2006/03/12 - 2006/03/12
75位(同エリア103件中)
ソフィさん
2006年3月12日(日)
大会直前になると、エリスからオリンピアまで50キロ以上を、全選手、役員が行進した。
競技会初日は開会式兼儀式が行われ、最終日は勝者のための宴が丸1日かけて催された。競技は間の3日間で行われた。
競技は第1回からの伝統である192メートル(1スタディオン)の短距離走のほか、長距離走、五種競技、円盤投げ、槍投げ、ボクシング、何でもありのパンクラテオン、馬車競争(戦車競争)などがあった。
少年競技の部もあったが種目は少なかった。
最終種目は武装徒競走だった。
鎧、兜、槍などの全装備をつけて1スタディオンを走って往復する。
馬車競争(戦車競争)では、勝者への冠は御者ではなく、馬車の所有者に与えられた。
女性の参加と観戦は禁止だったといわれるが、多くの異説がある。
少なくとも、エリスの女神官が観戦していたことだけは、確からしい。
女人禁制の掟を破ったものは、崖から突き落とされる(実質的には死刑)というルールであったが、記録に残る限り適用例はなく、象徴的なルールであったとも考えられる。
オリーブの冠を授かった者は、故郷で盛大に迎えられた。
祖国の神殿に像が作られた者もいるし、税が免除されることもあった。
いずれにしても祖国の歴史に永遠に名が刻まれることになった。
しかし、優勝者への過剰な褒章が、大祭の腐敗を生んだ。
祖国が優勝者に支払う報奨金は跳ね上がり、褒章欲しさに、不正を働くもの、審判を買収するものが出て、オリンピア大祭は腐敗した。
ローマによる征服後もオリンピックは続けられたが、キリスト教が広まるにつれ、異教の祭典であるオリンピックは、しだいに廃れていった。
392年以降、キリスト教以外の宗教は禁じられたため、オリンピックも禁じられることになった。
第293回オリンピックは、393年に開催され、これが古代オリンピックの最後とされる。
しかし記録は第285回までしか残っておらず、次第に衰えていったと見るべきなのだろう。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ソフィさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
10