2007/11/04 - 2007/11/04
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rururuloveさん
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長くなるので分割しました。
最も格の高い正殿である紫宸殿にたどりついたところから始まります。
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紫宸殿は御所の建物の中で最も格の高い正殿で、京都御所の象徴的な存在です。
向かって左に(西)に右近の橘があります。 -
右近の橘。
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向かって右(東)には左近の桜があります。
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安政二年(1855年)の再建。
総檜作りの高床式順木造寝殿造りです。
床は拭板敷、天井は二重虹梁の化粧屋根裏。 -
幕末の書博士の岡本保孝による紫宸殿の額。
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母屋中央には天皇の御座である高御座、やや右後方には皇后の御座である御帳台があるのですが、
外からはほとんど見えません・・・
現在のものは大正4年の大正天皇御即位の時に古制に則って造られたものです。 -
どんなにアップしてもよくわかりません・・・
ガイドブックによると鳳凰や鶯をあしらった豪華なものでした。 -
横から見ます。
扉はこのように開けているのですね。 -
紫宸殿を右手に見ながら進むと
清涼殿になります。
手前は年中行事障子だと思われます。 -
清涼殿の全景。
日常の住居だったようです。
入母屋檜皮葺き寝殿造り。 -
中の様子、向かって左から。
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東廂。
天皇の休息用。 -
右はおそらく昆明池障子と思われます。
唐の長安城の西郊にあった昆明池の有様が
極彩色の唐絵の手法で描かれています。 -
向かって左には漢竹。
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向かって右側には呉竹があります。
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この建物は紫宸殿の北側、裏から見たものです。
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極彩色の花鳥画が描かれています。
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続いての建物は小御所。
もともとは平安内裏にはなく、源頼朝の世子の住居の呼称であったものを
建長3年(1251年)の再建時に内裏にも採り入れたものらしいです。 -
実用的な儀式で用いられたようです。
明治維新の小御所会議ですね。。。 -
小御所の前には回遊式庭園の御池庭が広がっています。
美しいお庭です。 -
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蹴鞠の庭。
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蹴鞠の庭を挟むと
御学問所。
檜皮葺き、入母屋屋根。
引き違いの舞良戸や上部の欄間が書院造りに近く、
階隠をもたない階段が寝殿造りの名残をとどめています。 -
奥は雁の間。
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向かって右が一番偉いみたい。
ここで疑問。
諸大夫の間では一番右(西側)が偉かった。
これは紫宸殿に近いほうが偉いのか?
西側が偉いのか?
紫宸殿では中央が偉く、その西側が皇后。
ということは西が偉いわけでもない。
御学問所では北側が偉い。
紫宸殿には最も遠い位置。
う〜ん、法則がわからない・・・ -
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御常御殿に向かうまでの小さな庭。
紅葉がスタートしています。 -
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さすがに綺麗に手入れされています。
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御常御殿。
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御常御殿前の御内庭。
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錦台という茶室。
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御常御殿は御所の中で最も大きな御殿です。
清涼殿が儀式化した後の天皇の日常の御座所でした。
外観は寝殿造りの色彩が濃いものの内部は日常を重んじ、書院造りの手法が数多く採り入れられています。 -
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御常殿に続く御三間。
七夕や盂蘭盆などの儀式が行われたそうです。 -
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警察本部って書いてあるけれど消防車だよねえ・・・
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倉のような建物。取っ手が変っています。
公衆トイレの横だったから
重要な建物ではないと思いますが・・・ -
清所門から出ます。
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お茶飲みたかったのですが、やめておきました。
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たくさん売店があり限定品を売っていました。
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蛤御門。
鉄砲の痕を探したのですがわからなかった・・・ -
これで御所見学終了です。
文化の秋、来週は時間があったら正倉院展に行きたいなあ〜
平等院の羅漢堂も見なくては!!
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