2005/04/17 - 2005/04/19
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明石DSさん
「日露戦争勝利100年」:祖父従軍の足跡を追って満州へ
祖父の従軍場所とは違うが、中朝国境の町
丹東の風景を見たかったし、町の様子も見たかった。
そして何より、北朝鮮が眼前に見える国境に興味があった。
その丹東の様子を記す
平成18年4月9日(日)
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■ワゴン車で大連〜丹東へ。
一人100元(1300円)
私の前に一人助手席に座っていた男がいたので、「私以外にまだ客はいないのか?」と聞いたら「我也是。私も客だ」とのことだった。
「丹東までどのくらい掛かるのか?」と聞けば「3時間半くらい」という返事である。
ガイドブックやその他の情報では6時間くらいというのが多かったのだが、高速道路の延伸なので早くなっているのだろう
右端に見えるのが、私が飛び込みで泊まった
丹鉄大酒店 -
■丹東到着:午後1時頃(4時間)
私もそのころ運転手に「どこで降りる?」と聞かれたが、予約のホテルの名前も忘れていたので「丹東駅前でいい」と返事をした。
右手に鴨緑江らしき河が見えたので運転手に「これが鴨緑江か?」と聞いたら「そう、これが鴨緑江だ」との返事。
2年前に行った中朝国境の図們江と違って大河であり水量も多い。対岸は北朝鮮の新義州市なのだ・・・。また北朝鮮が見える町にやって来たぞ!である。
丹東駅前には1:00頃到着、所要時間は4時間であった。
ホテルは一応予約していたのだが、ガイドブックの地図で見て想像していた丹東市よりも大きく感じたし、駅前から歩くのも方角も分からず邪魔くさいから駅前の丹鉄大酒店に飛び込みで入って行った。
まだ時間も早いし、ふっかけられても何処にでも行けるし・・・である。
フロントで交渉したら、案の定ガイドブックより高い金額の180元というので「再便宜点ル:もっと安く」と言うと、本と同じ一泊150元(1950円)と言うので二泊ここで泊まることにした。
遠くの景色は北朝鮮・新義州
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丹鉄大酒店の私の部屋から
駅前広場を写す
フロントの二人の少姐も少し年期は入っていたが感じが良かったし・・・。
14階の1402号室が私の部屋である。窓からの眺望も良かった。鴨緑江大橋も北朝鮮も少し距離はあるが十分に見える。
駅前広場にはでっかい毛沢東像が立っていた。いつになってもこの像は引き倒されることは無いのであろうか・・・。
共産主義は最悪なのに。 -
何時まで立ってるのだろうか??
マオズードン -
実は大連に着いて電子辞書を持ってくるのを忘れたのに気がついた。
これこそが頼みの綱というところも有ったのに、でなければ知っている言葉以外は分からない(当然だが)
でも今更仕方ないので一服して早速、辞書を買いに出て行った。
地図に新華書店があったのでそっちを目指して歩いたが、結局入ったのは別の書店で38元の辞書を何も言わなくても32元(416円)にしてくれた。
これで少し安心。もっとも最後までほとんど?いや皆無?使うことは無かったが、ハハハ。
向こうに見えるのは鴨緑江 -
■中朝国境の河、鴨緑江。
本屋を出て鴨緑江を目指して歩いた。10分くらいで着いたと思う。
あの憎っくき金正日が列車で通る鉄橋が目の前に現れた。そして、その横100メートル下流には朝鮮戦争で米軍の爆撃によって寸断された断橋が並んでいる。
いろんなものを通してよく見ていた景色が実際に自分の眼前にある。思えば遠くに来たものだ・・・か。
旅ならではの感傷にふけれる時だ。 -
国境と言うのは日本人の私にはあまり馴染みがない。実感もない。
だからこそなのだろうか・・・地続きの国境というのものに凄く惹かれるのだ。
ちょっと空高くから見れば、そこには何の区切りも無く、境もない。しかし現実の下界には、厳然たる壁があり、違いがあり、簡単には決して行き来できない見えない圧力がある。
私が拉致被害者の親なら、ここまで来てしまったらしゃにむに向こうに行ってしまうかもしれない・・・。きっと・・・。 -
鴨緑江大橋・・・手前の公園で歌を歌っていた
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■ボートに乗って北朝鮮側へ
その場所には図們と同じように、目に見えた緊張感は何も無い。
互いに鴨緑江を隔てても日々の生活の営みが有るだけだ。きっと何処でもそうだろう。
例え、今が戦争の真っ最中でも人は日々生きねばならないから。
とりあえず、遊覧のモーターボートに乗った。私が18元(234円)の切符を買った時、座席が二つ残っていた。
当然、私が座るつもりだったのに救命道具を着けている時、あとから二人連れがやって来た。
桟橋の服務員は当然かのように二人連れを先に乗せボートは出発した。 -
これが中国だし・・・もうこんなのには慣れている。
ふて腐れても損なだけだ。
私は船着場で景色をのんびり眺めながら待っていた。
そのボートが遊覧コースを回って戻ってきたら、今度は「客一人でも出発するが、一人で乗るならあと12元(156円)要る」と言う。
まだその時は私一人しかいないし、合わせて30元(390円)ホンマ日本円に換算すれば安いもんだし、貸切で乗るのも良いだろうと12元を払って乗った。
俺は金持ちだぞ! -
一路、ボートは二本の橋の下を潜り抜け北朝鮮側に向かった。
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すぐそこに北朝鮮の大地があり、生活があり、北朝鮮人の人々が船の上や、あちこちに普通に居た。
まるで、動物園の見慣れない生物を見に行くように・・・観察するかのように、中国側から船が向かって行く。
見る方はともかく、見られる方の気持ちは??一体どんなものなのか、そんなもん、どうでも構うもんかである。 -
座礁している北朝鮮の船
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きっと奴らも「この、くそったれ!」って思っているだろう。
そうだ見世物小屋の奇異な見世物を見に行くが如く。
それくらい愚かな国だぞ北朝鮮は。
私は興味深々北朝鮮側を食い入るように見続けデジカメで写真を撮った。
一日も早く崩壊しろ!北朝鮮よ!その時に、又来よう。そしてここから朝鮮に渡ってやろう。 -
北朝鮮側を写す
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北朝鮮の直ぐ傍まで接近する・・・
彼らは漁師なのか? -
北朝鮮の直ぐ傍まで接近する・
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北朝鮮の直ぐ傍まで接近する・
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鴨緑江で遊覧ボートから
丹東側を望む -
ボートは北朝鮮側の岸辺を平行に走り、あっという間に船着場に戻ってきた。
次は鴨緑江の断橋公園に行った。 -
鴨緑江を背景に記念撮影
何の??
観光の?
彼らは韓国人なのかも・・・韓国からの観光客は多かった。 -
1909年、明治42年に日本が作り始め、二年後の1911年、明治44年に完成した。
朝鮮戦争の時に米軍の爆撃で途中で破壊されたものを補修し観光橋となっている。
今も使われている第二橋梁の全長は946メートル。
橋の上には道路一本と鉄道一本がある。
トラックなどが交互にゆっくりゆっくりの速度で行き来していた。 -
断橋公園
入場料15元(195円)である。 -
断橋の先端に行ったら土産物屋があり女性二人と男性一人の服務員が居た。
双眼鏡が備えられていて2元(26円)で見た。
店のお姉ちゃん?たちが「結婚、結婚」と対岸を指差して言うので何かと思って、その方向を見れば、ちょうど対岸の右手前方に北朝鮮の会館のようなものが建っており、結婚式のあとの新婚夫婦がみんなに祝福されながら写真を撮っていた。
男性はスーツ、女性はチマチョゴリの正装なのだろう。
こちら側と変らぬ光景が向こうにもある。こっち側に華やかさを見せるための情けないが精一杯の手段なんだろう。
その他、岸辺で女性の洗濯姿があり・・・と言っても華やかな結婚式の直ぐ手前の川辺で、普段着の女性の洗濯姿というのもちょっと異様に感じる。
子供たちの遊ぶ姿、この橋の正面には公園のようなものがありゴンドラが見えるが、双眼鏡で見れば錆付き人の姿も無く動く気配など微塵も無かった。 -
店の女性二人の服務員は軍服のオーバーコートのような物を着ていた。
おっちゃんは双眼鏡の時間も関係ないのか、「もっと見ていて良いよ:那辺、看一看」と言ってくれ、違う方向を見やすいように椅子をどけてくれたりする気のいい人たちであった。
二人の女性の内、一昔前の美人がポラロイドの記念写真を勧めるので一枚撮ってもらった。
北朝鮮を背景に、15元(195円)である。
そして「こっちでも・・・・もう一枚」と言うので「一張15元、両張30元・・不要」と私が笑いながら言うと、ニコッとして私のデジカメで場所を変えて撮ってくれた。
そこでしばらく三人と話をし、「又、明日も来るから」と言ってその場を去った。 -
■おばあさん三輪タクシーにはねられる
その後、公園を出ると目の前でおばあさんが三輪タクシーにはねられた。
最初しばらく気を失っていたようだが、みんなが声を掛けると意識は戻ったようだ。
顔のデコ付近から出血もあり転倒や接触の際の打撲もあるに違いない。警察や救急を呼ぶのではなく、その三輪におばあさんを担ぎ乗せ走り去って行った。
とにかく交通事故だけは中国旅行どこでも油断大敵だ。
1年の死者も軽く10万人を超えているらしいし傷者となると天文学的数字だろう。それに病院が粗末だし。 -
続いて車の接触事故に遭遇
交通事故には気をつけて -
ちょっと早かったけど夕食を食べに小奇麗なレストランに入った。
ここもいろんな料理が皿に盛られて並んであり、その皿を見て注文するのである。肉と野菜の盛り合わせのようなものと、スープを一椀、小メシを頼んだ。
■今日は17日の日曜日。
中国各地は反日デモで荒れているのに、ここはまるで関係ないようだ。
反日の嵐の騒ぎを知っているのか?知らないのか?私に「韓国人か?」と聞いてくるので「違う、私は日本人だ」と言うと、この店の美人若奥さんも少姐も少年も、嘘偽りの無い笑顔でニコッとしてくれる。
いつも大概はそうだ・・・。今までに日本人だと言って嫌な顔をされた記憶は無い。
おまけにこの店の主人であろう老人がわざわざ私の席までやって来て満面の笑みで「良く来てくれました・・・」と両手で握手を求められた。私も立ち上がり握手をした。
出てきた料理はやはり量は多かった。スープの量も5人分くらいはある。もっとも一人で食事に入ってくるのはまずいないのだろう。
店で働く若い少年も日本人の私が気になるのか、「サシミはどうか?ここにもありますよ」と知っている日本語で話し掛けてくる。
人懐っこそうな少年だった。どう見ても彼らは反日には思えない。
■食後の散歩
食後の散歩に鴨緑江川岸に沿ってある公園を東に歩いた。 -
途中携帯(中国の)で日本に居る家内に電話を掛けたら「今、公園でみんなと夜桜見物・・・」と言っていた。
私が「今、目の前に北朝鮮の町が見えて金正日が渡った鉄橋のすぐ傍から電話をしている・・」と言っても反応は「・・・・・」で、何も無かった(笑)。
歩きまくって疲れてホテルに戻った。明日はどうなるか・・・。 -
平成17年4月18日
朝7:30頃バイキング形式の朝食を食べた。朝食は大概のホテルで宿泊費に含まれている。
朝の7時頃、自分の携帯で昨日、200元(2600円)で6時間の貸切を予約したタクシーのMU玉香に電話をし今日の待ち合わせの確認をした・・・が、声が寝ぼけていた。
8時過ぎに歩いて鴨緑江に向かった。
朝8時過ぎ、駅前から鴨緑江に向かう丹東市内 -
虎山に向かう:河の向こう側は北朝鮮
9時から午後3時までの貸切タクシーでの一日観光の始まりである。
ほどなく、玉香が来て出発。最初の目的地である虎山長城に向かう。 -
虎山に向かう前に、まず中国銀行に行って両替をした。中国到着して初めての両替だ。
中国銀行の前にタクシーで乗りつけたら、早速、個人の両替商の者たちが二人ほど寄ってきた。
そして730元だとかと言っていたが、私が「780元」と言うと、「そんなに高くない」と言ってひつこくまとわりつくので、「じゃあ先に銀行に行って聞くから・・・」と銀行に入って行き窓口に向かうと、両替商のおっさんの一人も付いて来た。
窓口の女性に「両替したいけど、日本円は今1万円が人民元で幾ら?」と聞いたら「761元」と言うので、後ろの席に座っていた“おっさん”に「761元」と言うと、おっさんが「762元」と言うので、そのおっさんと両替をした。
私もだてに中国旅行を何度もしているのではないぞ・・・。なんて、一人ほくそえんでいたのだが、まあ、今回は成功だったが。
しゃくなのは玉香が、私に先に奴らとの両替を勧めやがったことだ。同朋意識、仲間意識なのだろう。ふざけやがって・・。まあ許してやるが、日本人=金持ち。それは日本人の努力の賜物だろう。
帰国してから長男にこのことを自慢気に話をしたら「ちぇ、たった1元プラスか・・・」と一笑された。
ホンマ良く考えれば3万円の両替で3元(39円)得しただけだった。(苦笑) -
虎山は万里の長城の東の端だと確認された・・・なんて中共政府は能書きを言ってるが、嘘っぱちだろう。
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元々満州は支那人にとって「化外の地」であって中華圏には属していない。これも領土拡張の嘘偽りだ。
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1992年に修復されたとあるがまるで新品だし、“先っぽだけ”があるのはふざけすぎだろう。まあ眺めは良かったし、歩いた、登った、疲れた、運動になった。
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タクシーの運転手の玉香さん:16歳の娘が一人
頂上まで入り口から40分くらい掛かった。
何せ、急ぐ旅ではないし風景は絶品だ。国境を眺め、北朝鮮を眼下にしながら歩くも面白い。
俺はここまで来てるのだ!と思いながら・・・。頂上は360度、眺望は抜群で身近に北朝鮮が広い範囲で見渡せる。 -
ゆっくりしても時間貸しの契約だから玉香も文句は言わない。
・・・どころか、それの方が走る距離も少なくて良いのだろう。気が済むまでゆっくり見た。 -
虎山長城の嘘八百:綺麗過ぎる遺跡???
こんなもの出鱈目だ。 -
虎山で意外にも?玉香が「今後、中国と日本が戦争になったら、あなたは戦争に参加するの?」と聞いてきた。
私は「そりゃあ日本人だから中国と戦うぞ」と言ったら、玉香は「私は戦わない」と言っていた。
反日、反日と騒いでいるので「あんたたち中国人は、日本と日本人が嫌いだろう」と聞いても面と向かって嫌いだとはやはり誰しも言えないようだ。 -
「日本語を学ぶのは良いが、韓国語を学ぶのは不好」と中国人はすぐに言う。
今までの宗主国、中国が今では韓国に経済的優位な立場に立たれているのが悔しいようだ。 -
■途中で食堂に入った。
昼食、二人で76元(988円)4品、ポテト風の芋料理、美味かった。
肉じゃが風。貝と肉料理。計4品であった。やはり食べきれず玉香が持ち帰りのパックに詰めて貰っていた。 -
玉香と二人で食べた昼食
これで76元(988円)4品
安い、旨かった。
1000円でお釣りが・・・ホンマ -
玉香さんののタクシー
貸切りで〜す。
錦山亭 -
この山は健康登山のように手ごろな高さで頂上からの眺めは最高なので、月曜日の昼下がりのこんな時間も多くの中国人老人が登っていた。
そして降りて来ていた。そこをタクシーで登山者をかわしながらあっという間に頂上に。
頂上には錦江亭という三階建ての建物があり最上階には、ここでもやはり有料の双眼鏡が備え付けてあった。料金は2元。玉香が払ってくれた。 -
錦山亭の三階から北朝鮮方向を望む
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錦江山公園の公衆トイレ
ゆっくりとそこで眺めて、一度下に下りて公衆トイレなるものに入ったが、上海郊外で一度入った超汚い公衆トイレと一緒だった。
最悪である。仕切りも何も無く、あるのは穴と溝とそこに溢れんばかりの汚物である。足の踏み場も無い様相だ・・・。 -
ここに溥儀が着たらしい、
戦前は丹東ではなく「安東」と言う地名だった -
鴨緑江まで戻り貸切タクシーを降り
■今度は遊覧大船に乗る
20元(260円)だった。案の定、船は北朝鮮の岸辺に一目散に向かった。 -
こっちの船には韓国人の観光客が乗っているらしく韓国語で、おっちゃんが船に乗ってこっちを見ている北の少年たちに「アンニョンハシムニカ!」と大きな声で言うと、北の子供たちが手を振りながら応えていた。
まだ結構寒いのに水辺で裸で遊んでいる子供たちもいた。 -
北朝鮮の人々
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