2005/03 - 2005/03
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しゅいぐーさん
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今回は、家族を引きつれ年に一度の償い旅行で、九州へやってきました。
会社も有給をとり気兼ねなくのんびりした旅行をする予定でしたが、レンタカーを借り私がカーナビ頼りに博多市内をあっちに行きこっちに行きと、普段より車を乗りまわしていました。
やっぱり、旅行は一人に限ります。自分の好きなように休憩し好きなように行動できるので最高です。しかし、今回は、うるさ方が3名で計4名なので、何も意見が通りません。とほほ。。。
諦めて、観光します。
まずは、学業の神様! ”大宰府天満宮” 福岡空港からレンタカーで30分。結構すてきなお宮さんでした。
太宰府天満宮は、菅原道真公の御墓所の上に社殿を造営して、その神霊を御奉祀する神社で、「学問の神」「至誠の神」として世の崇敬を集めています。
延喜3年(903)2月25日、菅公は謫居(たっきょ)の地、南館(榎寺)において清らかな御生涯を終えられました。その後、御遺骸を牛車に乗せて進んだところ、間もなくその牛が伏して動かなくなりました。これは、菅公の御心によるものであろうとその聖地に御遺骸を葬りました。京より追従した、門弟味酒安行(うまさけのやすゆき)は延喜5年ここに祠廟(しびょう)を創建、次いで左大臣藤原仲平は勅を奉じて大宰府に下って造営を進め、延喜19年に御社殿を建立しました。
醍醐天皇は大いに菅公の生前の忠誠を追懐されて、延長元年(923)に本官を復されました。そして、一条天皇正暦4年(993)には正一位左大臣、更に太政大臣を贈られ、天満大自在天神(天神さま)と崇められました。その後、度重なる勅使の下向があり、22社に準ぜられました。
明治4年、国幣小社に、同15年には官幣小社、同28年には官幣中社に社格を進められ、天神さまの聖廟(せいびょう)の地と称えられて年間700万余の参拝があり、日本全国より尊崇を集めています。
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この旅行記へのコメント (1)
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- カザMAXさん 2007/02/12 12:13:55
- 菅原道真公
- わたしの家は「皆木」という姓なのですが、
菅原道真公の子孫だそうです。
後醍醐天皇の時代には、菅原道真公の子孫として活躍し、
梅鉢の家紋もいただいたそうです。
梅鉢の家紋は菅原道真公の子孫の証明とのことでした。
でも学問の神様の血がわたしに流れているとは思えません。
菅原道真公には子供がたくさんいたらしいので、
かなり血もうすいのだと思います。
太宰府天満宮、北野天満宮には一度行ってみたいと思っています。
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