アレキサンドリア旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 昨日とうって変わって上天気。シャクだなぁ。ビルの合間をすり抜けてきた朝日が、波の上に細長い光の筋をつくっている。<br /><br /> 8時、もうオマールさんは来ている。早いけど出発しよう。朝は市街地に向かう車で道は渋滞する。<br />「ノー リーン ツダイ」とオマールさんが言う。<br />「リーンって何?」と夫。<br />「No rain today.OK?」<br />「ノーリーン」<br />「Yes.インシャーラ」<br /><br />バスターミナルに着く。夕べ作って置いたプレゼントを渡す。「バンビーノ?」とうれしそうに受け取る。名残惜しそうに手を振りながらオマールさんの車が走り去っていく。<br /><br />バス停の前の5階建てのビルが建設中。縦柱は細い鉄筋が数本入っただけ。柱そのものも細い。下の階の壁を見て面で支えるのかと、作業中の壁を見るが、ブロックをモルタルでつないでいるだけ。中には縦も横も何にも入れない。やっぱり耐震の考えは全くないようだ。トルコも同じ考えだったんだよ、だから災害が大きかったんだよ。<br /><br /> 9時、時間通りにバスは出発。砂漠ルートだ。もう一度、ピラミッドに会えるよ。夫はコートを脱いで棚の上に。私はコートは足にかけてある。この砂も見納めだ。街道に沿って広がる住宅地や街道沿いに立ち並ぶソフトドリンクの店を眺めている。囲いをつくり、耕地が出来ている。この塀は砂を防ぐためか、砂を飛ばさないためなのか。<br /><br /> アイルランドのアラン諸島は風のすさまじいところ。人々は石塀を造り、耕地から普段でさえ少ない大事な土を風に持って行かれないように守っている。<br /><br /> 砂漠の向こうにピラミッドが見えた。夫が車掌に「ギザのピラミッドか?」と訊ねた。「ギザ ステイション?」と車掌が聞き返す。「ノー。ノー。」「ほら余計なことを訊くから、あの子、ギザで下りるのか?と言ってるわよ」バスはギザで停車。「ここまで来れば地理も分かってきたことだし、なんとか帰れるけど。まぁ、バスで行こう」<br />「置いてきぼりされたパピルスハウス、あれだ」<br />「あそこがギザ ステーション。あそこが大学」<br />「復習の意味ではこれは良かったね」などとのんきなことを言っている。<br /><br /> 案内書には、アレキサンドリアへの行き方として、このジェットバスが、タハリール広場から出ていることは書いてあるが、一昨日の私たちの行動のように、どこから出ているかは詳しくは書いてない。同様、このバスがカイロ行きとはなっているが、実際に終点がどこだかは分からない。タハリール広場が終点だと私たちは思いこんでいる。<br /><br /> 車掌が「どこで下りるのか」と聞きに来た。「ターミナルはどこ?」と夫が訊くが通じない。「タハリール」と私。ナイルを渡り、見慣れた場所、ラムセス ヒルトンの横、タハリール広場に到着。客はまだ乗っている。行くところまで行ってみようか、などと言っていると運転手が来て、「ここがタハリール。下りるところだ」と言う。慌てて、荷物を受け取り、タクシーに乗り換え、予約のある空港近くのノボテル ホテルへ向かう。タクシーはタハリールからノボテルまで40ポンド。バスの二人分の料金だ。乗り心地はバスの方がずっと良い。<br /> <br /> チェックインを始めた夫が、「あっ、コート忘れた」「じゃぁ、バスだ」「あんなコートもう捨てちゃいなさい」というと「上着も一緒だ」という。まったくドジ!<br /><br /> 電話の所に行き、アレキサンドリア9時発のバスに忘れ物をしたと、幸い乗車券を持っていたので電話をかけて貰うと、そのバスは空港にいるという。知らないとはしょうがないもの。なんとあのバスは乗っていれば空港まで来たのだったのだ。空港は目と鼻の先。<br /> <br /> ともかくチェックインを済ませ、部屋に荷物を置き、その足で空港まで行く。シャトルバスが案内してくれる。事務所に行くと、あそこにバスはいるというが、車掌も運転手もいない。開けて貰って座席を調べるがコートも上着もない。運転手さんはお祈りに行っているからと事務所の人はいう。車掌もどっかに行ってしまったらしく姿も見えない。<br />ひとまず、シャトルバスには帰ってもらい、運転手さんの戻ってくるのを、待っている。<br /><br /> 日差しがかんかんと暑い。ここはイスラムの国だから物がなくなるとは思わないと夫はノー天気なことを言っている。信じることは幸せだ。 それでも1時間も経つと、気短な私はイライラしてくる。すると「ドライバーが来た」と事務所の人が叫んだ。夫が運転手の方に走っていくと、向こうも夫を見つけ、手を振って小走りに走ってきて、握手。<br /><br /> コートと上着はちゃんと鍵をかけてしまって置いてくれてあった。やれやれ。忘れ物は無事持ち主に戻って大団円。関係者に感謝の礼をして、ホテルに帰る。旅の最後に、いい思い出が残って良かったねぇ。でも、疲れた!<br /><br /> シャワーを浴び、遅い昼食をとり、へリオポリスを回る予定だったが、中止して、ワインを飲み始める。輸入ワインに比べれば、ローカルワインは6分の1ぐらいの価格だが、それでもワインなんて観光客用なんだろう。今回の旅は駆け足で、庶民の生活に触れることは出来なかった。このワイン1本の占める位置を、ちょっと知りたかったな。<br /><br /> この国はまだまだ前途多難だ。植民地支配のあった国と無かった国と、同じ貧しさでも国民の意識に差がある。植民地支配の長かった所は、それを克服するのに支配されていた以上の年月がかかりそうだ。そんなことを話し合いながら食事をしている。<br /><br /> 一眠りして起きると夜。隣の棟でにぎやかな演奏会が行われている。何なのだろう。フィルムは全部セイフティバッグに入れ替え、不必要な物はしまい、荷造りし直す。<br />午前1時半、シャトルバスで空港へ。<br /><br /> 空港は人でいっぱい。こんな時間に発着なんて、いくら砂漠があるといってもよくないよ。パスポートチェックで日本人団体といっしょになる。「どちらへ?」と訊くと彼らはイスタンブール。トルコ航空だな、ストレートならそちらの方が早く日本に着く。会話を聞いていると関西弁。関空から来たんだろう。<br />「もうこういう飛行日程は止めようね。疲れるよ」と夫。<br />「冬物を持ちたくなかったからだけど、時間がないわけじゃないのだから、アムスで一泊入れるべきだったね」<br /><br />

エジプト弥次喜多記 11

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1999/01 - 1999/01

163位(同エリア171件中)

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buchijoyce

buchijoyceさん

 昨日とうって変わって上天気。シャクだなぁ。ビルの合間をすり抜けてきた朝日が、波の上に細長い光の筋をつくっている。

 8時、もうオマールさんは来ている。早いけど出発しよう。朝は市街地に向かう車で道は渋滞する。
「ノー リーン ツダイ」とオマールさんが言う。
「リーンって何?」と夫。
「No rain today.OK?」
「ノーリーン」
「Yes.インシャーラ」

バスターミナルに着く。夕べ作って置いたプレゼントを渡す。「バンビーノ?」とうれしそうに受け取る。名残惜しそうに手を振りながらオマールさんの車が走り去っていく。

バス停の前の5階建てのビルが建設中。縦柱は細い鉄筋が数本入っただけ。柱そのものも細い。下の階の壁を見て面で支えるのかと、作業中の壁を見るが、ブロックをモルタルでつないでいるだけ。中には縦も横も何にも入れない。やっぱり耐震の考えは全くないようだ。トルコも同じ考えだったんだよ、だから災害が大きかったんだよ。

 9時、時間通りにバスは出発。砂漠ルートだ。もう一度、ピラミッドに会えるよ。夫はコートを脱いで棚の上に。私はコートは足にかけてある。この砂も見納めだ。街道に沿って広がる住宅地や街道沿いに立ち並ぶソフトドリンクの店を眺めている。囲いをつくり、耕地が出来ている。この塀は砂を防ぐためか、砂を飛ばさないためなのか。

 アイルランドのアラン諸島は風のすさまじいところ。人々は石塀を造り、耕地から普段でさえ少ない大事な土を風に持って行かれないように守っている。

砂漠の向こうにピラミッドが見えた。夫が車掌に「ギザのピラミッドか?」と訊ねた。「ギザ ステイション?」と車掌が聞き返す。「ノー。ノー。」「ほら余計なことを訊くから、あの子、ギザで下りるのか?と言ってるわよ」バスはギザで停車。「ここまで来れば地理も分かってきたことだし、なんとか帰れるけど。まぁ、バスで行こう」
「置いてきぼりされたパピルスハウス、あれだ」
「あそこがギザ ステーション。あそこが大学」
「復習の意味ではこれは良かったね」などとのんきなことを言っている。

 案内書には、アレキサンドリアへの行き方として、このジェットバスが、タハリール広場から出ていることは書いてあるが、一昨日の私たちの行動のように、どこから出ているかは詳しくは書いてない。同様、このバスがカイロ行きとはなっているが、実際に終点がどこだかは分からない。タハリール広場が終点だと私たちは思いこんでいる。

 車掌が「どこで下りるのか」と聞きに来た。「ターミナルはどこ?」と夫が訊くが通じない。「タハリール」と私。ナイルを渡り、見慣れた場所、ラムセス ヒルトンの横、タハリール広場に到着。客はまだ乗っている。行くところまで行ってみようか、などと言っていると運転手が来て、「ここがタハリール。下りるところだ」と言う。慌てて、荷物を受け取り、タクシーに乗り換え、予約のある空港近くのノボテル ホテルへ向かう。タクシーはタハリールからノボテルまで40ポンド。バスの二人分の料金だ。乗り心地はバスの方がずっと良い。
 
 チェックインを始めた夫が、「あっ、コート忘れた」「じゃぁ、バスだ」「あんなコートもう捨てちゃいなさい」というと「上着も一緒だ」という。まったくドジ!

 電話の所に行き、アレキサンドリア9時発のバスに忘れ物をしたと、幸い乗車券を持っていたので電話をかけて貰うと、そのバスは空港にいるという。知らないとはしょうがないもの。なんとあのバスは乗っていれば空港まで来たのだったのだ。空港は目と鼻の先。
 
 ともかくチェックインを済ませ、部屋に荷物を置き、その足で空港まで行く。シャトルバスが案内してくれる。事務所に行くと、あそこにバスはいるというが、車掌も運転手もいない。開けて貰って座席を調べるがコートも上着もない。運転手さんはお祈りに行っているからと事務所の人はいう。車掌もどっかに行ってしまったらしく姿も見えない。
ひとまず、シャトルバスには帰ってもらい、運転手さんの戻ってくるのを、待っている。

 日差しがかんかんと暑い。ここはイスラムの国だから物がなくなるとは思わないと夫はノー天気なことを言っている。信じることは幸せだ。 それでも1時間も経つと、気短な私はイライラしてくる。すると「ドライバーが来た」と事務所の人が叫んだ。夫が運転手の方に走っていくと、向こうも夫を見つけ、手を振って小走りに走ってきて、握手。

 コートと上着はちゃんと鍵をかけてしまって置いてくれてあった。やれやれ。忘れ物は無事持ち主に戻って大団円。関係者に感謝の礼をして、ホテルに帰る。旅の最後に、いい思い出が残って良かったねぇ。でも、疲れた!

シャワーを浴び、遅い昼食をとり、へリオポリスを回る予定だったが、中止して、ワインを飲み始める。輸入ワインに比べれば、ローカルワインは6分の1ぐらいの価格だが、それでもワインなんて観光客用なんだろう。今回の旅は駆け足で、庶民の生活に触れることは出来なかった。このワイン1本の占める位置を、ちょっと知りたかったな。

 この国はまだまだ前途多難だ。植民地支配のあった国と無かった国と、同じ貧しさでも国民の意識に差がある。植民地支配の長かった所は、それを克服するのに支配されていた以上の年月がかかりそうだ。そんなことを話し合いながら食事をしている。

 一眠りして起きると夜。隣の棟でにぎやかな演奏会が行われている。何なのだろう。フィルムは全部セイフティバッグに入れ替え、不必要な物はしまい、荷造りし直す。
午前1時半、シャトルバスで空港へ。

 空港は人でいっぱい。こんな時間に発着なんて、いくら砂漠があるといってもよくないよ。パスポートチェックで日本人団体といっしょになる。「どちらへ?」と訊くと彼らはイスタンブール。トルコ航空だな、ストレートならそちらの方が早く日本に着く。会話を聞いていると関西弁。関空から来たんだろう。
「もうこういう飛行日程は止めようね。疲れるよ」と夫。
「冬物を持ちたくなかったからだけど、時間がないわけじゃないのだから、アムスで一泊入れるべきだったね」

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