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いつもの学会旅行で、2003年(平成15年)10月2日〜10月11日までの8泊10日でイタリアへ行ってきました。学会の目的地は花の都、フィレンツェです。一般の人のイメージとは違って、勤務医の待遇はあまり好くなく、今回の私の学会出張も全部自費です。ですから、飛行機代は今回はJALのマイレージ特典航空券(要するに、無料航空券)を使いました。そのかわり直行便はミラノまでです。地図で調べると、列車でフィレンツェまでは程よい距離ですし、ラッキーなことに5日の日にサッカーのセリエAの試合が途中にあるパルマで予定されています。パルマは中田で有名なチームですが、私は相手チームのサンプドリア所属の柳沢のファンです。ボローニャ、フェラーラ、モデナをうろちょろしてからパルマへ試合を見に行くことにしました。何せ、自費ですから却って気楽に、学会がてら貧乏旅行を堂々と楽しめるのです。<br /><br /><br />【自転車の町】<br />ミラノの空港で入国し、列車に乗り換えパルマを通過してボローニャも通過してベネチア方向のフェラーラへ行きました。何故、こんな珍しい所を知っているかというと、丁度数ヶ月前にテレビで自転車の町として有名だと見て知ったからです。駅に着くと、予想通りレンタ・サイクルがあり、のんびりと小さな町を回れました。自転車の町、フェラーラはのんびりできてよかったですが、石畳の国、イタリアは決して自転車には快適ではないです。ガタン、ガタンと振動が多くクッションが悪いのです。歩くのも、小さいカバンとはいえ、今は私もキャスター(車輪)のついたカバンですから、転がして歩くのは結構うっとうしいです。私は障害者の旅行にも興味を持っていますが、車イスなんかで移動するのは大変でしょう。<br /><br />フェラーラからボローニャに移動の列車では、うかつにも日時の刻印を忘れました。バスも同様ですが、改札のないこの国(たぶん、ヨーロッパの多くの国)では、切符を買うのは当然ですが、いつ、どの駅から乗ったかがわかるように、自分で各ホーム入口にある機械で刻印しなければいけません。そうしないと何回も同じ切符を使えるからです。それを忘れていたのです。短い路線なのに、運悪く車掌さんがやって来ました。やばいと思いましたが、あっ、しまったというような顔をしていたら、あっさりと次から気をつけろよという雰囲気で許してくれました。さすが、イタリアです。日本人には好意的なようです。<br /><br />ここで、20年も前のことを思い出しました。私はイギリスはあまり好きではありませんが、イギリス人も日本人が好きではないと思います。その当時、旅の途中で知りあった日本人はみんなイギリスで嫌な思いをして、悪口を言っていました。そのうちの一組が、列車料金を二重に払わされたと嘆いていました。たぶん、このような状況だったのでしょう。<br /><br />日本人だけなら、まだしもですが。ロンドンの安ホテル(と言ってもロンドンなので結構高い)で、英語の勉強のためにホテルで働いていたスペイン人の女の子二人と、イギリス人の悪口で盛り上がってしまいました。彼女らも、食べ物はまずいし、英語の勉強のためでなかったらこんな国なんか死んでも来ないと言っていました。私も同感でした。<br /><br />イギリスの料理のまずさは有名ですが、ロンドンで食べたイタリア料理(?)のスパゲッティほどまずいスパゲッティは、未だにどこの国でも食べたことがありません。今までに会った人でたった一人だけイギリス料理がおいしいと言った日本の女性がいます。いくら、食べ物は主観が入るとはいえ、医者である私は彼女に「味覚異常症」の診断を勝手につけました。まぁ、下戸で食べることにしか頭にない私にとっては、天国のイタリアと地獄のイギリスは両極端です。<br /><br />天国ではイギリス人が警察官、フランス人が料理人、ドイツ人が修理工、イタリア人が愛人、その全てをオーガナイズするのがスイス人。その逆に、地獄ではイギリス人が料理人、フランス人が修理工、スイス人が愛人、ドイツ人が警察官、その全てをオーガナイズするのがイタリア人。<br /><br />これはヨーロッパの有名なジョークですが、トマトにこだわりがあり、イタリア料理の方がフランス料理よりも好きな私は、天国ではイタリア人の料理人とフランス人の愛人に入れ替えて欲しいです。<br /><br />本当かどうか知りませんが、イタリアの国旗の赤、白、緑はそれぞれ、トマト、ガーリック、オリーブを象徴しているという説もあります。<br /><br />もうほとんど日本語にもなっているジェラートはやっぱりおいしいです。デザートで有名なティラミスのアイスクリームもありますが、少しくどい気がします。今回、発見して私が一番気に入ったのがピスターチオです。最初は、色が白か茶色のイメージだったので、少しビックリしました。でも、よく考えるとピスターチオの実自体は確かに緑色ですよね。最初見た時は、抹茶にしては少し色が薄いし、メロンだろうかとか思いました。とにかく、めちゃくちゃおいしかったです。<br /><br />以前私の病院にいた女医さんは、ロンドンが好きらしくミュージカルを見に行くと二度目の旅を楽しみにしていました。そういう目的ならロンドンもいいでしょう。でも、私なら迷わずニューヨークのブロードウェーへ行きます。<br /><br />私 「でも、イギリスは食べ物がおいしくないでしょ <br />   う。」<br />女医 「いいえ、ロンドンはおいしいですよ。」<br />私 「?!」<br />女医 「ロンドンのチャイナタウンの中華料理はおい    <br />   しいですよ。」<br /><br />乗り物の話に戻すと、電車も同様ですが、バスの中で切符が買えず、不便です。でも、よっぽど運が悪くなければ見つからないことも多そうですが。今回は、真面目にたばこ屋で多めに買い込みました。実は今まで余り真面目に払ったことがないので、あちこちにある「たばこ屋」で切符が買えるということも知りませんでした。もし、余っても1枚 1 euro (イタリアではエウロと発音)(約130円)程度なので、ケチな私でも今回は迷わずに買いました。<br /><br />翌日は、最古の大学がある(?)とかで有名なボローニャを昼間ブラブラしました。駅の大きさで推察されるように中規模の都市で、いつものように迷わず高い塔に登りました。眺めがいいので、高い教会だとか塔には私はほぼ必ず登ります。運動不足になりやすい旅行中にはいい運動にもなります。イタリアでおいしいものを腹一杯食べるためにも大事です。大抵、エレベーターはなく、ひたすら階段を歩くのみです。期待通り、オレンジ色に統一された瓦の家々などのイタリアらしい景色が一望できました。<br /><br />午後は、モデナへ移動し宿泊することにしました。翌日がパルマでの試合ですが、パルマは中田で日本人に有名になり過ぎ、その割には、ホテルも余りない程度の小都市らしいと聞いていたからと、モデナが vinegar(洋酢)の中でも最上級のバルサミコ酢で有名な町と知ったばかりだからです。<br /><br />モデナは思ったより大きな町でした。レストランでは、地元の名物料理をと注文すると、バルサミコ酢で味付けした牛肉のステーキが出てきました。独特の甘さがあり、変わった味でおいしかったです。もちろん、生野菜サラダはアメリカでもよくある vinegar and oil(洋酢とオリーブオイル)のドレッシングで、しかもバルサミコ酢とエキストラバージン・オイルで最高の味です。ミネストローネ(野菜)スープは、やはり北イタリアはトマトの赤い色は抜きでした。トマトの大好きな私は、南の赤いトマト入りのスープの方が好きですが、トマト抜きでも非常においしかったです。バルサミコ酢はオリーブオイルよりやや濃い色の普通の洋酢と違い、色も濃いブドウ色(紺色)で、独特の風味と甘味があります。後で知ったのですが、色の通り原料はブドウで、しかもウィスキーのように20年物とかがあり、年代物は値段も相当高いようです。日本で売っているバルサミコ酢も全てモデナ産と書いています。<br /><br />【サッカー観戦】<br />いよいよ楽しみにしていたサッカー観戦の日曜日、朝早くモデナを出発する時は快晴だったのに、電車でたった20〜30分のパルマに着くと大雨です!さぁ、困りました。心配していた通り、パルマの駅は小さく、荷物預かりもコインロッカーもありません。今晩は、夕方の列車でいよいよ学会場のフィレンツェなのでホテルに預ける訳にもいきません。もちろん傘も持っていません。<br /><br />こういう時には、冷静に!しかも、図々しく!これがわが貧乏旅行のコツです。まずは、駅前のカフェに入いります。 80 centisimo (cents)(約100円)のエスプレッソを立ち飲みします。ここで作戦を開始します。人のよさそうなマスターに bagaglio (baggage) を ホテルで預かってもらえなくて困っているということを、イタリア語の単語とイタリア人並みの大きなジェスチャーで説明しました。すると、あっさりカウンターの横に置いてくれました。ついでに、傘を持ってないので &quot;No umbrella!&quot; と叫んでみました。イタリア語で傘を何というのか知らなかったので、英語のumbrella!をローマ字読みで「ウンブレラ」と発音してみました。たぶん、通じるだろうと思っていました。正解です!あっさり、奥から緑と青色の派手な、でもイタリアらしく決して下品でない傘を持って来てくれました。マスターは自分の大事な傘だからちゃんと持って帰ってこいよと言っているようでした。後で、調べたら傘はイタリア語で ombrello でした。これだから、欧米の言葉は楽しいのです。ちょっと発音が訛っているだけで似たような言葉が多いから、あてずっぽうで会話する楽しみがあり、結構、それで何とか通じるのです。やはり、イタリア人は親切です。食べ物もおいしいし、またまた、イタリアが大好きになりました。<br /><br />無事に、カフェに荷物を預け、傘を借りた私でしたが、幸いしばらくすると小雨になり、小さな町そうだし、午後3時からの試合なのにまだ10時過ぎなので、ブラブラと歩き始めました。幅の狭い川沿いの道路を歩き始めました。よく、こんな小さな町にセリエAのプロチームがあるなぁと不思議です。日曜日なので、ほとんどの店が閉まっています。それで、尚更活気がないのでしょう。食いしん坊の私は、レストランが見当たらないのが気になっていますが、ブラブラ歩き続けます。正午が近づいてきたので、入場券も買わないといけないので早めに競技場 (stadio; stadium) へ行くことにして、バス停へ向かいました。ところがバスに乗るまでもなく、次の停留所が stadio と書いています。もう少し歩くことにしました。「 Dov&#39;e il stadio?; Where is the stadium? (競技場はどこですか?)」貧乏旅行には、この「どこに?」という文章は必須です!やはり、近そうです。方向を確認して、歩き続けるとサンプドリアの選手のバスとすれ違います。間違いない!競技場に着くと、まずあわてずに様子を探ります。ダフ屋がいそうかどうか?でも、たぶん正規の入場券が買えるでしょう。旅慣れている私の勘は鋭く、たいていの場合は当たります。<br /><br />小康状態だった雨足が強くなってきました。入場券売り場を覗くと、運のいいことに日本人の女性がいて、どうもイタリア語ができそうです。こういう時は遠慮なく利用させてもらおう。お陰でスンナリいい席が取れました。英語圏を中心に、私自身ずいぶん人助けをしてきました。たまには、逆の立場に甘えてもいいでしょう。一番高い中央席 (centrale)(105ユーロ)は避け (laterale)75ユーロにしました。但し、当然柳沢のいるサンプドリア側です。前列6列目。ちなみに、donna (女性)は優遇されていて半額以下(35ユーロ)のようです。傘は借りてきましたが大雨になってきたので、念のために3ユーロの雨合羽を買いました。ついていません。何もよりによって、大事な試合の日に雨が降らなくてもいいのに。<br /><br />さぁ、昼食だ。米国の大リーグ野球だったら、ホットドッグ程度しかありませんが、ここはイタリアです。「 Dov&#39;e una trattoria?; Where is a restaurant? 」と聞いてみると、すぐ近くにレストランがあるということです。素晴らしい!試合の前に、ちゃんとした食事ができるとは、さすがイタリアです。bistecca(beef steak) と野菜サラダを注文します。アウェーのサンプドリアのサポーターが続々とやって来て、段々、混み合ってきます。まだ、試合が始まっていないのに、すでに緊張感が伝わってきます。私が、食事を終えて外へ出るころには人が溢れていました。早めに食事を終えて正解でした。<br /><br />二時頃、早めに観客席に着きました。幸い、雨はあがりました。競技場は割りと小さく、たぶん2万人程度しか入らないでしょう。試合前のアップでは、柳沢の姿も中田の姿もないので不安でしたが、ベンチ入りの選手発表では二人とも名前がありました。試合は1−0でパルマが先制しました。期待の後半、目の前で柳沢がアップを始め、後半20分過ぎに登場しました。意外なことに中田の登場はその後で後半30分近くでした。地元パルマ のユニフォームは私の地元、Jリーグの大分トリニータと同じ青と黄色でした。試合はそのまま終わりましたが、我が「Yanagisawa」はまぁまぁでした。中田は余り目立たなかった試合でした。<br /><br />&gt; もりきゃんです。<br /><br />&gt; またのところに穴のあいた深紅のパンティを300<br />&gt; 0円で買いました。忘年会で頭にかぶって遊び、その&gt; 後スナックのママにプレゼントするつもりで鞄の中<br />&gt; に入れていたら、ついさっき家族に見つかりました。&gt; 人間のクズのごと言われておこられ、悲しい気持ちで&gt; す。<br /><br />上記のメーリングリスト仲間の「もりきゃん」程ではないですが・・・ 今回の私の一連のイタリア紀行でわかるように、私は「貧乏旅行」「体験旅行」が基本的に大好きで、先日放送された「視聴者レポーター版世界ウルルン滞在記」に家族に内緒で応募しました(8000人以上の応募があったそうです)。ところが、わざわざ葉書で落選のおことわりの連絡がきたのです。かみさんには、最大の軽蔑と呆れた表情で「合格してたらどうするつもりやったん?また、学会に行くとか言って一人でこっそり行くつもりやったん?」と言われ、子供たち4人にも嘲笑されました。末っ子のニタニタして「お父さん、ウルルンに応募したんやろ?!」のことばは今でも耳に残っています。でも、実はこの子が一番私の血を引いていて、ウルルンの中でも、先進国よりもジャングル編が大好きなのです。<br /><br />【フィレンツェへ】<br />サンプドリア対パルマのスピード感のある試合の余韻を楽しみながら、てくてく歩いてパルマの駅へ向かいました。試合の直前からはずっと雨は上がっていました。頭の中では、さすがに図々しい私もカフェのマスターにチップを渡したほうがいいかどうか考えていました。5ユーロにしようか10ユーロにしようかとも迷っていました。結局、カフェに着いた私の右手の中には、5ユーロ札が一枚ありました。まず、マスターを見つけ、イタリア人に負けないくらい大げさにお礼を言い (Tanto grazie!)、傘を返しチップを渡そうとしましたが、マスターは受け取らず、ジェスチャーで若いのにやってくれと言っているようでした。そこでカウンターで働いている男性にチップを渡しました。<br /><br />夕方の列車に乗る前に隣の pizzeria に入りました。私の食べ物の嗅覚は鋭く、このピザ屋はパスしたかったのですが、他に店が開いてなかったのです。日曜日です。中に座って食べたピザは悪い予感通り、いまいちの味でした。おいしいのが当然のこの国では、まして今回の旅でも数少ないハズレでした。でも、野菜サラダはおいしかったです。素材の野菜が新鮮だからでしょう。日本人の大学生風の若者が中に入って来て中で食べたら値段が違うのかと英語で聞いていました。でも、ウェーターには英語が通じないようです。そこで、「学生さん、値段が違うのはこの辺では常識だよ。」と教えてあげました。コーヒー(当然、エスプレッソ)の立ち飲みはもちろん、立ち食いも安いようです。中に座って飲み食いすると、パン代とサービス料ということで、2〜3ユーロ余計にかかるようです。合理的でいいシステムだと思います。それと急ぐ時には便利です。いつも思うのですが、パスタがおいし過ぎるせいか、パンだけはイタリアはいまいちだと感じます。他のヨーロッパの国のパンは非常においしいのですが。<br /><br />夕方のパルマからフィレンツェへの列車はこの国らしく、30分程出発が遅れました。試合を見に来ていた日本人も多く、この列車にも多くの日本人が乗っていました。せっかく、1等席の予約を取っていたのに、乗り込んだ場所が悪く、狭い通路にあふれかえった人で動けず2等席でしかも立たされました。同じようなアホな3人組の日本人と話しました。彼等も同じく1等席の切符を持っているのですが。彼等をサッカー場で見かけた気がします。熊本から来たそうです。「仕事のような用事」で来たついでにサッカーを見に来たと言います。意味不明です。怪しい連中です。夜、10時過ぎにフィレンツェに着きました。さすがの私も学会の期間のホテルは予約してあります。私にとってはリッチな105ユーロもするホテルです。バス・タブもちゃんと付いています。私は何度もヨーロッパを訪れましたが、ホテルにバス・タブがあった記憶はほとんどありません。せいぜいシャワー付きの安ホテルです。テレビなんかはついていません。<br /><br />【フィレンツェでの学会】<br />ここで、誤解のないように強調しておきます。少し寄り道しましたが、次の4日間は真面目に学会に行きました。朝早く起き、私にしては贅沢なパン、コーヒー以外の生ハムやジュースやチーズの朝食(ホテル代込み)を済ませ、学会場へ歩いて行きます。バッソ要塞 (Fortezza da Basso) を利用して学会場にしています。さすが、歴史のあるフィレンツェです。今回の学会は ICS(International Continence Society)と言います。直訳すると「国際(尿)禁制の学会」です。ちょっとややこしいですが、尿失禁(いわゆる、お漏らし)の反対の意味の尿禁制(尿が漏れないこと)という名前の国際学会で、排尿障害の学会で泌尿器科の中でもマニアックな、でも大事な学会です。癌学会のように生死にかかわる病気ではないですが、QOL(生活の質)の上では非常に大事です。<br /><br />私自身はもっとマニアックな「間質性膀胱炎」に最近興味を持ち、今年の3月には京都での国際会議に co-moderator として参加しました。その時に知りあった多くの世界中の医者もこの学会にも参加していました。来月は、ポスター発表ではありますが、ワシントン D.C.でのNIH(米国立衛生研究所)主催の「間質性膀胱炎」会議に出席の予定です。「間質性膀胱炎」は日本ではまだ泌尿器科医にも余りはっきりとは認知されてない病気ですが、実際には尿失禁と同じで苦しんでいる患者さんは相当いるはずです。一言で言うと、原因不明の「膀胱痛や頑固な頻尿」の症状を呈す難病です(もちろん、ありふれた細菌性の膀胱炎ではありません)。<br /><br />日本だけかと思っていましたが、他の国でも「尿失禁」は病気とは思われていないらしく、実際には膨大な数の患者さんがいるのに、病院に来るのはその内の何分の一にも満たないようです。「膀胱」の問題という認識もないので、日本では特に女性が婦人科や内科へ行くことも多いようです。若い医者はともかく、年配の婦人科や内科の開業医は不勉強な人も多く、医者自身が「尿失禁」を病気とは思っていないし、ましてや色々な適切な治療法(骨盤底筋群体操、薬、手術等)があるのを知りません。<br /><br />国際学会ということもあり、600ユーロもの大金の参加費を払って会場へ入りました。さすがに、立派な黒カバンをもらえました。いつもは中途半端なカバンをもらう(買わされる?)のですが、今回のは使えそうです。大きさが丁度いい。高い学会だけあって、無料の昼食があるらしいので、昼休みに昼食会場へ行くとビックリしました。昨日、列車で一緒だった怪しい3人組の日本人がいたのです。彼等も私と同様に、学会前に試合を見に行っていたのでした。彼等は、K大の泌尿器科の若手の医者でした。K大の医局も貧乏らしく、ポスターとはいえ、自分の発表もあるのに一銭もお金が出ないらしいです。Q大も以前より貧乏ですが、交通費の一部くらいは今でも出るはずです。「仕事のような用事」と言った彼らの気持ちが私には痛いようにわかります。学会発表とは言え、自費で来ているのだから、半分は仕事でも半分は堂々と海外旅行に来ているのです。<br /><br />今回の学会は場所が場所だけに、みんながレオナルド・ダ・ビンチの解剖を引用して称賛していました。今学会のシンボルマークもしゃれた絵文字で Firenze の英語名の Florence と書いてあり、ミケランジェロの彫刻「ダヴィデ」の写真を使っています。国際学会の楽しいところで、発表者にも色々ユニークな人がいて、ある北欧の人は学会発表なのに長々と3分間くらい自分の都市の観光案内をしていました。<br /><br />学会2日目、昼休みを利用して、観光の定番らしいミケランジェロ広場へ行くことにしました。もちろん、市バスのautobus(アウト・ブスと発音する)で。タクシーは私にとっては、よっぽどの時の贅沢です。アルノ川を渡って、小高い丘の方へバスは進みます。途中で適当に下車してtrattoria に入りました。地元の人しかいないようです。こういう所は期待できます。サラダ、スープ (Zuppa)、パスタ、フィレンツェ風Tボーンステーキ (Bistecca alla Fiorentina)を注文します。海岸から遠いフィレンツェは、魚介類でなく、肉が有名でこのTボーンステーキが名物らしいです。自分で塩・コショウするアメリカのステーキも嫌いではありませんが、ちゃんと最初から味付けしてあるステーキも非常においしかったです。期待通り、この店は観光客がいないぶん安くておいしかったです。60分以内なので、新たな切符を使わずに再度バスに乗れました。<br /><br />ミケランジェロ広場はお上りさんが必ず来るだけあって、確かに眺めはいいし、フィレンツェの象徴であるドゥオーモ (Duomo; Cattedrale) をバックに写真を撮って、「フィレンツェに行って来た」と自慢したい向きには最高のスポットのようです。へそ曲がりな私は、おいしいジェラートを食べながら40分程、誰も見ない反対側の郊外の景色も楽しみながら、のんびりと過ごしました。驚いたことに、その間にも、日本人のツアーのバスが3台、韓国人のバス1台、たぶん他のヨーロッパからのバス1台が続々とやって来ました。観光バスを見るたびに、なぜ図体があんなにバカでかいのかと不思議な思いをします。観光バスは決められた場所にしかいかないので、面白みがありません。旅は、金をかけない方がむしろ面白くなるというのが私の持論です。<br /><br />私の出身地の大分県人、ラテン気質説があります。私の一つのこじつけは、まず言葉に共通性があります。「〜ち、ほいち(そして)」「〜ちょる、わかっちょる(わかっている)」という風に、「ち」、「ちょ」の音が多いのが大分弁です。イタリア語は ci を「ち」、ce を「ちぇ」と発音するので同様に「ち」と「ちぇ」の発音が多いので似ています。<br /><br />私の尊敬する先輩の医学部教授が、ボストンのハーバード大学の留学から帰国して会った時に、「何か知らんけど、スペイン語っちゅうのは、チンコ・マ○○ばっかし言ってるなぁ!」と言っていました。アメリカのラテン化はすさまじく、ニューイングランド地方まで、スペイン語を喋るヒスパニックが結構いるようです。上記の説の私なりの解釈は、スペイン語で5が cinco (シンコ)で、イタリア語では cinque (チンクェ、チンケ)です。だから、その先生の耳にはチンコと聞こえたのでしょう。<br /><br />学会場には、医療機械メーカーや製薬会社の展示ブースがあります。もちろん、宣伝のためです。海外の学会の場合、日本ではまだ認可されてない道具や新治療法の情報が入ります。お陰でコーヒーくらいはタダで飲めます。バイアグラで有名なファイザー製薬のコーナーには、日本人の参加者のためにイタリア語のわかる日本人女性がコンパニオンとして雇われていました。彼女はイタリア人の男性と結婚しているらしくフィレンツェ郊外在住で、色々な事を聞きだしました。<br /><br />まず、イタリアでは自宅にバス・タブが全くない家庭も珍しくないそうです。やはり、「風呂」はシャワーで身体を清潔にするだけの場所のようです。日本人には「風呂」とは呼べないです。だから、当然安ホテルにはバス・タブはないのです。通貨がリラの時には、10万 centomila (hundred thousand) とか言っていたのに、ユーロに変わってからは、13とかの小さい数字に変わっています。そのどさくさで、かなり物価は上がったようで、お年寄りは通貨の変化についていけないそうです。<br /><br />イタリア男性はスケベで有名ですが、本当だそうです。公務員がワイロを要求したり、女性の体を要求したりで逮捕される事件が珍しくないそうです。彼女が「イタリアの男性は・・・」と言うと、だんなさんは、むきになって怒るそうで、「ほとんどのイタリアの男性は・・」と訂正させるそうです。やはり、すごい国ですね。皮肉なことに、身体にいい美味しい食事をし、人生を楽しんでいるせいか、この国も少子高齢化の問題は深刻なようです。<br /><br />【帰国の途へ】<br />最後の夜は、場合によってはミラノまで行って宿泊しようと思っていたので、最後のフィレンツェのホテルは予約していませんでした。で、結局4泊したホテルは悪くはないですが、105ユーロ(1ユーロ=130円)もする割にはたいしたことなかったので、結局2つ星の50ユーロの安ホテルに移りました。バス・タブがシャワーに変わっただけで私には、身分相応で快適でした(不必要なビデは必ずついています!)。テレビまでついています。但し、安ホテルは1階にフロントもなく、ベルを押すと中から鍵が開き、軽い荷物を持ち上げて歩いて2階に上がるとフロントがあり、また歩いて3階の部屋まで上がります。こういう時のためにも、貧乏旅行には荷物は最低限にしておく必要があります。<br /><br />最終日は夜9時半にミラノを立つ便に乗る予定だったので、それまでの時間を最大限利用して、朝早くウッフィツイ(Uffizi) 美術館へ行きました。前日で学会は終了しています。ここで私は「大発見」をしました。朝早く行ったので、予約券がなくても、あまり並ばずに中へ入れました。ルネッサンス発祥の地、フィレンツェの美術館だけに14〜16世紀の絵画を中心に展示しています。さすがに、ボッティチェッリの作品くらいは知っていましたが、同じ部屋に有名な「春(Primavera)  」と「ヴィーナスの誕生」がありました。こういう所では、ツアーの客のガイドが解説しています。勝手に近づいて聞くとタダで説明が聞けます。イギリスのツアーらしいところに近づくと英語版の解説も聞けます。<br /><br />部屋どうしもかなりつながっているのですが、廊下もあります。そして、廊下には主に彫刻が置いてあります。男性の肉体美・筋肉美を表現したものばかりです。何故か、女性の裸の彫刻はありません。さすがに、彫刻は素晴らしくかなりリアルです。高い所にあるので、ちょ<br />うど生殖器が目の前にあります。陰嚢、陰茎、包皮がよ〜く観察できます。20体程じっくりと観察したところで気がつきました。少なくとも15世紀頃のイタリアの男性はみんな立派な「包茎」です。日本人に多い柔らかそうな包皮の余った、軽い「仮性包茎」ではなく、イ<br />タリア人のそれは「真性包茎」に限りなく近い、しかも包皮が慢性炎症をおこして少し堅くなっている「包茎」です。亀頭部はほとんど見えません。感動しました!名作です。ここまで、解剖学的に観察できる程、精密に彫られているのです。泌尿器科専門医の私が言うのですから間違いありません。イタリアは彫刻も素晴らしい! <br /><br />感動とともに、昼過ぎのミラノ行きの特急列車に乗りました。地理的に北部にあり、他のヨーロッパの国を回る時に途中になるので、何回もこの Milano Centrale (ミラノ中央駅)には来た事があります。いつ見ても、バカでかい駅でターミナルのホームは3階か4階にあるイメージです。まず、マルペンサ国際空港に行きやすいようにノルド駅 (Nord; north) へ地下鉄で移動。ギリギリの時間の切符を買います。そして、コインロッカーを見つけます。セントラル・コントロールのようで、カバンを入れ、中央にコインを挿入すると、自分のロッカーの所の目印の色が緑から赤に変わり、使用中を示します。しゃれ過ぎている、ちょっと不安です。このイタリアでちゃんと作動するのでしょうか?<br /><br />身軽になったところで、もう一度地下鉄に乗り、有名なミラノのドゥオーモ (Duomo) へ行きます。以前に見たことはありますが、残念ながら今回は修理中で広場に面した正面は全て幕で覆われていました。アーケード街の pizzeria でピザを食べます。おいしかったですが、場所柄か結構高かったです。そして、ノルド駅へ戻ります。まだ少し時間があるのでブラブラすると、立派な古城がありました。駅に戻ろうとすると方向がわからなくなりました。「Dov&#39;e la stazione?; Where is the station?」またしても役に立つ表現です。あまり、時間に余裕がありません。悪い癖でぎりぎりまでうろちょろしたいのです。コインロッカーへ戻り、コインと引き換えに出てきたトークンを中央に入れます。すると、自分のロッカーの所の目印の色が赤から緑へ変わり始めました。でも、途中で止まってしまいました。パニックです!嫌な予感が当たりました。時間がない。大したものは入ってないが、カバンを捨てて飛行機に乗ると二度とカバンを取り戻すのは不可能でしょう。でも、国際線に乗り遅れます。裏側に人がいます。とにかく、叫んで助けを求めました。幸い、マスターキーで開けてくれました。原因は私のカバンがロッカーの大きさに対して大き過ぎ、中から押していたかららしいです。ともかく、空港列車にぎりぎり間に合い、飛行機に無事に乗れました。<br /><br />本来なら、目一杯休みを利用して土・日・月(祭日)の3連休ぎりぎりに帰ってくるのが私の当然のスケジュールですが、今回は珍しく土曜日に福岡へ帰ってきました。なしか?翌日の日曜日に町内会の運動会でリレーに出るためです。小さい頃から足の速かった私はリレーではいつもスターでした。未だに、リレーは大好きです。福岡に帰って15時間後に予選とたぶん決勝の2回走る予定です。ミラノから成田への機内では、いつも以上に水分摂取に気を配り、むやみに機内をうろちょろし、ロングフライト血栓症(エコノミークラス症候群)の予防をしました。こうして、私の6回目の、でも何と15年ぶりのイタリア旅行は無事に終わったのでした。<br /><br /><br />長い文章を読んでいただき有難うございました。私は、海外旅行に興味のある医者で、「旅行医学」という「旅行の時の健康予防」に関する学会、日本旅行医学会の認定医です。<br />これを読んで興味をもった人は、是非私のウェブサイトをご覧下さい。 http://www.kanoya-travelmedica.com<br /><br />旅行好きを仕事にするため、「空飛ぶドクター」を目指しています。そんな私が「海外旅行時の健康管理」に関する本を4月21日から出しました。悠飛社(03-5327-6052)坂本泰樹。「機内にお医者さんはいませんか?」空飛ぶドクターの海外旅行と健康管理。<br />

フィレンツェへの学会旅行

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2003/10 - 2003/10

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空飛ぶドクター

空飛ぶドクターさん

いつもの学会旅行で、2003年(平成15年)10月2日〜10月11日までの8泊10日でイタリアへ行ってきました。学会の目的地は花の都、フィレンツェです。一般の人のイメージとは違って、勤務医の待遇はあまり好くなく、今回の私の学会出張も全部自費です。ですから、飛行機代は今回はJALのマイレージ特典航空券(要するに、無料航空券)を使いました。そのかわり直行便はミラノまでです。地図で調べると、列車でフィレンツェまでは程よい距離ですし、ラッキーなことに5日の日にサッカーのセリエAの試合が途中にあるパルマで予定されています。パルマは中田で有名なチームですが、私は相手チームのサンプドリア所属の柳沢のファンです。ボローニャ、フェラーラ、モデナをうろちょろしてからパルマへ試合を見に行くことにしました。何せ、自費ですから却って気楽に、学会がてら貧乏旅行を堂々と楽しめるのです。


【自転車の町】
ミラノの空港で入国し、列車に乗り換えパルマを通過してボローニャも通過してベネチア方向のフェラーラへ行きました。何故、こんな珍しい所を知っているかというと、丁度数ヶ月前にテレビで自転車の町として有名だと見て知ったからです。駅に着くと、予想通りレンタ・サイクルがあり、のんびりと小さな町を回れました。自転車の町、フェラーラはのんびりできてよかったですが、石畳の国、イタリアは決して自転車には快適ではないです。ガタン、ガタンと振動が多くクッションが悪いのです。歩くのも、小さいカバンとはいえ、今は私もキャスター(車輪)のついたカバンですから、転がして歩くのは結構うっとうしいです。私は障害者の旅行にも興味を持っていますが、車イスなんかで移動するのは大変でしょう。

フェラーラからボローニャに移動の列車では、うかつにも日時の刻印を忘れました。バスも同様ですが、改札のないこの国(たぶん、ヨーロッパの多くの国)では、切符を買うのは当然ですが、いつ、どの駅から乗ったかがわかるように、自分で各ホーム入口にある機械で刻印しなければいけません。そうしないと何回も同じ切符を使えるからです。それを忘れていたのです。短い路線なのに、運悪く車掌さんがやって来ました。やばいと思いましたが、あっ、しまったというような顔をしていたら、あっさりと次から気をつけろよという雰囲気で許してくれました。さすが、イタリアです。日本人には好意的なようです。

ここで、20年も前のことを思い出しました。私はイギリスはあまり好きではありませんが、イギリス人も日本人が好きではないと思います。その当時、旅の途中で知りあった日本人はみんなイギリスで嫌な思いをして、悪口を言っていました。そのうちの一組が、列車料金を二重に払わされたと嘆いていました。たぶん、このような状況だったのでしょう。

日本人だけなら、まだしもですが。ロンドンの安ホテル(と言ってもロンドンなので結構高い)で、英語の勉強のためにホテルで働いていたスペイン人の女の子二人と、イギリス人の悪口で盛り上がってしまいました。彼女らも、食べ物はまずいし、英語の勉強のためでなかったらこんな国なんか死んでも来ないと言っていました。私も同感でした。

イギリスの料理のまずさは有名ですが、ロンドンで食べたイタリア料理(?)のスパゲッティほどまずいスパゲッティは、未だにどこの国でも食べたことがありません。今までに会った人でたった一人だけイギリス料理がおいしいと言った日本の女性がいます。いくら、食べ物は主観が入るとはいえ、医者である私は彼女に「味覚異常症」の診断を勝手につけました。まぁ、下戸で食べることにしか頭にない私にとっては、天国のイタリアと地獄のイギリスは両極端です。

天国ではイギリス人が警察官、フランス人が料理人、ドイツ人が修理工、イタリア人が愛人、その全てをオーガナイズするのがスイス人。その逆に、地獄ではイギリス人が料理人、フランス人が修理工、スイス人が愛人、ドイツ人が警察官、その全てをオーガナイズするのがイタリア人。

これはヨーロッパの有名なジョークですが、トマトにこだわりがあり、イタリア料理の方がフランス料理よりも好きな私は、天国ではイタリア人の料理人とフランス人の愛人に入れ替えて欲しいです。

本当かどうか知りませんが、イタリアの国旗の赤、白、緑はそれぞれ、トマト、ガーリック、オリーブを象徴しているという説もあります。

もうほとんど日本語にもなっているジェラートはやっぱりおいしいです。デザートで有名なティラミスのアイスクリームもありますが、少しくどい気がします。今回、発見して私が一番気に入ったのがピスターチオです。最初は、色が白か茶色のイメージだったので、少しビックリしました。でも、よく考えるとピスターチオの実自体は確かに緑色ですよね。最初見た時は、抹茶にしては少し色が薄いし、メロンだろうかとか思いました。とにかく、めちゃくちゃおいしかったです。

以前私の病院にいた女医さんは、ロンドンが好きらしくミュージカルを見に行くと二度目の旅を楽しみにしていました。そういう目的ならロンドンもいいでしょう。でも、私なら迷わずニューヨークのブロードウェーへ行きます。

私 「でも、イギリスは食べ物がおいしくないでしょ 
   う。」
女医 「いいえ、ロンドンはおいしいですよ。」
私 「?!」
女医 「ロンドンのチャイナタウンの中華料理はおい    
   しいですよ。」

乗り物の話に戻すと、電車も同様ですが、バスの中で切符が買えず、不便です。でも、よっぽど運が悪くなければ見つからないことも多そうですが。今回は、真面目にたばこ屋で多めに買い込みました。実は今まで余り真面目に払ったことがないので、あちこちにある「たばこ屋」で切符が買えるということも知りませんでした。もし、余っても1枚 1 euro (イタリアではエウロと発音)(約130円)程度なので、ケチな私でも今回は迷わずに買いました。

翌日は、最古の大学がある(?)とかで有名なボローニャを昼間ブラブラしました。駅の大きさで推察されるように中規模の都市で、いつものように迷わず高い塔に登りました。眺めがいいので、高い教会だとか塔には私はほぼ必ず登ります。運動不足になりやすい旅行中にはいい運動にもなります。イタリアでおいしいものを腹一杯食べるためにも大事です。大抵、エレベーターはなく、ひたすら階段を歩くのみです。期待通り、オレンジ色に統一された瓦の家々などのイタリアらしい景色が一望できました。

午後は、モデナへ移動し宿泊することにしました。翌日がパルマでの試合ですが、パルマは中田で日本人に有名になり過ぎ、その割には、ホテルも余りない程度の小都市らしいと聞いていたからと、モデナが vinegar(洋酢)の中でも最上級のバルサミコ酢で有名な町と知ったばかりだからです。

モデナは思ったより大きな町でした。レストランでは、地元の名物料理をと注文すると、バルサミコ酢で味付けした牛肉のステーキが出てきました。独特の甘さがあり、変わった味でおいしかったです。もちろん、生野菜サラダはアメリカでもよくある vinegar and oil(洋酢とオリーブオイル)のドレッシングで、しかもバルサミコ酢とエキストラバージン・オイルで最高の味です。ミネストローネ(野菜)スープは、やはり北イタリアはトマトの赤い色は抜きでした。トマトの大好きな私は、南の赤いトマト入りのスープの方が好きですが、トマト抜きでも非常においしかったです。バルサミコ酢はオリーブオイルよりやや濃い色の普通の洋酢と違い、色も濃いブドウ色(紺色)で、独特の風味と甘味があります。後で知ったのですが、色の通り原料はブドウで、しかもウィスキーのように20年物とかがあり、年代物は値段も相当高いようです。日本で売っているバルサミコ酢も全てモデナ産と書いています。

【サッカー観戦】
いよいよ楽しみにしていたサッカー観戦の日曜日、朝早くモデナを出発する時は快晴だったのに、電車でたった20〜30分のパルマに着くと大雨です!さぁ、困りました。心配していた通り、パルマの駅は小さく、荷物預かりもコインロッカーもありません。今晩は、夕方の列車でいよいよ学会場のフィレンツェなのでホテルに預ける訳にもいきません。もちろん傘も持っていません。

こういう時には、冷静に!しかも、図々しく!これがわが貧乏旅行のコツです。まずは、駅前のカフェに入いります。 80 centisimo (cents)(約100円)のエスプレッソを立ち飲みします。ここで作戦を開始します。人のよさそうなマスターに bagaglio (baggage) を ホテルで預かってもらえなくて困っているということを、イタリア語の単語とイタリア人並みの大きなジェスチャーで説明しました。すると、あっさりカウンターの横に置いてくれました。ついでに、傘を持ってないので "No umbrella!" と叫んでみました。イタリア語で傘を何というのか知らなかったので、英語のumbrella!をローマ字読みで「ウンブレラ」と発音してみました。たぶん、通じるだろうと思っていました。正解です!あっさり、奥から緑と青色の派手な、でもイタリアらしく決して下品でない傘を持って来てくれました。マスターは自分の大事な傘だからちゃんと持って帰ってこいよと言っているようでした。後で、調べたら傘はイタリア語で ombrello でした。これだから、欧米の言葉は楽しいのです。ちょっと発音が訛っているだけで似たような言葉が多いから、あてずっぽうで会話する楽しみがあり、結構、それで何とか通じるのです。やはり、イタリア人は親切です。食べ物もおいしいし、またまた、イタリアが大好きになりました。

無事に、カフェに荷物を預け、傘を借りた私でしたが、幸いしばらくすると小雨になり、小さな町そうだし、午後3時からの試合なのにまだ10時過ぎなので、ブラブラと歩き始めました。幅の狭い川沿いの道路を歩き始めました。よく、こんな小さな町にセリエAのプロチームがあるなぁと不思議です。日曜日なので、ほとんどの店が閉まっています。それで、尚更活気がないのでしょう。食いしん坊の私は、レストランが見当たらないのが気になっていますが、ブラブラ歩き続けます。正午が近づいてきたので、入場券も買わないといけないので早めに競技場 (stadio; stadium) へ行くことにして、バス停へ向かいました。ところがバスに乗るまでもなく、次の停留所が stadio と書いています。もう少し歩くことにしました。「 Dov'e il stadio?; Where is the stadium? (競技場はどこですか?)」貧乏旅行には、この「どこに?」という文章は必須です!やはり、近そうです。方向を確認して、歩き続けるとサンプドリアの選手のバスとすれ違います。間違いない!競技場に着くと、まずあわてずに様子を探ります。ダフ屋がいそうかどうか?でも、たぶん正規の入場券が買えるでしょう。旅慣れている私の勘は鋭く、たいていの場合は当たります。

小康状態だった雨足が強くなってきました。入場券売り場を覗くと、運のいいことに日本人の女性がいて、どうもイタリア語ができそうです。こういう時は遠慮なく利用させてもらおう。お陰でスンナリいい席が取れました。英語圏を中心に、私自身ずいぶん人助けをしてきました。たまには、逆の立場に甘えてもいいでしょう。一番高い中央席 (centrale)(105ユーロ)は避け (laterale)75ユーロにしました。但し、当然柳沢のいるサンプドリア側です。前列6列目。ちなみに、donna (女性)は優遇されていて半額以下(35ユーロ)のようです。傘は借りてきましたが大雨になってきたので、念のために3ユーロの雨合羽を買いました。ついていません。何もよりによって、大事な試合の日に雨が降らなくてもいいのに。

さぁ、昼食だ。米国の大リーグ野球だったら、ホットドッグ程度しかありませんが、ここはイタリアです。「 Dov'e una trattoria?; Where is a restaurant? 」と聞いてみると、すぐ近くにレストランがあるということです。素晴らしい!試合の前に、ちゃんとした食事ができるとは、さすがイタリアです。bistecca(beef steak) と野菜サラダを注文します。アウェーのサンプドリアのサポーターが続々とやって来て、段々、混み合ってきます。まだ、試合が始まっていないのに、すでに緊張感が伝わってきます。私が、食事を終えて外へ出るころには人が溢れていました。早めに食事を終えて正解でした。

二時頃、早めに観客席に着きました。幸い、雨はあがりました。競技場は割りと小さく、たぶん2万人程度しか入らないでしょう。試合前のアップでは、柳沢の姿も中田の姿もないので不安でしたが、ベンチ入りの選手発表では二人とも名前がありました。試合は1−0でパルマが先制しました。期待の後半、目の前で柳沢がアップを始め、後半20分過ぎに登場しました。意外なことに中田の登場はその後で後半30分近くでした。地元パルマ のユニフォームは私の地元、Jリーグの大分トリニータと同じ青と黄色でした。試合はそのまま終わりましたが、我が「Yanagisawa」はまぁまぁでした。中田は余り目立たなかった試合でした。

> もりきゃんです。

> またのところに穴のあいた深紅のパンティを300
> 0円で買いました。忘年会で頭にかぶって遊び、その> 後スナックのママにプレゼントするつもりで鞄の中
> に入れていたら、ついさっき家族に見つかりました。> 人間のクズのごと言われておこられ、悲しい気持ちで> す。

上記のメーリングリスト仲間の「もりきゃん」程ではないですが・・・ 今回の私の一連のイタリア紀行でわかるように、私は「貧乏旅行」「体験旅行」が基本的に大好きで、先日放送された「視聴者レポーター版世界ウルルン滞在記」に家族に内緒で応募しました(8000人以上の応募があったそうです)。ところが、わざわざ葉書で落選のおことわりの連絡がきたのです。かみさんには、最大の軽蔑と呆れた表情で「合格してたらどうするつもりやったん?また、学会に行くとか言って一人でこっそり行くつもりやったん?」と言われ、子供たち4人にも嘲笑されました。末っ子のニタニタして「お父さん、ウルルンに応募したんやろ?!」のことばは今でも耳に残っています。でも、実はこの子が一番私の血を引いていて、ウルルンの中でも、先進国よりもジャングル編が大好きなのです。

【フィレンツェへ】
サンプドリア対パルマのスピード感のある試合の余韻を楽しみながら、てくてく歩いてパルマの駅へ向かいました。試合の直前からはずっと雨は上がっていました。頭の中では、さすがに図々しい私もカフェのマスターにチップを渡したほうがいいかどうか考えていました。5ユーロにしようか10ユーロにしようかとも迷っていました。結局、カフェに着いた私の右手の中には、5ユーロ札が一枚ありました。まず、マスターを見つけ、イタリア人に負けないくらい大げさにお礼を言い (Tanto grazie!)、傘を返しチップを渡そうとしましたが、マスターは受け取らず、ジェスチャーで若いのにやってくれと言っているようでした。そこでカウンターで働いている男性にチップを渡しました。

夕方の列車に乗る前に隣の pizzeria に入りました。私の食べ物の嗅覚は鋭く、このピザ屋はパスしたかったのですが、他に店が開いてなかったのです。日曜日です。中に座って食べたピザは悪い予感通り、いまいちの味でした。おいしいのが当然のこの国では、まして今回の旅でも数少ないハズレでした。でも、野菜サラダはおいしかったです。素材の野菜が新鮮だからでしょう。日本人の大学生風の若者が中に入って来て中で食べたら値段が違うのかと英語で聞いていました。でも、ウェーターには英語が通じないようです。そこで、「学生さん、値段が違うのはこの辺では常識だよ。」と教えてあげました。コーヒー(当然、エスプレッソ)の立ち飲みはもちろん、立ち食いも安いようです。中に座って飲み食いすると、パン代とサービス料ということで、2〜3ユーロ余計にかかるようです。合理的でいいシステムだと思います。それと急ぐ時には便利です。いつも思うのですが、パスタがおいし過ぎるせいか、パンだけはイタリアはいまいちだと感じます。他のヨーロッパの国のパンは非常においしいのですが。

夕方のパルマからフィレンツェへの列車はこの国らしく、30分程出発が遅れました。試合を見に来ていた日本人も多く、この列車にも多くの日本人が乗っていました。せっかく、1等席の予約を取っていたのに、乗り込んだ場所が悪く、狭い通路にあふれかえった人で動けず2等席でしかも立たされました。同じようなアホな3人組の日本人と話しました。彼等も同じく1等席の切符を持っているのですが。彼等をサッカー場で見かけた気がします。熊本から来たそうです。「仕事のような用事」で来たついでにサッカーを見に来たと言います。意味不明です。怪しい連中です。夜、10時過ぎにフィレンツェに着きました。さすがの私も学会の期間のホテルは予約してあります。私にとってはリッチな105ユーロもするホテルです。バス・タブもちゃんと付いています。私は何度もヨーロッパを訪れましたが、ホテルにバス・タブがあった記憶はほとんどありません。せいぜいシャワー付きの安ホテルです。テレビなんかはついていません。

【フィレンツェでの学会】
ここで、誤解のないように強調しておきます。少し寄り道しましたが、次の4日間は真面目に学会に行きました。朝早く起き、私にしては贅沢なパン、コーヒー以外の生ハムやジュースやチーズの朝食(ホテル代込み)を済ませ、学会場へ歩いて行きます。バッソ要塞 (Fortezza da Basso) を利用して学会場にしています。さすが、歴史のあるフィレンツェです。今回の学会は ICS(International Continence Society)と言います。直訳すると「国際(尿)禁制の学会」です。ちょっとややこしいですが、尿失禁(いわゆる、お漏らし)の反対の意味の尿禁制(尿が漏れないこと)という名前の国際学会で、排尿障害の学会で泌尿器科の中でもマニアックな、でも大事な学会です。癌学会のように生死にかかわる病気ではないですが、QOL(生活の質)の上では非常に大事です。

私自身はもっとマニアックな「間質性膀胱炎」に最近興味を持ち、今年の3月には京都での国際会議に co-moderator として参加しました。その時に知りあった多くの世界中の医者もこの学会にも参加していました。来月は、ポスター発表ではありますが、ワシントン D.C.でのNIH(米国立衛生研究所)主催の「間質性膀胱炎」会議に出席の予定です。「間質性膀胱炎」は日本ではまだ泌尿器科医にも余りはっきりとは認知されてない病気ですが、実際には尿失禁と同じで苦しんでいる患者さんは相当いるはずです。一言で言うと、原因不明の「膀胱痛や頑固な頻尿」の症状を呈す難病です(もちろん、ありふれた細菌性の膀胱炎ではありません)。

日本だけかと思っていましたが、他の国でも「尿失禁」は病気とは思われていないらしく、実際には膨大な数の患者さんがいるのに、病院に来るのはその内の何分の一にも満たないようです。「膀胱」の問題という認識もないので、日本では特に女性が婦人科や内科へ行くことも多いようです。若い医者はともかく、年配の婦人科や内科の開業医は不勉強な人も多く、医者自身が「尿失禁」を病気とは思っていないし、ましてや色々な適切な治療法(骨盤底筋群体操、薬、手術等)があるのを知りません。

国際学会ということもあり、600ユーロもの大金の参加費を払って会場へ入りました。さすがに、立派な黒カバンをもらえました。いつもは中途半端なカバンをもらう(買わされる?)のですが、今回のは使えそうです。大きさが丁度いい。高い学会だけあって、無料の昼食があるらしいので、昼休みに昼食会場へ行くとビックリしました。昨日、列車で一緒だった怪しい3人組の日本人がいたのです。彼等も私と同様に、学会前に試合を見に行っていたのでした。彼等は、K大の泌尿器科の若手の医者でした。K大の医局も貧乏らしく、ポスターとはいえ、自分の発表もあるのに一銭もお金が出ないらしいです。Q大も以前より貧乏ですが、交通費の一部くらいは今でも出るはずです。「仕事のような用事」と言った彼らの気持ちが私には痛いようにわかります。学会発表とは言え、自費で来ているのだから、半分は仕事でも半分は堂々と海外旅行に来ているのです。

今回の学会は場所が場所だけに、みんながレオナルド・ダ・ビンチの解剖を引用して称賛していました。今学会のシンボルマークもしゃれた絵文字で Firenze の英語名の Florence と書いてあり、ミケランジェロの彫刻「ダヴィデ」の写真を使っています。国際学会の楽しいところで、発表者にも色々ユニークな人がいて、ある北欧の人は学会発表なのに長々と3分間くらい自分の都市の観光案内をしていました。

学会2日目、昼休みを利用して、観光の定番らしいミケランジェロ広場へ行くことにしました。もちろん、市バスのautobus(アウト・ブスと発音する)で。タクシーは私にとっては、よっぽどの時の贅沢です。アルノ川を渡って、小高い丘の方へバスは進みます。途中で適当に下車してtrattoria に入りました。地元の人しかいないようです。こういう所は期待できます。サラダ、スープ (Zuppa)、パスタ、フィレンツェ風Tボーンステーキ (Bistecca alla Fiorentina)を注文します。海岸から遠いフィレンツェは、魚介類でなく、肉が有名でこのTボーンステーキが名物らしいです。自分で塩・コショウするアメリカのステーキも嫌いではありませんが、ちゃんと最初から味付けしてあるステーキも非常においしかったです。期待通り、この店は観光客がいないぶん安くておいしかったです。60分以内なので、新たな切符を使わずに再度バスに乗れました。

ミケランジェロ広場はお上りさんが必ず来るだけあって、確かに眺めはいいし、フィレンツェの象徴であるドゥオーモ (Duomo; Cattedrale) をバックに写真を撮って、「フィレンツェに行って来た」と自慢したい向きには最高のスポットのようです。へそ曲がりな私は、おいしいジェラートを食べながら40分程、誰も見ない反対側の郊外の景色も楽しみながら、のんびりと過ごしました。驚いたことに、その間にも、日本人のツアーのバスが3台、韓国人のバス1台、たぶん他のヨーロッパからのバス1台が続々とやって来ました。観光バスを見るたびに、なぜ図体があんなにバカでかいのかと不思議な思いをします。観光バスは決められた場所にしかいかないので、面白みがありません。旅は、金をかけない方がむしろ面白くなるというのが私の持論です。

私の出身地の大分県人、ラテン気質説があります。私の一つのこじつけは、まず言葉に共通性があります。「〜ち、ほいち(そして)」「〜ちょる、わかっちょる(わかっている)」という風に、「ち」、「ちょ」の音が多いのが大分弁です。イタリア語は ci を「ち」、ce を「ちぇ」と発音するので同様に「ち」と「ちぇ」の発音が多いので似ています。

私の尊敬する先輩の医学部教授が、ボストンのハーバード大学の留学から帰国して会った時に、「何か知らんけど、スペイン語っちゅうのは、チンコ・マ○○ばっかし言ってるなぁ!」と言っていました。アメリカのラテン化はすさまじく、ニューイングランド地方まで、スペイン語を喋るヒスパニックが結構いるようです。上記の説の私なりの解釈は、スペイン語で5が cinco (シンコ)で、イタリア語では cinque (チンクェ、チンケ)です。だから、その先生の耳にはチンコと聞こえたのでしょう。

学会場には、医療機械メーカーや製薬会社の展示ブースがあります。もちろん、宣伝のためです。海外の学会の場合、日本ではまだ認可されてない道具や新治療法の情報が入ります。お陰でコーヒーくらいはタダで飲めます。バイアグラで有名なファイザー製薬のコーナーには、日本人の参加者のためにイタリア語のわかる日本人女性がコンパニオンとして雇われていました。彼女はイタリア人の男性と結婚しているらしくフィレンツェ郊外在住で、色々な事を聞きだしました。

まず、イタリアでは自宅にバス・タブが全くない家庭も珍しくないそうです。やはり、「風呂」はシャワーで身体を清潔にするだけの場所のようです。日本人には「風呂」とは呼べないです。だから、当然安ホテルにはバス・タブはないのです。通貨がリラの時には、10万 centomila (hundred thousand) とか言っていたのに、ユーロに変わってからは、13とかの小さい数字に変わっています。そのどさくさで、かなり物価は上がったようで、お年寄りは通貨の変化についていけないそうです。

イタリア男性はスケベで有名ですが、本当だそうです。公務員がワイロを要求したり、女性の体を要求したりで逮捕される事件が珍しくないそうです。彼女が「イタリアの男性は・・・」と言うと、だんなさんは、むきになって怒るそうで、「ほとんどのイタリアの男性は・・」と訂正させるそうです。やはり、すごい国ですね。皮肉なことに、身体にいい美味しい食事をし、人生を楽しんでいるせいか、この国も少子高齢化の問題は深刻なようです。

【帰国の途へ】
最後の夜は、場合によってはミラノまで行って宿泊しようと思っていたので、最後のフィレンツェのホテルは予約していませんでした。で、結局4泊したホテルは悪くはないですが、105ユーロ(1ユーロ=130円)もする割にはたいしたことなかったので、結局2つ星の50ユーロの安ホテルに移りました。バス・タブがシャワーに変わっただけで私には、身分相応で快適でした(不必要なビデは必ずついています!)。テレビまでついています。但し、安ホテルは1階にフロントもなく、ベルを押すと中から鍵が開き、軽い荷物を持ち上げて歩いて2階に上がるとフロントがあり、また歩いて3階の部屋まで上がります。こういう時のためにも、貧乏旅行には荷物は最低限にしておく必要があります。

最終日は夜9時半にミラノを立つ便に乗る予定だったので、それまでの時間を最大限利用して、朝早くウッフィツイ(Uffizi) 美術館へ行きました。前日で学会は終了しています。ここで私は「大発見」をしました。朝早く行ったので、予約券がなくても、あまり並ばずに中へ入れました。ルネッサンス発祥の地、フィレンツェの美術館だけに14〜16世紀の絵画を中心に展示しています。さすがに、ボッティチェッリの作品くらいは知っていましたが、同じ部屋に有名な「春(Primavera) 」と「ヴィーナスの誕生」がありました。こういう所では、ツアーの客のガイドが解説しています。勝手に近づいて聞くとタダで説明が聞けます。イギリスのツアーらしいところに近づくと英語版の解説も聞けます。

部屋どうしもかなりつながっているのですが、廊下もあります。そして、廊下には主に彫刻が置いてあります。男性の肉体美・筋肉美を表現したものばかりです。何故か、女性の裸の彫刻はありません。さすがに、彫刻は素晴らしくかなりリアルです。高い所にあるので、ちょ
うど生殖器が目の前にあります。陰嚢、陰茎、包皮がよ〜く観察できます。20体程じっくりと観察したところで気がつきました。少なくとも15世紀頃のイタリアの男性はみんな立派な「包茎」です。日本人に多い柔らかそうな包皮の余った、軽い「仮性包茎」ではなく、イ
タリア人のそれは「真性包茎」に限りなく近い、しかも包皮が慢性炎症をおこして少し堅くなっている「包茎」です。亀頭部はほとんど見えません。感動しました!名作です。ここまで、解剖学的に観察できる程、精密に彫られているのです。泌尿器科専門医の私が言うのですから間違いありません。イタリアは彫刻も素晴らしい!

感動とともに、昼過ぎのミラノ行きの特急列車に乗りました。地理的に北部にあり、他のヨーロッパの国を回る時に途中になるので、何回もこの Milano Centrale (ミラノ中央駅)には来た事があります。いつ見ても、バカでかい駅でターミナルのホームは3階か4階にあるイメージです。まず、マルペンサ国際空港に行きやすいようにノルド駅 (Nord; north) へ地下鉄で移動。ギリギリの時間の切符を買います。そして、コインロッカーを見つけます。セントラル・コントロールのようで、カバンを入れ、中央にコインを挿入すると、自分のロッカーの所の目印の色が緑から赤に変わり、使用中を示します。しゃれ過ぎている、ちょっと不安です。このイタリアでちゃんと作動するのでしょうか?

身軽になったところで、もう一度地下鉄に乗り、有名なミラノのドゥオーモ (Duomo) へ行きます。以前に見たことはありますが、残念ながら今回は修理中で広場に面した正面は全て幕で覆われていました。アーケード街の pizzeria でピザを食べます。おいしかったですが、場所柄か結構高かったです。そして、ノルド駅へ戻ります。まだ少し時間があるのでブラブラすると、立派な古城がありました。駅に戻ろうとすると方向がわからなくなりました。「Dov'e la stazione?; Where is the station?」またしても役に立つ表現です。あまり、時間に余裕がありません。悪い癖でぎりぎりまでうろちょろしたいのです。コインロッカーへ戻り、コインと引き換えに出てきたトークンを中央に入れます。すると、自分のロッカーの所の目印の色が赤から緑へ変わり始めました。でも、途中で止まってしまいました。パニックです!嫌な予感が当たりました。時間がない。大したものは入ってないが、カバンを捨てて飛行機に乗ると二度とカバンを取り戻すのは不可能でしょう。でも、国際線に乗り遅れます。裏側に人がいます。とにかく、叫んで助けを求めました。幸い、マスターキーで開けてくれました。原因は私のカバンがロッカーの大きさに対して大き過ぎ、中から押していたかららしいです。ともかく、空港列車にぎりぎり間に合い、飛行機に無事に乗れました。

本来なら、目一杯休みを利用して土・日・月(祭日)の3連休ぎりぎりに帰ってくるのが私の当然のスケジュールですが、今回は珍しく土曜日に福岡へ帰ってきました。なしか?翌日の日曜日に町内会の運動会でリレーに出るためです。小さい頃から足の速かった私はリレーではいつもスターでした。未だに、リレーは大好きです。福岡に帰って15時間後に予選とたぶん決勝の2回走る予定です。ミラノから成田への機内では、いつも以上に水分摂取に気を配り、むやみに機内をうろちょろし、ロングフライト血栓症(エコノミークラス症候群)の予防をしました。こうして、私の6回目の、でも何と15年ぶりのイタリア旅行は無事に終わったのでした。


長い文章を読んでいただき有難うございました。私は、海外旅行に興味のある医者で、「旅行医学」という「旅行の時の健康予防」に関する学会、日本旅行医学会の認定医です。
これを読んで興味をもった人は、是非私のウェブサイトをご覧下さい。 http://www.kanoya-travelmedica.com

旅行好きを仕事にするため、「空飛ぶドクター」を目指しています。そんな私が「海外旅行時の健康管理」に関する本を4月21日から出しました。悠飛社(03-5327-6052)坂本泰樹。「機内にお医者さんはいませんか?」空飛ぶドクターの海外旅行と健康管理。

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