かだのあずままろ1669−1736年)の旧宅に建立された東丸神社(あずままろじんじゃ)。<br />

    国学者・荷田春満(かだのあずままろ1669−1736年)の旧宅に建立された東丸神社(あずままろじんじゃ)。

  • 伏見稲荷神社の桜。<br />

    伏見稲荷神社の桜。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • コクリコさん 2008/05/03 01:09:47
    伏見稲荷
    さすらいおじさんさん、こんばんは。

    さすらいおじさんさんは4月5日に伏見稲荷大社にいらしたんですね。
    私は4月4日に行きました。
    1日違いだったのですね。
    残念、次の日だったらすれ違っていたかもしれなかったのに。
    稲荷神社も桜が綺麗でしたね。
    でも、私は桜はさすらいえじさんさんのように上手に写せませんでした。

    ここの狐はきりっとしてスマートですね。
    同じ狐を写しても写す人によりそれぞれ個性があるのだなぁと興味深く拝見しました。

    さすらいおじさん

    さすらいおじさんさん からの返信 2008/05/04 15:02:31
    RE: 伏見稲荷
    コクリコさん

    京都をごらんいただきありがとうございます。
    コクリコさんも伏見稲荷大社に4月4日に参拝しておられたのですね。
    私はうっかりして肝心の連なった鳥居を見ることを忘れていました。頭が衰えてきたのかもしれません。
    次回に写真を撮りに行きたいです。好きなだけの写真でちっとも上達しませんが---

    桜の写真を撮っているとたくさんのカメラマンがおられますが、4TRAVELのメンバーの方がおられるのでは---と思うことがあります。
    結構すれ違っているかも知れませんね。


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