2006/04/08 - 2006/04/08
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2006年4月上旬にお仕事を兼ねて京都に行ってきました。京都は2年前まで住んでいた所ですが、観光地にはあまり行っていません。そんな中、今回は京都市北東にある銀閣寺と哲学の道、それに観光地ではないのですが住蓮山安楽寺を見せていただきました。
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最初に参らせてもらったのは、住蓮山安楽寺です。ここは800年近くの歴史のある古いお寺です。哲学の道を少し入った所にありますが、観光用に一般公開をしているお寺ではないので、とても静かな雰囲気です。春夏秋冬美しいのでしょうが、山門の両脇に紅葉の木が植えられてあるので、特に秋は紅葉の絨毯ができて良さそうな感じです。
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山門をくぐり、庭園に入るとたくさんのツツジが植えられてありました。小さな塔などもあり、こぢんまりとしていますが、整ったきれいなお庭です。
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中に入ると、若いご住職が丁寧に説明をしてくださいました。浄土宗のお寺さんには入ったことがなかったのですが、内陣(仏さまが据えられている所)だけでなく、外陣(みなが座るところ)もきらびやかなのですねぇ。
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ここは浄土宗のお寺ですので、正面には阿弥陀如来座像が据えられています。
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左脇には、法然上人や親鸞聖人の像がまつられています。親鸞聖人がいるのが、不思議な感じがします。
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これは、ここのお寺に祀られているお寺の名前の由来でもある住蓮と安楽の像、そして松虫・鈴虫の2人の尼僧です。この4人にはとても悲しいお話があります。
元々、住蓮と安楽の2人は今のお寺の場所より1キロ東に草庵を結びました。そこで、別時念仏会を催し、六時に渡り礼讃(往生礼讃というお経です)を修していました。この2人の「礼讃声明」は、聴く人の心を揺さぶるような哀音の響きをもっていたと言われています。
そこへある事件が起こります。建永元年(1206年)時の権力者、後鳥羽上皇が熊野に詣でた時です。後鳥羽院の女房であった松虫・鈴虫は2人の修する別時念仏会に参加。そのまま出家剃髪をしてしまうのです。2人は元々後鳥羽院のお気に入りの女房でした。それでこのことを知った後鳥羽院は激怒、念仏停止の宣をだしてしまうのです。
結果的に、2人は死罪、師匠の法然上人や親鸞聖人といった教団の重要人物は流罪となりました。死刑となった安楽房は、弁慶で有名な五条大橋の南、六条河原で斬首されます。その当日は、あらん限りの人々が安楽房の死を嘆きつつその場に参集。安楽房が最後に称えた日没礼讃、念仏に一同和し、いつまでも念仏の声が絶えることがなかったそうです。 -
この安楽寺はその2人の菩提を弔うためにかつでの草庵を復旧したものです。
この写真の傘と杖は、流罪をとかれた後、訪れたおとうと弟子親鸞聖人が参詣した際に置いていったものだそうです。ほんとかどうか怪しいですが。 -
安楽寺に別れを告げて訪れたのは、誰もが知ってる銀閣寺。今回で三回目くらいです。金閣と比べて派手さはないですが、この銀沙灘などの景観はすばらしいなと思います。
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そして中心の観音殿・銀閣。
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その外、哲学の道の桜並木です。ここの桜は本当にキレイでした。雨でしたが、晴れだったらもっときれいだったかな?
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最後におまけ。前日夜に祇園を歩いている時にみた桜です。ライトアップされたりもして、とってもキレイでした。
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