1998/07 - 1998/07
136位(同エリア140件中)
buchijoyceさん
- buchijoyceさんTOP
- 旅行記389冊
- クチコミ0件
- Q&A回答25件
- 347,121アクセス
- フォロワー11人
諫早
飛行機プラスホテルというチケットを始めて買ってみた。長崎往復の航空券とホテルは一泊という組み合わせである。ホテルは旅の最初でも最後でもいいというのである。
長崎にはなんども来ている。長崎市だけでなく、島原半島にも長崎半島も端っこまで行ったことがある。平戸にも行ったし、ハウステンボスも遊園地はもちろん、見事なコージェネレーションシステムも見せてもらった。諫早もめがね橋は知っているが、干拓地を見るのはこれが初めてだった。
まずは諫早干拓の現場を見に行った。ギロチンという水門が閉められ、4年ぐらい経ったのだろうか。まだ有明海の海苔がダメになったという騒動以前のことである。
電車で諫早まで行き、バスで干拓地近くまで行き、歩いた。
すくすく伸びた稲の青田が広がっていた。その稲にカイガラムシのような、赤いものがついているのに気がついた。なんだろう、とってつぶしてみると、かさかさと割れた。やはりカイガラムシの仲間かもしれない。
干拓現場の近くに行って見た。テレビの映像だと海を隔てる、ギロチンが近くに見えたが、近くに立ってみるといやはや干拓される場所は広い。はるかかなたにかすんだようにギロチンが並んでいるのが見える。その向こうに島原の山々がかすんでいる。すでに干拓された地の中の土くれは干上がって、まるで大きな牛の糞のように固まって、ひび割れていた。雑草が伸びている。もう少しすれば、雑草が生い茂り下の土くれは覆い隠してくれるだろうが、まだまばらな雑草だった。ところどころに、逃げ遅れた貝たちの屍が真っ白になってころがっている。本明川の流れに沿えば逃げることは出来ただろうに。
一旦駅に戻り、食事をした。大村寿司をとった。ゆっくり休んで、島原鉄道で干拓の村へ行った。きれいな建物が立っている。中には干拓の歴史や漁具などが並んでいた。諫早の干拓は今始まったことではなく、古くから干拓事業が行われ、言ってみれば諫早は干拓で出来た町だという説明があった。歴史的には分からないわけではないが、今干拓している土地の将来計画は?と探していると、ピーマン・ゾーンとかトマト・ゾーンとか幾つかに色分けして、農業計画があった。絵はたのしい。平らな土地だから機械化は出来るだろう。干拓地は塩分が抜けるまで、どのくらいかかるんだろう。デザインの野菜は塩分には強い野菜なんだろうか。しかも農家の後継者が減っている。計画通りになるんだろうか。余計なことを心配した。
ここに来る前に駅前でなんにんかの地元の人に「干拓地がどうなるのか」聞いて見た。「そのままにしておくんでしょう」「遊園地かな」といった気のない返事が返ってきた。
干拓の村の前でちょうどタクシーが来たので乗った。長崎のタクシーなので、諫早は詳しくないというので、公園を見ただけで長崎に行くことにした。
公園ではネコはのんびり寝そべっていた。のどかですね。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- JALグループ
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
諫早(長崎) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
11