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 ユーゴスラビアの旅は、一応、有名どころの町を歩いたのだけど、そのいずれもが今では、別の国になってしまいました。<br /> このサラエヴォも、この国(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)の首都です、過っては、冬季オリンピック(1984年)も開催された、美しい地方都市だったのですけれど、この後(1992年以降)、民族紛争の戦場としての方が、ずっと有名になってしまった町です。<br /> 民族紛争といっても、実際は、同じ南スラブ系で、殆ど違いは無いらしいのだけれど、歴史的に、宗教(カソリック17%&セルビア正教31%&イスラム44%)の違いで、違った民族のようになっているだけだとか、マア、良く解かりませんけれど・・・ 今もこの国は名前の通り二つに分かれているのですけれど、いずれは別の国になるのでしょうね。<br /><br /> 表紙の写真は、サラエヴォの町を眺望するのに最適の丘、トレヴァウイッチ山からの一枚です、町の周囲には、今も地雷が埋まっていたりするようで、果たして、今は、登れるのでしょうか、この時は、歩いて登れたのですけれどね・・・

1988年のヨーロッパ 34、ユーゴスラビア編 2 (サラエヴォ・ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)

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1988/10/09 - 1988/10/09

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ももんがあまん

ももんがあまんさん

 ユーゴスラビアの旅は、一応、有名どころの町を歩いたのだけど、そのいずれもが今では、別の国になってしまいました。
 このサラエヴォも、この国(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)の首都です、過っては、冬季オリンピック(1984年)も開催された、美しい地方都市だったのですけれど、この後(1992年以降)、民族紛争の戦場としての方が、ずっと有名になってしまった町です。
 民族紛争といっても、実際は、同じ南スラブ系で、殆ど違いは無いらしいのだけれど、歴史的に、宗教(カソリック17%&セルビア正教31%&イスラム44%)の違いで、違った民族のようになっているだけだとか、マア、良く解かりませんけれど・・・ 今もこの国は名前の通り二つに分かれているのですけれど、いずれは別の国になるのでしょうね。

 表紙の写真は、サラエヴォの町を眺望するのに最適の丘、トレヴァウイッチ山からの一枚です、町の周囲には、今も地雷が埋まっていたりするようで、果たして、今は、登れるのでしょうか、この時は、歩いて登れたのですけれどね・・・

同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
高速・路線バス
  • サラエヴォ <br />バシチャルシァ地区(水飲み場)<br /> 15世紀半ば頃から1878年まで、約400年間にわたる、オスマントルコ支配時代の記念物(モスク&水飲み場)ですね。

    サラエヴォ 
    バシチャルシァ地区(水飲み場)
     15世紀半ば頃から1878年まで、約400年間にわたる、オスマントルコ支配時代の記念物(モスク&水飲み場)ですね。

  • サラエヴォ<br />バシチャルシァ地区(旧市街)<br /> 職人街で、土産物店なども多いとの事で、歩いてみましたけれど、あいにくまだ時間が早かったせいか、殆どの店舗は閉まっておりました、マア、開いていたとしても、買い物にはあまり縁のない旅ですし・・・

    サラエヴォ
    バシチャルシァ地区(旧市街)
     職人街で、土産物店なども多いとの事で、歩いてみましたけれど、あいにくまだ時間が早かったせいか、殆どの店舗は閉まっておりました、マア、開いていたとしても、買い物にはあまり縁のない旅ですし・・・

  • サラエヴォ、ミリャッカ川<br />プリンツィプ橋<br /> 第一次世界大戦の発端となった、セルビア人テロリストによる、オーストリア皇太子の「暗殺事件」で有名な、その現場であります・・・ 今ではずっと「ボスニア紛争」や「スナイパー道り」の方が、有名になってしまいましたけれどね。

    サラエヴォ、ミリャッカ川
    プリンツィプ橋
     第一次世界大戦の発端となった、セルビア人テロリストによる、オーストリア皇太子の「暗殺事件」で有名な、その現場であります・・・ 今ではずっと「ボスニア紛争」や「スナイパー道り」の方が、有名になってしまいましたけれどね。

  • サラエヴォ<br /> ミリャッカ川沿いの風景です、それほど大きな川でもないですけれど、サラエヴォの町は、この川の両岸に広がっています。

    サラエヴォ
     ミリャッカ川沿いの風景です、それほど大きな川でもないですけれど、サラエヴォの町は、この川の両岸に広がっています。

  • サラエヴォ<br />ミリャッカ川沿いの風景<br /> トルコ帽を被った老人がいます、多分、イスラム教徒でしょう、この地域は、旧ユーゴの、他の地域に比べても、遥かにイスラム教徒が多く、その事が、独立を宣言した1992年に、少数派(セルビア人)の被害者意識(恐怖心)に火をつけたのかも知れません、オスマントルコ支配時代の記憶が、呼び覚まされたのでしょうか? 民族的には、同じらしいのですけれどね・・・ 違いばかりが強調されると言うのも、権力争いの常ではありますけれど。

    サラエヴォ
    ミリャッカ川沿いの風景
     トルコ帽を被った老人がいます、多分、イスラム教徒でしょう、この地域は、旧ユーゴの、他の地域に比べても、遥かにイスラム教徒が多く、その事が、独立を宣言した1992年に、少数派(セルビア人)の被害者意識(恐怖心)に火をつけたのかも知れません、オスマントルコ支配時代の記憶が、呼び覚まされたのでしょうか? 民族的には、同じらしいのですけれどね・・・ 違いばかりが強調されると言うのも、権力争いの常ではありますけれど。

  • ミリャッカ川沿いの風景<br /> 街中には、かなり多くのミナレットが見られます、この町が、旧ユーゴのほかの町と比べても、かなり異質な町だという事が、良く解かります。

    ミリャッカ川沿いの風景
     街中には、かなり多くのミナレットが見られます、この町が、旧ユーゴのほかの町と比べても、かなり異質な町だという事が、良く解かります。

  • トレバヴィッチ山<br /> サラエヴォの眺望です、この丘に大砲を据えれば、この町を攻略するのは、極めてたやすいと、そんな気がします・・・?<br /><br /> ベルリンの壁、崩壊以来、我も我もと、独立を果たした、旧ユーゴや、旧ソ連の各国だけれど、一市民や一国民、一個人にとって、独立というものは、それほど良いものなのでしょうか?  ボスニア紛争のような、悲惨な経験をしてまでも、獲得すべき、目標だったのでしょうか?  <br /> かって、独立が大流行だった、戦後のアジア諸国や、アフリカ諸国に於いても、独立が、人々の幸せに繋がったと言える国が、どれほどあるのでしょうか?検証してみると面白いかもしれません。<br /> たとえ独立しようとも、権力者は必ず現れるし、それが、金日成の一族や、ポルポトのような狂人であった時、独立は、国民にとっては「災厄」でしかないでしょう。<br /> むしろ、インドのカースト制度は、イギリスの支配下に於いて、殆ど、瓦解の一歩手前まで行き(その事が「ヒンズー至上主義者」の危機感としてあり、インド独立運動の一側面だった事、独立後は、カースト社会が元に戻ってしまったと言う人もいる)、また、李氏朝鮮の奴隷制度は、日本の支配の下で廃止され、多くの、奴隷状態にあった人々は、可能性を開かれたとの見方も成り立つ (朝鮮の独立後の北朝鮮は、結局、李氏朝鮮の「奴隷国家」の復活とも見える)。<br /> 異民族の支配、他国の支配は、それが、支配された国家よりも、より優れた文化国家ならば、所詮、被支配者でしかない、多くの一庶民、一個人にとっては、決してマイナスとばかりは言えないのではないかと・・・ 、この国の独立と紛争について考えた時、そんな思いが頭を掠めるのです。

    トレバヴィッチ山
     サラエヴォの眺望です、この丘に大砲を据えれば、この町を攻略するのは、極めてたやすいと、そんな気がします・・・?

     ベルリンの壁、崩壊以来、我も我もと、独立を果たした、旧ユーゴや、旧ソ連の各国だけれど、一市民や一国民、一個人にとって、独立というものは、それほど良いものなのでしょうか? ボスニア紛争のような、悲惨な経験をしてまでも、獲得すべき、目標だったのでしょうか?
     かって、独立が大流行だった、戦後のアジア諸国や、アフリカ諸国に於いても、独立が、人々の幸せに繋がったと言える国が、どれほどあるのでしょうか?検証してみると面白いかもしれません。
     たとえ独立しようとも、権力者は必ず現れるし、それが、金日成の一族や、ポルポトのような狂人であった時、独立は、国民にとっては「災厄」でしかないでしょう。
     むしろ、インドのカースト制度は、イギリスの支配下に於いて、殆ど、瓦解の一歩手前まで行き(その事が「ヒンズー至上主義者」の危機感としてあり、インド独立運動の一側面だった事、独立後は、カースト社会が元に戻ってしまったと言う人もいる)、また、李氏朝鮮の奴隷制度は、日本の支配の下で廃止され、多くの、奴隷状態にあった人々は、可能性を開かれたとの見方も成り立つ (朝鮮の独立後の北朝鮮は、結局、李氏朝鮮の「奴隷国家」の復活とも見える)。
     異民族の支配、他国の支配は、それが、支配された国家よりも、より優れた文化国家ならば、所詮、被支配者でしかない、多くの一庶民、一個人にとっては、決してマイナスとばかりは言えないのではないかと・・・ 、この国の独立と紛争について考えた時、そんな思いが頭を掠めるのです。

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