2006/07/06 - 2006/07/08
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てんとう虫さん
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自宅から、東名・首都高・東北と高速を乗り継いて降りたところは、盛岡南ICです。途中休憩しながら、ETC深夜割引を使おうと午前1時頃だったと思います。
用事をすませて私の時間が始まりました。
海を見ようと目的地は、浄土ヶ浜です。日の出写真を撮りたいと思います。でも、東北道盛岡南ICから浄土ヶ浜がある宮古までが遠いんです。2時間くらいだったかな。R106などを走りました。途中2ヶ所の道の駅でトイレ休憩などをしながら。
日の出まで時間があるので駐車場で待つことにしました。ところが霧が出てきていて明るくなっても霧が晴れません。仕方なく日の出は諦めました。
(コース)
自宅〜R139など〜富士IC〜東名高速道路・首都高・東北自動車道〜盛岡南IC〜R106など〜宮古(浄土ヶ浜)〜R45など〜気仙沼〜R45・346など〜松島(五大堂・端巌寺)〜R45など〜仙台(青葉)城址〜R45など〜仙台宮城IC〜東北自動車道〜白河IC〜R4など〜宇都宮〜R4〜東京〜R246など〜沼津〜R1など〜自宅
★松島町役場HP
http://www.town.matsushima.miyagi.jp/
松島町役場HPによると…
五大堂(国重要文化財)
松島のシンボル・五大堂は、大同2年(807年)、坂上田村麻呂が東征のおり、毘沙門堂を建立したのが最初。後に、慈覚大師が延福寺(瑞巌寺の前身)を開いた際、大聖不動明王を中心に、左右降三世、軍荼利、大威徳、金剛夜叉の五大明王像を安置したことから、五大堂と呼ばれています。現在の建物は、伊達政宗が再建したもので桃山式建築手法の粋をつくして完工したものです。伝説では、慈覚大師が五大明王を安置したところ、田村麻呂が祀った毘沙門天は光を発して沖合の小島に飛び去り、その島は毘沙門島といわれるようになったそうです。
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昔、町を通り過ぎたことはありますが、観光は初めてです。
正面の建物は、観光船のチケット売り場です。
船は出航までに時間がありましたので近くの“五大堂”を見てきました。 -
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五大堂入り口の看板です。
左側は、国道45号です。 -
五大堂を東側から見ています。
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こちらは、↑の観光船船着き場から。
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透橋(すかしばし)
透橋は橋桁の間が空いており、上から下の波が透かして見えるので透橋と言うそうです。これは、昔は松の丸太だけの橋でとても不便であったために、板を使用して作られたといわれています。
(松島町役場HPより) -
透橋の隙間です。足を踏み外さないように。
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「松島城天守閣」と書いてありますが…。
お城ではなくホテルです。
★松島城観光ホテル
http://www.geocities.jp/ggkumiko/index.htm
(おまけ1です。) -
(おまけ2です。)
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