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吹屋ベンガラ(赤色顔料)は、江戸時代中期から昭和40年まで約270年間にわたって高梁市成羽町吹屋地区で生産されてベンガラです。吹屋ベンガラは品質の良さと供給の安定性から、国内随一の特産品となりました。吹屋にある広兼邸はベンガラの原料製造で富を築いた広兼氏の屋敷です。吹屋の町並みはふるさと村として活用され、笹畝坑道、ベンガラ資料館、郷土館などもあるので銅山とベンガラの歴史を訪ねてきました。<br />「ベンガラ館」弁柄は江戸中期(宝永4年、1707年)全国はじめて吹屋で生産されて以来、江戸末期、明治、大正と大いに繁栄を続け、吹屋町の並みの基礎をつくりました。このベンガラ館は、明治の頃の弁柄工場を当時の姿に復元したものです。往時、この谷合いは弁柄工場が4か所ありました。吹屋を繁栄させた弁柄産業も、昭和47年の銅山の閉山に続いて昭和49年にその製造を終えました。

鉱山とベンガラの歴史を訪ねて(ベンガラ館)

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2006/04/14 - 2006/04/14

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satoshi.s

satoshi.sさん

吹屋ベンガラ(赤色顔料)は、江戸時代中期から昭和40年まで約270年間にわたって高梁市成羽町吹屋地区で生産されてベンガラです。吹屋ベンガラは品質の良さと供給の安定性から、国内随一の特産品となりました。吹屋にある広兼邸はベンガラの原料製造で富を築いた広兼氏の屋敷です。吹屋の町並みはふるさと村として活用され、笹畝坑道、ベンガラ資料館、郷土館などもあるので銅山とベンガラの歴史を訪ねてきました。
「ベンガラ館」弁柄は江戸中期(宝永4年、1707年)全国はじめて吹屋で生産されて以来、江戸末期、明治、大正と大いに繁栄を続け、吹屋町の並みの基礎をつくりました。このベンガラ館は、明治の頃の弁柄工場を当時の姿に復元したものです。往時、この谷合いは弁柄工場が4か所ありました。吹屋を繁栄させた弁柄産業も、昭和47年の銅山の閉山に続いて昭和49年にその製造を終えました。

  • 動力源(水車)

    動力源(水車)

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