2007/02/15 - 2007/03/16
541位(同エリア602件中)
こんべるさん
この旅もついに3カ国目の”ヨルダン”に突入。
今日はヨルダン初日にして最大の見所”ペトラ遺跡”を一日かけて観光します。
この遺跡はインディージョーンズの一作目に登場する事でも有名で、紀元前後約400年に渡ってここで栄えたナバタイ王国によって岩をくりぬいて造られた遺跡。ちなみに”ペトラ”とはギリシャ語で”岩”と言う意味。
その名の通り岩だらけのペトラ遺跡。その岩の模様も合わさって、素晴らしい遺跡でした。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- タクシー
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このホテルは朝と夕方の6:00〜8:00の一日のうち合計四時間しかお湯が出ない。昨日、一昨日とお風呂に入れなかったので今日は朝一でシャワーを浴びるために6:30起き。
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シャワーを浴びて部屋に戻ると、K君はもう出発したみたいでいない。Mさんはもう少し寝るそうだ。
出発の準備を済ませてホテルを出ると10人くらいが車を待っていた。 -
このホテルはペトラまでの無料送迎をしてくれます。時間は朝7:00と8:00でホテル前からペトラの入り口まで送ってくれます。
私達は8:00に乗ろうと思って行ったのですが、人が多すぎて2回では乗れず、3回目の8:20に車に乗れました。 -
車に乗っているのは私達2人と男の子、女の子1人ずつの日本人が4人。5分ほどで遺跡の入り口に到着。この遺跡は途中まで一本道なのでしばらく一緒に行動することに。
入り口の横に建っている建物で入場券を購入。学割は無く、1日券がJD21(約3500円)と馬鹿高い!!
ちなみに2日券ならJD26、3日券ならJD31と少しお徳になっています。 -
ゲートをくぐり、開けた砂地の道を進む。
この道は左右2つに分かれていて、右は歩行者、左は馬が走るようになっていました。
馬が颯爽と駆け抜けていく姿が格好よかったぁ〜。 -
道を進んですぐに小さな遺跡が数個あるのですが、その中で一番目立っていたのはこれ”オベリスクの墓”。上の部分にオベリスクが4本立っているのでそう呼ばれています。
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ゲートから歩く事1.5Km(約20分)で”シーク”と呼ばれる岩に挟まれた道に到着。
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”シーク”の中はこんな感じ。横の岩は高い所で100mもあるらしい。岩の大きさに圧倒されながら歩く。
マーブル状になっている岩の模様がとても綺麗。 -
両脇の壁にはこのように水路の跡が残っています。この溝に土管を置いて、その中に水を通して奥まで水を送っていたらしい・・・2000年も昔にそんな技術があったのかぁ。
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シークの中には馬車が走っていて、疲れたら乗ることも出来ます。
狭いシークをすごいスピードで駆け抜けて行っていました。 -
この辺りにも岩を削って作られた遺跡が点在していました。これはラクダとそれを引く人で、左側の小さいのはラクダの前足だそうです。
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巨大な壁の間を進むこと約30分。奥が輝いているのが見える!
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この遺跡のメインである”エル・ハズネ”が見えてきた。シークの向こうで太陽を受けて輝いている。
薄暗い岩壁の間を歩いていると突然姿を現す見事な演出。その現れ方と、巨大な遺跡に少し感動。 -
これが”エル・ハズネ”、岩をくりぬいて造られた高さ43m、幅30mの建物で、その意味は”宝物殿”。建物の上部にある壷に宝物が隠されていると思われていた事から、こう呼ばれました。
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”エル・ハズネ”の前にはラクダがいて、ひょうきんな顔でお客さんを待っていました。
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”エル・ハズネ”の中はこんな感じ。外観に対して質素なつくり。ただの四角い部屋が数個あるだけでしたが、壁の模様は素晴らしい。
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この建物は何の為に造られたのかは詳しくは判っていないそうですが、廟墓と言うのが今の主説。
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建物の上部にある像、真ん中にあるはエジプトのイシス女神。左右にあるのはギリシャのアマゾネスだそうです。
左右にある無数の穴は、この建物を削りだす時の足場跡です。 -
”エル・ハズネ”からシークを見るとこんな感じ。
この細い壁の間を抜けて来るんです。 -
そのシークの横の壁にも神殿らしきものが彫られていました。
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”エル・ハズネ”を見終わり、次は”エド・ディル”と言う遺跡を目指します。”エド・ディル”は山の上に建っていて、体力のあるうち&気温の低い午前中に行くのがお勧めと言う話。
少し奥に進むとそこは”アウター・シーク”と呼ばれる部分で、ナバテア人のお墓が並んでいました。 -
そして”ローマの円形劇場”。
ホントこれだけはどこにでもあるなぁ・・・この辺りから少しローマ遺跡が続きます。 -
そのまま道を進むと右側には”王家の墓”と呼ばれる遺跡が見えます。
でも今は”エド・ディル”を目指しているので後回し。 -
”王家の墓”の辺りを左に曲がると柱廊通りに出た。
ここだけローマ時代の遺跡で、急に雰囲気が変わる。
ちなみに、正面奥にある岩山はその形から”ラクダ岩”と呼ばれています。 -
道の左側にはローマ時代の柱が何本か立っている。
その他にもいくつか遺跡が残っていたけど、状態はあまり良くない。 -
柱廊通りの一番奥にあるのは”テメノス凱旋門”。昔はこの4つの柱の間に3つのアーチがかかっていたそうです。
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凱旋門を抜けた所にあるのは”カスル・アル・ビント”と言われるナバテア人の神殿跡。ナバテア人の信仰していたドゥシャラと言う神様を祭っていたそうです。
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地図によると”エド・ディル”に行くにはこの辺りを右に行く事になっているが、道が見つからない・・・横にあったレストランで聞いて、教えてもらった道はレストランの奥。これが道?
結局帰りもこのレストランを抜ける道しか見つかりませんでしたが、本当の道はどこだったんだろう??
・・・後編へ続く。
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