2007/04/03 - 2007/04/04
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さすらいおじさんさん
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四天王寺は法隆寺とともに聖徳太子(574−622年)が593年から創建に関わった寺で、蘇我馬子の法興寺(飛鳥寺)と並び日本における本格的な仏教寺院としては最古。中門,五重塔,金堂,講堂が南北に一直線に並ぶ形は「四天王寺様式」と呼ばれている。 「四天王寺」の「四天王」は「持国天」「増長天」「広目天」「多聞天」という古代インドの神だが仏教では,「四天王」が「東」「南」「西」「北」の四方を守るそうだ。
四天王寺には「敬田院(きょうでんいん)」,「悲田院(ひでんいん)」,「施薬院(せやくいん)」,「療病院(りょうびょういん)」という四つの院があり、孤児や高齢者など身寄りのない人を救済したり(悲田院),病いを持つ人に医療や薬を施したり(施薬院,療病院),学問や精神的な救済をしたり(敬田院),貧しい民衆を助ける病院、学校の機能を持っていたことは特筆されることだろう。仏法を重んじ、冠位十二階で人間は平等の機会があることを教えた聖徳太子ゆかりの寺にふさわしい万人の寺だ。京都、奈良の寺が世界遺産に登録されているのに、四天王寺の注目度があまり高く無いのは残念だ。
大阪の町人の出身と言われ好色一代男などの浮世草子や人形浄瑠璃の作家で俳人としても優れていた井原西鶴(いはら さいかく、1642−1693年)の墓は寺町(現・上本町四丁目)の浄土宗「誓願寺」にある。1889年「仙皓西鶴」と刻まれた井原西鶴の墓を幸田露伴が発見、7か月後には尾崎紅葉が訪問し、以後大勢の西鶴ファンが墓参りをするようになった。西鶴の晩年は貧しく、寂しい最期だったそうだ。同世代で大阪で亡くなった松尾芭蕉(1644−1694年)が遺言どおり、大津膳所(ぜぜ)の義仲寺(ぎちゅうじ)の木曽義仲の墓の隣に大切に葬られているのに比べると長年無縁仏のようになっていた井原西鶴は気の毒だ。これは死後も名声よりも金の力がものを言う大阪らしい姿なのかも知れない。
(写真は四天王寺の桜)
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