2006/10/19 - 2006/10/20
670位(同エリア997件中)
ちゃまるさん
古の都、飛鳥に行って参りました。
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表紙の写真は、甘橿丘(あまかしのおか)の頂上に向かう細道です。この写真は頂上から東方面を見下ろした時の写真。
甘橿丘は、飛鳥時代に繁栄を極めた蘇我氏が屋敷を構えたと言われている場所ですが、その名残りはありません。のどかな風景ですが、その昔、物部氏や蘇我氏らが覇権を争っていた場所です(多分)。
写真の左側に少し大きな屋根の建物がありますが、これは飛鳥寺(あすかでら)です。 -
飛鳥寺の門。飛鳥寺は蘇我馬子の願いにより6世紀の終わりに建てられました。
蘇我馬子は、蘇我入鹿の祖父にあたり、蘇我一族は馬子、蝦夷、入鹿の三代にわたって繁栄したとされています。
中に御堂があり、周囲は外塀で囲まれています。塀に囲まれた敷地内はそれほど広くなく、大きな御屋敷くらいの広さに感じましたが、聞いた話では、建立当時は320x200メートルの広さがあり、外塀は回廊になっていたそうです。
寺の建設は、百済、新羅、高句麗から、たくさんの人を呼び寄せて行われたそうです。飛鳥時代から、朝鮮半島との交流が盛んに行われていた、というのは、何かしら不思議な気がします。
御堂には飛鳥大仏が鎮座しています。飛鳥大仏は、歴史の教科書に出てくる、鞍作止利(くらつくりのとり)が作ったとされています。 -
飛鳥寺本尊の飛鳥大仏です。重要文化財で、日本最古の仏像です。仏像などは、よく写真撮影不可のことがありますが、飛鳥寺はOKでした。
お寺の雰囲気も仏像も、なんとなく親しみやすい雰囲気で、構えた感じがなく、よそのお家に大仏さんが座っている、というのが正直な印象です。 -
建設当初の飛鳥寺を絵にしたものです。外塀はすべて無くなり、その他の建物もほとんど残っていません。
奈良の他のお寺と比較すると、多少こぢんまりした感じがします。 -
飛鳥寺から、自転車で5分ほど離れた場所です。飛鳥では、いたるところでコスモスが咲いていて、のどかな感じがします。
飛鳥時代には、ここに日本の都があったということが信じられない、というのが正直な印象です。
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