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KAUBEさん
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5月から10月まで、ぼくはグリンデルワルトのYHにいた。そしてその年の12月の初め、ぼくは今度はツェルマットにやって来た。またYHの住み込みヘルパーとして住み込むために。
アイガーを間近に見上げる村から、今度はマッターホルンをまん前にした凄い眺めの村に、というのはやっぱりかなりラッキーな体験だったと思う。
着いた日、マッターホルンは厚い雲の中だった。スキーシーズンがようやく始まったばかりの、まだ人影も少ないツェルマットの町を抜け、ヤッケのフードを深くかぶってYHのある丘を登った。
●相棒のこと
グリンデルワルトではセイコーという日本人が相棒だったが、今度は何年か前に日本のYHで知り合ったアキといっしょだ。
彼はこの10月に、ぼくを頼ってヨーロッパにやって来た。
そしてぼくたちはセイコーのぼろいフィアット600を借りてフランス大旅行をした。
40日かけた、ほんとに「大旅行」だった。
ただ、その大旅行の途中から、ぼくはちょっとアキのことで困っていた。というより、これからひと冬をいっしょに過ごすことを考えると、ちょっと大変かな、という気がした。
フランスの田舎は車がないと不便だということで、運転の出来ないぼくが、たまたま運転免許を持っていたアキを頼ったことがやっぱり間違っていたと思った。
彼は、初めての外国という心細さや言葉の不安などから、何もかもぼくに頼ろうとし、そしてぼくは運転を彼に頼るしかないという事情のせいで、そんな彼の依存心をきっぱりと退けることが出来なかった。
彼は自分からは何一つしようとはせず、すべてぼくのする通りにしか何もしなかった。どうかするとトイレにまでついて来ようとする彼に手を焼いて、町で一度突き放したら、泊まっていたYHまで6キロの道を徒歩で戻って来た。バスの乗り方がわからなかったのだと言った。
運転も、すべてぼくの指示に従った。交差点に差しかかるたびに「どっちですか?」とぼくに聞いた。右手にはすぐ湖が広がっていても。
「この寒いのに水に入りとうなかったら左に行ってくれや」
命令しだいでは湖に向かって突進しかねない、ということなのか… ぼくはちょっと疲れた、という気分で投げやりに皮肉を言った。
ストラスブールまで来たとき、大寺院のよく見えるカフェでケーキを食べながら、ぼくは彼に「ツェルマットでこの冬働いたらすぐに帰ったほうがよい」ことを説いてみた。
彼はとても気のない返事をした。彼はそんな放浪なんかには向いていない、と、決定的にぼくは思った。
次の日にはバーゼルからスイスに入り、途中一泊してツェルマットの下のザンクト・ニコラウスという村に車を残して登山電車に乗り換えた。
ツェルマットには車は入れないから、そこに置くようにというセイコーの指示があった。
暖房の効いた車内に落ち着くと、ともかく旅がまた一つ終わったという感慨が沸いた。それから、まるで自分が全コースを運転してきたような疲れがどっと襲ってきた。
「疲れましたね」
と、アキが言った。
「うん、疲れた」
実感だった。でも、運転ご苦労さん、と言ってやる気にはなれなかった。
ぼくはこれから始まるYHの仕事のことを考えていた。スキー場のYHだからかなり忙しいだろう。そんな毎日の中で、アキは誰の指示に従うのか、そのことを思うと気が重かった。
●暴君
着いた日は主人のウェリックさんは不在で、フラウ・フルニエという78歳になるばあちゃんが一人で留守番をしていた。
ウェリックさんが、小柄で美しい奥さんと、ぶくぶくと不健康に太った5歳の娘イローナを連れて戻ったのは、ぼくたちが着いて3日目の午後だった。
「ウェリックさんは威張ってるんだよう。使用人なんて人とも思ってないんだから」
「そんなまさか」
「いや、ほんとさ。ここでひと月続いた人はいない。ともかく人使いが荒いからねえ」
「そんな…」
「あたしみたいな身寄りもない年寄りは仕方ないけどさ、あたんたちみたいな若い人が働くところじゃないと思うよ」
着いた日、フラウ・フルニエは白髪振り乱して、ここは怖いところだよう、というようにさんざんおどかした。
今着いたから荷物を積むソリを持って駅に迎えに来いと、ウェリックさんから電話があった。
グリンデルワルトのバッハラーさんとは、すでにだいぶ調子が違う、と思いながら、言われた通りに小さなソリを引きずり、アキを連れて出かけた。いやな予感がした。
駅にはわざとらしく口ひげを蓄えた、少し目つきのよくない、まだ30そこそことはとても思えないぐらい腹の出た若殿様が妻子を従えて待っていた。
ぼくの挨拶には返事もせず、荷物をソリにどすんと置くと、妻子を顎でうながしてさっさと歩き始めた。
「威張ってるんだよう」
フラウ・フルニエの言葉を思い出した。
「コーヒーだ!」
YHに着くと、彼はまずフラウ・フルニエに向かって顎をしゃくり、荷物を床に投げ出して、広い厨房のすみのテーブルについた。
それから今度はぼくたちに向かって、そこに座れと、めんどくさそうに指図した。その間、ネッシーみたいな目を上目使いに動かす以外は、テーブルにドンとふんぞり返ったまま、身動きも面倒、というように横柄に構えていた。
アキをうながして彼の前に座ると、さて、というようにちょっと背を伸ばしてから切り出した。
「いつまでだ?」
「は?」
「いつまでいるのかと聞いている」
「あ、それは、あの…」
ここをバッハラーさんに紹介してもらったときは4月までという話だった。ただ、到着早々フラウ・フルニエにあんなふうにおどかされ、しかもそのままの現物を前にして、ちょっと迷っていた。
「4月までと聞いているが」
「あ、はい、ま、そうです」
「ま、それはいい。給料だが、月500フランだ、いいな。うちは中途半端な給料は出さん。その代わりきっちり働いてもらう」
「はい」
完全に呑まれていた。自分と同じ年代の人間だというのが、どうしても納得できなかった。
一方で、500フランという額もぼくを打ちのめす効果があった。グリンデルワルトでは「初任給」が200、「シェフ」に昇格してからでも300だったのだから。
そして高い分だけ、フラウ・フルニエの言ったようにこき使われるのだと思った。
「宿泊者の朝食は7時からだ。それまでにパンを買ってきて朝食の用意だ。そのあと午前中は全館の掃除と外の雪除け、それとあんたには買い物などもしてもらう。そっちのもう一人のは英語ならわかるのか、え、どうなんだ?」
アキに向かって、そこだけは英語で繰り返した。
「あ、イエス、イエス」
アキの「イエス」は、イのところに強いアクセントを置いた関西弁の英語で、ぼくはとてもこらえ切れないぐらいおかしかった。
「何がおかしい、え、何がおかしいんだ。まあいい。それから、昼食後は4時まで休み、夜は夕食の片付けが終わるまでだ。わかったな。何か質問は? なければオシマイ!」
最後のところだけがスイスなまりになって、ちょっとふざけた感じに聞えた。
ぼくは立ち上がりながらウェリックの顔を見た。
彼は、とっとと下がれ、というように、そっぽを向いて顎を撫でていた。
●そりを引く犬
翌日から仕事が始まった。といってもまだ宿泊者はいないから朝は8時でいいとウェリックは言った。
朝食を済ませ、ぼくは厨房の大きな窓のところに立って外を見ていた。
マッターホルンはまだ雲の中だ。この時期は降り続くことが多いのだとフラウ・フルニエが言っていた。まあいつか必ず見えるのだし、まさかそれまではここにいるだろうと思った。
「おい、郵便局だ。これを書留にして、それから届いてる荷物を取って来るんだ」
突然うしろに声がして、いつ起きてきたのかウェリックがガウン姿で立っていた。マッターホルンに恨みがあるような目つきでそっちのほうをじろりとにらんでからぼくのほうに向き直り、
「そいつは書留だぞ、間違えるな」
と念を押した。
「もう一人のほうは…」
「アキ、です」
「何だっていい。玄関の前の雪除けだ。軒のツララも落としとけ」
フラウ・フルニエがウェリックのうしろから首をすくめて見せた。
仕事は、そんなふうに始まった。
ウェリックが起きてくるのはいつも九時頃。奥さんと娘のイローナもいっしょだ。
彼はガウン姿でコーヒーを飲みながら、不機嫌にスプーンを振り上げて指図する。
郵便局の仕事はぼくの日課の一つになる。
この村では郵便小包は個人宅だけの配達になる。自動車が全面的に禁止されているので、積載能力の小さい電気自動車では大口の配達は出来ないから、ということだった。
毎日何通かの郵便物を書留や速達にし、帰りにはまた何通かの小包を小さなソリにくくりつけて持ち帰る。
「それから、帰りに買い物だ。子牛肉を3キロ、ラクレット・チーズを5キロ、それからコーヒー豆だ。いつものやつと言えばわかる。支払いは月末だ。サインしとけばよい」
そしてその脇から、奥さんやフラウ・フルニエが「ついでにあたしのヘアスプレイと、それから雑誌『シュテルン』の最新号を」とか、「あたしには頭痛薬サリドンを一つ」などとぼくを使う。
商店街までは10分程度の距離だが、このすぐ下の急な坂は、少なくともフルニエ婆さんにはきついだろうし、ついでだからまあいいか、とは思うが、なんで奥さんのヘアスプレイまでぼくが買わなきゃならないんだ、と心の中で口を尖らせている。
グリンデルワルトのバッハラーさんは一度だってそんな私物の買い物なんて、たとえついでがあってもぼくたちに頼んだりはしなかった…
それにしても、ぼくたちに仕事を命じるときのウェリックの横柄な、まるで犬でも使うような態度にはいちいちムッとくる。
ウェリックに言われて買い物に出るとき、ぼくは自分がソリを引いて荷物を運ぶ犬になったような気がした。
ただ彼のそういうぞんざいな物言いは、ぼくたちにだけではなく、フラウ・フルニエにも奥さんにも同じで、べつにわれわれだけが憎まれているわけではなさそうだというところが、まあ救いといえば救いだった。
そして4歳になる娘のイローナは、父親に似たのか、あるいは真似るのか、同じようににくにくしげに口をきく。
「ヴァッサ(水)!」
食器を洗っているところへチョロチョロと現れてはそんなふうに叫ぶ。
「ちゃんとビッテ(どうぞ)をつけて言いなさい。ほら、ヴァッサ・ビッテ」
「…」
「言わないと水はあげない」
すると台所の隅のテーブルでビールを飲んでいたウェリックがのそっと立ち上がって叫ぶ。
「シのゴの言わずに水を入れてやれ!」
ちょっと手のつけようがない、と思いながらしぶしぶ水を入れてやると、
「ダンケ・シェーン」
ウェリックがいくらかふざけた調子で言った。お利口ぶるなと、皮肉られたような気もした。
●タマゴ!
そんなウェリックに、アキはかなりビビッていた。
仕事を終えてアキと共同の寝室に戻ると彼は心配そうに言った。
「ほんとに春までここにいるんですか? そんなに続くかなあ…」
「そのつもやったけど、ちょっと無理かもしれんなあ」
それに、あんたもちょっとお荷物やしなあ、というのは一応飲み込んだ。
夕食の後、ぼくは鍋類を、彼は食器を洗うということになった。
ジャガイモのかすがしつこくこびりついた鍋を洗いながら、ふとアキのほうを振り返ると、彼は幽霊のように両手を胸のあたりに下げて流し台の前に突っ立っていた。
「何しとんのや、はよ洗わんかい」
「え、あ、あの、これ、どうするんですか?」
「どうするて、…洗うんやないか」
「それが、あの…」
ぼくは作業を中断して、洗剤の使い方、洗い方、すすぎ方など、すべて説明してやらなければならなかった。
その翌日には、ぼくが買い物に行っている間に、ウェリックにレタスを洗うように言われたアキは、レタスに濃縮洗剤をぶっかけて勢いよくもみ洗いし、レタス一個を生ゴミにしてしまった。
「エッグ、エッグ…、おれの英語はへんか?」
ウェリックがぼくに聞いた。
「いや、べつに」
「日本語では何という?」
「タマゴ、ですけど」
それから彼はアキを呼んで叫んだ。
「Ta-Ma-Go!」
「ああ、卵か…」
「卵を一箱、地下室から持ってこいと言ったらこれを持ってきたんだ」
そこにはなぜかキャベツが一個転がっていた。
今はまだ暇だからいい。クリスマス休暇が始まって忙しくなったら…
そのときのことを考えるとちょっとしんどい。
「皿、洗うたことないんか?」
「ないです」
「いやにきっぱり言うなあ。メシ作ったりとか、したことないのか?」
「もちろんありません」
「そんなん威張らんといてほしいな。何でや。大学でワンゲル部にいたんやろ。合宿とか、キャンプのとき、どうしてたんや」
「それはもう女の子がやってましたから」
「当然、ちゅう言い方やな。こういう放浪なんかするんやったら、皿洗いぐらい出来なあかんと思わんかったんか」
「男はそういうことはせえへんもんや、いうて育ちましたから」
「それは違うやろ。メシ作ったり食器洗うたり、ていうのは人間が生きていくための方法と違うんか。男も女もないやろ。人生いつでも自分のそばにメシ作ってくれる人がついてるとは限らんやろ」
それにそのていねいな言葉使いもやめてほしい。ちょっと先に生まれただけじゃないか。横並びで付き合いたい。
一度だけ、やめてくれと言ったことがある。でも彼はあくまで礼儀正しい。先輩は立てなければならない、と固く信じている。
夜、ぼくが少し遅い時間まで手紙を書いていたりすると、彼は椅子に座ったまま居眠りをしている。そんなところで寝ないでちゃんと寝ろ、と何度か言うと、
「そしたらお先に休ませていただきます」
と、ようやくベッドに入る。
先輩より先に寝るのは失礼だ、ということなのだろうか。
それより、そんなふうにされることでこっちが感じる気の重さというものを思いやることはないのだろうか。
そして、そんな彼がどんな態度で後輩に接するのか、ぼくはそのことを思う。それはあんまり愉快な想像ではない。
あんたの取り得は、運転免許持ってることと、関西弁で話せる気安さだけやな、とぼくは心の中で吐き捨てた。
●荷物
一週間がたった。マッターホルンはまだ一度も姿を見せてくれない。
「駅だ! 駅に行け。荷物が着いているはずだ。取って来い」
ウェリックはいつもの通り9時頃に起きてきて、コーヒーカップ片手に命令した。いつもの通り、憎々しげな、人を人とも思わない言い方だった。
ぼくはソリを引き、アキを連れて出かけた。二人で行け、とウェリックは言った。鉄道便の荷物を取りに行くのは初めてだ。郵便局のより荷物が多いのだろうと、一応アキにもソリを持たせた。
駅に来てみると、大きなスーツケースやリュックが20個以上、スキーも20組余り、雪の上に積み上げてあった。
「そんな…まさか、な」
ぼくはあきれて棒立ちになった。それから気を静めて荷札を改め、YH宛てのものであることを確認し、それからもう一度あきれ直した。
「これを、全部運べと…」
「ええっ、これ、みんな運ぶんですかァ」
「うーん、ま、しゃーないわな。少しずつ行こか」
このソリでは一度に2個が限度だ。二人で4個。とりあえずそれだけ引きずっていって、大きいそりを持ってくるしかない。そうすればあと2回往復すれば終わるだろう。
荷物はイギリス発だった。イギリス人のグループが来る。20人余り。そろそろ個人客も増え始めるだろう…。ぼくはもうすぐ始まるクリスマス休暇のことを思った。
YHの下の急斜面にかかると、マッターホルンのあるはずのあたりが少し明るくなっていた。今日は見えるかもしれない。ジグザグに切られた道を登りながら、ぼくは気持ちの半分でその期待にときめき、あとの半分で横柄なウェリックのやり方に不満をつのらせた。せめてそう言ってくれれば、初めから大きいそりを持ってきたのに…。
大きいそりには荷物の半分が乗った。計算通り、2回に分ければ運べる。商店街にもちらほら人が出ていて、大きなソリを引っ張る二人の東洋人を振り返った。
商店街を抜け、教会の前を左に曲がって少し行くと坂道にかかる。そこまではなんとか来た。が、坂の途中でどうにも動かなくなった。そんなに長い坂ではない。YHの建物はもうそこに見えている。
ぼくもあまり力仕事向きの男ではないが、アキはぼくに輪をかけて非力だ。ソリはもう押しても引いてもびくともしなくなった。このままでぼくたちが力を抜いたら坂の下まで転がり落ちるから、とりあえず90度回転させてそこに止めた。
無理、とぼくは判断し。荷物を雪の上に下ろし始めた。
「こんなもん、盗むやつもおらんやろ」
幸い周囲はとても見通しがよい。上のYHからも、下のホテルからも丸見えの雪原だ。荷物はあとで一つひとつ運ぼう…。それはとりあえずそこに放り出して駅に戻った。
こうして荷物を運び終えるのに結局3時間近くかかった。ぼくたちはもう口をきく気力もなく、部屋に戻ってベッドに身を投げ出した。
「どこ行ってたんだ! あんなもの運ぶのにいったい何時間かかってんだ!」
ノックもなしに荒々しく扉が開いて、ウェリックの怒鳴り声が飛び込んできたのは、ぼくたちがようやく息を整えて気を取り直そうとしていたときだった。
「すぐ来るんだ。まだ仕事中だぞ!」
ぼくはのろのろと立ち上がりながら、この人とわかり合うのはちょっと無理かもしれない、と思った。
「行きますか」
アキも力なく立ち上がった。
「もういかんな。こっちもそんな我慢ばっかりしてられんからな」
「え、ここ辞める、いうことですか?」
「そういうことも考えとかんと、ということや」
「こんな時期に仕事ないんでしょう? ぼく、どうしようかなあ」
「ま、何とかなるわな、そのときはそのときで」
「そ、そうでしょうか…」
ぼやいているところへウェリックが戻ってきて扉をまた乱暴に開けた。
「あ、今すぐ行きます」
「荷物はどこだ、運んだ荷物は?」
「玄関の前に積んであります」
「どうやって運んだ?」
「どうやってって、それはもちろんソリで。荷物が多かったので大きいほうのソリで」
「ソリ! あんたたち二人でか?」
「ほかに誰かいますか?」
「Ah!…」
ウェリックは絶句して頭を抱えた。
「それがどうかしましたか?」
「いや、そうか、そうだったのか…」
そしてウェリックはもう一度頭を抱えた。
「それは、すまなかった。悪かった。許してくれ。怒鳴ったりして、すまなかった」
「は?」
「荷物が多いときは駅の電気自動車を借りる。それへ荷物を積む作業だけやってもらえばよかった。あとは駅の人が運転してくれる。そういうことになってたんだ」
「…」
「ついうっかりして、言い忘れた。あんなもの、ソリで運び上げるなんて…」
言いながら彼は右手を差し出し、ぼくの手を握った。そして、
「許してくれ」
と、もう一度言って出て行った。
台所に出るとフラウ・フルニエがジャガイモの皮をむいていた。
「ウェリックさんは?」
「荷物を運んでるよ」
さっき積み上げた荷物のところに行ってみると、ウェリックは一人でその荷物を奥のスキー置き場に移す作業をしていた。ぼくはアキをうながし、黙って手を貸した。
そんなに悪い人間でもないかな、という気がした。
「ウェリックさん、あとはやるから」
彼はそれには答えず、作業を続けた。
「昼にしよう」
荷物が片付くと、彼はそう言ってぼくたちをうながした。ネッシーみたいな目が少し笑ったように見えた。
昼食にステーキを焼いてくれた。
「焼き加減は、ブルーティク(血だらけ)でいいか?」
「おい、レアでええかって聞いてるぞ」
「あ、あの、ぼくはもうちょっとよく焼いたほうが」
アキの好みをウェリックに伝えると、奥さんがかぶせるように言った。
「あたしのも中まで焼いてね。中が赤いのはいやよ」
「ふん、中まで焼けたステーキなんて燃えかすみたいなものよ」
と、肉をフライパンに乗せながら奥さんのほうを向いてにやりと笑い、そのまま笑顔をぼくに向けた。始めて見る笑顔だった。
「あいつは味オンチだ」
ステーキが焼ける間、ぼくは窓際に立って外を見ていた。
思った通り雲が切れ始め、マッターホルンの尖った穂先がかすかにのぞいた。
「見えた…」
空はさっきより明るさを増し、とてつもなく大きな白い山肌に陽が差そうとしていた。山は思っていたよりもずっと近く大きく、南の空からこっちを見下ろしていた。自然の造形というにはあまりにもよく出来たその鋭く尖ったピラミッドが刻々と姿を現す様子を、ぼくはただ呆然と見詰めていた。
「何やってんだ。焼けた分から早く食え!」
ぼくの背中にまた罵声が投げつけられた。振り向くとコックさんは自分の分の肉にシェリーなんか振りかけて仕上げに熱中していた。テーブルからフラウ・フルニエがウインクした。そういえば、ウェリックさんはコック上がりなんだと、フラウ・フルニエが言ってたのを思い出した。
●台所の仕事
ウェリックとの思いがけない和解のきっかけになったあの荷物の持ち主がイギリスからやって来て一週間のスキー休暇を楽しんで帰って行くと、クリスマスがやってきた。
ぼくのヨーロッパでの3回目のクリスマスだったが、ここでは何事もなく過ぎようとしていた。
ウェリックは、
「何、クリスマス、それがどうした」
とうそぶく始末で、クリスマスが近づいてもリース一つ飾ろうとはしなかった。ぼくたちにとっては、予想通り個人のスキー客が増えて忙しくなった分、一日が終わると疲れて寝るだけというクリスマスになった。
クリスマス前後は快晴の日が続いて、マッターホルンが砂糖細工のピラミッドみたいにきらきらと輝き、その岩壁から、風にあおられた雪が旗のようになびくのが見えた。それでも、スイスでは比較的温かいこのあたりの日差しは意外に強くて、窓の外にいくつもぶら下がったツララからは、しずくがぽたぽたとリズムを刻んで落ちていた。
ウェリックに言われて、いつもの小さなソリを引いて買い物に出かけると、マッターホルンの頂上近くにわずかな白い雲がかかっていた。寒さも忘れて立ち止まってしまうぐらい爽快な眺めだった。
クリスマス休暇が終わると少し静けさが戻ってきて、ぼくたちはひと息ついた。といっても、ここに来た当初のように、宿泊者が一人もいないなんていうことはなく、いつも何人かのスキー客が泊まっていて、ぼくたちに適度な忙しさを与えてくれていた。
ここでの生活は、ウェリックの横柄な物言いと手荒い人使いにすっかり逃げ腰になってのスタートだったが、あの日の行き違いをきっかけに、お互い「おや?」というものを見つけてから、ぼくたちの間には一気に雪解けがやってきた。
1月に入るとウェリックはぼくたちに台所を手伝うように言った。
「グリンデルワルトではシェフをやってたっていうじゃないか」
「シェフね。あはは、奥さんが受付で忙しいからね」
「受付は奥さんか」
「YHの管理についてはほとんど奥さん」
「旦那は?」
「薪割りとか、側溝の修理とか、それに畑…」
ウェリックは「うひひ…」と口の端で笑った。
ウェリックはバッハラーさんが嫌いなのだと思った。わかるような気がした。あの、絵に描いたような真面目さ、品行方正、そしてあの徹底した優しさ、どれをとってもウェリックの癇に障るというのはよくわかる。
ウェリックは台所でさかんにギャグを飛ばした。得意技は、でっかいフライパンで炒め物などをしながら、フライパンに向かって、カーッ、ペッ! などと痰を吐く真似をし、あっ、と台所を総立ちにさせる、という、彼らしいヒンのないいたずらだった。
どうやら以前とはだいぶ台所の雰囲気が変わったようだった。いつも黙々と下を向いてジャガイモの皮をむいている、と思ったフラウ・フルニエも、思いがけない陽気な婆さんになった。
夕食のとき、食堂のカウンターで「キャー」という悲鳴が上がった。料理を盛り付けていたウェリックとぼくが駆けつけると、宿泊者の女の子が胸のところに捧げ盛ったスープにウンコがひと切れ、ぷかー、と浮かび、フラウ・フルニエが「誰がこんないたずらをしたのだろう?」という顔で立っていた。ウンコはプラスチックのいたずらおもちゃだった。
「フラウ・フルニエ!」
ウェリックは一応怒鳴って格好をつけたが、顔は完全に崩れていた。そしてその脇で、今年78になるというフルニエ婆さんの顔が満足げにほころぶのをぼくは見た。ぼくたちがここに着いた日、さんざんウェリックの悪口を聞かせてぼくたちをおどかしたのも、もしかしたら彼女のいたずらだったのかもしれない。
そのフラウ・フルニエがアキに優しくするようになった。
日本を出て来て間もないわけだから言葉が出来ないのは仕方ないとしても、生活知識の貧しさはひどかった。インゲンとエンドウの区別はなかなか覚えられないし、チーズの種類や肉の部位となると彼にはもうむずかし過ぎる。だからたとえば地下の倉庫からそれらの素材を取ってくるという仕事は彼には頼めない。そのことでウェリックはいつもいらいらとアキに当る。
ぼくが地下の倉庫から戻ると、アキはよく一人呆然と突っ立っていたりする。そんなとき、彼もつらいのだろうと思う。もっとかばってやらないといけないのだと思う。でも忙しいときなどはどうしてもいらいらして、ときにはウェリックといっしょになってつらく当ってしまったりする。
フラウ・フルニエが彼をかばってくれるのを、ぼくは救われる思いで見ていた。そしてフラウ・フルニエには、ぼくの度量のなさを責められているような気がした。
●朝の台所
朝、六時過ぎには起きて暗闇の雪道をパン屋に走る。そんな時間にパン屋はもう開いていて、いろんな形をしたパンがたくさん焼き上がっている。
客もすでに行列していて、「グエテ・モルゲ」と、スイスなまりで挨拶を交わす。
ぼくはいつもドゥンケルという少し黒っぽい生地の長いパンを何本か、宿泊者の数によっては十何本も買って、ソリにくくりつけて帰る。外側はパリッとよく焼けていて、中はしっとりと腰がある。ぼくがヨーロッパで食べた中で一番おいしいパンの一つだ。
戻る頃にはフラウ・フルニエも起きてきて、アキにいろいろ指示しながらコーヒーマシンでコーヒーいれている。広い台所の隅で、婆さんが孫に、通じない言葉を何とか通じさせて働いている、みたいな、ちょっと優しい光景。
今買ってきたパンを適当に切ってかごに盛り、食堂のテーブルに砂糖やクリームなどを並べる頃には、早起きの宿泊者が食堂に現れる。コーヒーの香りが爽やかに朝の食堂を満たしている。
残りもののパンがあるときは、新しいのに適当に混ぜて出す。そういうものを捨てるというのはヨーロッパの人はだいたい嫌うから、古いとわかっていても黙って食べてくれる。
でも、あまり固くなってしまうともうまさか出せない。そういうのは仕方がないから捨てることもある。
ある朝、かなり古くなったパンがたくさんあった。アキが「これはもう捨てていいですか?」とぼくに聞いた。
「あ、ちょっと待てよ」
ここ何日か滞在しているイギリス人の5人組は気に食わない。いつも皿に取った料理をたくさん残すし、部屋はひどく汚す。その上、昨夜は遅くまで騒いでみんなに迷惑をかけた。起きていってひとことクレームをつけたら、ちっともわからない英語でまくし立てた。しゃくだからぼくも関西弁でわめいた。
「このぼけ、ドタマかち割ったるど!」
…結構不愉快だった。
「あいつらに食わそう」
「え…」
固くなったパンばかりをかごに盛って渡した。あいつらは味オンチ、古いなんてわからない…ぼくには自信があった。思った通り彼らはその固いのを、いつもと同じようにわいわいにぎやかに全部食ってしまった。
「あんたも結構ワルだね」
フラウ・フルニエがそう言って、曲がった腰をもっと曲げて笑った。
ウェリックに言ったらひとこと、
「よくやった」
そんなふうにもぼくはこの仕事を楽しんでいる。
それにしても、コック上がりで、食べることにはあんなにうるさいウェリックが、なぜ朝食だけはこうも完全に人任せにするのか、フラウ・フルニエに聞いてみたことがある。
「そりゃあんた、お目覚めがあの時間でしょうが」
と、彼女は首をすくめて見せた。
ウェリックにはそういう横着なところがあり、いつもは感心するぐらい熱心に料理に精を出すのに、ふと気が向かないとそれをぼくたちに押し付けて、近所のバーに飲みに出かけてしまったりする。
「今夜の夕食は10人だ。アスパラガスのスープ、オムレツ、レタスのサラダ、ジャガイモは塩茹で、あ、オムレツはエメンタールチーズでも入れとけ。ちょっと出かける」
「え、ぼくがやるのぉ」
「エメンタールは5キロほど買っとけ。いいな、わかったな」
「わ、わかりましたよ。あ、デザートは?」
「デザート…、任せる。好きなように出しとけ」
「そんな…」
出来ないわけではない。困ることもとくにない。というよりちょっと張り切ってしまう。ただ、それにしても、その日の気分で突然、今日はお前らでやっとけ、とどこかに消えてしまうウェリックの横着にはあきれる。
そんなふうにぼくたちに台所を手伝わせるようになった分、忙しいときは、手薄になった外回りの仕事を誰にやらせるかというと、暇そうにたむろしている宿泊者たちである。
「お前ら、暇だったら買い物して来い。ほれ、買い物リストだ。あ、それからそっちの二人、お前らはそこの軒先のツララを落としとけ。それから玄関の前の雪も除けといてくれ」
そんなときでも彼の横柄な口のきき方は変わらない。ただ、若い宿泊者たちが、言われた仕事を結構楽しそうに片付けるのが救いだ。
宿泊者の朝食が終わり、ぼくたちヘルパーが朝食を済ませて洗い物にかかる頃、ウェリックがパジャマにガウンを羽織った姿で起きてくる。おはよう、と声をかけても返事をしたことがない。最近は面倒になってこっちも知らん顔だ。そして台所の空気に向かって怒鳴る。
「コーヒーだ!」
そこへ奥さんが起きてくる。さっそく口論が始まる。ののしり合いになる。どうみても「若い人の健全な宿」の管理人にはふさわしくない。
奥さんとは仲が悪い。夫婦喧嘩があんまり激戦になると、フラウ・フルニエの指示でぼくたちはどこかに避難する。いつもは奥さんも夕食の手伝いをするが、彼女の姿が見えないときは、また激戦があったな、と納得する。
娘のイローナは相変わらず台所に出没して「水!」などと叫ぶ。こんな可愛げのない子も珍しい。
そのイローナにタバコをふかさせて、
「ほらほら、見てごらんよ」
などとぼくたちに見せて喜ぶ、というのは最近ウェリックが開発したたちの悪いいたずらだ。
フラウ・フルニエは、毎晩あきもせず宿泊者のスープにウンコを浮かべることに老後の生きがいを見つけている。
アキは、皿洗いだけはようやくマスターしたようだが、洗った皿を何十枚も得意そうに積み上げて「洗いました」とすましている。
「あのなあ、洗うた皿は立てとかんとあかんのや。そういうふうに重ねたら水が切れへんて、いつも言うてるやろ」
それを見てウェリックはげらげらばか笑いをしている。
あんまり普通じゃない、とは思うが、そんなふうに、ともかく平和な毎日が続いた。
●道草
ウェリックはもうぼくにはほとんど何も命令しなくなり、自分のペースで仕事を楽しめるようになった。
買い物の途中でちょっと道草食ったりしても、ウェリックはもう何も言わない。
買い物はほとんどぼくの仕事なので、毎日ソリを引いて町に出る。たいていは午前中だ。吹雪の日にはちょっときついが、天気のよい日は気持ちのいい散歩コースだ。
風のない、日差しの温かい日には、まぶしい雪の反射に目を細め、滑りやすい足元に気を取られながら、YHの下の急な下り坂の上から、見ようと思わなくても大きく視界を占めるマッターホルンの姿に見とれながら歩く。人間世界の心配事も苦労も、そんなことはどうでもいいぞ、と言われているみたいな気がしてしまう凄い風景だ。
今日の買い物はチーズと、あとは郵便局だけ。町並みの一番手前にある、店というより倉庫みたいなほの暗くてかび臭いチーズ屋で、大きな丸いエメンタールチーズを買い、紐でソリにくくりつけて少し商店街を散歩した。
日差しが結構強くなって、大小の白十字旗を掲げた店々の軒先からぽたぽた雪解け水が垂れている。目に染みるような鮮やかな色のスキーウェアの人と地元の人らしい買い物客が入り混じって、この小さな商店街も今日は結構にぎやかだ。英語、ドイツ語、フランス語、スイス・ドイツ語が混じり合って聞えてくる。
「グリュエッツィ!」
と、ぼくに声をかけてすれ違ったのはパン屋の店員。三十過ぎの美人で、パン屋の職人の一人とデキているのだとウェリックが言った。狭い村だ。
この「グリュエッツィ」というのはスイスのドイツ語圏特有の挨拶で、「神の祝福を」みたいな意味らしいが、語尾をちょっと跳ね上げるアクセントがとても可愛い。
「グリュエッツィ!」
また来た。YHの前のスロープでよくソリで遊んでいる子供たちだ。友達の家に行くところだと言った。学校はどうした、と聞いたら、今その帰りだと言う。まだ昼前だし、荷物も持ってない。学校は11時半までで、教科書やノートは学校に置いてくる。それが普通らしい。
ぼくは自分が子供好きだと思ったことはないが、なぜか子供に声をかけられることが多いのには自分で気付いている。もしかしたらぼくは子供から見てわりと身近な相手に見えるのかもしれない。この子たちとももう何度か立ち話をして、すっかり馴染みになった。
この前、その中の一人のハインリッヒという子が「雪の精」に会った話をしてくれた。なんでも、夕方YHの前のスロープでスキーをしていたら、「もうむちゃくちゃスキーのうまい女の子」がどこからか現れて話し掛けてきたのだという。それでみんな仲よくいっしょにスキーをしたのだけれど、あたりが薄暗くなった頃、その子はグーンとスピードを上げて丘の向こうに消えていき、みんなで追いかけたのだけれども、それは「とても人間が追いつけるスピードではなく」、女の子は雪の中に消えてしまったのだと、彼は興奮気味に話してくれた。
「あれは絶対雪の精だね」
彼はとても真面目な表情でまっすぐにぼくを見てそう言った。
「そうだね、きっとそうだね」
それからぼくが、日本にも雪女の伝説があるよと言うと、
「その雪女の話をしてよ」
と彼は食い下がり、ぼくが「雪女」の話を聞かせると、茶色の美しい目を見開いて聞き入った。
「へえ、面白い。それに、美しい」
美しい、「シェーン」と彼は言った。ぼくはこの「雪女」という話の真髄みたいなものが、ぼくのまずいドイツ語で、10歳そこそこの異国の少年に伝わったらしいことに驚いた。
ハインリッヒとはそれ以来仲よくしている。
子供ばかりではない。商店街の人たちとももうほとんど顔馴染みだ。こうして歩いていると、店の中から手を振ったり、ときにはわざわざ飛び出してきて声をかける人もいる。
改まった場面ではすごく緊張してぎこちなくなったり、息苦しくなったりするくせに、買い物に入った店で立ち話を始めたり、見ず知らずの人に気軽に声をかけたりするような軽いところがぼくにはある。
「ウェリックさんは元気? 仲よく喧嘩してる?」
まったく狭い村だ。夫婦喧嘩まですぐ村中に伝わる。もっともあれは俗に言う「犬も食わない」夫婦喧嘩とは少し違うという気がするけれども。
郵便局で切手を買う。郵便局の前には切手やはがきの自動販売機が並んでいて、中に入らなくても買えるのだけれども、ぼくはいつも自動ではなく「手動」で買う。
窓口の女の子が目当てだ。
「グリュエッツィ」
「あ、グリュエッツィ。今日は何を?」
「1フランの切手を10枚」
「はい、1フラン、10枚」
彼女のほうも、「切手なら自動販売機で買ってください」なんて無粋なことは言わない。そしてうしろに人が並んでいなければ、もう二言三言、どうでもよい会話を交わしたりする。
ただ、それ以上深追いする気はない。それには彼女はあまりにも清純で、そしてまだ青い。イメージとしてはやっぱりハイジ、かな。そう、彼女にはハイジのイメージがある。あのハイジちゃんに手を出す気がしますか?
駅のすぐ手前まで行って引き返した。食料品店から出てきた「乳母ソリ」がぼくの前を滑っていく。お母さんに引っ張られたそのソリには、温かそうに毛布にくるまった赤ちゃんがうしろ向きに乗っている。小さなピンクの顔だけが毛布からのぞいて、一人前に白い息を吐きながらまぶしそうに顔をしかめている。
教会のところを左に折れ、ちょっとした家並の中の坂道を登り切ると、右手からマッターホルンがこっちを見下ろしている。お昼前の明るい太陽が照りつけ、雪の表面をじりじりと溶かしている。
YHの前ではウェリックがもたもたとスキーをつけていた。奥さんはスキー教師の娘で、相当な腕前だが、彼は確かスキーは出来ないはずだ。
「ウェリックさん、無免許運転はやめましょう」
「うるせ、つべこべ言わずに玄関でも掃除しとけ」
「奥さんは?」
いまいましそうにウェリックが顎で指すほうを見ると、イローナを片腕に抱えたままノーストックで滑降する奥さんの姿があった。
その日の午後、ぼくも久しぶりのスキーを楽しんだ。春のように明るい空の広がる、快晴の一日だった。
●カレー騒動
その翌日は宿泊者が一人もいなくて、ぼくたちも仕事を休んだ。休みの日の昼食は「勝手に食え。冷蔵庫や倉庫の中の物は何でも好きなように食っていいぞ」ということになっていたので、ぼくは退屈しのぎにカレーを作ることにした。
調味料の棚に、ターメリック、コリアンダー、クミンシード、赤唐辛子など、カレーのベースになる香辛料がひと通り揃っているのはチェック済みだった。そのあたりはコック上がりというだけあって、品揃えがいい。
「ウェリックさん、昼にカレーを作ります。肉を200gほどください。マトンかチキンがあればなおいいけど、牛でも豚でもかまわない」
ウェリックはいつものムッとした表情で牛肉の塊を出してきた。
「これでいいか?」
優に1kgはある。
「そ、そんなにいらないよ」
「いいから使え。多くて困ることはないだろ。その代わり俺にも食わせろ」
「そりゃいいけど、でも辛いですよ、かなり」
「かまわん。食う」
こっちの人はちょっとコショウを入れ過ぎただけでも辛い辛いと大騒ぎする。ウェリックは食べ物に対する好奇心が強いのだろうけど、ほんとに食べられるかどうか…
ぼくは多少いたずらっ気も手伝って、思いっ切り辛いカレーに仕上げた。サフラン入りのライスもうまそうに炊き上がった。
ウェリックはぼくの作業を興味深そうにじっと見ていたが、出来上がったのを見届けるとテーブルをセットし、奥さんやフラウ・フルニエを呼んでそこに座らせ、今から始まるこの風変わりな昼食についてレクチャーを始めた。
「インドでは宗教上の理由で牛や豚は食べない。しかし今日は牛肉しかなかったのでビーフカレーだ。香辛料はターメリック、コリアンダー…」
さすがよく知っている。ぼくは感心しながら、一方では、そんなにノッてしまってほんとに食べられるのかと、心配になってきた。
やっぱり少し辛さを押さえてやればよかったかな…
ウェリックはさっそく口をつけ、そして叫んだ。
「おうっ、辛い、辛いぞ!」
やっぱりな、そう言うだろうと思ったよ…
「やっぱり辛過ぎるんじゃないの。大丈夫ですか?」
「いや、これは辛い。辛いが、しかし、うん、これはいける。いや、驚いた。これは一級品だ」
えっ…
ウェリックはもう口をきくのももどかしそうに、額に汗をにじませながらせっせとカレーを口に運ぶ。そして「うーん、うまい…」を繰り返す。
神戸からマルセイユまで船で来た。途中、スリランカのコロンボで食べたカレーに魂を奪われ、ロンドンにいた頃インド人の店に通いつめた。そこで親しくなったウエイターから、基本的な香辛料を教えてもらった。
そんな知識を元にYHの自炊室やお世話になった家庭などで何度かカレーをこしらえたが、まともに食べたヨーロッパ人は一人もいなかった。
意外な展開だった。憑かれたようにぼくのカレーをむさぼっているウェリックに、ぼくはただあっけに取られていた。
さすがにイローナにはソーセージを温めてやったが、奥さんとフラウ・フルニエには「うまいぞ、早く食え」と、食べながら盛んに押し売りしている。だが二人とも、ひと口味をみただけでガブガフと水を飲み、大変なものを食わされたというように、露骨に顔をしかめて見せた。それがヨーロッパ人の普通の反応だ。
夕食の席で、大鍋にまだ残っているはずのカレーを探したが、鍋はすでにからになっていた。
「あれ? カレーの残りは…」
と言いかけてウェリックのほうを見たら、小鍋に移したカレーを大事そうに抱えていた。
「あんたは痩せてるだろう。俺はほら、太り気味だ」
気味ってことはない。太っている。
「だから?」
「だから俺は少し汗をかいて痩せなければならない」
「…」
「だから、な、これは俺が食う」
はいはい、そんなにお気に召したのならどうぞ、とぼくは引き下がり、代わりばえのしないソーセージとジャガイモの夕食にフォークをつけた。
●続・カレー騒動
次の休日、
「今日はこれで作れ」
羽を剥いて丸裸になった鶏が一羽、ドタッとぼくの前に投げ出された。
「は?」
「カレーだ。チキンがあればなおいいって言っただろ」
「そうだけど、まさか丸ごと一羽なんて…」
「いいんだ、作れ。昼にベルンから客が3人来る。そいつらに食わす」
「え、そりゃどうかなあ。普通のスイス人にはあれは無理だと思うけど。現に奥さんだって食べられなかったじゃないですか」
「あいつは味オンチだ。ともかく作れ、いいな」
言い出したら聞かない。少し辛さを控えて作るしかない。
「辛さを控えちゃいかんぞ。この前と同じ辛さだ。わかったな!」
勝てない。
もうどうなっても知らんぞ、と、結局ぼくはまたカレーを作った。
大きな寸胴鍋に一杯、見るからにうまそうなチキンカレーが出来上がった。
今日の被害者はスイスYH協会のお偉方一行だ。
ウェリックの仏頂面はこういう客に対しても少しも変わらず、ふん、来たか、というように鼻先であしらう。
そしてまたカレーのレクチャーだ。もう、よせばいいのに。
「インドでは…」
冷や汗が出た。
思った通り、客は露骨に、迷惑、という表情で、毒でも食べるようにのろのろとスプーンを使い、その横でウェリックがまるで嫌味みたいにうまいうまい、を連発した。
客の皿には大量のカレーが残った。
「やっぱり無理だったじゃないですか」
客が帰ったあと、ぼくがそう言うと、ウェリックは吐き捨てるように言った。
「偏見だよ、偏見」
「いや、だってあれはいくらなんでもちょっと…」
「違う」
「何が?」
「辛過ぎるからじゃない。あいつらは自分たちの食っているものだけがまともな食い物だと思っている。それ以外のものは普通の食い物じゃない。普通じゃないものは食えなくていいんだ」
「…」
「あんたたち日本人は普段何を食ってる? ソーセージやジャガイモだってそれはときには食うだろう。でもそれが主食じゃないことは確かだ。そうだろ?」
「それはそうですけど」
「そのあんたたちがここでは毎日スイスの飯を食っている。それはあんたたちにとってはかなり普通でないことだ。違うか? そういうことがあいつらにはわからない。ソーセージやジャガイモの食事が当然だと思っている」
いつになく雄弁になったウェリックの表情をぼくはまじまじと見詰めた。
「カレーが食えないのはあいつらの思い上がりだ」
それがわかるヨーロッパ人もいる、とは思っていた。しかしウェリックがねえ、と、ぼくは少し呆然としていた。
いつか知り合いのドイツ人から聞いた、スイス人は偏狭な国粋主義者、なんていう話を思い出していた。
「こういうの知ってるか?」
「え?」
「スイスは素晴らしい国だ」
「…」
「スイス人がいなければもっと素晴らしい」
あきれてウェリックの顔をぽかんと見ていた。
「ひ、ひ、ひ…」
ウェリックはぼくが戸惑っているのを見て、わざとらしく笑った。
「それにしても…」
ウェリックはそこで少し口の端をゆがめて言った。
「あいつら、困ってたな」
ざまあ見ろ、という言い方だった。そしていつもの仏頂面に戻って言った。
「カレーの残りは俺が食う」
●ピンチ
ウェリックが労働許可の申請書用紙をもらってきて、ここに必要事項を書き込めと言った。
それはやめたほうがいい、日本人には労働許可は下りないし、こういうことをするとヤブヘビになるかもしれない、むしろこのまま黙って働いていればばれっこない、と言うのにまた頑固に耳を貸さない。
そしてウェリックは改めてこう切り出した。
「この夏も手伝ってくれないか?」
ちょっと詰まった。ここに春までいて、それからまた2、3か月は旅をして、夏にはまた別のどこかで働き口を見つける…というのが、これまでのぼくの放浪パターンだった。
「もしこの夏もここにいてくれるなら5、6月は有給休暇にする。だから、今ちゃんと労働許可を取りたいんだ。考えてくれんか」
そんなに言うなら、まあそれもいいかもしれない。
ただ、それにしても労働許可の申請をするのは危険すぎる。小さな村だから、日本人が二人、不法に労働していることぐらい警察はもう知っているだろうけれども、申請書が出されてしまえば当局としては無視も出来ない。
だがウェリックは結局、ぼくの忠告を無視して申請書を出してしまった。
2週間ばかりたった朝、ぼくが台所の片付けに取りかかり、ウェリックがいつもの通り遅い朝食を始めたところへ、警官が二人入ってきた。
「ウェリックさんですね。スイス連邦警察外国人課の者です」
「ふん」
「あなたはここで働いている日本人2名の労働許可を申請しましたね」
「それがどうした」
ウェリックは相変わらずの無愛想に朝の不機嫌が加わって取り付く島もない。
だがぼくは警官の姿を見たときから一つの覚悟を決めていた。
「許可は下りません。2名は2月20日までにスイスを出国せねばなりません」
「なにぃ!」
「これは出国命令書です。強制出国の理由は、おわかりでしょうが、不法労働と不法滞在です。あなたへの処罰は今回はとくに免除されます」
去年の冬はハンブルグのYHにいた。あそこでもまったく同じことがあった。ぼくは覚悟を決めて警察に出頭した。
あのときは、担当官がぼくの目の前で申請書を破り捨てるというイキな計らいで救われた。
「外国人の労働は厳重に禁止する。帰ってよろしい!」
そしてぼくは安全に春までそこで働くことが出来た。
だからだめだとあれほど言ったでしょう…。
不法労働をしていることはよくわかっているし、それなりの覚悟もある。来るものが来た、という感じで、ぼくはウェリックと警官のやり取りを聞いていた。
「あのろくでなしのイタ公や、間抜けのトルコやギリシャの、豚、ロバ、ラクダどもには許可が下りて、なんで日本人には下りんのだ!」
ウェリックの人種差別的暴言には、二人の警官もちょっと苦笑いして顔を見合わせた。そして、
「あれが、その日本人ですな」
と、ぼくたちのほうを顎で指した。確かにかなり失礼な仕草だと思った。これがそうでなくても頭に来ているウェリックを刺激した。彼はすっくと立ち上がり、警官の頭の上から怒鳴った。
「あれとは何だ! 彼らはお前らの何分の一かの安い給料でスイスYHのために働いてくれてるんだ!」
仕方なく警官はひと言謝ったが、権威あるスイス連邦の警察官は、ぼくたちのパスポートに出国期限を記入し、淡々と事務的に役目を果たして帰って行った。
苦りきった表情でウェリックは立ち上がり、あちこち電話をかけ始めた。彼はベルンの連邦警察や関係官庁などに掛け合っているようだった。
ぼくは意外と冷静だった。違法は確かなのだし、一度出た出国命令が引っ込むこともあるまい。それよりも今日は15日だから、あと5日のうちにここを出なければならない。5日というのは厳しいけれども、まあ何とかするしかない。問題はこれからどこでどうこの冬をやり過ごすかだ。
「なあに、放浪なんて一寸先は闇よ」
完全にビビッてしまったアキに、ぼくはそううそぶき、次はベルンのYH協会に掛け合おうとしているウェリックに言った。
「ウェリックさん、あそこはだめよ。こないだカレーで痛めつけたから」
しかし彼はいつものように乗ってはこず、電話に向かって大真面目にわめきたてた。こんなばかげた話があるか、こういう人たちを締め出したら誰がYHを手伝ってくれるのか…。そしてまたさっきのやつだ。
「ろくでなしのイタ公や、間抜けのトルコやギリシャの、豚、ロバ、ラクダどもには…」
ぼくは自分が少し強がっているような気がした。そしてさっきの冗談はちょっと悪かったかな、と思った。
ぼくはテーブルに投げ出されたさっきの出国命令書を手に取った。出国期限の日付やぼくたちの名前以外はとてもわかりにくい四角四面なドイツ語だ。役所の文書なんてこんなもんよと、ぼくは読むのをあきらめてテーブルに戻そうとしたとき、左肩の「2月5日」という日付が目に入った。
これは? もしかしてこの書類の発行日かな、という気がした。そうだとしたら、それはおかしい…
ぼくはその書類を持って立ち上がり、電話をかけているウェリックを突いた。
「ね、これは、この日付はこの書類の発行日じゃないのかなあ。だとしたら5日に出たものをなんで15日に持ってくるの。あと5日しかないなんて、ちょっとヘンだと思いませんか」
「うん、よし、わかった!」
それからウェリックはほとんど一日中電話にかかりっきりになっていた。
ぼくはこのことでウェリックがこんなに我を忘れてがんばってくれるとは思わなかった。もちろん急に出て行かれては困るという事情もあるだろう。でも、ぼくは彼の態度に何か真実を感じていた。彼はもともと真実を演出できる器用な人間ではないのだ。
それはともかく、いくらウェリックががんばってくれたところで、役所の決定が変わるとは考え難く、さっきぼくが発見した向こうの落ち度がもし認められたとしても期限が何日か延びるだけで、スイスを出なければならないことに変わりはない。とりあえずの行く先だけは至急考えなければ…
そのことでアキはかなり不安になっているようだった。
「春になったら何か仕事はあるよ。それまで何とかしのぐぐらいはまだお金持ってるやろ」
「あ、それは持ってますけど、それもなくなったら、です。そしたら、ぼく…」
ぼくは少しあきれてアキの顔をぽかんと見つめた。
「そしたら、ぼく…」
「そしたら、どないするんや」
「やっぱり、家から、やっぱり、少しお金、送ってもらおうかな」
ずっこけた。それが出来るのなら誰も心配しない。もう何も言う気にならなかった。
翌朝、ウェリックはいつもよりずっと早く起きてきて、官庁の仕事が始まる8時きっかりにまた電話をかけ始めた。「ウェリックさん、もういいよ、コーヒーが冷めますよ」と言うのに、スイスなまり丸出しで20分も話していた。昨日の険しい雰囲気とは少し違って、何か和やかな様子が見えた。
電話を切ったウェリックはぼくのほうに向き直り、細いネッシーの目をありったけ見開いて叫んだ。
「もうここを出る気になっていたんだろう。そうはいかんぞ。出国命令は取り消しだ」
「え、そんな、まさか、うそでしょ!」
すぐには信じられなかった。またウェリックがおかしな冗談でも思いついたのかな、とも思った。
ウェリックはコーヒーを飲みながらゆっくりと切り出した。
「4月15日までの滞在と労働の許可が下りた。出国命令の出た日から10日もたってから通達したのはあっちのミスだということで、YH協会が追及したらそういうことになったらしい」
YH協会は国や州の教育機関などと直接結びついているので、強い発言力を持っているという話は聞いたことがある。
「ウェリックさん、ありがとう。今度のことではほんとに…」
「いつまでぐすぐずしてるんだ。さっさと掃除をすませてしまえ。それから玄関の前の雪かきだ!」
マッターホルンが朝の陽にきらきら光って、パアッと明るい南の空に春の気配が漂う2月16日の朝だった。
●幸福の谷
そんな騒動も治まり、ぼくたちは予定通り4月まで、合法的にここで働けることになった。
騒ぎはちょうど24時間ほどで解決したわけだが、ぼくは何日もたったような気がしていた。職と住を一挙に失うというのはやっぱりショッキングなことだ。開き直ったみたいに平静を装っていたが、さすがに緊張していたのだと思った。
3月に入った。何日かごとに必ずやってきた吹雪の日もほとんどなくなり、日も長くなって、マッターホルンが気持ちよさそうに一日中陽を浴びている日が多くなった。
ヨーロッパの春は5月だとばかり思っていたぼくは、マッターホルンの上の、もうすでに冬の厳しさを失った空の色を、とても穏やかな気分で眺めた。あの空の下はイタリアだ。だからここは春が早いのだと、フラウ・フルニエが言っていた。真っ白い山並みの向こうに見えるのは確かに地中海の空だ。
YHの裏の木立を抜け、登山電車のレールを横切って少し登ると眺めのよい場所に出る。マッターホルンから左へ、ブライトホルン、リスカム、モンテローザと続くワリス・アルプスの山並みが南の空を区切って、白に薄い青紫のレースを懸けたように霞んでいる。そしてその手前にかけて広がる氷河の輝きが、逆
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この旅行記へのコメント (2)
-
- さすらいおじさんさん 2006/12/31 12:07:20
- どうぞ良いお年をお迎えください。
- KAUBEさん
今年はグリンデルワルドYHでのご体験を拝読させていただき、1971年の懐かしいグリンデルワルドを思い出しました。
ツエルマットやアイルランドも参考にさせていただき、8/29から11/25、3ヶ月のヨーロッパ旅行に満足しています。情報ありがとうございます。
どうぞ良いお年をお迎えください。
- KAUBEさん からの返信 2006/12/31 21:44:40
- さすらいおじさんへ
- 書き込みありがとうございました。
今年は後半いろいろ身辺が動いて気持ちが集中せず、
私の旅行記を読んでくださっている皆さんにもすっかり失礼してしまいました。
もうあと二時間余りでやってくる新しい年には、また何か書いていきたいと思っています。
では、よいお年を…
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