2006/09/21 - 2006/10/01
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pablitoさん
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ビーゴというスペイン北西部の港町から、わずか3両のローカル列車に乗車。南下してポルトガルに入るというルートである。スペインとポルトガルを回るとき、マドリードから飛行機でリスボンに入る2都市周遊とか、マドリードから夜行列車でリスボンに入るというルートが一般的らしい。
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きょうは朝早い出発。ホテルは朝食付きだったが、時間が早すぎて朝食を食べられなかった。7時半から朝食だったが7時45分の列車だったためである。つらくまだ暗い朝だったが、今回私が最も楽しみにしていた、ローカル列車による国境越え、朝から心はうきうきしていた。(死語)。【写真】ビーゴ駅
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ビーゴというスペイン北西部の港町から、わずか3両のローカル列車に乗車。南下してポルトガルに入るというルートである。スペインとポルトガルを回るとき、マドリードから飛行機でリスボンに入る2都市周遊とか、マドリードから夜行列車でリスボンに入るというルートが一般的らしい。スペイン北部を回りたいと私がまさよに話したときに、まさよはどうしてもポルトガル・リスボンに行きたい!と脅迫した(笑)。このため、そういうルートはないかと死にものぐるいで探したところ、1日に2本だけ、国境越えの直通列車があるとの情報をやっとの思いで手に入れた。よし、これだ!とすぐさま私は飛びついた。
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電車は午前7時45分にビーゴ駅を出発。青い車体の古くしなびた車体。午前7時35分まで車内の電気は消えており、「この電車こわれているの?」と思ったほどだ。前から2番目の車両に乗った私たちの横には、赤いシャツを着たお年寄り。そして一番後方には、私と同年代だが背丈も高く短髪で筋肉質。目つきの怖い男性が一人。時折痰を吐くような音を発し、私たちに「要注意人物」との認識を与えた。
やがて列車は30分ほどで、国境の「TUI」という駅に到着。ほどなくして、川を渡った。「ミーニョ」!となりのお年寄りがまさよにこう叫んだ。このミーニョ川でスペインとポルトガルは分け隔てられているのだ。 -
列車はそのまま海岸沿いを南下。左側には山。そして右側には海。ちょうど新潟の国道8号線を南西に下るときと同じ感覚である。わかる人にしかわからないけれど。
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ローカル列車しかも通勤時間帯だけに、この先のポルトガル第2の都市、ポルトに向かう人が列車に乗り込んでくる。学生風の学生、おばさん風のおばあさん、若者風のニートなどさまざまだ。しかし思うのは、ポルトガルの列車の車両の座席は日本のように一方向を向いていない。どういうことか矢印で示すと、日本が→→→→のように座席が並んでいるとすると、ポルトガルは常に→→←←なのだ。どちらへ向かうときも、かならず進行方向に対して後ろ向きで座らざるを得ない人が出ると言うことだ。私たちは車両の中央部分の席が→←となっている場所に座ったため、前に座っている人はみなこっちを見ている。ただでさえこんなローカル列車にアジア人が乗っていること自体珍しいだけに、みなこっちを見ているだけに、まさよが写真をとりまくっているもんだから、さらにみなこっちを見ているのだ。彼らにとって私たちは、観光客風の観光客ではない。「観光客」なのだ。
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そんな中でもとなりの親父は、また大きな声で、主要都市に近づくたびにその名前を大声で私たちに親切に教えてくれた。その親父のことをもまた乗客たちは、じっと見ていた。
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列車はゴトゴトと、時にはスピードを上げて走り、3時間ほどでポルトガル第2の都市、ポルトに到着。駅前の様子(写真左)。なかなか楽しいたびだったが、残念だったのは、「雨」。時間があればポルトの街を観光しようと思ったが、しとしとと降る雨と、ポルトガルという国のポルトという地名の安易さに辟易し、私たちは先をいそぐことにした。ポルトは世界遺産にも登録されている街。時間があれば今度ぜひまた見たい。
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ここで列車をいったん降りて、駅のカウンターでリスボンまでの特急券を購入。が!!、もうすでにスペイン語が通じない。私たちは二人とも大学でスペイン語を専攻していたので、スペインでは特に問題はないのだが、いきなりこんなにも通じないとは思わなかった。次に乗る特急は「アルファペンディラール」という、瞬間接着剤みたいな名前の列車である。(強引なこじつけ)。
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先ほどまでのローカル列車とは打って変わって、こちらは近代的な特急。車内販売もあるし、希望すれば食事を取ることもできる。1等のコンフォルト、2等のトゥリスタに分かれていて、料金も違うらしいが、私たちは2等にしたが十分こちらで楽しめるし快適だ。しかし先ほども述べたが、残念ながら席は後ろ向き。慣れるまではかなり気持ち悪かった。200キロ前後のかなりのスピードでポルトガルを南へ南へ失踪する。おっと、変換を間違えた。これでは
若人あきらに笑われる。 -
この列車にのって面白いと思ったのは、列車が停車中は常に、車内に音楽が流れるのだ。しかも変なオルゴールとかじゃなくて、ポップスとかロックとか。これは日本でやってみても面白い試みだなと思った。
ちなみにスペインとポルトガルには1時間の時差があり、スペインからポルトガルへ旅行をする際は1時間遅れ、ポルトガルからスペインに来ると1時間早まる。これは意外なことでまったく知らなかった。 -
ポルトからリスボンまでは3時間10分。ビーゴからだと6時間超を要して、午後2時25分、ポルトガルのサンタポローニャ駅に到着。早速ギンギラギンの日差しが私たちを照りつけた。先ほどの雨は南下してくるうちに晴れに変わっていたらしい。到着してすぐ、私は現金の残量が減ってくるとすぐに両替をしないと気が気でならない性格のため、要するに心配性。
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両替をする場所をタクシーの運転手に頼もうとタクシーに乗り込む。スペイン語で用件を伝えようとすると、向こうは「Do you speak English?」と話しかけてきた。何とか相手の言うことを理解しようとすればスペイン語でもいいのに、英語での会話を求めてくるあたり、スペインとポルトガルの歴史的背景をにじませていた。しかもその運転手に連れて行ってもらった銀行はいずれも両替をしていない銀行。悪質運転手だった。しかし市内には夜8時くらいまで営業している両替所がいたるところにあり、この心配は杞憂に終わる。
【サンタポローニャ駅】 -
これまで回ってきたところが比較的人口の少ない街ばかりだっただけに、リスボンという首都に来るとさすがに人の数が多く、にぎやかだという気がする。そしてよく目につくのは、アフリカ系人種の多いこと多いこと。ヨーロッパ系の顔立ちをした人と同じくらい黒い顔をしたラッツ&スターのような人々が数多くいる。これには驚いた。スペインではまず目にしなかった光景だ。
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街には赤い屋根の建物が立ち並んでいる。お城のように見えるのがリスボンのシンボル、「サンジョルジェ城」。日本語では早口言葉のようなこの言葉も、ポルトガル人はかむことなくすらすら言えるのだから驚きだ。
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早速バスとか地下鉄に乗り放題のパスを購入しようと、街中心部の広場一角にある売り場へと行ったが、英語もスペイン語もまるで通じない。もう単語を何度も繰り返して話すことでしか相手に伝わらない。非常にもどかしさを感じ、いらいらしてしまった。
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「なぜ私はこんなにも相手に伝えようと努力しているのに、なぜ相手は私のいいたいことをわかってくれないの?」
流行のポップスの歌詞にもなりそうな思いだった。 -
先ほどのサンジョルジェ城に行ってみた。歩いてもいけるが、リスボン7つの坂の街と呼ばれているらしい。行ったことある人はわかると思うが長崎みたいな感じなのだ。その坂の上にある城だから、あるくと臀部および大腿四頭筋、ヒラメ筋などに非常に負担がかかる。市中心部から出ている37番の市電(路面電車)に乗ると10分ほどで着いた。
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ここからの眺めは写真の通り。リスボンは南にテージョ川という川が流れており、それも含めた眺めは実に見ごたえがある。スルメとロッテのガムを一緒に口にいれると、実に噛みごたえがあると思うが、それにも似た感情だ。
サンジョルジェ城の内部は、イスラム建築っぽい、グラナダのアルハンブラ宮殿の城壁だけのこったようなつくりで、どこへいっても眺めがよいから、1時間はゆうに過ごせるほどの楽しい場所だった。 -
その後、路面電車に乗り込み、市内を循環する12番で1周してみることにした。狭い路地が坂道に張り巡らされているリスボン。そこを路面電車をはじめ、バス、タクシー、そしてマイカーがひしめき合うようにして走る。とても日本の比ではない。両側にわずか数センチしか余裕がなくても、日本ならそんな状況を招いた狭い道路を作った人、さらにそんな狭い状況を招いた違法駐車に怒りの矛先が向くような場面でも、ポルトガルの人は自らのハンドルさばきでスイスイ通り抜けてゆく。
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日本では「あぶないので窓から顔を出さない」。という交通標語が知られているが、実際に出していたとしても、顔や頭をぶつける可能性は、そんなに高くない。
しかしリスボンの坂道で窓から顔を出せば、間違いなく即死する。そう断言できるほど、彼らの運転は荒くも繊細だ。エフワンの強い選手がいる国ほど、狭い路地が多く、スレスレの運転をしなければならない環境が多いと言えるのではないか、そう思えたりもする。 -
ポルトガルはお菓子が有名らしい。たとえばカステラや金平糖などはポルトガルから伝わったといわれている。そしてこちらにはその原型となったものも多く販売されている。そして街のいたるところには「PASTELERIA」(お菓子や)があり、カフェも併設されていて必死でしのぎを削っている。荻窪がラーメン戦争なら、リスボンは「お菓子戦争」なのだ。それが一週間続いたとするならば、「僕らの7日間お菓子戦争」なのだ。
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ほどなく夕暮れを迎えた。写真とは関係ない話をするが、ポルトガルは街のいたるところで「国旗」を見かける。左半分が緑、右半分が赤の地の中央に「盾」をあしらったあの旗。アパートのベランダに飾ってあったり、ポールにくくりつけて家の屋根の上になびかせたり。また街のいたるところに掲揚してある。スペインでは国旗を掲げてあるのをあまり街で見かけない。これはポルトガルのほうが国を愛する心に忠誠である証拠なのかもしれないと思った。スペイン無敵艦隊がワールドカップで勝てず、ポルトガルがベスト4まで行くのも、「国」を後ろ盾にした団結力の違いなのかもしれないと思った。
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スペインだと「国旗」のほかに、それぞれの地方ごとに「州旗」というのがあって、地方によっては州の旗のデザインの方が前面に押し出されていると感じることもある。「スペインという国はない」と所以であり、弱さやはかなさでもあるなと思った。
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ようやく写真の話をすると、ただそれらをきょうの夕食に食べただけ。ということ。この時期はどのレストランもみな、店の外にテーブルを出し、外で食事をしている光景をよく見かける。また外で食事をするのは実に気持ちがいい。
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最後の写真はプリンだが、日本で食べるよりも味が濃くてべらぼーにうまい。
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きょうの締めとして、ジンジャー酒と呼ばれる人気のお酒を飲んでみることにした。リスボンには数件、この酒だけしかメニューにないという、飲み屋みたいなのがあって、みな小さなさかずきほどのコップに入れられた酒を、通りで楽しそうに飲み交わしていた。1杯1ユーロと安い。味はあま〜いさくらんぼの味をしっかりとしたアルコールのうまみが支えているという感じ。
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でも強い酒らしく、どうホテルに帰ったかはっきりとは覚えていない。さらにいつ寝たのかも定かでない。ベッドで寝ていたことに気づいたのは、夜中の3時くらいだった。
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