カンタブリア地方旅行記(ブログ) 一覧に戻る
<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />7月25日(火)Cobreces  22.8km<br /><br />早朝、barの箱に鍵を入れて出発の予定が、すっかり寝坊してしまった。<br />いつもなら、誰かが起きてその音で目覚めることも多いのだが、今日は個室の、しかも一戸建てである。<br />そのかわり、ゆっくり静かに眠ることができた。<br />barに行くと、おばちゃんはうれしそうに待っていてくれた。<br />箱に鍵が入ってないから心配したのだろう。<br />カウンターに座ると、大きなカフェ・コン・レチェとマドレーヌ、クッキーが出てきた。<br />今日は朝から充実した朝食だ。<br />ここからどうやって歩くのかを、イラスト入りの地図を書いて何度も説明してくれた。<br />心強い。<br />支払いをしようとすると、自分の胸をポンと叩き、これは私からのプレゼントだよと言う。<br /><br />夕べもらったくるみを見せて、これを割るにはどうしたらいいか聞くと、奥で割ってきてくれ、さらに多くのクルミとパンを包んで持たせてくれた。<br />店を出ようとして、壁に立てかけた杖を忘れそうになって、それを見て、おばちゃんが言う。<br />「もうこれは要らないんじゃないの?」<br />「うん、今はもう必要ないんだけど、バスクの山で拾ってお世話になった友達だから!」<br />おばちゃんは深く頷き納得してくれた。<br />そして固く抱き合ってbarを出た。<br /><br />まもなく、道の向こう側に、見たことのない巡礼者をみつけた。<br />誰だろう?<br />おじさんである。<br />ほんの少し、私より前を歩いているから、おじさんは私に気づかない。<br />「おじさ〜ん」(日本語で!)<br />と呼んでみた。道の向こうから返事がきた。<br />大きな通りを挟んで話をすると、初めて会ったフランス人のおじさんだった。<br />少し歩くと、またどこからともなくおじさんが現れ、手を振る。<br /><br />工場街を抜けた後は、なだらかで花が咲き乱れる丘に登って感動。<br />さらに歩くとSantillanaという村に出た。<br />ここに入ると、突然観光客の集団が小さな町を埋め尽くしている。<br />歩いていても、滅多に人に会わないのに、ビーチと同じように、ここにもスペインの観光客がたくさんいた。<br />昨日会ったアンドレは、目的通り歩けたなら、ここまで来たはずだった。<br />ここは、アルタミラの洞窟の足場となる町でもあるが、すばらしいロマネスク教会があった。<br />残念ながら、時間制限の関係で、中に入ることはできなかったが、外から見ても、その装飾の彫刻がすばらしい。<br />こういう表現は良くないかもしれないが、「かわいい」聖人が正面の入り口に並んでいる。<br />また、町中どこを歩いても、ヨーロッパらしい風情であふれていた。<br />観光客で混み合っているのと、お土産屋が多すぎるのが難点だが、ここはおすすめの町である。<br /><br />この村での私の一つの目的は、郵便局に行くことである。(あ〜っ、小さすぎる目的だわぁ〜)<br />ちょうど開業時間にタイミング良く、郵便局がある町を通るのを、2〜3日前から狙っていたのだ。<br />送り先は、この巡礼の後にボランティアとして行くアルベルゲである。<br />少したまってきたパンフレットや、要らない服などを送りたかった。<br />サンタンデールで海沿いのコースが載っているガイドブックをようやくみつけたものだから、その本をバラして、要らない「primitibo」の部分と日本から持ってきたガイドブックのコピーのやはり「primitibo」の分も重いので送っておくことにした。<br />この「北の道 Camino del Norte」は、今後「Primitibo」と呼ばれる内陸を歩くコースと、海沿いを多く歩くコースに、分かれるのだが、ほとんどの巡礼者が海沿いの「la Costa」を歩くと聞いていた。<br /><br /><br />郵便局を探していると、さっきのフランスのおじさんにばったり出会った。<br />さっきは道の向こう側から挨拶した程度だったが、今度は目の前にいる。<br />「また会ったね!」と、お互いに写真を撮り合い別れた。<br /><br />この村は、どこを見てもキュートで惹き付けられるものがたくさんあった。<br />郵便局での仕事を終えるとこの村では買い食いをすることに決定!<br />おいしそうなケーキやお菓子がたくさん売られていたからだ。きっとここの名物に違いない。<br />それぞれの店のケーキを食べて味を比べたり、新鮮なミルクを飲んだり・・・。<br /><br />そろそろこの村を出ようかという時、またフランスおじさんとばったり出会った。<br />不思議なことに、短い時間に何度も会うものだから、お互いにここでちゃんと名乗りをあげることにしたのだ。<br />おじさんの名は、ジャン・ピエールと言う。<br />ジャン・ピエールおじさんは、フランスで薬剤師をしていると言う。<br />バイヨンヌ(フランス)から歩き始めたらしい。<br />ジャン・ピエールおじさんと立ち話をしていると、通りがかりの地元の人に話しかけられた。<br />自分もかつて巡礼したので、何か困ったことがあったら連絡してほしいと、名刺をそれぞれにくれた。<br /><br />その後もすばらしかった。<br />Iglesia S .Pedroは丘の上にあり、これはまるでおとぎ話のような景色だった。<br />てっぺんの教会目指して、くねくねと一本道があった。<br />アニメではお約束の、丘の上のお城・・・いや、教会だった。<br /><br />その後は少しだけ道を間違えて、Novacesという村に着く。<br />ここの教会は古そうだが、南米リマにあったものを真似て300年前に建てられたのだそうだ。<br />ということは、この地域から、リマへ移住した人々が多くいるようなのだ。<br />スペイン北部の人々は、昔から海外へ出ていくことが、盛んだったのだろう。<br /><br />今度は、ひとなっつっこいペドロというかわいい少年が話しかけてきた。<br />どこから来たか聞くので、日本人だと答えると、自分は初めて日本人に出会ったと言い、これは貴重な経験だと言わんばかりである。<br />子供なのに、しっかりした口調である。<br /><br />みんなとても感じよく話しかけてきたり、挨拶したり、思い切り応援してくれる。<br />日記にはこう書いてある。<br />「道とは『目の前にあるのは道』ではなく、こうして応援してくれる地元の人たちの笑顔や傍らの草花。これらの点が繋がって線となって結ばれ、これが『道』になるのである。」<br /><br /><br />cobrecesという今日の目的地に入ってからも大変だった。<br />霧雨になり、急いで歩くが、町中を大きく回りながら、やっとのことでモナステレオ(修道院)にたどり着いた。<br />受付には、20歳くらいのマドリッドとセビリアから自転車で来た二人の男性が、修道士が出てくるのを待っていた。<br />私もそこでしばらく一緒に待つ。巡礼宿の受付をしてもらうためだ。<br />やっと修道士も出てきて、案内されたのは、モナステレオの片隅にある宿泊施設だった。<br />ベッドが一列に並べられた、細長い部屋で、一応二部屋に区切られていたが、パーテーションのドアは開け放した格好となっており、奥にトイレやシャワーがあるため、個室というほどではないが、私は奥の部屋を独り占めにできた。。<br /><br />今日は一人で近くのbar兼レストランに行ってみた。<br />雨が本格的になり、町には一件しかない店のようで、大にぎわいである。<br />しかし私の気持ちは複雑だった。<br />雨のせいもあるだろう。<br />ここに着くまでの迷路のような道のせいもあっただろう。<br />気が滅入ってしまうのである。<br />この『北の道』では、去年までの巡礼路で出会った人たちのような、サンティアゴを目指し、きちんと歩いている人は少ないような気がしていた。<br />自分自身もずいぶんと、無理をしている気がする。<br />たっぷりと時間があるはずなのに、この歩きの後の、ボランティアの約束の期日に間に合わせるために、必死で歩いている。<br />本当なら、四人組やロベルトたちと一緒に歩きたかったのに。<br />一方、今年も歩く以上はSantiagoに辿り着きたい。<br />しかしせっかく美しい道を歩き、ビーチに立ち寄りながらも、そこでゆっくりできずに、通り過ぎるだけである。<br /><br />今回は、出会った人たちとの時間を大切にする旅にするか、ゆっくりのんびりの歩きを優先する旅にするか、はたまたSantiago への目標達成の歩きにするべきか・・・考えてしまうのである。<br />そして今日出した結果は・・・・。<br />基本的には自分には少し厳しいくらいの課題を立て、自我を通さず、あとは「なりゆき」にまかせてみよう・・・と、ぼんやりと決めたのだった。<br /><br />結局今日のアルベルゲには、自転車の二人と私の三人しかおらず、広い部屋で、それぞれが悠々と場所を陣取った。<br />自転車組の二人には、電話がよくかかってくる。話ぶりから、家族のようで、心配する家族に対し、若い子らしく、少々つっけんどんに、『だいじょうぶだから心配しないで』と言っている。<br />家族の心配は、相当のようである。年は二十歳前後の学生のようだが、みかけは立派な成人男性で、しかも自転車に乗り、二人で旅をして、何が危険だと言うのか。やはりスペインでは、ファミリーの絆が強いのだろうが、少々過保護ぎみにも見えた。<br /><br />そんな電話が一通り終わった、夜の11時のことだった。<br />ガラス窓をノックする女の人がいる。<br />目が合うと、ドアを開けてくれと言っている。<br />自転車の二人に声をかけ、ドアを開けると、二人の女性が入ってきた。<br />母娘で、マドリッドからバスで15時間以上かけて来て、疲れきっていると言う。<br />明日はモナステレオでの集会があり、そのために来たが、泊まるところがないため、ここに泊めてくれないかと言う。<br />私たちはもちろん二人を追い出すことなんてできないし、到底泥棒には見えなかったので承諾すると、二人は私の部屋の方に来た。<br />部屋には10個くらいのベッドが並んでいたが、マットレスのスプリングを一つ一つ確認しながら、私のすぐ隣に母親が、その向こう隣に娘がベッドを取った。<br />娘は英語が上手で、快活な美人。母親は品の良いやさしそうな美しい人だった。<br />娘は<br />「母が『今日はお世話になって、ありがとう』と、あなたに伝えて欲しいと言っているわ。」<br />私たちはおじぎをして、静かにベッドに入った。<br /><br />相当二人は疲れていたのだろう。<br />横になったと思ったら、すぐに深い眠りに入っていき、二分もたたないうちに、大きな轟音がすぐ隣のベッドから聞こえてきた!<br />なんだ、これは???<br />今まで聞いたことがない、すさまじい音の波。<br />そう、波のように、定期的にドッキリするくらいの、大きな音が襲いかかってくるのである。<br />私は耐えるしかないと思った。<br />しかし目は冴えていくばかりである。<br />娘は静かだが、疲れて深く眠っているから聞こえないのか。はたまた慣れているのか・・・・・・。<br />外ではモナステレオの鐘の音が一時間おきににゴ〜ンと鳴る。<br />鐘が一つ。<br />二つ。<br />そして三つ。<br />もう耐えられない。<br />そうだ!ベッドを移動しよう。<br />私は壁から3つ目のベッドにいたので、一番端のベッドまで、ふたつほど平行移動した。<br />しかし!やや音はやや小さくなったものの、すさまじさは変わらない。<br />いよいよ鐘が四つ鳴った。四時である。<br />これでは翌日の歩きに影響するだろう。<br />こうなったら、隣の部屋に移動するしかない。<br />自転車の二人は、朝起きたらびっくりするかもしれないが、そんなことは言ってられない。<br />私は暗がりの中、荷物を持って隣の部屋の、あの二人の母娘とは、なるべく遠いベッドに移動した。<br />こっちの部屋の二人は、とても静か。<br />今度はベッドに入った途端、すぐに寝てしまった。

スペイン巡礼「北の道13」7月25日(火)Cobreces  22.8km

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2006/07/25 - 2006/07/25

54位(同エリア62件中)

13

95

night-train298

night-train298さん












7月25日(火)Cobreces  22.8km

早朝、barの箱に鍵を入れて出発の予定が、すっかり寝坊してしまった。
いつもなら、誰かが起きてその音で目覚めることも多いのだが、今日は個室の、しかも一戸建てである。
そのかわり、ゆっくり静かに眠ることができた。
barに行くと、おばちゃんはうれしそうに待っていてくれた。
箱に鍵が入ってないから心配したのだろう。
カウンターに座ると、大きなカフェ・コン・レチェとマドレーヌ、クッキーが出てきた。
今日は朝から充実した朝食だ。
ここからどうやって歩くのかを、イラスト入りの地図を書いて何度も説明してくれた。
心強い。
支払いをしようとすると、自分の胸をポンと叩き、これは私からのプレゼントだよと言う。

夕べもらったくるみを見せて、これを割るにはどうしたらいいか聞くと、奥で割ってきてくれ、さらに多くのクルミとパンを包んで持たせてくれた。
店を出ようとして、壁に立てかけた杖を忘れそうになって、それを見て、おばちゃんが言う。
「もうこれは要らないんじゃないの?」
「うん、今はもう必要ないんだけど、バスクの山で拾ってお世話になった友達だから!」
おばちゃんは深く頷き納得してくれた。
そして固く抱き合ってbarを出た。

まもなく、道の向こう側に、見たことのない巡礼者をみつけた。
誰だろう?
おじさんである。
ほんの少し、私より前を歩いているから、おじさんは私に気づかない。
「おじさ〜ん」(日本語で!)
と呼んでみた。道の向こうから返事がきた。
大きな通りを挟んで話をすると、初めて会ったフランス人のおじさんだった。
少し歩くと、またどこからともなくおじさんが現れ、手を振る。

工場街を抜けた後は、なだらかで花が咲き乱れる丘に登って感動。
さらに歩くとSantillanaという村に出た。
ここに入ると、突然観光客の集団が小さな町を埋め尽くしている。
歩いていても、滅多に人に会わないのに、ビーチと同じように、ここにもスペインの観光客がたくさんいた。
昨日会ったアンドレは、目的通り歩けたなら、ここまで来たはずだった。
ここは、アルタミラの洞窟の足場となる町でもあるが、すばらしいロマネスク教会があった。
残念ながら、時間制限の関係で、中に入ることはできなかったが、外から見ても、その装飾の彫刻がすばらしい。
こういう表現は良くないかもしれないが、「かわいい」聖人が正面の入り口に並んでいる。
また、町中どこを歩いても、ヨーロッパらしい風情であふれていた。
観光客で混み合っているのと、お土産屋が多すぎるのが難点だが、ここはおすすめの町である。

この村での私の一つの目的は、郵便局に行くことである。(あ〜っ、小さすぎる目的だわぁ〜)
ちょうど開業時間にタイミング良く、郵便局がある町を通るのを、2〜3日前から狙っていたのだ。
送り先は、この巡礼の後にボランティアとして行くアルベルゲである。
少したまってきたパンフレットや、要らない服などを送りたかった。
サンタンデールで海沿いのコースが載っているガイドブックをようやくみつけたものだから、その本をバラして、要らない「primitibo」の部分と日本から持ってきたガイドブックのコピーのやはり「primitibo」の分も重いので送っておくことにした。
この「北の道 Camino del Norte」は、今後「Primitibo」と呼ばれる内陸を歩くコースと、海沿いを多く歩くコースに、分かれるのだが、ほとんどの巡礼者が海沿いの「la Costa」を歩くと聞いていた。


郵便局を探していると、さっきのフランスのおじさんにばったり出会った。
さっきは道の向こう側から挨拶した程度だったが、今度は目の前にいる。
「また会ったね!」と、お互いに写真を撮り合い別れた。

この村は、どこを見てもキュートで惹き付けられるものがたくさんあった。
郵便局での仕事を終えるとこの村では買い食いをすることに決定!
おいしそうなケーキやお菓子がたくさん売られていたからだ。きっとここの名物に違いない。
それぞれの店のケーキを食べて味を比べたり、新鮮なミルクを飲んだり・・・。

そろそろこの村を出ようかという時、またフランスおじさんとばったり出会った。
不思議なことに、短い時間に何度も会うものだから、お互いにここでちゃんと名乗りをあげることにしたのだ。
おじさんの名は、ジャン・ピエールと言う。
ジャン・ピエールおじさんは、フランスで薬剤師をしていると言う。
バイヨンヌ(フランス)から歩き始めたらしい。
ジャン・ピエールおじさんと立ち話をしていると、通りがかりの地元の人に話しかけられた。
自分もかつて巡礼したので、何か困ったことがあったら連絡してほしいと、名刺をそれぞれにくれた。

その後もすばらしかった。
Iglesia S .Pedroは丘の上にあり、これはまるでおとぎ話のような景色だった。
てっぺんの教会目指して、くねくねと一本道があった。
アニメではお約束の、丘の上のお城・・・いや、教会だった。

その後は少しだけ道を間違えて、Novacesという村に着く。
ここの教会は古そうだが、南米リマにあったものを真似て300年前に建てられたのだそうだ。
ということは、この地域から、リマへ移住した人々が多くいるようなのだ。
スペイン北部の人々は、昔から海外へ出ていくことが、盛んだったのだろう。

今度は、ひとなっつっこいペドロというかわいい少年が話しかけてきた。
どこから来たか聞くので、日本人だと答えると、自分は初めて日本人に出会ったと言い、これは貴重な経験だと言わんばかりである。
子供なのに、しっかりした口調である。

みんなとても感じよく話しかけてきたり、挨拶したり、思い切り応援してくれる。
日記にはこう書いてある。
「道とは『目の前にあるのは道』ではなく、こうして応援してくれる地元の人たちの笑顔や傍らの草花。これらの点が繋がって線となって結ばれ、これが『道』になるのである。」


cobrecesという今日の目的地に入ってからも大変だった。
霧雨になり、急いで歩くが、町中を大きく回りながら、やっとのことでモナステレオ(修道院)にたどり着いた。
受付には、20歳くらいのマドリッドとセビリアから自転車で来た二人の男性が、修道士が出てくるのを待っていた。
私もそこでしばらく一緒に待つ。巡礼宿の受付をしてもらうためだ。
やっと修道士も出てきて、案内されたのは、モナステレオの片隅にある宿泊施設だった。
ベッドが一列に並べられた、細長い部屋で、一応二部屋に区切られていたが、パーテーションのドアは開け放した格好となっており、奥にトイレやシャワーがあるため、個室というほどではないが、私は奥の部屋を独り占めにできた。。

今日は一人で近くのbar兼レストランに行ってみた。
雨が本格的になり、町には一件しかない店のようで、大にぎわいである。
しかし私の気持ちは複雑だった。
雨のせいもあるだろう。
ここに着くまでの迷路のような道のせいもあっただろう。
気が滅入ってしまうのである。
この『北の道』では、去年までの巡礼路で出会った人たちのような、サンティアゴを目指し、きちんと歩いている人は少ないような気がしていた。
自分自身もずいぶんと、無理をしている気がする。
たっぷりと時間があるはずなのに、この歩きの後の、ボランティアの約束の期日に間に合わせるために、必死で歩いている。
本当なら、四人組やロベルトたちと一緒に歩きたかったのに。
一方、今年も歩く以上はSantiagoに辿り着きたい。
しかしせっかく美しい道を歩き、ビーチに立ち寄りながらも、そこでゆっくりできずに、通り過ぎるだけである。

今回は、出会った人たちとの時間を大切にする旅にするか、ゆっくりのんびりの歩きを優先する旅にするか、はたまたSantiago への目標達成の歩きにするべきか・・・考えてしまうのである。
そして今日出した結果は・・・・。
基本的には自分には少し厳しいくらいの課題を立て、自我を通さず、あとは「なりゆき」にまかせてみよう・・・と、ぼんやりと決めたのだった。

結局今日のアルベルゲには、自転車の二人と私の三人しかおらず、広い部屋で、それぞれが悠々と場所を陣取った。
自転車組の二人には、電話がよくかかってくる。話ぶりから、家族のようで、心配する家族に対し、若い子らしく、少々つっけんどんに、『だいじょうぶだから心配しないで』と言っている。
家族の心配は、相当のようである。年は二十歳前後の学生のようだが、みかけは立派な成人男性で、しかも自転車に乗り、二人で旅をして、何が危険だと言うのか。やはりスペインでは、ファミリーの絆が強いのだろうが、少々過保護ぎみにも見えた。

そんな電話が一通り終わった、夜の11時のことだった。
ガラス窓をノックする女の人がいる。
目が合うと、ドアを開けてくれと言っている。
自転車の二人に声をかけ、ドアを開けると、二人の女性が入ってきた。
母娘で、マドリッドからバスで15時間以上かけて来て、疲れきっていると言う。
明日はモナステレオでの集会があり、そのために来たが、泊まるところがないため、ここに泊めてくれないかと言う。
私たちはもちろん二人を追い出すことなんてできないし、到底泥棒には見えなかったので承諾すると、二人は私の部屋の方に来た。
部屋には10個くらいのベッドが並んでいたが、マットレスのスプリングを一つ一つ確認しながら、私のすぐ隣に母親が、その向こう隣に娘がベッドを取った。
娘は英語が上手で、快活な美人。母親は品の良いやさしそうな美しい人だった。
娘は
「母が『今日はお世話になって、ありがとう』と、あなたに伝えて欲しいと言っているわ。」
私たちはおじぎをして、静かにベッドに入った。

相当二人は疲れていたのだろう。
横になったと思ったら、すぐに深い眠りに入っていき、二分もたたないうちに、大きな轟音がすぐ隣のベッドから聞こえてきた!
なんだ、これは???
今まで聞いたことがない、すさまじい音の波。
そう、波のように、定期的にドッキリするくらいの、大きな音が襲いかかってくるのである。
私は耐えるしかないと思った。
しかし目は冴えていくばかりである。
娘は静かだが、疲れて深く眠っているから聞こえないのか。はたまた慣れているのか・・・・・・。
外ではモナステレオの鐘の音が一時間おきににゴ〜ンと鳴る。
鐘が一つ。
二つ。
そして三つ。
もう耐えられない。
そうだ!ベッドを移動しよう。
私は壁から3つ目のベッドにいたので、一番端のベッドまで、ふたつほど平行移動した。
しかし!やや音はやや小さくなったものの、すさまじさは変わらない。
いよいよ鐘が四つ鳴った。四時である。
これでは翌日の歩きに影響するだろう。
こうなったら、隣の部屋に移動するしかない。
自転車の二人は、朝起きたらびっくりするかもしれないが、そんなことは言ってられない。
私は暗がりの中、荷物を持って隣の部屋の、あの二人の母娘とは、なるべく遠いベッドに移動した。
こっちの部屋の二人は、とても静か。
今度はベッドに入った途端、すぐに寝てしまった。

  • コーヒーとケーキはおばちゃんの奢りでした。

    コーヒーとケーキはおばちゃんの奢りでした。

  • 親切にしてくれたおばちゃんとお別れです。

    親切にしてくれたおばちゃんとお別れです。

  • <br />


  • こんなところにも→

    こんなところにも→

  • 松ぼっくりが付いた杖は、この旅のお伴でした。

    松ぼっくりが付いた杖は、この旅のお伴でした。

  • ここでポランコのおばちゃんが用意してくれたパンとクルミをいただく。

    ここでポランコのおばちゃんが用意してくれたパンとクルミをいただく。

  • フランスのおじさん。

    フランスのおじさん。

  • 村のこどもたち

    村のこどもたち

  • ペドロ少年

    ペドロ少年

  • 修道院の中にあるアルベルゲ施設

    修道院の中にあるアルベルゲ施設

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この旅行記へのコメント (13)

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  • さざえはりんきでさん 2008/01/21 09:26:52
    Esplendido
    night-train298 さま
    こんな素晴らしい旅行記が連載中なのを初めて知りました。
    サンチャゴ街道を歩いていらっしゃるのですね。
    10年ほど前にコンポステッラを訪れたとき,巡礼者が歩む最後の1キロを散歩してみました。そしてルーブルから大聖堂までを歩くことを夢見てしまいましたが,結局気持だけに終わりました。折りしもサンチャゴ大学の創立5百年に当りお祭りをやっていましたが,何より大聖堂でのミサを垣間見,
    巡礼者に混じって手を繋いで世界の平和を祈りました。素晴らしい経験でした。歩いての巡礼行,羨ましくも尊敬します。
    思いだけは絶ちがたくFEVEに乗っての旅で満足しましたが,あなたの旅行記を拝見するとまたまた虫が騒ぎます。FEVEの各駅で巡礼の方々とよく出会いました。
    遡って旅行記を見せていただくと共にこれからも読み続けてゆきますので,
    宜しくお願い致します。

    night-train298

    night-train298さん からの返信 2008/01/22 01:41:36
    さざえはりんきでさん
    はじめまして!
    santiagoにいらっしゃったのですね!
    1km歩かれた!!これはもう巡礼の大きな一歩です。
    私も初めてsantiagoに行ったのは1994年、単なる通りすがりの旅行者だったのですが、あれが巡礼の第一歩でした。
    ぜひぜひ巡礼を実現してください!どんなことでも全面的にご協力させていただきますよ〜!

    さざえはりんきでさんの旅行記も拝見させていただきました。
    FEVEと聞いただけでも心が震えちゃう!
    もっともっとお話をお聞きしたいです。
    私も一度短い区間を乗ったことがあります。
    ほんとに不思議な列車ですよね。
    いつかゆっくり乗り継いで、フランス国境まで行きたいです。(バスクはエツコ・トレン)
    今、ハマっているのが、カンタブリアとバスクです。
    また遊びにいらしてくださいね〜!

    さざえはりんきで

    さざえはりんきでさん からの返信 2008/01/22 10:49:00
    RE: さざえはりんきでさん
    night-train298 さま
    早速ご返事ありがとうございます。スペインは大好きで2週間旅行を3度計画実行しました。アンダルシア,ラマンチャ,ガリシアに1度,アラゴン,バスクの1度。そして昨夏のカンタブリア,アストゥリア。
    night-train さまなら先刻ご存知でしょうが,北部地方はそれまで考えていた所謂スペイン風とはまるきり違った風土と人柄に大変驚きました。スペイン人といえば陽気で話し好き,片言のスペイン語でどんどん盛り上がると思っていたのに,北部の人は取っ付きが悪く,なにやら疑り深い顔つきでボソボソと話しますね。でも知り合えば親切に対応してくれます。開放的でないというだけでした。
    FEVE! よくまー潰れずにやって行けるなーと言う感じです。日に4本くらいしかなく,途中駅での乗降は少ないのに駅員はやたら多くいて,暇そうに自分の車を洗っていたり。その内,廃線になってバスに変わってしまうのではと心配。

    night-train298

    night-train298さん からの返信 2008/01/23 01:20:38
    さざえはりんきでさんさん
    ほんとに北スペインは気候も風土も人間も、、、違いますよね〜!
    最近は、北部の人たちの方に慣れてしまい、すっかり居心地良くなりましたが
    北部と言っても、東から西へ広いので、それぞれですよね。
    でも、緑が多いとやはりほっとします。(雨も多いですが!)

    Feveがなくならないうちに、早く乗りにいかないといけませんね。
    あれってすごくのろくありませんでしたか?
    私はあ辺りを歩いていたので、まあ、早く感じたものでしたが、各駅ですよね?
    椅子の座り心地はいかがでしたか?
    チケット代は?
    私は確か30km程度しか乗っていないのですが、バスよりは高かったような。
    ぜひ、FEVEの情報を、教えてくださいね!
    以前はユーレイルパスなどで旅行し、トーマスクックの時刻表が大好きなのですが、あの地図によると、かなり心細い細さの線ですよね。
    実際行ってみて、歩いていると駅はたくさんあるのですが、列車を見たことがない!
    巡礼路で、線路の上を歩いたこともありました。

    さざえはりんきで

    さざえはりんきでさん からの返信 2008/01/27 10:57:22
    RE: さざえはりんきでさんさん
    night-train さま
     ご返事遅れまして申し訳ありません。
     FEVE の車両は結構きれいでした。ポルトガルの鉄道に乗った直後だったためかも知れません。座席も新幹線のようなわけには行きませんが裂けていたり泥だらけだったりすることもありません。窓ガラスが汚れていたりするくらいです。ダイヤグラムは空き空きで思った時間に無い場合には,バスで駅間を繋ぎました。バスも通しと言うわけに行かず乗り継ぎを計画せざるを得ませんでしたが,30分くらいは平気で遅延します。遅れていてもスピードを上げてリカバーしようという考えはないようです。FEVE にしても同じです。しかも単線ですから,一端遅れ始めると上りと下りの相互作用でどんどん延着するようです。でも皆さん悠然たるもの。人間こうでなくてはいけませんね。
     ところで,night-train 様の写真の中に HORREOS らいいものが写っていましたね。
     HORREOS はガリシア西部からみかけましたが,皆小さくはと小屋程度で,実用性は感じられませんでした。東部に移るにしたがって写真にあるように大型化し,実用性のある建物に見えるのですが実際はどうなのでしょうか。

    night-train298

    night-train298さん からの返信 2008/01/28 00:01:10
    さざえはりんきでさん
    HORREOSって高床式の食物倉庫ですよね!?
    ガリシアでもたくさんありましたが、東に行くほど大きくなり、お蔵のようでしたね。
    アストゥリアス、カンタブリアの方が立派でした。
    中を覗いたことがないのでわかりませんが、確かに東の方が使われている感じでした。
    もしかしたら、物置になっているのかもしれませんが。
    北部は雨が多いからなのでしょうね。

    Feveの情報を、ありがとうございます。
    時刻表だけでしか見たことがなかったFeveの実態がわかってきて、ぜひ今度はFeveに頼って移動してみたいです。
    次回の計画(半分夢ですが)は、ヒホンからサンティアゴなんです。
    もちろん列車には乗らずに歩いて行くつもりですが、いつもはバスなどで移動していたけど、Feveを乗り継いでバスクの方に行きたいなぁ。

    エボラについても旅行記を書いていらっしゃいますね。
    私は最初は大のポルトガル贔屓だったのです。
    最初にリスボンが大好きになって、北から南、あちこち回りました。(プリント写真時代のことなので、4トラにはアップできていないのが残念!)
    今ももちろん好きなのですが、アレンテージョ地方はいいですね。
    2005年の暮れに行ったマルヴァオンという国境の鷹巣村がとても良かったです。

    さざえはりんきで

    さざえはりんきでさん からの返信 2008/01/28 10:13:12
    RE: さざえはりんきでさん
    night-train さま
     Horreos は構造としてはお書きになっておられる通り高床式の倉庫のようなものです。アストゥリアスも東のオビエド辺りでは大きくなって,本当に倉庫と食物倉庫として使っているのかもしれません。Ribadesella では観光用に保存してあり,中には入れませんでしたが周りの回廊には上がれました。ガリシア辺りでは,ずっと小さく丁度昔の日本で庭隅にあるお稲荷さんのように住居家屋から離れた場所にチョコンとある感じで,土着信仰に関係があるように見えました。ケルト文化と関係があるのでしょうか?
     ポルトガルはエボラ・リスボン・ポルト・ヴィーゴを4泊5日で駆け抜けたため味わうところまで行きませんでした。またゆるりと出かけたいところですね。しかしエボラはほんとによいところで一泊ながらアレンテージョ料理を楽しみました。こちらから山中を抜けてスペインに入るのも良さそうですね。
     ヒホンから上がりのサンチャゴまで海沿いですか。素晴らしいですね。何日くらいかかるのでしょう。この道筋ですと私達は Cudillero と Ribadeo に泊まりました。ともにとてもよいところでした。お出かけ楽しみですね。

    night-train298

    night-train298さん からの返信 2008/01/28 23:50:08
    さざえはりんきでさん


    こんばんは〜〜〜〜〜〜!
    最初のHorreosとの出会いはガリシアだったんです。
    ガリシアだけのものだと思っていました。
    ほんと、小さいんですよね〜。
    ところが2006年の夏に東から北の海沿いに歩いてみて、りっぱなものを何度も見かけました。

    さざえはりんきでさんは、スペインとポルトガルの違いをどうお感じになっていっらっしゃいますか?
    同じイベリア半島で、確かに言語などは似ているけど、風土も人柄もぜんぜん違うのが面白いと思うのです。
    私がハマっているサンティアゴ巡礼の道に、ポルトガルの道もあるんです。
    リスボンからは道が整っていないので、もっとずっと北から始めるようで、このコースもいつか歩いてみたいと思っています。

    Cudillero と Ribadeoですね。
    本で Ribadeoは見つけました。このコースでは、ここまでがコースト沿いで、この先から内陸方向に道は延びています。
    Gijonからだと13日。その前の私が一昨年歩いた分岐点からだと、もう一日長くなります。
    これは、私が持っているガイドブックによればなんですが。
    一日の歩く量は、短い日は14km。長い日は44km。もちろん自分で変えていいのですが。

    さざえはりんきで

    さざえはりんきでさん からの返信 2008/01/29 10:49:24
    RE: さざえはりんきでさん
    night-train さま
     HORREOS は大きい方と小さい方はどちらが原型に近いのでしょう。20世紀初頭のポーランドの民俗学者の研究があるようですが未だ見ていません。
     スペイン北部殊にガリシアにケルト文化が色濃く残っていることは,サンチャゴに行くまで不覚にも知りませんでした。以前書きましたサンチャゴのお祭りのときに大聖堂のバルコニーに楽師がずらりと並び,なんとバグパイプを演奏したのでびっくり。調べてみたら案内書にも言及がありました。
     そうですね。ポルトガルは日本から見るとスペインの一地方のようにしかみえないし(こんなことポルトガルで発言したら大変),言語も大阪弁と東京弁ほどの違いも感じられないのに,違いますね。ポルトガルは駆け足であまり経験がありませんが,それでも2・3度「なんで日本人がスペイン語を使うんだ。英語にしろ。」と嫌な顔をされました。勝手に世界を二分して覇権を争っていたときの後遺症なのでしょうか。確かにポルトガル人はやたらに溜め息をつきますね。どちらも親切でよい国民ですがポルトガルの方が少しだけ真面目なような気がしました。
     2週間歩き通しですが,凄いですね。山越えなどもあるでしょうし・・
     いずれ Ribadeo, Cudillero, Ribadesella などのことも書く積りですが
    Cudillero は可愛らしい漁港町で,なんでもバイキングの子孫が住んでいるとか。Caldereta (漁師鍋?)がとても美味しかったです。

    night-train298

    night-train298さん からの返信 2008/01/30 00:03:44
    さざえはりんきでさま
    そうですね、海沿いコースの巡礼路は、わりと平地が多いと思いますが、ガリシアに入って、内陸方向に向かうあたりは、けっこうキビシイ山越えになると思います。
    http://home.s00.itscom.net/hiromi/Norte06MapRute.html
    これが私が一昨年歩いたコースなんですが、こちらも山もきれいでした。
    また、セビリアからの「銀の道」でのガリシア近辺の山も素晴らしかったです。
    私はあのあたりでは、ルアルカだけは行ったことがあります。やはり魚介はおいしかったです!
    そうそう、そのとき思ったのですが、その辺りの人のスペイン語ってポルトガル語に似ていたり、雰囲気もポルトガル人ぽいなって思いました。
    スペインも、北と南じゃぜんぜん違うので、ポルトガル人とスペイン人と言っても語るのは難しいですよね。
    私は両国の人達って、ほんとにおもしろい!って観察しちゃいます。
    もちろん結論は出そうにはありませんが。

    ガリシアにケルト文化があるのは、海つながりなんでしょうね。そういう文化の分布っておもしろいですね。
    北の方は全体的に、魔女とかフェアリーの伝説が多く残るようですね。
    一昨年歩いていて思ったのですが、北全体を通して、アイルランドの景色も人間の雰囲気も共通点があるなと思いました。

    ところで質問です。
    さざえはりんきでさんとおいうお名前は・・・いったい???
    やっと覚えましたけど、難しいお名前ですね。
    もしさしつかえなけれな。由来などを御聞かせ下さい!

    さざえはりんきで

    さざえはりんきでさん からの返信 2008/01/30 22:16:00
    RE: さざえはりんきでさま
    night-train さま
    Ribadeo から Cudillero へ FEVE で移動する途中で,Luarca でも降りて1泊しようという計画でしたが,日本から宿がとれず通過しました。可愛らしい漁港で行って見たかったのですが。やはり良いところでしたか。ガリシア語はカスティージャ語とはかなり違うようですね。ガリシアにケルト文化が残っているのは多分オーストリア辺りで発生したケルト文明がヨーロッパを西へ広がり,フランス,スペインに広まり,最後はイギリス・アイルランドに行き着いた名残と思われます。その点ゲルマン人に追われて英国から先祖達の土地ブルターニュに逃げて,戻りケルトとなったブルトン人とは違うようです。文化や言語は行き止まりになるところでは古いものが残る傾向にあるようです。
    さて「さざえ云々」は江戸端唄「梅は咲いたか 桜は未だかいな」の6番目
      アサリ取れたか ハマグリまだかいな アワビくよくよ 片想い 
      サザエは悋気で 角ばっかり しょんがいな〜
    から取っています。
    どうも老人の黴臭い起こりで申し訳ありません。
    しかし最近レゲエとして若者に復刻しているとか聞きました。

    night-train298

    night-train298さん からの返信 2008/01/31 01:22:14
    さざえはりんきでさま
    ルアルカですね、サンティアゴからの小旅行にふさわしい、適当に近い場所で、お勧めの場所をスペイン人たちに聞いたところ、決めただけなのですが、きれいな所でした〜。
    そんな訳で、何の下調べも宿のことも考えずに行ったのですが、ちょうどお祭りの日で、宿は全て満室だったのです。
    でも、たまたま居た婦警さんに、藁をもすがる思いで訪ねたところ、彼女の知り合いの家を紹介したもらったのでした。
    お祭りは最高潮で、りんご酒をあちこちで振る舞ってもらい、また、港のそばで食べたマテ貝がおいしかったです。

    ケルトの発祥はオーストリアだったのですか・・・!
    セブレイロ峠で買ったのですが、キルト模様が刻まれたペンダントをいくつか持っています。
    ガリシア語は全くわからないのですが、Xを多様しますよね。土地の名前によく見られました。

    さざえはりんきでさんの由来をご披露いただき、ありがとうございました。
    なるほど〜、「梅は咲いたか・・・・・・」の続きがあるのですね。
    お名前に、イメージがはっきりしてきました。
    ありがとうございました!!

    night-train298

    night-train298さん からの返信 2008/02/01 01:11:40
    RE: RE: さざえはりんきでさま
    いつも楽しいお話をありがとうございます!

    明日から、PCが全く使えない場所へ10日ほど行ってしまうので、しばらくお話ができませんが、また遊びにいらしてくださいね〜〜〜〜〜!

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