2006/05/16 - 2006/05/16
1273位(同エリア1447件中)
片瀬貴文さん
明治村でもう一つ訪ねたい建物は、無声堂だった。
この建物は、創立30周年記念に建てられた四高の武道場だったが、終戦後進駐軍の指令で武道が禁止され、卓球場となった。
昭和21年(1946年)ここをベースに卓球部が創設され、「部が出来て以来まだ一度も勝っていない」との甘言に乗って私が入部したのは、昭和22年(1947年)のことである。
なぜ甘言だったのか。
それは、「よし、新たな伝統を築こう」と、私の闘争心を目覚めさせたからだ。
大きな目標は「全国制覇」。
「全国制覇」「死ぬまでやろう」は、柔道部や剣道部の輝かしい歴史・伝統に込められた、無声堂の魂の声だった。
翌昭和23年(1947年)旧制高校最後のインターハイでは、いまひとつのところで目標を達成できなかったが、この急激な進歩は、その後60年間心に残った青春の凱歌である。
黒く磨かれたこの床には、どれほど多くの、私の汗が滲みこんでいるだろうか。
今も残る、数多く掲げられた、歴代部員の名札は、当時議論の末残した。
先輩の魂を、残したかったからだった。
正力松太郎や、河合良成、土川元夫などの名前も残っていた。
しかし自分たちは、名札に加えなかった。
われわれの魂はここに残ったりせずに、社会に持って出ようとしたからだ。
旧制高校は、昭和25年(1950年)に、歴史の幕を閉じようとしていた。
無声堂の外観は、当時に比べて新しくなっていた。
しかし内部と周囲の雰囲気は、そのままに残っていた。
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