2006/01/16 - 2006/01/25
507位(同エリア786件中)
Luceさん
クスコ − ケチュア語で「へそ」を意味するこの街は、かつてすべての「中心」だった −
インカ帝国の首都であったクスコは、16世紀スペイン人の征服者によって姿を変える。インカの建築物はその石組みを残し、全て破壊された。残された石組みの上に征服者達はスペイン風の教会や邸宅を建てていったのである。高台から望むクスコはオレンジの屋根瓦が広がるヨーロッパ風、しかし一歩街中を歩くと頑丈なインカの石組みが並ぶ。街を支える石組みにはインカの繁栄と滅亡の歴史が刻み込まれているのだ…。
人間は短時間で標高2000mくらいに上がると高山病になるという。
クスコは標高3360m、おもいっきり高山病ゾーン…
「息苦しさ」や「軽い頭痛」を感じる人もいます。
ここからどう動くかで高山病の症状が変わってくるから要注意。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- ラタム チリ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
リマからクスコへ移動。朝7:45 ホテルを出たら暴動中
←( ̄д ̄;)
ちょっとしたデモだったみたい。でも周りには警察官がたくさん。
なにやら不穏なスタート… 大丈夫かな… -
リマから約1時間程でクスコに到着。クスコの空港は思ったより小さかった。飛行機から降りたとたん何やらみんなの様子がおかしい…。クスコは標高3360m、飛行機降りたら即富士山頂上なわけです。ダメな方はこの時点で苦しいそうですが、私はなぜか全然平気。体が高地向きなようです(^_^;)
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まずはサント・ドミンゴ教会へ。かつてコリカンチャ(=太陽の神殿)と呼ばれたこの建物は、インカ帝国時代黄金で埋め尽くされていた。
スペイン人征服者はその金を全て持ち去ると神殿を破壊し、その上に教会を建てた。それが現在のサント・ドミンゴ教会である。 -
それにしてもカミソリの刃さえ通さないと言われる石組み、本当に隙間なく綺麗にくっついてます。
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回廊には立派な絵が続いています。
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サント・ドミンゴ教会
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街に出てみるとよくわかる。残されたインカの石組みの上にスペイン風の教会や邸宅が建っている。
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インカの石組みの中でも有名な「十二角の石」(ど真ん中の一番大きな石)。
辺の数を数えてみてください。十二角あるでしょ。四角でつなげればいいものをなんでわざわざ複雑にしたかねぇ。これがインカの美意識だったのかしら? -
アルマス広場はクスコの中心。レストランやお土産屋さんに囲まれてとても賑やか。観光客にも地元の人にとっても憩いの場になっています。広場の周りにはラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会があります。
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こちらはカテドラル。カテドラルも教会も外観見学のみ。中も見たかったなぁ〜
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ここからクスコ近郊の遺跡巡り。ケンコーやプカプカラに行きました。
この写真は聖なる泉と呼ばれたタンボ・マチャイ。インカ時代の沐浴場だったといわれている。 -
タンボ・マチャイでは今でも水が湧いているが、この水がどこから流れているのかはいまだに不明。
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次はサクサイワマンという要塞跡へ。インカ帝国第9代皇帝パチャクティが建設に着手した。1536年インカの反乱軍がスペインに反逆を企てた際、立てこもった要塞である。クスコは町全体がピューマの形をしており、サクサイワマンはピューマの頭部分にあたる。このことよりクスコの管理事務所的な役割があったともいわれている。現在ピューマの形は定かではないが、サクサイワマンからは昔と変わらずクスコの街が一望できる。
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サクサイワマンの石はすごく大きい!160cmの私と同じくらいの石をどこから運んだんだか・・・
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高地にいくとお菓子の袋はこのようにパンパン!
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