2006/06/20 - 2006/06/20
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井上@打浦橋@上海さん
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上海では2010年に万博が開催されます。
こちらでは世界博覧会は、略して「世博会」(シボフイ)と呼んでいます。
その世博会の予定地は南浦大橋と盧浦大橋の間の黄浦江沿いの地域となっております。
その地域を選んだのは・・・・
まずは、上海中心部より離れていない
次に、黄浦江沿いを今後観光地としてアッピールしたい、
それと、この地域は工場が多い地帯であり、撤去移転が比較的やり易い
・・・・そういうことなのかと、私なりに思っています。
しかしながら、民家や商店などもある数多くあるわけです。上海では、再開発に伴う、民家や商店の移転を「動遷」と呼んでいます。この動遷事業をうまく切り抜けないと、世博会開催に間に合わないおそれもある。そうなると、世界に対して恥をかく。誇り高き中華民族あるいは中国政府は、この世紀の大事業を絶対成し遂げなくてはならない。ということで、この地域の住民には、気を良くして動遷に応じてもらわなくてはならない。
今回、立ち退き住民達の新団地へ訪れて見て感じましたことは・・・・・いやぁ、上海政府(中国政府なのかな?)は、相当な気遣いをしたのかな、と言うことでした。
きっかけは、「エクスプロア上海」と言う、上海に関する情報に関しては、最も人気のあるサイトの質問コーナー「上海よろず情報交換」の下記の質問からでした。
http://www2.explore.ne.jp/nph-px.cgi/000000A/http/www.shanghai.or.jp/yorozu/view.php3?d=1&id=48501
質問者とやり取りしてるうちに、大いに興味を持ってしまったんです。もう、コレは行くっきゃない・・・そう思い、早速、探訪して来ました。
世博会の伴う立ち退き住民達の新団地は2つあるようです。
1つは、今回訪れました浦江鎮世博家園、もう1つは三林鎮世博家園です。
上海中心部からは、南北高速を南に行き、盧浦大橋を渡り、少し行きますと三林鎮になります。ここは浦東新区です。更に南に下がり外環状線を越えますと閔行区に変りまして、そこに浦江鎮があるのです。そこに新しくできた超大型団地が浦江鎮世博家園です。つまり浦江鎮世博家園は三林鎮世博家園より更に中心部から離れたところにあるのです。いずれ地下鉄8号線が開通しますと、上海中心部(人民広場)までのアクセスは非常に良くなるはずです。
今回、訪れましたのは浦江鎮世博家園です。まだまだ公共交通機関は限られています。三林鎮世博家園へはもう数路線のバスが行くようになっていますが、浦江鎮世博家園へは、今のところ1路線なのかもしれません。そのバスが出ていますのは南浦大橋です。ココは、去年移転していた人達が住んでました半淞園路から近いのです。
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ネットで調べましたら、南浦大橋から浦江鎮世博家園行きの班車が出ているそうです。
班車とは専用バスと言ったような意味合いです。
南浦大橋までは、我が家からは43路バスか、931路バスです。どちらとも終点が南浦大橋です。
ココが我が家の近くのバス停「打浦橋」です。ココには浦東空港行きのリムジンバス・机場3線も止まります。
向こうは、今年になり更地になりました。3年後には地下鉄9号線の駅ができ、地上にはオフィスビルかショッピングセンターかが出来るんでしょう。 -
コレが私が乗りました931路バスです。
ご覧のように2階建てバスです。931路は全車が2階建てバスです。
43路も2階建てバスがありますが、年々2階建てバスの割合が減ってきています。
いずれ、なくなるのかもしれません。
淮海中路を行く、人気の2階建てバス911路も、最近、普通バスが現れたとか・・・私はまで目にしていませんが・・・。
931路で南浦大橋までは2元です -
南浦大橋に着きました。
ココは南浦長途旅游客運站と上海旅游集散中心黄浦站が併設されています。
長距離バスには、福建方面、福州やスワトウ(汕頭)やアモイ(厦門)へ行くのもあるようです
また観光バスは、普陀山・周庄・烏鎮・同里・西塘・朱家角などへ行くバスですね。 -
上海旅游集散中心黄浦站を越えてチョイ西へ行きましたら、行列が見えてきました。
ああ、世博家園行きのバス停が近付いたなと思いました。
まだ朝8時44分ですが、今日は暑くなると予感される日差しでしたので、皆さん日陰でバスを待っています。
待ってる間に、おばさん2人に聞きました。
どうですか、新しい家は?・・・・家には満足だが、遠くてね。
時間は、どのくらい掛かるの?・・・40分くらい。
料金は?・・・4元だよ、高いだろ。2元にしなくちゃ。
以前はどこに住んでたんですか?・・・いや、そのあたりだよ。
南浦大橋近くに住んでいたんでしょう。 -
世博家園班車のバス停表示板です。
南浦大橋⇒大興街⇒江月路⇒浦馳路⇒浦暁路と書かれてるはずです。料金は一律4元。
南浦大橋を出ますと、スグ大興街に着きます。あとの3つのバス停は世博家園の広大な敷地の中にあるバス停となります。
なお、行きのみ大興街にとまり、返りは世博家園を出ますとノンストップで南浦大橋まで来ます。
運行時間は6:50〜22:00までの間で、朝夕は15分間隔、昼間は20〜30分間隔で出てるようです。 -
バスに乗り込んだのは8時51分。乗り込む時は席の奪い合いです。勿論、私は負けません、良い席を確保したのでした。この時間は混むようです。
出発は9時19分で、大興街に着いたのは9時25分。この写真は、大興街を出たあとのバスの車内です。 -
ただ今、盧浦大橋を通過中です。
9時36分です。 -
盧浦大橋を渡り暫く行きますと、左(東側)には、団地ばかりが続きます。
このあたりは三林鎮でしょう。
ただ今、9時41分です。 -
盧浦大橋を渡ってからは一直線です。外環状線を越えても、暫く順調でしたが、立体交差工事中のこのあたりで渋滞し始めました。
ただ今、9時57分です。 -
渋滞が終わり、また暫く真っ直ぐ行き、ココで右に曲がりました、どうやら世博家園は近付いてきたようです。
左の赤い看板に浦江・世博家園の字と大きな矢印が確認できます。
ただ今、10時1分です。 -
もう、既にして、世博家園の中に入ったということなんでしょう。
そして、この道が世博家園のメインストリートの江月路なんでしょう。
ただ今、10時1分です。 -
途中、江月路のバス停に着いたのが、10時3分。浦馳路のバス停に着いたのが10時5分。終点の浦暁路に着いたのが10時9分です。9時19分に出発しまして、10時9分に着きましたから50分掛かったと言う事です。
コレは終点で降りる前に撮ったものです。ご覧の様に大興街に止まるのは下行のみで、上行では止まりません。
運営してるのは上海浦東冠忠公共交通有限公司ですね。 -
コレが乗ってきました世博家園班車です。
帰りもこのバス停から乗ります。 -
向こうに大型スーパーの易初蓮花が見えてきました。
LOTUS CENTERと英語表記されています。
このロータスはタイ系と思っていましたが、今は英国のスーパーマーケット・テスコが運営権を持ってるようです。
上海に進出したのは1994年。今では上海に8店舗はあるでしょう。
北京では見かけないような・・。
ロータスの手前の広い道が世博家園のメインストリート・江月路です。江月路は東西に走ってるのかと、思います。
このロータスの住所が江月路1800号となってますから、西から東に番号が大きくなって行くんでしょう。 -
コレが世博家園のメインストリート・江月路です。
私の方向感覚が間違いないというなら、向こうが西です。 -
易初蓮花(ロータス)の内部です。
ドデカイですね。
そして店内が非常に明るい。 -
時間が10時13分ですので、まだ客が少ないです。
それとも、まだ住民が少ないのかもしれません。 -
外に出ました、江月路を西へ行きます。
江月路沿いに緑地帯も走ります。
その緑地帯沿いには郵便局やら銀行が並びます。 -
こちらは中国建設銀行です。
その右には診療所もありました。 -
江月路のセンターにもグリーベルトが走りますが、この辺の植木は手入れが悪いのか枯れてしまっています。
江月路をもう少し西へ行き、浦申路にぶつかりましたら、そこを左へ(南方向)行きます。
向こうに見えます道路案内表示を見ますと・・・
フムフム・・・そうか・・・・
この世博家園の中の道路は東西に走る道には「江」が付き、南北に走る道には「浦」が付くようです。
このあたりですと、東西に走る道がこの江月路、1本南に江燕路、北に江州路。
南北に走る道は、1本西が浦申路、次が浦馳路ということなんですね。 -
江月路から浦申路に入り、南へ行きます。
次の東西に走る道は江燕路、その1本先が江園路、
南北に走る道は、この浦申路の1本西が浦馳路、1本東が浦暁路ということですね。
浦申路のこのあたりの両側には低層のアパートが並びます。
左向こうには、高層アパートが見えます。 -
浦申路の東側の一区画に入ってみました。
出入り口部には警備員が常駐しております。 -
バスを降りて私が一周したブロックです。
北が江月路、西が浦申路、南が北江燕路、東が浦暁路に囲まれた、このブロックは四街坊と言うんですね。
北江燕路の南には友誼河という川が道沿いに走ってまして、その川の南側沿いの道が南江燕路なんでしょう。
世博家園班車の終点バス停(始発バス停でもあります)は、右の浦暁路の「浦」の字あたりになります。 -
四街坊の保安隊長は叶麟さん、保安員は4名ということです。
-
浦申路を友誼河手前の北江燕路まで来ました。
この若夫婦・・・あるいはアベックか・・・は2人ともパジャマ姿です。
シッカリと下町の世界を引きずっていますね。 -
コレが友誼河です。
向こうが西方向です。
川の右の道が北江燕路で、左の道が南江燕路ということでしょう。
向こうの橋にモニュメントらしき物が見えます。
川の南側には高層アパートが並びます。 -
北江燕路を西へ行かずに東へ行きます。
正面には高層アパートが並びます。 -
北江燕路を東へ行きます。
このあたりの道路沿いには、上海の老舗が並びます。
老舗のことを老字号といいますが、皆、南京東路に古くからある店です。
まずは、功林、そのあと杏花楼、老大房、邵万生、蔡同徳、宝大祥、培羅蒙、老介福などが並びます。
でもまだ閑散としていましたね。 -
四街坊の南側出入り口です。
手前は低層アパートですが、奥には高層アパートもあります。 -
北江燕路の東端まで行きましたら公園が建設中でした。
近付いて様子を見に行きました。
コレは公園の入り口部です。
石庫門住宅の門を模しています。
「佳康里」という名が付いています。
調べましたら佳康里というのは、半淞園路534弄に、実際あった石庫門住宅のようです。 -
この公園の名は新淞園と言うらしいです。
ココに移り住んできた人達は、以前、南浦大橋近くの半淞園と言う道沿いの地域に住んでた人達です。
その半淞園にちなんで付けた名なんでしょう。
半淞園と言う公園自体は、既にしてありません。1937年の日本軍の攻撃で廃墟となり、その後、そこには工場が建ちました。
半淞園は1918年に出来た庭園でして、広さ4ha、水面を多く取り入れた当時の上海有数の公園だったらしいです。 -
こういった石庫門住宅への出入り口を模したものには、昔の半淞園の風景など、色々な風景が描かれたレリーフがはめ込んであります。
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コレが、1937年の日本軍の攻撃で廃墟となる前の半淞園なんでしょう。池の周りには太湖石が配してありますね。
右の2つは、半淞園跡地に出来ました南市区自来水廠と南市区発電廠なんでしょう。この2つもいずれ無くなるんでしょう。いや、もう、なくなってるのかな・・・。 -
コレには半淞園路街道と新工房と旧式里翻弄と3つの風景が描かれています。
半淞園路街道の風景は、向こうで道が二股に分かれ、遠くに南浦大橋が見える風景ですね。
この風景は、どうしても、絵にしたくなるというか、写真を撮りたくなる風景なんでしょう。
と言うのは、私も、去年ココをぶらついた時に、この風景をカメラに収めています。
また、この日、浦江世博家園へ行った午後にも、ここをぶらついたんですが、やはりカメラに収めていました。
このレリーフのことは頭に無かったのに・・・・。 -
コレが去年の8月18日に同じ位置から、同じアングルで撮りました写真です。
この時は、まだまだ生活感あふれる街並みでしたが、向こうに見えます赤い横断幕にはシッカリと、世博会に関連した動遷(立ち退き移転事業)に協力を、と書かれていました。 -
こちらは、この日、浦江世博家園へ行ったあと、午後に撮ったものです。
全く意識せずに、やはり同じ位置、同じアングルでの写真を撮ったと言うことです。
スッカリ、民家は撤去され更地になり、塀で囲まれています。 -
このレリーフには、動遷の3つの様子が描かれています。
先に引っ越す家族を見送る様子、動遷の知らせを受けた時の様子、動遷する人が表彰を受ける(なんでだか、分かりませんが・・)様子ですね。
この世博会に伴う動遷事業は新中国成立以来、上海では最大規模だとか。その規模は盧湾区・黄浦区・浦東新区と3つの区にまたがり、6つの街道(区の下の居住単位)、18の居民委員会、18000戸。公平公正を原則とした陽光動遷、誠信動遷であったと・・・。 -
公園の広場には下町の生活風景のオブジェもあります。
-
コレは、もう、上海の道端のアッチャコッチャで見かける風景ですね。
将棋をしてる人と、それを見てる人。中には、横から口や手を出す人もいます。
右向こうには洗濯板を使って洗濯してる女性がいます。 -
コレは、今ではなかなか見かけない風景です。
しかし、朝方、コテコテ上海の下町をぶらつきますと、未だに見かけたりします。
馬桶(移動式室内便所)を洗ってるところです。
右手に持ってるのは箒を小さくしたようなものです。 -
コレは道端で臭豆腐を揚げてる風景です。
それを食べてるお嬢さんと、コレ頂戴と言ってるおばさんと、臭豆腐を揚げて売ってるおばさんです。
道端でコレを揚げてますと、30m手前から、臭って来ますね・・・・。
私は大好きです。4個で1元というところでしょう。辣椒を付けて食べます。 -
コレは滅多に見かけませんね。
上海に住んで9年になりますが、今まで見かけたのは2・3回です。
日本にも昔ありましたが、関東では爆弾って言っていたような・・・
こちらでは爆米花と言うらしいです。 -
公園をあとにして、浦暁路を北に行きました。
屑屋のオバサンが柵を外して、屑の買い入れをしていました。
それを注意してるのが青い制服を着た2人の男性。
この世博家園を見回ってる巡回者なんでしょう。 -
世博家園班車のバス停に着きました。
このバスに乗り、このバス停を離れたのは10時49分です。 -
コレはバスが浦馳路を走行中にバスの中から写しましたものです。
どうやら学校のようです。 -
コレは浦馳路と江月路の角で写したものです。
幼稚園なのかもしれません。 -
前に盧浦大橋が見えて来ました。
ただ今、11時14分です。 -
帰りは盧浦大橋を渡りますと、徐家匯路まで行かず、内環状線に入り東へ行き、南浦大橋で降りました。
従いまして大興街のバス停には止まりませんでした。
南浦大橋の終点バス停に着いたのは11時20分です。
帰りは31分しか掛かりませんでした。
コレで浦江鎮世博家園散策は終わりです。
この日の午後は、ココへ移住してきた人たちが住んでいました地域と、コレから立ち退きに会う人たちが住む地域を散策してきました。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- Sarinahさん 2006/06/25 17:42:18
- こんにちは
- 上海エクスプローラーでお世話になったminminことSarinahです。
連れは先に先日、上海へ戻りました。新しい実家自体は、広くてきれいだと喜んでおりましたが、とにかく市内から遠すぎると愚痴っております。どうも香港に住んでいると、距離感覚が鈍ってくるようで。
今後のコメントも楽しみにしています。
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2006/06/25 18:55:33
- 浦江鎮は上海なのか、どうか・・・
- Sarinahさん、どうも。
そうでしょう・・・・遠すぎますよ。
特に、ご主人の感覚で行けば、あそこは上海とは言えない地域なのかもしれません。
いや、御主人の御両親なんかは、もっとその感覚強く持ってるはずです。
いやいや、私自身も、そう思ってるんですよ。
私の中では、上海はメチャメチャ狭いのです。
15年前でしたら、上海と言ったら、黄浦区、盧湾区、静安区、虹口区、
閘北区の南部、徐家区の北東部だけだったはずです。
黄浦江の向こうは、上海ではない川向こうの別の地域という意識があったはずです。
しかし、いまや、上海はドンドン拡がって行っています。
15年前の50倍くらいには、絶対なっています・・イヤ100倍かも・・・。
その点、香港は拡がりようが無いですね。
南は海ですし、北は共産中国なんですから・・・。
将来、深センとの境界がなくなっても、深センは永遠に香港とは呼ばれないはずです。
まあ、ですが、あの浦江鎮も、地下鉄が開通すれば
人民広場(上海の中心)まで相当近くなるでしょう。
30分か、40分か・・・。
-
- グリーンマンさん 2006/06/23 08:52:12
- 写真にコメント入れて...
- 井上さん...暑い日が続いておりますが...お変わり有りませんか?
折角ですので写真にコメント頂けるとうれしいですが...それと住宅の価格はどの程度なのでしょうか?お伺いいたします!
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2006/06/23 10:07:31
- 4000元/?のようです
- グリーマンさん、どうも。
今年は例年より、暑くはならないなどと言ってるのを聞いた覚え
あるんですが・・・どうしてどうして・・・・
やはり、クソ暑くなるんでしょう。
コメントのほうはボチボチと・・・・
浦江鎮世博家園の二手房価格は
http://www.021fang.com/sub_buy/5247.htm
を見ますと4000元/?ですね。
いやぁ・・・あんなところでも4000元とは・・・
いずれ地下鉄8号線も行くそうですね。
4000元という価格が、高いのか、将来を考えますと安いのか・・
どうなんでしょうね。
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