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2005.2.12に萩へ日帰り旅行に行きました。萩城や毛利家墓所など毛利氏にかかわる史跡を巡りました。天樹院、萩城、東光寺、大照院などです。外様大名として江戸時代を生き抜いた毛利家の偉大さを感じました。<br />他に、別の旅行記には松下村塾なども載せています。よかったらそちらも見てください。

萩城~毛利氏の史跡を訪ねて~

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2005/02/12 - 2005/02/12

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みと

みとさん

2005.2.12に萩へ日帰り旅行に行きました。萩城や毛利家墓所など毛利氏にかかわる史跡を巡りました。天樹院、萩城、東光寺、大照院などです。外様大名として江戸時代を生き抜いた毛利家の偉大さを感じました。
他に、別の旅行記には松下村塾なども載せています。よかったらそちらも見てください。

同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
その他
  • 毛利輝元の墓所、天樹院<br /><br />以前、輝元の本邸があったところに、没後、菩提寺として立てられましたが、廃寺となり、墓所のみが残っています。

    毛利輝元の墓所、天樹院

    以前、輝元の本邸があったところに、没後、菩提寺として立てられましたが、廃寺となり、墓所のみが残っています。

  • 真ん中の二基のうち大きいほうが輝元の墓。<br />左の小さい方は輝元夫人の墓。

    真ん中の二基のうち大きいほうが輝元の墓。
    左の小さい方は輝元夫人の墓。

  • 輝元の火葬地の跡

    輝元の火葬地の跡

  • 萩城にある毛利輝元の像。<br /><br />毛利輝元は毛利元就の嫡男毛利隆元の嫡男、つまり毛利元就の孫にあたります。父、隆元の急死により11歳で家督を継ぎ、元就に養育されました。毛利氏は中国地方8カ国を有する大大名でしたが、1600年の関が原の戦いでは西軍の総大将に持ち上げられ、敗退。周防・長門2カ国に減封されました。

    萩城にある毛利輝元の像。

    毛利輝元は毛利元就の嫡男毛利隆元の嫡男、つまり毛利元就の孫にあたります。父、隆元の急死により11歳で家督を継ぎ、元就に養育されました。毛利氏は中国地方8カ国を有する大大名でしたが、1600年の関が原の戦いでは西軍の総大将に持ち上げられ、敗退。周防・長門2カ国に減封されました。

  • 萩城(指月城)跡(国指定史跡)<br /><br />【住所】山口県萩市大字城内字旧城<br />【築城者】毛利輝元<br /><br />関が原の戦いで敗れた毛利輝元が周防・長門2カ国の中心とするため萩城を築きました。3面を海に囲まれ、平城と山城を合わせた縄張りはめずらしいです。当時は5層の天守がありましたが、今では天守台を残すのみとなり、指月公園として観光の名所になっています。<br />江戸時代には長州藩の藩庁となり、明治維新にも大きくかかわったお城です。

    萩城(指月城)跡(国指定史跡)

    【住所】山口県萩市大字城内字旧城
    【築城者】毛利輝元

    関が原の戦いで敗れた毛利輝元が周防・長門2カ国の中心とするため萩城を築きました。3面を海に囲まれ、平城と山城を合わせた縄張りはめずらしいです。当時は5層の天守がありましたが、今では天守台を残すのみとなり、指月公園として観光の名所になっています。
    江戸時代には長州藩の藩庁となり、明治維新にも大きくかかわったお城です。

  • 石垣が良く残されています。左の奥に見えるのが天守台です。後ろに見える山は指月山です。

    石垣が良く残されています。左の奥に見えるのが天守台です。後ろに見える山は指月山です。

  • 本丸石垣の内側の武者走り。<br /><br />石を階段状に積んで、人が横に走れるようにしています。

    本丸石垣の内側の武者走り。

    石を階段状に積んで、人が横に走れるようにしています。

  • 本丸の石垣と堀の様子

    本丸の石垣と堀の様子

  • 指月山。この山頂に詰丸が作られていました。

    指月山。この山頂に詰丸が作られていました。

  • 本丸内部から見た天守台。

    本丸内部から見た天守台。

  • 天守台を間近に見る

    天守台を間近に見る

  • これは、指月山の裏手に回った写真。<br />ここで石垣が切れ、奥には日本海が見渡せます。

    これは、指月山の裏手に回った写真。
    ここで石垣が切れ、奥には日本海が見渡せます。

  • 二の丸の土塀。

    二の丸の土塀。

  • 二の丸の土塀越しに日本海を臨む

    二の丸の土塀越しに日本海を臨む

  • 東光寺。<br />萩藩主毛利家3・5・7・9・11代の歴代藩主と各夫人などの墓がある毛利家廟所。<br />歴史に興味の無い方でも、重臣たちが献上した石灯籠は圧巻され、楽しめると思います。<br />これは総門で、国の重要文化財に指定されています。

    東光寺。
    萩藩主毛利家3・5・7・9・11代の歴代藩主と各夫人などの墓がある毛利家廟所。
    歴史に興味の無い方でも、重臣たちが献上した石灯籠は圧巻され、楽しめると思います。
    これは総門で、国の重要文化財に指定されています。

  • 赤い総門をくぐると、また門が見えてきます。

    赤い総門をくぐると、また門が見えてきます。

  • これは、三門。<br />こちらも国の重要文化財に指定されています。

    これは、三門。
    こちらも国の重要文化財に指定されています。

  • 三門をくぐり、奥に進んでいくと、廟所が見えてきます。

    三門をくぐり、奥に進んでいくと、廟所が見えてきます。

  • すばらしい石灯籠!<br />鳥居が5つ並んでいて、真ん中がこの寺の創立者である三代吉就公夫婦のものです。

    すばらしい石灯籠!
    鳥居が5つ並んでいて、真ん中がこの寺の創立者である三代吉就公夫婦のものです。

  • 石灯籠が整然と並んでおり、圧巻です。

    石灯籠が整然と並んでおり、圧巻です。

  • お墓はこんな感じになっています

    お墓はこんな感じになっています

  • お墓から振り返ると鳥居と石灯籠が見つめています

    お墓から振り返ると鳥居と石灯籠が見つめています

  • かの有名な「三矢の訓」の像。<br /><br />実話ではないと言われていますが、毛利元就が子の隆元、吉川元春、小早川隆景に「三矢の訓」を諭しているシーンの像です。

    かの有名な「三矢の訓」の像。

    実話ではないと言われていますが、毛利元就が子の隆元、吉川元春、小早川隆景に「三矢の訓」を諭しているシーンの像です。

  • 別ショットから。う〜ん、かっこいい。

    別ショットから。う〜ん、かっこいい。

  • 萩駅。記念にどうぞ。

    萩駅。記念にどうぞ。

  • 毛利家廟所、大照院。<br /><br />萩藩初代藩主、秀就公以下、2・4・6・8・10・12代の各歴代藩主とその夫人が眠っています。

    毛利家廟所、大照院。

    萩藩初代藩主、秀就公以下、2・4・6・8・10・12代の各歴代藩主とその夫人が眠っています。

  • これは、一番奥にある初代秀就公のお墓。

    これは、一番奥にある初代秀就公のお墓。

  • ここの石灯籠群もすばらしかったです。

    ここの石灯籠群もすばらしかったです。

  • こちらは、経堂。

    こちらは、経堂。

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