2007/11/23 - 2007/11/23
546位(同エリア624件中)
のださん
11月23日は、樋口一葉の命日ということで、各ゆかりの地で関連行事が催されます。
文学的素養は皆無の私でも、「たけくらべ」や「にごりえ」くらいは知っていますし、今なおファンが多い作家です。
そんなファンの方々から見れば、私はただのミーハーでしかありませんが、せっかくの休みの日、一葉ゆかりの地を巡ってみようと思いたちました。
よく知られているのは大きく2ヶ所、本郷と吉原です。
一葉ゆかりの場所だけではないが、一葉ゆかりを優先的に回ろうと思います。
まずは春日に行って自転車を借りて、午前中本郷を回り、午後は吉原へ行きます。
-
春日のレンタサイクルの電動式自転車は、坂が多い文京区では重宝します。
しかし自転車で進んでいてもこの辺は道がごちゃごちゃしていてよくわからないが、注意深く地図を読んで、北野神社(牛天神)へ向かいます。
途中の牛坂。
説明板によると、牛天神の境内にある牛石が、元はこの坂の下にあり、それが坂名の由来だということです。
牛坂は北野神社の北側にあたります。
牛坂は急な坂で、いくら電動式でも、途中で止まってからまたスタートするのは困難なので、仕方なく押して上ります。 -
北野神社に着きました。
縁起によると、源頼朝の夢の中に菅神が現れ、2つの吉事が起こる、とのお告げがあった。
お告げどおりになったので、頼朝は大いに喜び、1184年この地に社殿を造営した、とのことです。 -
社殿前にある牛石。
源頼朝が夢から覚めた場所にあったのが、牛に似た石で、それがここにあるものだそうです。 -
境内南側の中島歌子歌碑。
「雪中竹
ゆきのうちに 根ざしかためて 若竹の 生ひ出むとしの 光をぞ思ふ」
中島歌子は樋口一葉の歌の師匠で、この近くで「萩の舎」という歌塾を開いていました。
一葉を後継者にしたかったようです。
元夫の林忠左衛門は水戸藩士で、歌子が21歳のとき天狗党の乱に加担し死亡します。
後に靖国神社に合祀されます。
歌子の墓は谷中霊園にあるそうです。 -
神社を後にし、ぐるっと回って下りていくと、なんだ、ここから参道か。
通ったのに気づかなかった。
牛坂を必死に上る必要もなかったな。 -
またごちゃごちゃした道を思い切り間違えながら進んでいきます。
安藤坂というのは、坂の西側に安藤飛騨守の上屋敷があったことにちなんで名付けられたそうです。
その安藤坂を上っていく途中に、萩の舎跡の説明板のみ。
史跡としては欠片もありません。
萩の舎は、歌子の実家の隣だそうです
自転車の電気がもう切れた!
ありえねえ〜! -
運良く行程途中に駐輪場があるので、自転車を取り替えてもらいます。
当初の予定を大幅に遅れてすでに10時過ぎなので、文京ふるさと歴史館に入ることにします。
2回目の訪問。
入館料は100円ですが、ここの展示はなかなか充実していて、特に文京区ゆかりの文豪たちのコーナーは、文学好きの方にはたまらないでしょう。
ここで情報を得てから探索するというのもまたよろしいかと思います。
撮影するには、申請書に署名する必要があります。 -
一葉コーナー。
一女流作家でここまでの待遇を受けているのも他にはいないのではないでしょうか?
文京区内の一葉ゆかりの地のまとめもあります。
ファンの方は当然ご存知のことだが、一葉を囲む人間相関も知っておくとより楽しめる、と言うより、知らないと楽しめないかもしれません。
今日は時間も限られているので、普段の私にはありえないことだが、一葉コーナーだけさらっと見て5、6分で出ます。 -
本妙寺坂を下って、菊坂の脇の細い道路を進みます。
樋口一葉の菊坂旧居跡があるはずですが、注意していないと素通りしてしまうかもしれません。
一度間違えて別のところに入ったりしながら、やっと看板をみつけた。
この細い路地を入っていくようです。 -
ここかあ・・・
イメージを膨らませます。
萩の舎に通うのが便利だからここに住んだみたいですね。
ここでは1890年から2年11ヶ月を過ごしたそうです。
よく写真で見る掘抜井戸があります。
残っているものはこれだけのようですが、こういうところこそ東京見学の醍醐味なのかもしれません。
「寝ざめせし よはの枕に 音立てて なみだもよおす 初時雨かな」
by 樋口夏子、本名は奈津。
萩の舎時代、伊東夏子は「いなっちゃん」、一葉は「ひなっちゃん」と呼ばれていたそうです。 -
自転車を走らせて、白山通りに出ます。
北上し、紳士服のコナカ前。
西片1丁目の樋口一葉終焉の地。
1896年11月23日の朝、肺結核のため亡くなりました。
享年24歳、あまりにも短い人生です。
今年は死後111年ということで何かあるという話も聞きましたが、忘れてしまった。
一葉樋口夏子碑の表には、本人の筆跡で明治27年の日記が綴られています。
裏面には平塚らいてうの碑文が掲載されているようです。 -
時々地図で確認しながらわけのわからん道を進んでいくと、本郷通りに出ましたので、赤門を目印に進み、法真寺へ。
一葉は幼少期を過ごした家を「桜木の宿」と呼んだそうで、この参道の向かって左だそうです。 -
人だかりが。
法真寺では、毎年この日に一葉忌が盛大に行われています。
主催は地元の文京一葉会。 -
本堂。
堂内では文京区長の挨拶が行われています。
樋口一葉が皆に愛されているというのがよくわかります。 -
万延元年(1860年)創業の伊勢屋質店は、一葉が苦しい家計を支えるために度々通っていた質屋です。
土蔵は当時のまま残っているそうです。
その伊勢屋質店の内部が11時から公開されるというので行ってみると、案の定というべきか、ずらーっと行列が。
そりゃファンは入りたいよね・・・
公開されるというのもこの日くらいしかないしね。
私のようなミーハーがファンの邪魔をするわけにもいかないので、ここはあきらめることにします。
来年以降、生きていればチャンスはあるでしょう。
他にもあるかもしれないが、文京区の一葉ゆかりの場所は今日はこれで締めとします。 -
おまけという感じで湯島聖堂に。
孔子祭復活100周年として、「よみがえる江戸の『学習』空間」という展示が行われていて、これが25日までということで、この機会に来てみました。
う〜ん、入場料700円はちょっと高いと思った。
今は工事中で、いくつかの門が見られませんが、その工事費も兼ねているのかな? -
近くのホテル東京ガーデンパレスでランチを摂ることに。
済生学舎というのは日本医科大学の前身ですが、一度火災により消失した後、このガーデンパレスの地に再建されたとのことです。
後に野口英世も学びます。
野口英世は、その後、このそばにある順天堂病院に入ります。 -
2Fのバー「プラネット」に入ることに。
味は、特にどうということもなく、普通です。
食べ終わったら、吉原へ向かいます。
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