2001/02/24 - 2001/02/24
247位(同エリア315件中)
覇王樹さん
マルティナ・フランカから次の目的地、チェリエ・メッサーピカは西に二十キロという地点に位置する。なぜ、この町を見つけたかというと、観光ガイド等に紹介されている町だけを訪問しているだけでは面白くないと思い、地図を拡げ、どこか面白そうな町がないか探しているうちにその町を見つけたのである。インターネットで調べてみると、この町は中世の城郭がこの町にはそのまま残っているようである。また、旧市街は地図で見た限り今まで訪れたような都市と同様、迷路のような街路が走っている。恐らく、この町も丘上都市に違いない、と考えたわけである。丘上都市には共通した特徴があり、私個人的には彗星のような形をしているように思えるのである。すなわち、丘の頂点に旧市外が乗っかり、その後方に尾を引くように新市街が繋がっている、と。
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FSEでマルティナからチェリエへ移動する。沿線にはトゥルッロが散在する。
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レッチェ行きの列車に乗っていると、チェリエ・メッサーピカが進行方向右手に見えてきた。予想通り、丘の上に大きな望楼を有する丘上都市であった。駅からチェリエの入り口となるグルッソ門までは歩いてわずかに5分、今まで訪れた丘上都市の中では最も駅から近い町である。門をくぐると小さな広場となっており、そこから四方に細い路地が延びている。どの路地もその先が見渡せない。この町もやはり迷路都市であった。広場の左手に比較的幅の広い上り坂がある。この道を登っていくと、果たして城門と教会のある広場に出た。
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城は現在修復中らしく、入り口は工事用フェンスで閉じられている。残念だが、今回は城の中へは入れないようだ。それにしてもこの城の望楼は大きくて立派である。
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一方の教会の方は扉が開いている。ここ、コレジアータ教会の構造はその他のヨーロッパの教会と違って外から堂内に入る扉が一枚きりである。いわゆる日本の玄関に当たる踏み込み部分がないのである。しかし、この教会もこの町の規模にしては内部はかなり広く、豪華な作りである。
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教会前広場から城脇を抜ける路地を見る。
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地下通路のようなチェリエの路地。
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この路地にはバットレスが果てしなく続く。
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この町はレストランが多いことで有名。
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誰も居ない静かな白い街路
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階段に挟まれたトンネル状の小径
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コレジアータ教会の脇に建つサン・デメトリオ教会。実は、天井が抜け落ちた廃教会。
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本当に、この町も迷路都市である。
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階段の登る方向それぞれに玄関
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イタリアらしい、洗濯物のひるがえる路地。
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これは面白い構図。彫り込んだかのような階段と簾で隠された玄関。
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オグニサンティ広場に通ずる門。どこの門の壁にもフレスコが描き込まれている。
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広場からのプーリアの風景。丁度FSEのディーゼルカーが通過中。
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この町の歴史は四千年もさかのぼることができるとされている。古代ギリシャ時代以前の出土品がそれを物語っている(しかしながら、これら考古学的出土品はその殆どが市外に散逸しており、タラントの博物館や、ベルリン博物館で展示されているそうである)。すでに紀元前十五世紀の古文書にはこの町の名前が登場している。チェリエはイオニア海とアドリア海の中間に位置し、軍事的、商業的に重要な都市として栄えることになる。ローマ帝国が衰退するとともに、この町の自治が始まる。中世の貴族社会が始まると、この町は文化的に著しく進歩することになる。十六世紀から十八世紀に掛けて、今現在見られるドゥカーレ城、コレジアータ教会、サン・ドメニコ教会などが建設されている。
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壁に吸い込まれたかのような階段。最下段は狭すぎて足もおけない。
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この路地の先に、私の友人、アンジェラの実家がある。
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