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 お天気がいまひとつ。海の色も冴えない。この色は曇った日の日本海の色だ。地中海にはふさわしくない、とひとりぼそぼそつぶやいている。砂浜の波打ち際に、鳩の群が飛んできてはなにやらついばみ、また一斉に飛び立っていく。先頭がリーダーなのだろう。<br /><br />朝食をしに下りていく。残念だったのはここには全然生野菜がなかったことだ。<br /><br /> オマールさんはかしこい、だってマダムに名刺を渡して置いたのだから。フロントに行って名刺を出し「彼を呼んで」、これでOK。<br />「どこへ行きます?」<br />「アブ キール」<br />「アブ キール、グッド タウン」<br />「天気はどうかな」<br />「ノー プロブレム」<br />雨はひどく降り出す。困ったな。アブ キールは港町だ。ロゼッタにも行ってもらおうと思っていたが、あそこも港町だから今回は止めよう。「帰りにモンタザ宮殿に寄るから」「OK、OK」オマールさんはあの英語でよくしゃべる。私たちが理解に苦しむと「ノー?」、「ノー」と言うと今度は身振り手振り、音まで加わる。<br /><br /> 「ちんぷんかんぷん」という表現に、「サビール語のように」という言い方があった。サビール語とは地中海沿岸で使われている数カ国語が混じった言葉、といったようなことを覚えているが、オマールさんと話しているとまさにサビール。でも馴れてくると面白い。<br /><br />「日本で車を買うといくらぐらい?」<br />「そうね、百万円以上。この車はいくら?」<br />「3万5千ポンド(約10万円)」<br />「お子さんは?」<br />「バンビーノ?」<br />「そう」<br />「ツーゲル、ツーボーイ」<br />「ワン ゲル 17,ワン ゲル 11、ワン ボーイ 7,ワン ボーイ 4、バンビーノ フィニッシュ」<br />すかさず「インシャーラ(かみさまの思し召し)」と私。<br /><br />アブ キールに着くと雨はかなり降っていた。町の中をきれいに装飾された馬車が何台も走っている。「アブキール タクシー」タクシーと言うより乗合馬車だ。馬車は後に梯子がついている。こじんまりした町は洗濯物のほしかたなどにちょっとムードがある。でも、この雨じゃなぁ、と下りずにいる。<br /><br /> 車はそのまま砂浜に進む。入り江になっていて、ボートやイスがそこら一面に置いてある。「サマール メニー ピープル。サマール レストラン」なるほど。遠くに石油の精錬所。<br /> <br /> このすぐ先でイギリスとフランスが戦った、と擬音をまじえながらの説明。そうだった、そうだった。たしか、ナポレオンの遠征軍がネルソン提督率いるイギリス艦隊に攻撃され、旗艦をはじめかなりの艦隊が沈んでいるはず。思わず身を乗り出して「どこら辺?」「すぐそこ」「クレオパトラの宮殿の次はナポレオン艦隊?」「だれを連想する?」「ヴィヴィアン・リー」「そう。クレオパトラとレディ・ハミルトン」同い年だからこんな時はイメージが合う。<br /> <br /> 車は砂州が突き出ている方面に動く。そこは漁場。小さな漁船が網を引き上げている。手前の網はまだ50m位先にある。隣の網はもうあがり、魚をはずしている。車の中で私が両手を差し出し「アッラーアクバル。どうぞ雨を止まして下さい」と祈ると、あーら不思議、雨がやんだ。外に出る。<br /><br /> 夫が地引を手伝い始めた。引き方はロープを持って後まで歩き、ロープを重ね、また前に行って引いてくる、この繰り返し。結構、力がいるよ、と言うので私もやってみる。二人で引いているときはラクだが、一人がはずれるとぐっと力がかかる。うん、きついもんだね。<br /><br /> オマールさんは手伝いもせず、網に魚が入ってピチピチしている情景をマイムしている。そうこうするウチに網があがり、魚の姿が見え始めた。小さな小さなイワシ。このイワシ、アンチョビにするのかな。もうちょっと大きなシマのあるもの。それもバケツにせいぜい両方会わせて1ぱい程度。網に刺さった魚をはずしている漁師の顔が良いので、私はシャッターを切り続けている。もうちっと光がほしいなぁ。この程度の漁でどのくらいの収入になるのか訊きたかったのだが、オマールさんの通訳は当てにならないし、諦める。光が出始めた。少し遅いよ、インシャーラ。<br /><br /> モンタザ宮殿。ファルーク王の夏の宮殿だったところ。今は公園になっている。宮殿の瀟洒な造りもさることながら、庭が広く、りっぱ。車でぐるぐるまわるのほどだから。ファルークの時代はここでシカを放し飼いしていたのだそうだ。専用のハーバーもあるし、いざという時は地下を通って海上に脱出できる水路もある。<br /> キングファルークは1952年革命で国外追放となる。1954年がナセルが大統領に。イスラエルの成立が48年。中東の火種はここら辺からくすぶり始める。<br /> <br /> この公園の木陰はあっちもこっちもアベックがぴったりと抱き合っている。女の子はちゃんとスカーフはしているけれど。日比谷公園も顔負けしそう。「若者はどこの国でも同じだねぇ」と夫。でも、エジプトに来て初めて見る風景。へぇー、土地柄なのかな、それともイスラムもここまで変わったのかな。<br /><br /> 明日はジェットバスで帰りたいというと、予約しておかないとだめだからと、市街にあるバスターミナルまで連れていってくれた。9時発のバスのチケットを買う。ひとり20ポンド。本当に安い。明後日はアメリカ人夫妻をのせて片道8時間かけてハルダカまで行かなければならないが、明日は空いているので、8時15分に迎えに来る、という。<br /><br /> オマールさんの子ども達のために千代紙で鶴を4つ折り、ホテルで貰ったチョコレートとアスワンで買った100ポンドのチョコレートも一緒にポリ袋に入れた。このチョコレー<br />トとオマールさんの4時間分の稼ぎとが、同じ値段だと知ったら、どう思うだろうか。<br />

エジプト弥次喜多記 10

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1999/01 - 1999/01

161位(同エリア169件中)

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buchijoyce

buchijoyceさん

 お天気がいまひとつ。海の色も冴えない。この色は曇った日の日本海の色だ。地中海にはふさわしくない、とひとりぼそぼそつぶやいている。砂浜の波打ち際に、鳩の群が飛んできてはなにやらついばみ、また一斉に飛び立っていく。先頭がリーダーなのだろう。

朝食をしに下りていく。残念だったのはここには全然生野菜がなかったことだ。

 オマールさんはかしこい、だってマダムに名刺を渡して置いたのだから。フロントに行って名刺を出し「彼を呼んで」、これでOK。
「どこへ行きます?」
「アブ キール」
「アブ キール、グッド タウン」
「天気はどうかな」
「ノー プロブレム」
雨はひどく降り出す。困ったな。アブ キールは港町だ。ロゼッタにも行ってもらおうと思っていたが、あそこも港町だから今回は止めよう。「帰りにモンタザ宮殿に寄るから」「OK、OK」オマールさんはあの英語でよくしゃべる。私たちが理解に苦しむと「ノー?」、「ノー」と言うと今度は身振り手振り、音まで加わる。

 「ちんぷんかんぷん」という表現に、「サビール語のように」という言い方があった。サビール語とは地中海沿岸で使われている数カ国語が混じった言葉、といったようなことを覚えているが、オマールさんと話しているとまさにサビール。でも馴れてくると面白い。

「日本で車を買うといくらぐらい?」
「そうね、百万円以上。この車はいくら?」
「3万5千ポンド(約10万円)」
「お子さんは?」
「バンビーノ?」
「そう」
「ツーゲル、ツーボーイ」
「ワン ゲル 17,ワン ゲル 11、ワン ボーイ 7,ワン ボーイ 4、バンビーノ フィニッシュ」
すかさず「インシャーラ(かみさまの思し召し)」と私。

アブ キールに着くと雨はかなり降っていた。町の中をきれいに装飾された馬車が何台も走っている。「アブキール タクシー」タクシーと言うより乗合馬車だ。馬車は後に梯子がついている。こじんまりした町は洗濯物のほしかたなどにちょっとムードがある。でも、この雨じゃなぁ、と下りずにいる。

 車はそのまま砂浜に進む。入り江になっていて、ボートやイスがそこら一面に置いてある。「サマール メニー ピープル。サマール レストラン」なるほど。遠くに石油の精錬所。
 
 このすぐ先でイギリスとフランスが戦った、と擬音をまじえながらの説明。そうだった、そうだった。たしか、ナポレオンの遠征軍がネルソン提督率いるイギリス艦隊に攻撃され、旗艦をはじめかなりの艦隊が沈んでいるはず。思わず身を乗り出して「どこら辺?」「すぐそこ」「クレオパトラの宮殿の次はナポレオン艦隊?」「だれを連想する?」「ヴィヴィアン・リー」「そう。クレオパトラとレディ・ハミルトン」同い年だからこんな時はイメージが合う。
 
 車は砂州が突き出ている方面に動く。そこは漁場。小さな漁船が網を引き上げている。手前の網はまだ50m位先にある。隣の網はもうあがり、魚をはずしている。車の中で私が両手を差し出し「アッラーアクバル。どうぞ雨を止まして下さい」と祈ると、あーら不思議、雨がやんだ。外に出る。

 夫が地引を手伝い始めた。引き方はロープを持って後まで歩き、ロープを重ね、また前に行って引いてくる、この繰り返し。結構、力がいるよ、と言うので私もやってみる。二人で引いているときはラクだが、一人がはずれるとぐっと力がかかる。うん、きついもんだね。

 オマールさんは手伝いもせず、網に魚が入ってピチピチしている情景をマイムしている。そうこうするウチに網があがり、魚の姿が見え始めた。小さな小さなイワシ。このイワシ、アンチョビにするのかな。もうちょっと大きなシマのあるもの。それもバケツにせいぜい両方会わせて1ぱい程度。網に刺さった魚をはずしている漁師の顔が良いので、私はシャッターを切り続けている。もうちっと光がほしいなぁ。この程度の漁でどのくらいの収入になるのか訊きたかったのだが、オマールさんの通訳は当てにならないし、諦める。光が出始めた。少し遅いよ、インシャーラ。

 モンタザ宮殿。ファルーク王の夏の宮殿だったところ。今は公園になっている。宮殿の瀟洒な造りもさることながら、庭が広く、りっぱ。車でぐるぐるまわるのほどだから。ファルークの時代はここでシカを放し飼いしていたのだそうだ。専用のハーバーもあるし、いざという時は地下を通って海上に脱出できる水路もある。
 キングファルークは1952年革命で国外追放となる。1954年がナセルが大統領に。イスラエルの成立が48年。中東の火種はここら辺からくすぶり始める。
 
 この公園の木陰はあっちもこっちもアベックがぴったりと抱き合っている。女の子はちゃんとスカーフはしているけれど。日比谷公園も顔負けしそう。「若者はどこの国でも同じだねぇ」と夫。でも、エジプトに来て初めて見る風景。へぇー、土地柄なのかな、それともイスラムもここまで変わったのかな。

 明日はジェットバスで帰りたいというと、予約しておかないとだめだからと、市街にあるバスターミナルまで連れていってくれた。9時発のバスのチケットを買う。ひとり20ポンド。本当に安い。明後日はアメリカ人夫妻をのせて片道8時間かけてハルダカまで行かなければならないが、明日は空いているので、8時15分に迎えに来る、という。

 オマールさんの子ども達のために千代紙で鶴を4つ折り、ホテルで貰ったチョコレートとアスワンで買った100ポンドのチョコレートも一緒にポリ袋に入れた。このチョコレー
トとオマールさんの4時間分の稼ぎとが、同じ値段だと知ったら、どう思うだろうか。

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