2006/04/15 - 2006/04/15
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井上@打浦橋@上海さん
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我が家から金門大酒店への散歩道は、復興公園を出てからは、雁蕩路から始まります。
雁蕩路から淮海中路に出まして、南北高速道路の下の歩道橋を渡り、淮海中路をまた暫く行き、黄陂南路に入り、北に進み延安中路を渡り、人民広場・人民公園を右に見ながら南京西路へ出ます。そこまで来れば、もう金門大酒店は目と鼻の先。
途中の、歩道橋からの眺め、超高層オフィスビルの下にヒッソリ隠れるようにしてある石庫門住宅、ココ3・4年に突然出来た大きな公園などの様子をお伝えします。
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コレは復興公園の北口を出たところです。
この道が雁蕩路です。
このお兄さん、公園から出てきた子供に、この品物を売りつけようとしてるんでしょうね。
左側にはコンビニが2店並びます。好徳とLAWSONです。 -
雁蕩路を少し行きますと南昌路と交わることになります。
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雁蕩路と南昌路の北西角にあるビルです。
なんか変な形してます。薄っぺらな造りの建物ですね。 -
雁蕩路は歩行者天国となっています。
南京東路もホコテンですが、それより前にホコテンとなっていました。
そして両側には洒落たレストランが並びます。
雁蕩路のフランス租界時代の呼び名はRoute Voyronです。漢字表記は華龍路です。 -
移動式アイスクリーム屋なのか・・・・
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左側には煉瓦造りの3階建ての集合住宅が並びます。
1階部分が店舗で2階、3階が住居ですね。 -
東に抜ける小さな脇道がありました。
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こちらは6階建ての煉瓦造りの集合住宅です。
1932年に建てられたものだそうです。
今の名前は永業大楼です。 -
こういった歩道に椅子とテーブルを置いたカフェもあります。
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雁蕩路は、左に見えます淮海中路にぶつかり終わります。
右に見えます建物は培文公寓という集合住宅です。
淮海中路側は婦女用品商店が利用しています。
昔の名は培恩公寓で、1923年に建てられたものです。 -
淮海中路に出ました。
右側が婦女用品商店です。
赤い看板には「美在婦女」と書かれています。 -
淮海中路と重慶路の交差点の歩道橋手前まで来ました。
上の高架が南北高速道路です。 -
歩道橋に上がり培文公寓の壁面を接写しました。
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こちらは重慶南路です。
向こうが南側で、私が住む打浦橋は遠く霞む建物群の右側辺りです。 -
こちらは淮海中路の西側です。
左に上海婦女用品商店の入っています培文公寓が見えます。 -
培文公寓の全容です。
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こちらは淮海中路の東側です。
淮海東路から淮海中路、淮海西路を通り抜ける2階建てバス・911路バスが見えます。 -
淮海中路の東側に下りました。
この道は、歩道橋を降りてスグ交差する淡水路の北方向です。
麗嬰房(Les Enfants)と言うのは赤ちゃん用品を扱う店です。
それに連なる煉瓦造りの長屋は尚賢坊と言う石庫門住宅です。 -
コレが尚賢坊の淮海中路側の出入り口です。
上海文物保護単位となていますね。
中に入ってみます。 -
煉瓦造りの石庫門住宅と洗濯物。
左の2つのDVDの宣伝看板が、この住空間に浮き上がってるようにも見えるし、しっくりマッチしてるようにも見えます。どっちだ、ハッキリせい!!と言われてもリンダ!!困っちゃう!! -
煉瓦造りの年季の入った建物と建物の間の路地から見えるのは洗濯物と靴と高層ビル。
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この尚賢坊で検索しましたら、たった1つだけヒットしました。
http://www.shinowazuri.com/index.html
「しのわずり」という名のページです。
そのうちの「上海」の中に、この尚賢坊が出てきます。
その解説文を見ますと・・・・・・
尚賢坊と言うキリスト教の教会が1897年北京に建てられた。その教会は、チョット色合いの違ったキリスト教会でして、イエスキリストとともに孔子も崇拝してしまうというものだったそうです。北京の教会は、義和団事件で破壊され、1903年に上海に移って来たそうです。しかし、また第一次大戦で、一旦国外退去されますが、その後1921年に再度上海に戻り、再建構築したのが、今でも残る、この尚賢坊らしいです。
しかし、中に入ってみましたが教会らしい物は見受けられなかったような・・・
もしかしますと淡水路と淮海中路の北東角部分、つまり麗嬰房の店が入っていましたあの建物が教会だったのかもしれません。 -
尚賢坊を出ますと、対面には昔のフランス租界の行政を司ってました公董局の建物です。つまり当時のフランス租界の市役所ですね。公董局の機能が移ってくる前はフランス人やその他の外国人子弟の学校だったそうです。
今は、何なんでしょうか、レストランとかブティックなんでしょう。 -
さて、また淮海中路を東に行きます。
ココは馬当路との交差点です。
右に太平洋百貨店が見えます。 -
馬当路を渡りますと、左に見えるのが超高層オフィスビルの香港新世界大廈です。
ココの1階部分にはUNIQLOが入っています。 -
黄陂南路との交差点まで来ました。
ココで左に曲がります。北方向へ行くと言うことです。
左前に見えますビルは香港広場と言いますが、1・2階部分にはパソコンや携帯電話を扱ってる店がたくさん入っています。名前は賽博数碼広場と言うようです。「賽博」とは、何だろう・・サイボーグかな・・・。「数碼」はデジタルでしょう。 -
黄陂南路を北に行きます。
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黄陂南路を北に行き、金陵中路を渡りますと、右に公園が見えてきます。
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立派な公園でしょう。
こんな池まであります。
出来てまだ、3・4年のはずです。
3・4年前、ココには、商店や集合住宅などがビッシリ詰まっていたところだったんですが・・。 -
ご覧ください、コレが当時の姿です。
2001年6月10日竣工となってますから、もう5年経ってるんですね。
延安中路の大型公共緑地工程というのは上海政府の重大工程ということなんでしょう。
東は普安路、西は老成都路、南は金陵路、北は大沽路までの地域の住居・商店を全て撤去して、緑地にするという大事業だったと言うことでしょう。 -
まだまだ若い公園ですが、いずれは樹木も立派に育ち、上海の街にシックリ溶け込んだ公園となるのでしょう。
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結構手入れも行き届いていますね。
こういう緑の多い公園は維持費が掛かるのかと思われますが、上海では、いくらでも安い労働力は供給されますの、大丈夫でしょう。つまり内陸には、安い労働力は、いくらでも控えてると言うことです。逆に収入の地域格差がなくなってしまいますと、こういった公園の維持管理は大変なのかなと、思ったりもするわけです。 -
公園から黄陂南路にまた出まして、北へ向かい、延安中路を渡ります。
延安中路を越えますと、黄陂南路は黄陂北路に変ります。
遠くに見えますペン先のようなビルは上海明天広場(Tomorrow Square)です。
JWマリオットホテルが入っています。 -
この道は人民大道です。南側には人民広場が広がり、北側には上海オペラ座(上海大戯院)、上海人民政府が並び、その北側には人民公園が広がります。
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黄陂北路を更に北に行きます。
ペン先ビル(上海明天広場)が近付いてきました。 -
黄陂北路から上海美術館の裏側に入り込みました。
裏側から見ると言うことは、滅多に有りませんが、裏側も立派なものです。
この建物は、昔の上海競馬場クラブハウスです。1933年竣工です。 -
黄陂北路沿いに建ちます上海市群集芸術館の裏側です。
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上海美術館の正面広場に出ました。
向こうに国際飯店と円盤ビルが見えます。 -
南京西路に出ました。
国際飯店(パークホテル・1933年)、上海体育大廈(西大廈・1926年)、僑金門大酒店(華安大廈・1926年)などの古い建物群と、その後ろに最近出来た建物が見えます。円盤ビルは、なんだったっけ・・・ホテルが入っています。 -
国際飯店と金門大酒店の間にあります上海体育大廈です。
化粧煉瓦張りの外壁がなかなかイイです。 -
金門大酒店に着きました。
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金門大酒店を見上げました。
なかなか風格ありますね。
昔の名前は華安大厦(チャイナ・ユナイテッド・アパートメント・ビル)です。
上海歴史ガイドマップによりますと・・・
華安合群保寿公司の本社ビルとして1926年竣工。正面入り口には大理石の列柱、屋上には鐘楼を配したイタリア宮殿風の9階建て。長期滞在者向けのアパートメント・ホテルを経営。「大部分のアメリカ人は、近代的な水道設備とヨーロッパ風の食事の付いた数少ないアパートメント・ホテルに滞在していた。チャイナユナイテッドにある私の小部屋は、食事と部屋付きのボーイとお偉方なものサービスとで、月当たり僅か50USドルでお釣がきた。」(ニム・ウェールズと言う人が書いた「中国に賭けた青春」)1935年金門飯店、1958年華僑飯店となる)
・・・・・ということです。 -
ただ今、4時51分です。
その日、徳島から上海入りした旅行者(この方4travelのメンバーでもあります)とお会いしたのは6時前です。
彼に依頼してありましたスポーツ新聞(皐月賞の枠順の載った)と「外地探偵小説集・上海編」(せらび書房刊)を受け取り、お別れしました。
さて、翌日の皐月賞、狙いはフサイチジャンクとメイショウサムソン。3連複・22点・合計3万円購入のうち、2頭からの3連複のうちの1つが当たり、347倍の配当・34万7千円を受け取ることとなりました。メデタシ、メデタシ・・・・!!
では、コレにて、我が家から金門大酒店への散歩記録は終わりです。
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この旅行記へのコメント (2)
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- nao0880さん 2006/05/02 08:54:30
- 移動アイスクリーム屋さん
- 井上@打浦橋@上海さん
いつも訪問ありがとうございます。
わたしも、豫園の北側の広場(歩道だったかも)にこの車を見ました。
後ろに大画面の液晶テレビつきのかなり派手な色でした。
ただし、ちょっと中華風ではないですね。(それを狙っているのかも)
ソフトクリームだったと思います。
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2006/05/02 20:12:04
- 土家焼餅はもう下火
- nao0880さん、どうも。
豫園でも、この移動アイスクリーム屋さん、見かけましたか。
今、流行なのかな・・・
流行と言えば、中国風ピザと言う触れ込みで、今年に入り、
上海で爆発的にブームになった土家焼餅は、もう下火になってるとか・・・・
半年の命でした。
ところで、あのかんむり屋でしたっけ、あの居酒屋イイですね。
いつか、あの辺りで1週間くらい過ごしたいものです。
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