2006/07/23 - 2006/07/25
360位(同エリア402件中)
・クマ・さん
<4日目 続き>
15時発のバスでサラエボへ。
車窓から見える川がとてもきれい。ドブロ→モスタル間もアドリア海に無数の島が浮かんでいてとてもきれいだったのだが、ほとんど爆睡して見ていなかったんだなぁ。残念。
18時サラエボ着。
まずは、荷物。 荷物!!
バスステーションのインフォメーションで聞く。
が、あっさりと「ないわよ。そんなもの」。
ええーーーー。モスタルのおじさんはあるって言ってたもん。
私がいくら食い下がっても「ないものはない」とつっぱねられる。
そりゃそうだろう。その場になければそう言うしかないわな。
しかし、ここであきらめるわけにはいかない。
日曜日でも通じるバスの営業所の電話番号を教えてもらう。
かけてみるが、相手は英語が分からないのかさんざん保留にして待たされた挙句にガチャンと切られる。
おーいー。 この電話のためにわざわざテレホンカードを買ったんですけど。
荷物ナシのままに宿ナシになるのも嫌だったので、とりあえず先に宿を確保しましょう。
バスステーションには観光案内所はありません。
某「地球の歩き方」にはあると書いてありましたが、ありません。 隣にある鉄道駅に行ってみた。 そしたら「ホステル案内所」が。
もう検討の余地なくそこの世話になることに。
ホステルは旧市街バシチャルシア地区のそばにあり、とても便利。ここまでは車で連れて行ってもらう。
車内にはドイツ人2人組の男の子がいた。
私が一人旅でここに来たと言ったら、「You are brave.」と言われたよ。ほめられた。 でもね、バスの中に荷物を忘れたうっかり者なんだよね。
その、「荷物なくした話」をしたら、なんとその2人組は親切なことに「じゃ、後で僕達が電話してあげるよ。バス会社の人は英語は分からないかもしれないけど、ドイツ語だったら分かるかもしれない」と言ってくれるじゃありませんか。
なんていい人たち。 捨てる神あれば拾う神あり、ということわざを思い浮かべたのですが、これって意味合ってますか?
結局、荷物についてはホステルのレセプションの人にバス会社に連絡してもらいました。バス会社のほうで保管されているとのこと。そして、再びバスステーションに行き、受け取り完了。
よかった。よかったよー。
今日は一日この荷物に振り回されて終わったな。自分のミスなんだが。
そして、たくさんの人のお世話になった。
改めて自分の強運ぶりを再認識。
教訓。 これからはメガネとコンタクトは分散して持ちます。どちらかを失くしても大丈夫なように。
ちなみに、ホステルの部屋は12人部屋。バスルームが一つ。
12人でバスルーム1つ(しかもトイレ含)をシェアってきついね。
<5日目>
バシチャルシアのカフェで朝ごはんを食べていたら、「親が隣のカフェをやってるのよ」と言うおばさんに話しかけられる。そして、スイミングプールに誘われるが、お断りした。観光したいし。
夜7時にまたここに来なさいよ、と言ってくれたのだが、いろいろ考えて結局行かなかった。
ちょっと、人を疑ってしまうところがあるのだ。ガイド本には「睡眠薬強盗がどうたら〜〜」とか書いてあるし。私はわりと旅先で話しかけてきた人とは誰とでもぺらぺらと警戒心なく話してしまうのだが、それで今までたいしたトラブルもなく楽しい思いをしてきているのだが、それってかなり幸運なんじゃないかと。 今回の旅はちょっと気をつけようと思ったのだ。
この日はサラエボ観光。 サラエボはそれほど大きな街でもないので、1日あればほとんど観光できます。
まずトラム3番に乗って旧市街を脱出。
紛争で破壊された新聞社のビルを見に行くが、既にビルは立て替えられてきれいになっていた。
それでも、周りには壊れたままの建物がそのままあったりする。
銃弾で壁に穴の開いた団地もたくさんある。
オリンピック会場+墓地も見た。
旧市街ではモスクを見た。ヨーロッパなのにイスラムというのが不思議な感覚です。ロンドンのように中東からの移民がムスリムなのはわかるけど、白人でムスリム。 ヨーロッパ人でもトルシエみたいに自分で改宗した人もいるだろうけど、ここの人たちは生まれた時からムスリム。 文化としてイスラム。 それが不思議。
この街ではあまりアジア人を見ない。 ホステルもアメリカ・イギリス・カナダ人だし。だから、街を歩いていると「ガイジン・・・」ってなカンジでじろりーんと見られます。
お土産屋さんでブレスレットを買ったら、はめて1時間もしないのに石が一つなくなっていた。 交換してもらったが、その壊れたブレスレットを売り場に戻してたよ。いいのかい?それをまた売っちゃうのかい?
晩御飯を食べてホステルに戻ったら、私の上のベッドのアレックス君(スロベニアに留学中のアメリカ人)が晩御飯に誘ってくれたので、お茶だけ付き合うことに。 彼は今日は紛争中に掘られたトンネルとやらを見に行ったそうだ。
ホステルは、昨日と大幅にメンツが入れ替わり、昨日は数人いた女子がいなくなっていた。 ほぼ米人男子のみに・・・。 なんだか体育会の部室みたいな雰囲気。
<6日目>
旧市街で、一昨日のドイツ人2人組とばったり再会。
彼らは、昨日アレックス君が行ったトンネルを見に行くと言う。
交ぜてもらい、ついていく。
トラム3番の終点からタクシー。 運転手によって運賃がバラバラ。片道で10KMという人もいれば、往復+1時間待ってもらって15KMという良心的な人も。
トンネル後は、特にやることがなかった。 見所は既に昨日見尽くしていたのだ。 しかも、激しい雨が降ったりやんだり。
お茶して、ネットカフェに行って時間をつぶす。
彼ら2人はとても英語が上手。 ああ、私がもっと話せれば会話がはずんだろうに・・・。
夜8時にホステルに荷物を取りに戻って、バスステーションへ。
サラエボにはバスステーションが2つあります。
クロアチア方面へのバスとセルビア方面へのバスは、全く違う場所から発着します。 ボスニアという国が、民族ですみ分けられた結果なのでしょうね。
31E番バスで団地の町の中を30分走り、さらに徒歩200Mでセルビア行きのバスステーションに着きます。
そこで声をかけられました。アレックス君です。偶然。
彼はここからモンテネグロへ行くのだそうです。
で、もう一人同じホステルに泊まっていたオージーのお兄さんがいて、その人はベオグラードへ行くというのでご一緒することに。いい人そうだ。
バスは夜10時発。ほぼ満席です。
ひたすら山道をくねくねくねくね。なかなか眠れません。
メガバス(イギリスの格安長距離バス)よりかは乗り心地はいいけれども、所詮バスなんで。 満席だと身体が伸ばせない。
2時半頃に国境。 超えるのに30分ほどかかるが、特に何事もなく。
つづく
http://4travel.jp/traveler/nobakuma/album/10084942/
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朝ごはん。シェバブチチとボスニア風コーヒー。
シェバブチチは前の日の昼ご飯とほぼ同じ。
ガイド本には「コレが名物。食べるべし」と書いてあります。 まぁ、1回食べれば充分です。
ボスニア風コーヒーはトルココーヒーみたいです。
粉が沈んでから上澄みを飲むスタイル。
でも、ボスニア人に聞いたらトルココーヒーとはちょっと違うんだって。
ポットがかわいい。 -
トラム3番沿い、通称「スナイパー通り」に建つ団地。
紛争中はビルに狙撃手が潜んでいて、この通りを歩く人は老若男女問わず撃たれたそうです。だからスナイパー通り。 -
サラエボに住むほとんどの人がムスリムなんだそうです。8割?9割?
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バーガーキングかと思ったら、違った。
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ボスニア紛争の始まった地らしい。
最初の被害者は女子医大生で、この橋で撃たれたそうです。
奥の建物も銃弾の跡がいっぱい。 -
この辺りは、最も紛争が激しかった地域だとか。
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サラエボオリンピックってありましたよね。
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そのオリンピックの補助グランドが、今は墓地となっています。 紛争中、爆撃にあわないように早朝や日没後に埋葬されたそうです。
これはクロアチア人(カトリック)のお墓みたい。 -
こちらがムスリム人のお墓。
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旧市街の中のモスク。
街の喧騒から離れて、静かな気分になれるところです。 -
モスクの建物内には入れなかったのですが。
向かって右側では男性が4人ほど祈っていました。
こちらは左側。 -
これもモスクの敷地内。
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モスクの入り口にあった注意書き。
どうやら、男女でいちゃいちゃするのは禁止らしい。
一番右下。 -
旧市街はこんなかんじ。
お土産屋さんが並んでいます。 -
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お土産屋さん その1。
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お土産屋さん その2。
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旧市街のバシチャルシア地区。
この水飲み場の周りにはいつも人がいます。 -
国立図書館。 今は中に入ることは出来ません。
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なぜなら、紛争で破壊されたままだからです。
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第一次世界大戦の発端となった、ラティンスキー橋。
ここで、オーストリアの皇太子が殺害されたのがきっかけだそうです。 -
でも、渡ってみるとただの橋。
昔はそれを示すプレートみたいなものや、撃った人の足型プレート(ここにたって撃ったんだよってのが分かる)みたいなのもあったらしいのですが、その撃った人というのがセルビア人だったということで、紛争中に取り外してしまったらしい。 -
おっさんたちが公園でチェスしてました。
楽しそう。 -
2日目の晩御飯はイカリング。
シーフード専門のファストフード店って珍しい。
日本にあってもウケそうだな。 -
ボスニアのスイーツ。
ナッツの入ったパイに甘い甘い蜜がかかっています。
「うっっ」って思うくらい甘い。
トルコのお菓子に似てる。 -
3日目に行った、トンネル入り口。
サラエボの街をセルビア人に包囲されたクロアチア人、ムスリム人は、物資の補給路が絶たれてしまった。 そこで、空港までのトンネルを掘ったそうです。 -
紛争時の勢力図。
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トンネル内はこんなかんじ。
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3日目の晩御飯。 Fileti。
ひき肉にちょっと飽きかけていたので、これはおいしかった。
豚肉の薄切りを焼いたものだと思う。
アッサリ塩味がシンプルでおいしい。
あれ?ムスリムって豚肉ダメだったよねぇ。
ってことは、違う肉? これ、何肉?
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