2005/01/20 - 2005/01/27
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spacecowboyさん
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2005年1月にインドをパッケージツアーで旅行した際の旅行記です。
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旅行7日目。事実上の最終日ではありますが、内容は盛りだくさん、ということで、朝もかなり早いです。起床時間は5時15分。
今日、まず出かけるのはインドで最も有名な場所、タージマハ-ル。朝日がきれいということで、日の出前から開いています。ここもアジャンタと同じで、手前で降りて、電気自動車に乗り換えます。団体バスは乗り入れ禁止。こういう点は、日本も積極的に見習って欲しいなあと思います。文化財保護法の抜粋なんかも各地に掲示されてますが、石を持ち帰るなどした場合、3ヶ月以下の懲役になるなど、なかなか厳しい内容となっています。
ということを考えながらバスを乗り継ぎ、入り口につきます。早朝(7:00)にも関わらずそれなりの数の人がいます。
ここはセキュリティチェックがめちゃくちゃ厳しいです。予備の電池も、携帯電話も持ち込み禁止。ツアーの人の中にはカメラの3脚まで没収されてる人がいました。この日は憲法記念日ということで、とくにチェックが厳しかったようです。
まずは、あまり写真でも見かけることのない、赤い砂岩の城壁へ向かいます。これもなかなかきれいです。門にはコーランの文言が彫りこまれていますが、これも遠近法が駆使されており、下に行くほど文字が小さいそうです。 -
門をくぐり、いよいよタージマハ-ルとご対面。まだ薄暗い中に浮かび上がるタージマハ-ル。段々と夜が明けていきます。
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段々明るくなり、朝もやの中に幻想的に浮かんできたタージマハ-ル
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夜が完全に明けました。とにかくきれいです。
それにしてもなんとも贅沢なお墓ですね。噴水は350年前からそのままだそうです。 -
それから注目すべきは、建物のまわりに立つ4本のミナレット。4本とも実は少し外向きに傾いているそうです。万一地震が来ても、ミナレットは外側に倒れ、本体にはぶつからないようになっているらしい。
ただ、そういうリスクコントロールはできるのに、自分の地位のリスクコントロールはできなかったのがアクバルの悲しいところか。。 -
そんなことを考えながら、少しずつ近づいていくのだけども、スペインのメスキータを除くと、これが人生で初めて見るイスラム建築。タージマハ-ルそのもの、隣のモスク、両方に対してそれなりに期待していたんですが、
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靴を脱いであがった、冷たい大理石のタージマハ-ル。で、写真撮影禁止の内部は、墓石があるだけで特に目立ったものは何もありません。やはり外から見てなんぼ。この辺がキリスト教の教会建築との違いだったりするのでしょうか?
ちなみに近くでみるとこんな感じで、壁面に黒い装飾がなされています。 -
入ってきた門を中庭から振り返るとこんな感じ。これだってなかなか優れた建築物です。
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裏手からヤムナー河を臨む。アクバルの計画では、ここから橋をかけて、対岸には黒いタージマハ−ルが立つ予定だったとのことです。ちょっと想像してみませんか?
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ミナレット。外側に少しだけ傾いているそうです。
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西隣にあるモスク。中には何もありません。
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中にはリスがいました。朝ということで小鳥のさえずりもたくさん聞こえてきました。自然環境にも恵まれています。
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モスクから朝日をバックに眺めるタージマハ−ル。本当にどの角度から見てもきれいに同じ形です。
ちなみにこのとき、ここには誰もいなかったので、朝日とタージマハ−ルの組み合わせを数分間独占できました! -
今度は東側から
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再度正面から
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木陰から
どの角度で見ても、それぞれに趣があります。とにかくきれい!の一言に尽きますね。2時間半、たっぷりと楽しみました! -
次はアグラ城へ向かいます。なかなか重厚な建物です。
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観光客に注意を促す看板。食べ物の持込、消費の禁止はわかるが、「調理」までだめとか普通は書かないだろうが・・・、この国では書いとかないとやる奴がいるんだろうねえ・・。
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アクバルが最後を迎えた場所。本当はここからタージマハ−ルが見えたはずなんですが、朝もやで見えなかったのが残念!眺めは全体的にいいです。
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ハーレムの跡。正面の建物に王が座る。噴水からはお湯も出たらしい。
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女性たちがいた部屋。王の権力が絶大だったイスラム帝国。美人はすぐにハーレムに連れて行かれてしまうために、顔を隠す週間がイスラム教の女性の中に広まったという説もある。
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宮殿の柱。スペインのメスキータと同じ形をしています。イスラム建築でよく見られる様式です。
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バスの運転席に置かれているシヴァの像。ヒンドゥー教の神々は人々の生活の中でマスコットの様な存在です。
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アグラからデリーへ移動する途中で見かけた大きなモスクです。
この区間の高速道路は、ガイドさん曰く「インドで一番いい道路」だそうです。確かに走り心地は日本と変わらない。
ですが、中央分離帯で寝る牛、どんどん車に追い抜かれていくサイクルリクシャー、荷物を運ぶラクダ、象に乗ってるおっさん・・・、と事故が起こらないのが(実際はかなり起こってるんでしょうが)不思議な状態が広がっていました。
あと、アグラ城でちょっと変わった物乞いを見かけました。四つんばいで歩き、手にサンダルをはいています。足はまともに動いていないように見えます。先日もアグラの駅で似たような人を見かけたので、最初は病気かと思ってたのですが、よく見ると、発達障害では?という感じがします。ということは、子どもの頃からそういう動き方をしていた結果として足が発達しなかったということになるんだろうけど、何かの宗教なんでしょうか?
他にも、足のサイズが40cmくらいありそうな(身体のほかの部分は普通)人も見かけたし、本当に何があるかわからない国だと思います。 -
デリー到着。で、クトゥブ・ミナ−ルへ行ったんですが、ここは15年前に自殺者が出て以来、登れなくなってるんですね〜。それってただのモニュメントになっちゃってるのでは?と思いつつ、今回は写真撮影のみで終了です。しかも逆光かよ、みたいな・・・。
写真はありませんが、デリーの街の入り口に、長さ2〜3kmはあるであろう、トゥグラガーバードという大きな城砦跡がありました。こっちの方が場合によってはいい観光地になりそうな気もしましたが。。 -
そして今回の旅行最後の観光地、フマユーン廟へ。夕暮れの時間帯、茶色がきれいに生えます。ここも400年前の噴水が残っています。
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ここにはタージマハ−ルにはないイスラムの象徴、星の紋様があります。
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ここのすごいのは赤土と建物との一体感。それが結構きれいで、タージマハ−ルト見比べても張り合えるのだと思います。
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世界遺産の碑。今回の旅行では10ヶ所の世界遺産をまわりました〜〜。
フマユーン廟観光後、ニューデリー中心部を通って、夕食場所へ向かいました。中心部は整然としていましたが、10億人を支える首都の中心部としてはちょっと寂しい感じもします。ちなみに旅行当時のシン首相はスィク教徒らしいです。
で、夕食の店についたところ、その日は憲法記念日で、禁酒日!酒を飲めない私には関係ないという話はさておき、ツアーの他のメンバーの中には明らかに不満そうな方もちらほらいました。禁酒日は商店では一切アルコール類は出ません。家で飲むのはバレなければOKらしいですが。。
ほかに独立記念日なども禁酒日だそうです。そういう日こそ酒盛りに走るのが人類の大多数だと思うんだけどなあ。
ちなみに、西部のクジャラート州では常時、禁酒法が施行されているらしいですが、実態としては密造が暗黙の了解で横行しており、結果として州政府も儲かっているという構造らしいですが。。 -
夕食後、空港に向かい、帰国します。空港の入り口には、やはり人、人、人、、、一体何をそんなに見送る必要があるのか、教えてほしいくらいでした。
飛行機に乗るまでの間、余ったルピーの消費に走りました。が、如何せん店が少ないうえ、買えるものは紅茶くらい・・・。本当にお土産には困る国です。
そして驚いたのが、ゲート内の売店では、円ドルウォン等は普通に使えるのに、ルピーは使えないこと。何じゃそりゃって感じです。
で、飛行機に乗り、サプライズの国、インドともお別れ、と思ったのですが、まだまだ続くサプライズ(笑)
まずは機内食のカレー。ただでさえ辛い上、唐辛子の塊が入っていて、見事にヒット!死ぬ思いで水のおかわりを求めると、スッチーは笑顔で「too spicy?」 いや、そうじゃなくて・・・。
次にスッチーコール。免税品の時計が気になったので鳴らしてみました。・・・・・来ない。
もう一度鳴らす。・・・・やはり来ない。
隣の席が空席だったので隣の席のも鳴らす。・・・反応なし
結局最後まで来なかった。病気になったらどーするんだと。
検疫の紙を配りだしたのも着陸態勢に入ったあとで、機内で書く時間なんかないし、着陸の衝撃でたくさんのトランクルームが開くなど、最後の最後まで、インドらしい旅でした(笑)
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