今出川・北大路・北野旅行記(ブログ) 一覧に戻る
昨晩高野山から京都に移る。<br />午前中をゆっくりホテルにて過ごし、午後に大徳寺三玄院を訪れる。<br />私が訪れる中では珍しく好天に恵まれ、普段は湿気で読めなかった墓石が今日はよく判読できた。<br />忠政公の墓所を御参りし、その後に通りすがりで総見院を訪ねる。<br />ここも大徳寺の塔頭であるが一般公開をしておらず、信長公一族の墓所も非公開の寺院である。<br /> ご案内をいただいて、垣根に囲まれた織田家の廟所に詣でる。<br />右の写真はその墓所であり、正面は信長公の御廟である。<br /><br /> かねてより、忠政公の墓石の背面が石塀となっており、その向こうが道路であることに興味を持っていた。そこで、三玄院の裏手に廻ると、驚くことに高桐院の入り口であった。忠政公の墓石の真裏である。高桐院は細川忠興公夫妻に所縁ある寺院であり、細川忠興公とも忠政公は共に親交が厚かった間柄である。単なる偶然なのであろうか。余談であるが、この当時、森家と細川家の江戸藩邸も隣り合わせであった。<br /><br /><br />

大徳寺高桐院~忠政公廟の真裏に友の寺院?

0いいね!

2003/12/27 - 2003/12/27

3492位(同エリア3577件中)

0

0

正雅堂

正雅堂さん

昨晩高野山から京都に移る。
午前中をゆっくりホテルにて過ごし、午後に大徳寺三玄院を訪れる。
私が訪れる中では珍しく好天に恵まれ、普段は湿気で読めなかった墓石が今日はよく判読できた。
忠政公の墓所を御参りし、その後に通りすがりで総見院を訪ねる。
ここも大徳寺の塔頭であるが一般公開をしておらず、信長公一族の墓所も非公開の寺院である。
 ご案内をいただいて、垣根に囲まれた織田家の廟所に詣でる。
右の写真はその墓所であり、正面は信長公の御廟である。

 かねてより、忠政公の墓石の背面が石塀となっており、その向こうが道路であることに興味を持っていた。そこで、三玄院の裏手に廻ると、驚くことに高桐院の入り口であった。忠政公の墓石の真裏である。高桐院は細川忠興公夫妻に所縁ある寺院であり、細川忠興公とも忠政公は共に親交が厚かった間柄である。単なる偶然なのであろうか。余談であるが、この当時、森家と細川家の江戸藩邸も隣り合わせであった。


この旅行記のタグ

関連タグ

0いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP