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濃尾平野に散在する、静寂な寺々を巡る。

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2006/04/16 - 2006/12/31

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へそ曲がりの白髪男

へそ曲がりの白髪男さん

はじめに

寺巡りは信心が深い人だけでは無く、無信心者でも楽しめる行楽である、と思う。私は信心深い妻に頼まれて、今までに二百余の寺を巡ってきた体験による実感です。
それらの寺々は各地の観音霊場で、妻は言うまでも無く巡礼であるが、無信心の私はその寺を通じて、その地の歴史に遭遇する機会を得ていた。
それらの寺々は有名無名が入り混じっていたが、山里や野里に建つ無名の寺々は静寂で、日頃の殺伐とした心境が癒されるのを覚えた。又、お庫裡さんと団欒する機会もあった。
観光地の行楽や有名な史跡や寺院巡りも楽しいですが、それらに飽きた人が居られると思います。その人たちに首題の寺々の所在地をお教えして、安らぎを共用したいと思います。
それで、このブログに投稿する気になりました。ですから、試みに巡ってみて下さい。信心を不問とする寺巡りも、ちょっとユニークですよ。
私たちは再度それらの寺々を美濃・尾張・三河の順に巡り、安らぎを得ながら新たな情報を収集して順次お知らせしますが、大事なのは安らぎを得る事ですよ。

垂井町の真禅院を訪ねて
最初に垂井町の真禅院を訪ねます。予備知識は、垂井町のHP(www.ginet.or.jp/tarui/)と『岐阜県の歴史散歩』(山川出版社)で得てくださると最適です。
真禅院は白鳳期建立の宮処寺の後身で、明治の神仏分離で現在地に移転している。明治以前は南宮神社の別当寺として御所野に建立されていた。
その跡地には社屋や民家が建ち並び、往時を偲ぶ縁は何も残っていない。移転時に寺号が真禅院と改称され、現在に至っているが、開祖は行基と伝えられている。
同寺は朝倉山の麓にあって、すぐ傍に垂井町の総合運動公園がある。たぶん、何時訪れても人影は少ないと思われ(寺には失礼だが)、ひと時の憩を静かに過ごせると思う。
周知の様に、垂井町は奈良時代に美濃国の国府が置かれた土地で、美濃国の中心地であった。従って、国分僧寺や国分尼寺が建立されていたし、町内で奈良期建立の寺跡も発見されている。
ですから、真禅院の散策だけでなく物見遊山の対象物は多いです。垂井町の広報ではありませんが・・・。









  • 真禅院の山門。日曜日の昼なのに、誰も居なかった。

    真禅院の山門。日曜日の昼なのに、誰も居なかった。

  • 真禅院の寺伝案内板。奈良時代の僧・行基開祖と記している。が、宮処寺は白鳳時代の建立で、美濃で最古の寺院と考古学会は考察している。寺伝と考証が符合しないが、史跡・寺院ではよく見られる事例です。

    真禅院の寺伝案内板。奈良時代の僧・行基開祖と記している。が、宮処寺は白鳳時代の建立で、美濃で最古の寺院と考古学会は考察している。寺伝と考証が符合しないが、史跡・寺院ではよく見られる事例です。

  • 真禅院の本堂です。江戸初期の建物で、御所野から移築されたもの、と伝えられています。

    真禅院の本堂です。江戸初期の建物で、御所野から移築されたもの、と伝えられています。

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