1999/07 - 1999/07
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ベイグラントさん
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子供の頃、まだそんなに遠くない過去、私たちが生まれるよりほんの少し前に、狂気のヒットラー率いるナチスドイツの暴挙によって、あんなに悲惨な大量虐殺があんなに大規模に公然と行われていたという事実を知った時には驚愕しました。
その時からナチスや強制収容所の情報に触れるたびに、何の罪も無いのに苦痛を強いられ無残に殺されていった何百万もの人々の無念さを思うと涙が溢れ、「こんな惨たらしい行為が二度と繰返されてはならない」と強く感じ、いつかはこの目で強制収容所を見たい、と願うようになりました。
そしてとうとう99年に実際にポーランドに行って、念願のアウシュビッツと、それよりもさらに大規模だったというビルケナウを見学することができたのです。
それは、私の想像を遥かに超えた陰惨な殺戮工場でした。
大量の展示物が無言で私に語りかける凄惨な歴史の圧倒的な迫力に、息ぐるしくて息苦しくて、周るのが辛かった。
でも、行って本当に、本当によかった。
平和を願う気持ちが一層強まりました。
一生忘れることのできない旅になりました。
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- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
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入り口からいきなり印象的な、この有名な「働けば自由になれる」と書かれた門です。
実際に収容された罪なき人々を待っていたのは無残な死でした。 -
当時は、張り巡らされた鉄条網には電流が流されていました。
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働けると判断された人々はこちらに収容されて強制労働にまわされましたが、送り込まれた大部分の人々はそのままガス室に送られ、殺されてしまいました。
遠くに見えるのは監視塔です。
強制労働にまわされた人々の中から選ばれてしまった人々は、ナチスの人体実験の餌食にされました。
その実験を撮影した映像のフィルムが残っていて、1日に数回上映されていました。
フィルムには、他人の皮膚を移植されてしまったり、2人の身体の一部を繋げられたりしてしまった子供などが映されていました。
本当に冷酷で残忍な悪行の数々に、上映している部屋には見学者の嗚咽が聞こえました。 -
不気味なドクロのマークが行く手を阻みます。
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山のように積み上げられた収容者の持参したトランクです。
みんな表面に大きな文字で、住所や名前が書き込まれていますが、これらのトランクが持ち主の手に戻ることはありませんでした。 -
こちらのウィンドウの中は、収容者達から刈り取られた頭髪です。
いったいこれで何を作っていたのかというと・・・・ -
こういった布を織っていたのです。
頭髪から作った布・・・・・、でも実際に売っていたそうなのです。
誰が買ってたんだろう・・・。
他にも、死体から剥いだ皮膚を利用してスタンドの傘を作ったり、いろいろしていたそうです。
有り得ない・・・・、本当に有り得ない・・・。 -
こちらは靴です。
今にも雪崩が起きそうなほど大量の靴の山・・・。
すごい量でした。 -
監視塔です。
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銃殺刑の際に利用された壁です。
歯向かう者を見せしめのためにこの壁の前に立たせ処刑したそうです。
この壁の前にいったいどれだけの数の人々の流した血が染み込んでいるのでしょう・・・・。
人々が手向けた花が飾られています。 -
独居房です。
ここで餓死するまで放置されたそうです。 -
これは刑罰用の立ち牢です。
写真が非常に分かりづらいですが、ここには立ち牢が2つ並んでいます。
現在は一部の壁が取り除かれていますが、当時は天井まで壁で仕切られていました。
下に開けてある小さな穴が入り口で、牢の空間の横幅はその扉分しかありません。
この狭い空間になんと4人を立たせたまま入れて、一晩でも二晩でも放置していたそうです。
4人もの人が入れば身体同士は密着して身動きがとれず、疲れ果てても膝を折ることすらできず、ひたすら立ち続けるのみ・・・。
本当に悲惨な刑罰です。 -
絞首刑に利用した木の枠です。
衆人環視の中、ここで処刑が行われていました。 -
ガス室が、当時のままで残されています。
煙突はガス室横に設置されている焼却炉から伸びているものです。 -
ガス室の入り口です。
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ガス室の内部です。
列車にギュウギュウに詰められてヨーロッパ各地から到着した人々が、選別されて、不要と判断されたら即、ここに詰め込まれて、ガスを吸わされて折り重なるように亡くなっていったところです。
入るにはちょっと勇気が要りました。
重苦しい空気が一面を覆っていました。
この写真を撮るのは気が引けましたが、どうしてもここに来た証として一枚撮りたいと思い撮りました。
すごく動揺していたのでブレてしまいました。
扉のところに映っているのは、見学者のオジサンです!怖くないです! -
亡くなった方の遺体を焼いた焼却炉です。
実際には、とてもこんな小さな焼却炉で焼くのでは間に合わないので、広場に遺体を山積みにしていっきに燃やしていました。 -
これがその写真です。
燃やす前には、金歯や指輪、義手、義足など金目のものは全て外して集めたそうです。 -
本当に悲しい場所でした。
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次に、少し離れたところにある、ビルケナウ強制収容所に行きました。
アウシュビッツから数キロ離れた所にあり、アウシュビッツからはシャトルバスが出ています。
第二アウシュビッツとも呼ばれており、大きさで言えばアウシュビッツより全然大きいです。
この木造のバラックは、収容された人々が住んでいたところ。
1列だけが当時のまま残っていますが、その後ろにもずーっと向こうまで同じものが並んでいたそうです。
今は残骸だけが残っています。
ナチスが終戦間近になって自分達の負けを悟った時、証拠隠滅の為に収容所内のほとんどのものを破壊していったそうです。 -
ビルケナウの入り口です。
中央の監視塔の下には列車のレールが通っています。 -
レールはここで終わっています。
罪のない大勢の人々は、列車に乗ってその監視塔の下をくぐりこの収容所の中へ入り、そして二度と出て行くことはありませんでした。 -
バラックの内部です。
この壁で隔たれた一枚の板に何人もが寝るので、寝返りも打てないような状況だったそうです。
衛生状態は劣悪、空調などももちろんない上に栄養失調・・・、どんどん人が倒れていったそうです。 -
ガス室は全て、ナチスが完璧に破壊していきました。
これはその痕跡です。 -
遺体を燃やした後に残った灰はこの池に捨てていました。
今でも水底から白い灰や骨片がすくえるそうです。
いろいろな言語の慰霊碑が建てられていました。
この大虐殺が広くヨーロッパ中を巻き込んで行われていたことを実感しました。
こんな悲惨な歴史は絶対に繰り返してはならない、と強く思いました。
亡くなった方々のご冥福を心からお祈りいたします。
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