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1976年4月<br /><br />日本が立花調査団を派遣したころに、並行して、ロンロ(イギリス)、コミニエール(ベルギー)、日商岩井(日本)の、民間資本によるコンソーシアムが、同じイレボ・キンシャサ間、さらにバナナ・マタディ間の鉄道建設について、ザイール政府の許可を得ながら、自主的に調査を実施していた。<br /><br />しかし1970年(昭和45年)、ロンロがザイール政府から排除される事態が生まれ、活動を停止する。<br /><br />それに代わって動いたのが、三井物産、三菱商事、伊藤忠の三社連合で、バナナ・マタディ間のプロジェクトを推進する。<br /><br />そして、三社連合の成果として、翌1971年4月ザイールのモブツ大統領の訪日が実現した。<br />その機会に、佐藤総理との共同声明で、バナナ・マタディ間のプロジェクトに対する、日本政府の全面協力がうたわれる。<br /><br />大統領帰国後、日本政府は直ちに6月運輸省原田官房審議官を団長とする予備調査団を派遣した。<br /><br />そして引き続き、鉄道や港湾のエキスパート12名よりなる本調査団を派遣すべく、7月には編成を終えた。<br />

キンシャサ日記【522】日本・ザイール共同声明によるプロジェクト遂行

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1976/04 - 1976/04

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ソフィ

ソフィさん

1976年4月

日本が立花調査団を派遣したころに、並行して、ロンロ(イギリス)、コミニエール(ベルギー)、日商岩井(日本)の、民間資本によるコンソーシアムが、同じイレボ・キンシャサ間、さらにバナナ・マタディ間の鉄道建設について、ザイール政府の許可を得ながら、自主的に調査を実施していた。

しかし1970年(昭和45年)、ロンロがザイール政府から排除される事態が生まれ、活動を停止する。

それに代わって動いたのが、三井物産、三菱商事、伊藤忠の三社連合で、バナナ・マタディ間のプロジェクトを推進する。

そして、三社連合の成果として、翌1971年4月ザイールのモブツ大統領の訪日が実現した。
その機会に、佐藤総理との共同声明で、バナナ・マタディ間のプロジェクトに対する、日本政府の全面協力がうたわれる。

大統領帰国後、日本政府は直ちに6月運輸省原田官房審議官を団長とする予備調査団を派遣した。

そして引き続き、鉄道や港湾のエキスパート12名よりなる本調査団を派遣すべく、7月には編成を終えた。

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