1979/04 - 1980/03
137位(同エリア1119件中)
唐辛子婆さん
ベチャ
インドネシアに行くというので
わたしゃコーラン(日本語の文庫本3部作)もきちんと読んでいった
(同じような時代の旧約聖書も新約聖書も全部は読み通せなかったのに
コーランを最後まで読めたのはとても面白く興味深かったから。
イスラム圏にいらっしゃる方にはぜひおススメです。)のですが
稲作文化のなかでイスラム教は大変穏やかに変身していました。
日本の我が家を訪れてくれたお友達(インドネシア人)のお父様は
日本酒を「こんなに美味しいものはない!」
とおかわりしてくれましたしね(^0^)
一日5回もお祈りしてる人は私のまわりにはいませんでした。
でも夕方5時頃に流れるモスクからのお祈りは
美しくて陶酔しました。
昔はジャカルタにもこんなベチャが走っていました。
でも首都にこのような「遅れた乗り物」が存在するのが国辱モノだ
と感じていた大統領はあるときおふれをだしました。
「ベチャを全部海に捨ててしまえ。」
海にっていうところがまたすごいと思うけど・・・。
海はどうなってもいいんかい?
黒煙を吐いてバタバタ走るトゥクトゥクよりも
ほんとうはベチャが好き。
ほほにあたる風がさわやかでのんびりゆったり気持ちいい。
田舎からでてきて手っ取り早く稼ぐにはベチャの運ちゃんが一番。
夜はベチャにうずくまって寝る。
この人はめずらしくソックスにスニーカーまではいているので
わかりにくいのですが体脂肪シングルの脚の筋肉!
カッコいいのを通りこして理科室の標本人形みたいでした。
日本にもベチャがあればなあ。
トゥクトゥクは代々木公園のタイフェスティバルで99万円で売ってたし
近所の本屋さんでも使ってるけど。
ベチャのほうがエコだし楽しいし
もう年だから運転免許返納して車売り払ってベチャにしやうかしら?
-
さて
フランボヤン(火炎樹)の並木が美しい住宅地の一角の大きなお屋敷の
隣のこじんまりした家で新しい生活がはじまりました。
静かな住宅地でしたが、研ぎ屋がジレッジレッという音をたててやってくる。
お菓子、バナナの葉にくるんだナシゴレン(焼き飯)、小鳥、野菜、鍋、
ホーキ屋、いろんな物売りが通るので面白く一人で散歩しても安全で
楽しかったです。
ある日「ピーサンルブース、ピーサンルブース!」というかわいい声が。
男の子が
ゆでバナナの入ったホウロウの洗面器を頭に乗せて売りに来たのです。
・・・食べたらお腹をこわしました。
「ゆでバナナなんておいしくないに決まっている。」
「おいしいと思ったわけ?」
とさんざんみんなにバカにされました。
「・・・だって食べたことなかったんだん・・・。」
若いときから食い意地と好奇心だけは人一倍だったんです(笑)
家の門の前には必ずゴミ置き場がありました。
捨てるはしから子供達があさりにやってきて袋を破るので、可哀想だけど
燃やしてもらうことにしました。プライバシーが保てないでしょう? -
新鮮なお魚を求めて
時々は海辺の魚市場にでかけました。
インドネシアのふっかけ率はすごい。
ほかの国ではツーリストじゃない人にふっかけても
タカが知れてると思いますが
インドネシアは違う。
言い値の1/5からはじめて1/3で折り合う
ぐらいの気合を入れないと負けてしまいます。
くっそ暑いのに、くっそ臭いのにたまらんちゃ。
右端は会社の寮のコキ(料理人)Sおばさんです。
彼女はすごい!
読み書きはできないけど
宴会用の料理をまかせた時の働きようったら!
チュチ(洗濯人)と庭師をガンガン指図して何種類もの料理を作る。
デザートだって4種類はつくっちゃう。
モスレムだから当然ラマダン(断食月)があるんですけど、そんなの無視無視。
チュチがやってると
「断食なんざ金持ちがやるこった。
わしらみたいな労働者がやるこたあない。
自分が怠けたいからやるんだろ。」
ふだんは気のいいおばさんでしたけどね。
今思い返しても
宴会料理の材料の準備や手順をどのような手段で記憶していたんだろうかと
彼女の脳みその中を覗いてみたい。 -
「日本人のところで働いてた人を雇えば楽だ」
と聞いていたのですが夫は
「“山だし”を雇って育てろ。(メイドという)技術者を作ることになるから。」
というのです。
それでやってきたのがコキ(料理人)のナルティとチュチ(洗濯人)のマルヤでした。
結核のあるなしOK.
寄生虫に関する知識もあるということがわかったので採用しました。
ナルティはジャワ人、マルヤはスンダ人なので、二人の共通語はインドネシア語です。
私はインドネシア語を半年間習っていましたので
はじめから最低限の意思疎通はできましたが
食材の知識も日本料理も一からなので
覚える方も大変だったと思います。
でも感心なことにナルティは自前でノートを用意して克明に記入していきました。
お料理の味は教えて2ヶ月もするとあやふやになってしまうので、時々軌道修正しなければなりませんでした。
なにせ、自分たちの料理にはない味なんですから。
当時ときどき停電がありました。ジェネレータなんてないので、ローソクの火をともしてじっと暑さをしのぎました。当然冷蔵庫内のものも腐ります。
ある時など鶏一羽を丸ごと捨てるハメに。皮がヌルヌルしはじめたのです。
「もったいないニョニャ!ヌルヌルなんて洗うから私達にください!」
そうお願いされましたが
「腐ったものを食べたらお腹をこわすよ!」
と断固として目の前でゴミ箱に捨てました。
使用人の健康管理は雇い主の責任ですから。ふたりの恨めしそうな顔ったら。
二人とも仲良く仕事をしてましたが
ある日、マルヤが声をひそめて言いました。
「ニョニャ(奥さん)、ナルティはお金をごまかしている。チキンの代金を○○ルピアと言うでしょう?
市場じゃそんなにするわけない。」
困ったなー。
そういう風にいわれてきたら放っておくわけにはいきません。
そこでスーパー、市場、専門店などで同じ部位を買って調理して比較した結果、私達の口にあうのはスーパーのものだということがわかりました。
ナルティはごまかしていたのではないのです。
それをマルヤに告げる前に、なぜマルヤが告げ口をするようになったかを考えてみました。
洗濯人は料理人より地位が低い。
料理人は毎日でも買い物に外出できるが、洗濯人は当時の現地の習慣では月に1回お休みをもらえるだけ。不公平感がたまっていたのでしょう。
それで、マルヤに結果を告げると同時に、料理も手伝って覚えるようにいいつけました。
彼女のお休みを増やしもしました。
そうやって私達の帰国があと2ヶ月にせまった頃
二人は大変なことに気がつきました。
インドネシア語を習ってこなかった奥様に雇われたメイドたちはやむを得ず日本語を覚えるしかなかったのですが、それが今となっては次の職をみつけるのにダンゼン有利ではありませんか!
それである日
「日本語を教えて欲しい」と言ってきました。
あいてる時間はお互いに昼食後。
本来ならばお昼寝タイムです。
生徒たちも先生も眠い目をこすりこすり毎日がんばりました。
今はどうしているでしょうか。
インドネシア語で「甘い」をマニスと言います。
味だけでなく、心地よいとか可愛いという意味もあり。
「ちょっとだけ病気のときや、肌寒いときに薄べりをかぶって寝てるのはほんとうにマニースだ。」
というのを聞いて、人間てどこの国の人でもおんなじだなー、と感じたものです。 -
ジャカルタで一番美しいモスク
女性でも外国人でも自由に中に入れました。
中はひんやりしてて
静かで
本を読んでる女学生なんかがいて -
-
町の小さなモスク
町(特に旧市街)の屋根は全部この煉瓦色。
高層ビルの窓から眺めると緑のなかに煉瓦色の屋根がいっぱいひろがって美しい統一感がありました。 -
オランダが統治していたからかな?
ゴッホの絵を思い出します。 -
市場でランブータンを売る人
インドネシア語・マレーシア語でランブットとは「髪」、アンは「のようなもの」です。
この人のランブットもすんごいですねー。
「日本軍がやったただひとつの良かったこと」は全土でインドネシア語を使わせた、ということだそうです。
何百の島々に何百の民族が固有の言語をもって暮らしているインドネシア。
ジャワ島だけでもジャワ語スンダ語などいろいろあり、日本の方言と違ってぜんっぜん通じないんです。
例えば「そんなふうにしないでよ」をインドネシア語ではジャンガンブギトゥといいますが、ジャワ語ではオジョゴノ、スンダ語ではントンキットゥといいます。 -
今はもうこんな小額のお金は使われてないでしょう。
ルピアの切り下げでランチひとつが何万ルピーもするそうですね。 -
-
ジャカルタの博物館かワヤン美術館?にあったワヤン・トッペン。
仮面劇で使います。 -
-
これは影絵芝居で使うワヤン・クリッ。
このブログ、まだ(工事中)のままだったのに
存在すらすっかり忘れていました。
パパスさんが書き込みをしてくださらなかったら
忘れたままだったでしょう。
しばらくぶりで眺めたワヤンたち。
遠い遠い記憶がよみがえる。
偶然にも東京でワヤンの展覧会が開かれるとわかって
おでかけしました。
四半世紀以上の時空をこえて
「つかのまの日本を楽しんで 影と色彩の魅惑 ワヤン 東京家政大学博物館」
http://4travel.jp/traveler/tougarashibaba/album/10196661/
へとつづきます。
そして東京家政大学博物館でワヤンについて親切に教えてくださった
松本亮先生の心のふるさとソロ(インドネシア・ジャワ島)へと旅立てたのは
それからまたず~っとあとのこと。
先生はもうお亡くなりになっていました・・・。
https://4travel.jp/travelogue/11589657
それを知った時の深い喪失感をなんと表現したらよいのでせう・・・!
ワヤンの日本公演も行われてないやうでした(涙)
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この旅行記へのコメント (14)
-
- olive kenjiさん 2021/04/17 08:06:29
- 駐在員夫人がミタ
- おそらく15年前に書かれた40年前以上のお話。
とてもいいお話で感激しました。
以前テレビで、家政婦はミタという番組がありましたが、蜜蜂さんの旅行記は正に駐在員夫人がミタ・・であります。
二人の家政婦さんのお話から広がるインドネシア事情にうっとり。
コメント欄で知った、アフガンへの援助物資にモスクからの注意事項、とっても興味深い内容でした。
前回のコメント返信で削除したい旅行記などと謙遜なさっていましたが、このような旅行記こそ、もっと沢山の人に読んでもらいたいと思うばかりです。
蜜蜂様もご存じかもしれませんが、旅行記に少し文字付け足すなどして編集すれば、投稿日の新しい旅行記となり目に触れる機会が多くなるのではないかと思います。
実際、昔の旅行記に少し手を加えたら、いいねが急に増えるのだから不思議なものです。私はもっと沢山の4トラの方々にこの旅行記を知ってもらいたいのです。
前回のコメントに書かれた軍歌を歌う老人、左遷された士官候補生のお話など旅行記に加筆されて欲しいほどです。
読み終わって、心地よいマニスな風が通り抜けていきます・・
- 唐辛子婆さん からの返信 2021/04/17 18:18:00
- Re: 駐在員夫人がミタ
- olive kenjiさん
次々と昔の旅行記をご訪問くださってありがとうございました。
仰せの通りちょびっと加筆修正してみました。
インドネシアとその前に住んでいたバンコク時代の画像は
全部娘やお友達の顔が写っているので旅行記を作ることができていませんでした。娘に「ぜ~ったいに(4トラに)載せちゃだめ!」と言われてたので。
最近になって「婆の楽しみを奪ってもねえ。」とOKを出してくれました^^のでこれからおいおい思い出しながら作成してみようと思います。
雑貨屋に彫刻刀を買いに行ったらば
たむろしてた老人たちがニコニコしながら「気を付けっ!」「ボークーゴ(防空壕)」
粘土を入手したいと相談したらば教育大の先生が連れて行ってくれたセメント工場で「OK。いくらでももっていっていいよ。」案内されたのが粘土ごろごろの山の中・・・。
とまあ、いろんな面白いことがありました。
唐辛子婆
-
- わんぱく大将さん 2011/10/03 07:44:50
- なんか想像しながら、拝読させていただきましたよ
- 唐辛子婆さん
今晩は。 初めまして、そしてまた、”アランブラ”の旅行記を見ていただき、有難うございました。
初めて住まれた海外はインドネシアですか? なんか小説、読んでる感じで、いろいろ想像しながら、拝見させていただきました。 私もジャワ島に行ったのが、2000年。
バリより好きかな、と思った所でしたね。
大将
- 唐辛子婆さん からの返信 2011/10/03 22:17:52
- RE: なんか想像しながら、拝読させていただきましたよ
- 大将さん、いらっしゃいまし〜♪
はじめまして、ようこそ。
> 今晩は。 初めまして、そしてまた、”アランブラ”の旅行記を見ていただき、有難うございました。
すんばらしいお写真ばっかりで感激しました。
もしかしてプロのかたですか?
> 初めて住まれた海外はインドネシアですか? なんか小説、読んでる感じで、いろいろ想像しながら、拝見させていただきました。
ありがとうございます。やはり初めてのところは一番印象深いものですね。
>私もジャワ島に行ったのが、2000年。
> バリより好きかな、と思った所でしたね。
どのくらいいらしたんですか?
旅行記がありませんがその時のお写真もぜひ拝見したいですね。
とうがらしばば
- わんぱく大将さん からの返信 2011/10/04 09:16:12
- RE: RE: なんか想像しながら、拝読させていただきましたよ
- > 大将さん、いらっしゃいまし〜♪
>
> はじめまして、ようこそ。
>
> > 今晩は。 初めまして、そしてまた、”アランブラ”の旅行記を見ていただき、有難うございました。
>
> すんばらしいお写真ばっかりで感激しました。
> もしかしてプロのかたですか?
>
> > 初めて住まれた海外はインドネシアですか? なんか小説、読んでる感じで、いろいろ想像しながら、拝見させていただきました。
>
> ありがとうございます。やはり初めてのところは一番印象深いものですね。
>
> >私もジャワ島に行ったのが、2000年。
> > バリより好きかな、と思った所でしたね。
>
> どのくらいいらしたんですか?
> 旅行記がありませんがその時のお写真もぜひ拝見したいですね。
>
> とうがらしばば
唐辛子婆さん
全くの素人です。 長いことカメラやってますが、いまだにあきません。
行ったと言っても、数日です。ボルブゥドウ―ルをB&Wのフイルムで撮ったので、これがまた、スキャンするのにお金がかかるとか。
今度日本に帰った時にやりますわ。
大将
- 唐辛子婆さん からの返信 2011/10/04 09:32:34
- RE: RE: RE: なんか想像しながら、拝読させていただきましたよ
- 大将さん
> 全くの素人です。
それにしてはすごすぎです。
色々教えてくださいね。B&Wってメーカーの名前ですか?
私ったら、何も知らないもんで。
> 今度日本に帰った時にやりますわ。
いまどちらですか?スペインですか?
唐辛子婆
-
- ぷぷよしさん 2009/06/27 18:02:57
- はじめまして
- 唐辛子婆さん さま、はじめまして<(_ _)>
感慨深く旅行記を拝見させてもらいました。
私はバリ島とビンタン島にしか行ったことが無いので、
インドネシアの本当の姿とか、まったく知らず、
洗濯人と料理人というのも、初めて知りました。
ラマダンはお金持ちのやることって
なんだか奥が深いですね。
ぷぷよし
- 唐辛子婆さん からの返信 2009/06/27 23:41:21
- RE: はじめまして
- ぷぷよしさん、こんばんは、はじめまして。
ようこそいらっしゃいました♪
ビンタン島とはどこだったかなー、と遠い記憶を手繰り寄せて
シンガポールとインドネシアとの中間に位置するリゾート地だと思い出しました。
素敵なところのようですね。
シンガポールからフェリーでいけるのが嬉しいですね。
> 洗濯人と料理人というのも、初めて知りました。
インドネシアでは2名でしたが最近暮らしたパキスタンではちょっと大き目のお宅では7名必要でしたよ。
門番、料理人、洗濯人、掃除人、庭師、床掃除人etc・・・
> ラマダンはお金持ちのやることって
> なんだか奥が深いですね。
インドネシアはゆるやかなモスレムでしたので。
パキスタンではフツーの人でもみなきちんとやってました。
運転手など食べてもいい時間がきても家にたどりつけない人のために
道端にジュースの施しをする人が待っていて、夫にまでくれたそうです。
また遊びにいらしてくださいね。
〜唐辛子婆〜
PS さま、は不要です(*^_^*)
-
- Morikonさん 2007/11/15 00:30:37
- 凄く興味深い内容でした。
- 唐辛子さん、こんばんわ〜。
まだ私はインドネシアを訪れたことがないのですが、「お国柄」が
じんわりと文章から伝わってきました。
初めての異国での生活、色々と苦労されたことでしょうが、
振り返れば「全て良い思い出」なのでしょうね。
ではまた〜。
- 唐辛子婆さん からの返信 2007/11/15 01:40:13
- RE: 凄く興味深い内容でした。
- Morikonさんこんばんわ〜。
古いふる〜い旅行記に投票ありがとうございます。
数え切れないほどの島と民族と言語を持つので
独自の文化が息づいて魅力的な国でしたね。
Morikonさんは打楽器をなさるのでバリのジェゴグに出会ったら
きっと震える思いをされることでしょう。
今度訪れたら絶対にその村を訪問するつもりです。
ジャワ島のある村では9年に一度、心を清めるために
一流のワヤン(影絵芝居)をチャーターするのだそうです。
そのために9年かけてお金を貯めるのだとか。
ワヤン編
コメント入れるのにちょっと時間がかかりますが
ぜひいらしてくださいね。
-
- パパスさん 2007/10/11 13:05:27
- 今日は1979年にタイムスリップしました!
- 唐辛子婆さん、こんにちは!
今日は1979年のインドネシアを拝見しました。
初めて生活された外国なのですね!
コキとチュチの身分の違いが有るんですね。
知りませんでした。
海外で人を雇うのも色んな面で難しいですね。
でも帰られる2ヶ月前から皆で日本語の特訓。
その二人とはその後は連絡は無いのですか?
幸せになっておられたら良いですね!
パパス。
- 唐辛子婆さん からの返信 2007/10/12 10:56:13
- RE: 今日は1979年にタイムスリップしました!
- パパスさん、おはようございます。
ジャカルタへのご訪問・ご投票ありがとうございました。
>今日は1979年のインドネシアを拝見しました。
>初めて生活された外国なのですね!
はじめての国というのは愛してしまうものですね。
いまだにインドネシア人と会うと懐かしさがこみあげます。
しかし、このブログの存在もすっかり忘れていたので
パパスさんのカキコがなかったらいまだに(工事中)なのが
そのままになるところでした!
影絵芝居「ワヤン」の魅力について書くつもりでいたのです。
偶然にも18日にワヤンの実演を見に行くつもりなので
今度こそ完成できるでしょう。
って20日にカラチ行きなので準備が完了してればの話なんですけど(笑)
>コキとチュチの身分の違いが有るんですね。
>知りませんでした。
>海外で人を雇うのも色んな面で難しいですね。
インドネシアは2人か3人ですから知れたものです。
パキスタンでは一戸建てに住んだら7人は雇わなければやっていけない
ので大変です。
>でも帰られる2ヶ月前から皆で日本語の特訓。
そういった勤勉さや向上心はパキスタン人に見習って欲しいところですね。
我がアパートの使用人達で教えて欲しいといってきた人は一人もいません。
仕事でさえ言われたことだけ手抜きでこなす人が多くて
最近やってきたフィリピン人メイドさんの働きぶりを
ぽかんと眺めています。
>その二人とはその後は連絡は無いのですか?
>幸せになっておられたら良いですね!
帰国後、出産やバンコク行きの準備で追われていたので
連絡はできてませんでしたがきっと幸せになってくれてると思います。
ジャカルタは日本人駐在員が多いところなので
正直者で日本語と日本食ができるメイドさんは引く手あまたでしたから。
ではまたいってきま〜〜す(^.^)/~~~
〜唐辛子婆〜
-
- osdさん 2006/05/28 21:30:44
- ジョグジャ,…!
- 唐辛子さん
ジョグジャ大変です!ムラピ噴火につづいて、大地震!悲惨な状況のようです。NHKの救援にと思いましたが、唐辛子さんの窓口があれば、些少なれど協力したいと思います。窓口・口座あれば教えてください。 osd
- 唐辛子婆さん からの返信 2006/05/29 15:44:42
- RE: ジョグジャ,…!
- osdさんへ
>ジョグジャ大変です!ムラピ噴火につづいて、大地震!悲惨な状況のようで>す。NHKの救援にと思いましたが、唐辛子さんの窓口があれば、些少なれ>ど協力したいと思います。窓口・口座あれば教えてください。
ありがとうございます。
今回はお役に立てませんでしたが、一人でも多くの方が
osdさんのように関心をもってくださり、必要としている方々に
手を差し伸べてくださいますように。
私達のグループは通常の支援のほか
このような災害地には日赤などを通じてささやかな義捐金などを
送らせていただいてます。
アフガン復興の際には
なんと「大塚モスク」から「カトリックの神父様」を通して
私達のグループに中古衣類を集めてくださいとの依頼が寄せられました。
「愛は宗教を超えて」ですね(^^)
その時のモスクからの注意事項がとても印象に残っています。
★難民キャンプには水がないので洗濯もできないし、体が弱っていて感染し やすいので、清潔な衣料のみにしてほしい。←中には古着が処分できてい いわと、洗ってないものを送りつけてくる人もいるとか。
★子供服にクマさんやお人形の絵があるのはご法度。花にニコニコマークみ たいな顔があるのもダメ。←モスレムは偶像禁止なので。そういう服を着 てる子のテントには天使が降りてこないのだそうです。
★ダンボール箱一個につき○○円の送料を別に送って欲しい。←日本から アフガニスタンまでの送料がかかるから。
間違っても「クリスマスにラード入りのクッキーをプレゼント」
するようなことはしないようにと気を引き締めました。
〜唐辛子婆〜
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