2006/09 - 2006/09
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mappyさん
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午前中、休みを取って、専門家による解説ツアーに参加しました。ツアーの途中で脱落してしまったのと、背景知識が不足しているので、あまり情報量は多くはありませんが、メモとして残しておきます。
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チュイルリーからコンコルド広場のオベリスクと凱旋門を眺めます。天気はいまいち。
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カルーゼル凱旋門。
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ルイ14世。
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ピラミッドの裏から。
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逆さピラミッド。
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(ハムラビ法典)
メソポタミアとは、チグリスとユーフラテスの間という意味。古バビロニア時代(BC1900)、この6代目の王がハムラビ王(BC1792-1750)。そこで作成したのがハムラビ法典。2mの高さで、玄武岩で出来ている。戦利品として取られて、下部を削られている。上を見ると、右に太陽を現す神、左にはハムラビ王。神が王に法典を渡している図となっている。左手は不浄であり、右の口を隠しているしぐさは神への敬いの気持ち。楔形もちは絵文字から始まっているという意味で日本語と似ている。最初は右上から下に書いていた(この法典が最後の例)のが、左から横に書くようになった。法典といいつつも、これは日常生活に関係する判例集である。 -
建物の中から。
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エスカレータで3Fへ。Salle 1。
(ジャン2世の肖像画)
善良王ジャン2世(1350-64)、100年戦争時の王。神話や神しか絵画の対象にならなった時代から、肖像画への移行期の初期の肖像画。パリの伯爵で、バイキングと戦い選挙で王となったカペー以来のカペー朝の跡継ぎがなくなった後、後継をめぐって戦ったのが100年戦争。善良王と呼ばれたのは、自ら戦争に出向き、捕虜に取られロンドンに移された後、身代金として差し出した息子シャルル5世が脱獄した際に、約束どおりにロンドンに戻ったことから名づけられた。
絵の背景はイタリア風の金。これは影がなく時間がなく超越しているので神を表す場合に用いていたものだが、人物は表情、ふくらみがある、ここは北方風。 -
(アビニオンのピエタ)salle 4
アビニオン近くの教会にひっそりと飾ってあったこのピエタ。背景はイタリア風に金だが、肉体の苦痛を強調しているところは人間のよう。
左から、ヨハネ、マリア、マグダラのマリア。マグダラのマリアの(女性の魅力であると同時に悪でもある)髪は隠されずに伸びている。 -
(宰相ローランのVierge)
ローランは、ボーヌの施療院を作った人。ブルゴーニュ公の画家だったファンエイクによる1441年の作品。
この作品のキリスト(赤子)は、中年の顔。抱き方も通常のもではなく、神の子の抱き方。絵の右は神の世界、左は人間の世界。真ん中の柱につぶされた兎に注目。ウサギは、色欲の象徴。 -
(ルーベンスのホール)
メディチ家からは、アンリ2世にカトリーヌ、アンリ4世にマリー・ド・メディシスが嫁いでいる。そのマリーの一生を描いたのが、ルーベンスのホールにある23枚の絵。2年ですべて完成させた。ルーベンス一人ではもちろんなく、工房全体で描いた。
以上です。ツアーは、この後、イタリア絵画へと続いたのですが、残念ですがリタイア・・・。
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