2006/05/08 - 2006/05/10
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ハッチ88さん
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ぶらり一人旅、芸妓・舞妓さんの女の世界を堪能した後は、
長い伝統を持つ扇屋さんで絵付け体験をし、
島原 花街にある揚屋という場所へ出かけます、
揚屋とは太夫と呼ばれる豪華な衣装を来た女性が
座敷で歌などを披露しながら宴会をする場で、
お茶屋と似ている所もありますが、それとも又違う商売です。
じゃーどう違うの?という訳で、
昔は揚屋で現在は観光用に公開している「角屋さん」
(すみや と読みます)を見て来ました。
-
扇絵付け体験でお世話になったのはここ、
京扇堂さんです。
2200円で絵を描き、それを扇に仕立ててくれて
完成後に送ってくれます。
なんと天保3年に創業だそうです。 -
さてさてどんな柄を描こうかな〜
という訳で、店内を散策、
桜もいいな、魚もいいね。 -
約1時間半時間をくれます、
ひや〜絵を描くって久々だ〜何描こう、
一時期は美大浪人を3年程やって、
その間はどっぷり絵描き生活だったんですけど、
最近はもっぱら描いてない。 -
一枚の扇型の紙を渡され、下書きを軽くします、
どんな扇が出来るのか?
油絵と違って、書き直しや塗り直しがきかない世界
なんですね、絵の具を付けて、線一本にも
集中して描いていきます。 -
カンセーイ、
テーマは「椿とまるちゃん」です、
まるちゃんとは鹿児島の祖母の家にいつの間にか
我が物顔で居座るようになったまるまるした猫です。
この扇は沖縄旅行の際、資金面でお世話になり、
かつ鹿児島では様々な所へ連れて行ってくれたおばへの感謝の気持ちを込めて描きました。
1ヶ月後くらいに完成したものを送ってくれるのですが、送り先はおばにしました、喜でくれるかな。 -
次は島原にある花街へと
-
こちらが昔の花街のなごりを象徴する門です、
ここから先はずっと揚屋がのきを連ねていたそうです。
ちなみに花魁と太夫は全く別の職業で、
花魁とは遊郭におり、いわゆる娼婦的なお仕事をされる女性で、太夫は俳句、お茶、舞、三味線など、芸能を極めた女性がなれるもので、座敷で三味線を披露したりしてたそうです。
芸妓さんに近いかな。 -
遊郭は事情があって入れられた女性も多いし、
その職業柄、逃げ出すために放火をした花魁も多かったとか。
その花魁を囲う意味での門が遊郭にはあるらしいんですけど、
ここ花街にある門は逃げ出さないようにする意味での門では無いらしいです、放火も特に無かったとか。 -
こちらは唯一営業している揚屋さんで
わだち屋さんです、
現在残っているのはここだけです、
うーん先斗町やら花見小路など、芸妓さんの方は
のきを連ねて今でも営業しているのに、
太夫さんのいる揚屋はここだけとはもったいない。 -
よく時代劇などで、こういった格子窓から女性が道行く侍などに「寄って行かない?」などと、お誘いをするシーンがあります、
ここ島原にもこういう格子窓はありますが、
ただその時代にはこの手のデザインが流行っただけの事で、ここから太夫さんが声をかける事は無かったそうです。 -
昔の造りの家はありますけど、もう普通の家になっていて、営業はしていません、
寂しいな〜。 -
はい、お目当ての「角屋をもてなしの文化美術館」です。
昔は普通に揚屋として営業してたんですけど、
今は美術館として観光用に公開してます。
新撰組や坂本竜馬、西郷さんなど時代を動かした中心人物がお客として訪問していたそうです。 -
入り口です、角屋のゴロマークである紋の
のれんをくぐって入ったんですね。 -
こちらが玄関です、玄関わきには刀を置く棚があります。
-
この玄関前にある柱には、新撰組が乱闘さわぎをした時の
刀傷が残っています。
屋敷の中にはちょくちょく刀傷がくっきり残っていて、
それを目当てで、
目を輝せて訪問する新撰組ファンのかたも多いとか。 -
こちらは玄関わきにある番台です、
ここで金銭のやりとりや、帳簿の記入を行ったのでしょう、
でも揚屋ともなれば、一見さんお断りの紹介制の信用しあった
商売の仕方ですから、皆つけにして、後払いだったそうです。
ここでは、何月何日に何人どんなお客様が見えて、
どのような理由で宴会をされて、どんなお料理をお出ししたか
などなど、すべてこと細かに帳簿に残っているらしいです、 -
こちらは玄関からも見えていた中庭、
あまりに新撰組の者が自由に飲み食いをして、つけにして帰るので、
新撰組の経理部の人が、
「今後うちの組の者が来て、つけにして飲み食いして帰った
場合、報告せよ」
という意味の通達をしたそうです、
その文が展示してありました。
いやー刀傷のこすような乱闘するわ、
上にカツを入れられる程飲み食いして遊ぶわ、
いろいろやったんですね。 -
こちらは一階の広間です、
揚屋の名の由来は、お客様が来たら2階に上げて、
持て成す所からあげや という名が来ているそうです、
あと、お客が大金はたいて太夫をひきとり嫁にする時も
「あげる」というようです。
太夫というと、お茶やお花、文芸を極めた女性の最高位で、
たた美しいだけではいけないという、誰でもなれる訳ではない
職なわけですから、そんな女性をあげる時のお金は相当なもの
だったのでしょう。 -
屋敷の中にはところどころ美術品がさりげなくありますが、
揚屋はいわばその時代の流行りっこ文化人が集まり、
太夫交えて交流した場ですから、
名だたる文人がお客として来ていて、ただでこういった美術品を
くれたそうです。
なので、展示ブースにある掛け軸も屏風も全てもらいもので
買っていないそうです。
これが代金代わりの時もあったんですかね、 -
この部屋は火事で一度無くなっています。
「焼失しています」といわない訳は、
昔、今のように消防車だの水をつかって消化する技術が
無い時代というのは、ぼやが出た場合は
打ち壊し と言って、火がまわる前に周囲の建物を壊して、
火事が大きくなるのを防いだそうです。
そうかー、なるほど、昔はどうしてたんだろうと思ったら、
そうやってたんですね。
ここでもぼやが出て、部屋まるごと打ち壊しをしてしまったそうです。
ですのでまだ新しい、新しいとは言っても柱に刀傷が
残ってるくらいですから、もう何年も経ってるんでしょう。 -
文章の多い旅行記になってきました。
いろいろ旅行記に歴史を書くとはいえ、
私は歴史マニアでも無いし、日本史の時間はつまらなくて寝てました。
でもたしかにこれらを誰かが普通に使用してた時があるんだ、
こういう人たちがこんな暮らし方をして、一喜一憂しながら生きていたんだって事を知ると面白い。 -
畳に座ってお庭を眺めます、
この写真を見て あれ?おかしい と思った方はすごい、
なにがおかしいかと言いますと、庭にのびている屋根を
支える柱が1本も無いのです、
これは木造で2階建ての建物の構造からするとおかしいらしいんです。
本来は屋根と2階を支える柱がいくつか必要らしいんですが、
これはをもてなしの心、と言いますか、
お客様が庭を楽しむのに柱が邪魔にならないようにとの配慮で
無い造りにしてあるそうです、
とても珍しい造りだそうで、建築科の学生がこれをわざわざ見に来たりするらしいです。
私も某デザインのスペースデザイン科を出ていますが、
構造だの図面だの数字が大の苦手でした、造りよりも、
その心構えに へー! と関心しました。 -
庭にあるこの松は「が竜」という名前だそうです、
が の漢字が思い出せない。
竜が横に横たわっている形を松がしているからだそうです。
屋敷のすぐわきには線路があり、ガンガン電車が通っています。
今は電車が見えないように囲いを作ってありますが、昔は2階
部分からは京都の山が一望出来、それも名物だったとか。 -
戦時中に、線路は敵に狙われ易く、近くの建物は火事を出さない為にも打ち壊しの命令が出たそうです。でも当時の人たちが、
西郷さんなど、時代を動かした重鎮まで使用したこの屋敷の素晴らしさと文化的財産としての重要性を訴え、
「うーんじゃあ打ち壊しはちょっと考えてやるか」
と、話会いがすすみ、そうこうするうちに戦争が終了して
取り壊しの難を逃れたそうです。
これは西郷さんが水あびに使ったというおけ、
これを見せて説得したらしい。 ただのおけで、無造作にごろんと転がってるんですけど、この屋敷を救う事にもなった重要なおけなんですね。 -
昔ながらのガラスがはめ込まれた障子です。
-
こちらは台所、今のように電子レンジだの食器洗浄機だのが無い時代なのに、こちらの台所で最大100名分の食事を一度に作れたそうです。
ちなみに予約すると、追加料金800円を支払うと2階部分も見る事が
出来ます、2階はメイン宴会場というだけあって、とてもしゃれていて所々インテリアに工夫があります。
説明つきですので、興味ある方は見る価値あると思います。
私は当然見ました。階段がかなり急で、こんな階段なら酔ってすべり落ちた人って必ずいただろうなと思いました。 -
揚屋には通常太夫さんは常駐しておらず、お客が来ると
太夫さんの派遣元みたいな所から呼ばれてやってきたそうです。
呼ばれて揚屋を訪づれる際には、かむろと呼ばれるおかっぱ頭の少女を数人お供として先頭にし、何センチも底がある厚底ぞうりを履いて、足を8の字にしながらゆっくりゆっくり歩いて来たそうです。
あ、なんかの映画でこういうシーンがあったような。
そのぞうりだけでもすごい重さで、更にかんざしの沢山刺さった頭に
豪華な着物と、総重量がすごいそうです。
太夫さんが前で結ぶ帯は、心という形でだらりと結んであり、
心は売っても体は売らず という意味だそうです。 -
わたくしもすっかりこの京都旅行で得た体験に感化されまして、
10年間ずーっと茶色に染めていた髪を黒くしました。
明日行われる友人の結婚式にはこれに日本髪をゆって、振り袖で
行こうと思います。 日本の文化を見直しました。 -
まず釜戸が一つ、神様に捧げる用に飾ってあり、
台所には台所用でしょうか?小さな神棚があります、
そしてここにも窓の上に神棚が、
昔の人の信仰心は熱かったんですね、熱いというか、
所々に神様がいらっしゃるという概念は当たり前で、
こうやってお祭りするのも普通な事だったんでしょう。
自分の力だけで生きてる訳じゃないという謙虚な心構えですね。 -
はい、おかえりでーす。
部屋の中から玄関を見た所です、
ここ島原は京都観光の中心より少し離れているという事もあり、
大勢の客足でごったがえし、修学旅行生にもまれるなんて事は無く、
じーっくりゆっくり見る事が出来るのでお勧めです。
京都ってどこ行っても人だらけですから。
写真撮るにも私しかいなかったので、人が入らないよう注意する
心配が無くて、楽しむ事が出来ました。
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