2006/04/05 - 2006/04/05
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井上@打浦橋@上海さん
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プーシキン像を後にして、短い道・桃江路を行き、烏魯木斉路に入り、北へ向かいます。
途中にあります由緒ある華山医院やユダヤ人財閥・カドゥーリのお屋敷などにも立ち寄りました。どちらにも立派な庭園がありまして、そこの緑も若葉が目を吹き、春真っ盛り一歩手前という趣きでした。
表紙の写真は、烏魯木斉中路が淮海中路と交差するところにある公園の中の銅像です。耳が4つある人です。いや、名前に耳が4つあるのです。彼は中国国歌・・・オリンピックで中国の選手が1位のお立ち台に上がった時に流れるメロディーです。皆さんも、聴けば、アレか、とスグ分かる、あの勇ましい曲です。・・・・・の作曲者です。彼の名は聶耳と言います。彼は、どういうわけだか日本の藤沢で海水浴中に亡くなってしまうんです。
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さて、桃江路を行きます。
フランス租界時代の呼び名はRoute Henri Riviereです。
漢字表記は恩利和路です。
桃江路は短い道でして300mくらいなものでしょう。
西端が烏魯木斉中路、東端が岳陽路となる道でして、東平路の北を並行して走る道です。
ということで桃江路が東から西への一方通行路で、東平路が、その逆の一方通行路となります。
左側(南側)には、古くて趣のある住居が並びます。 -
宝慶路との交差点です。
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これが宝慶路です。
宝慶路も短い道でして、ここで始まり、淮海中路にぶつかって終わる300mくらいの道です。
徐家匯から斜めに延びてくる衡山路に連なる道です。 -
宝慶路を越えて桃江路を行きます。
ココの街路樹はプラタナスではありませんね。
常緑樹なのか、あるいは、若葉が吹き出すのが早いのか・・・。 -
街路樹の緑が鮮やかな桃江路に並ぶレストランです。
1つは新吉士酒楼、もう1つは日本式焼肉・桃江苑です。
新吉士酒楼は新天地にも有りますが、上海料理が基本の店で外婆紅焼肉が評判らしいです。
桃江苑は下記が詳しいです。
http://r.gnavi.co.jp/shanghai/jp/i634151/ -
桃江路は、向こうの道・烏魯木斉中路にぶつかって終わります。
前の車の右側にオマリーズがあります。 -
コレがアイリッシュ・パブのオマリーズです。
どういうわけだか、庭には子供が遊ぶためのこんなモノが・・。昔は、こんなの無かったのに。
私は6・7年前に一度だけ来たことあります。確かにアイリッシュ・フォークっぽい曲のライブをやってましたね。
オコーナーとかオドネルとかオブライエンとかオハラとか「オ」が付く名はアイルランド系ってことらしいですね。
オハラと言えばスカーレット・オハラにモーリン・オハラ。どちらも気の強い女性です。 -
店の中の様子です。
日本人の親子が3組ほどいました。
午後2時をチョイすぎた頃ですので、ランチを食べ終えて、子供は庭でお遊びっていうことなんでしょう。
子供は今は春休みと言うことでしょう。 -
桃江路の西端・南側にある「品川」と言うレストランです。
日本料理屋かと思いましたが四川料理屋のようです。
日本語のメニューがおいてあるらしいです。
店の名の「品川」と合わせますと、やはり日本人が関連してるのかもしれません。 -
桃江路と烏魯木斉中路角には小さな公園がありました。
片隅ではトランプをしてる人達がいました。 -
桃江路から烏魯木斉中路に入り、北へ向かいます。
いや、この辺りはまだ烏魯木斉南路ですね。向こうに見えます淮海中路を越えますと中路になります。
烏魯木斉南路のフランス租界時代の呼び名はRoute Dufourです。
漢字表記は巨福路です。
この辺りは各国の領事館が多いのです。
右の黄色い壁の内側にはフランス総領事館があり、左のクリーム色の壁の中にはアメリカ総領事館があります。 -
淮海中路との交差点に来ました。
左のクリーム色の壁の中がアメリカ総領事館ですね。星条旗が見えます。
昔の豊田佐吉邸だったとか・・・・
以前、日本総領事館もこの辺りにありました。 -
淮海中路を渡りますと、烏魯木斉南路は中路に変わります。その烏魯木斉中路の右に、このような小さな公園があります。
この公園は淮海中路と復興西路と烏魯木斉中路に囲まれていますので三角形をしています。
その公園にあるのが表紙の耳が4つある人の銅像ですね。
この公園の昔の呼び名は宝昌公園です。フランス租界の公董局初代長官のBrunat(宝昌)を記念して命名されたそうです。 -
聶耳さんの後姿が見えます。
1992年彼の生誕80周年を記念して建てられたそうです。
彼は雲南出身らしいですね。そして1912年生まれで1935年に亡くなったとか・・・また随分若くして亡くなったんですね。
なぜに、1935年に日本に居たのか、留学だったんでしょうか。 -
さて烏魯木斉中路を北へ行きます。
最初にぶつかるのが五原路です。
烏魯木斉中路のフランス租界時代の呼び名はRoute Alfread Magyです。漢字表記は美路です。 -
五原路を越えたところに有りました。
緑のポストですね。郵政信筒と言うんですね。
1日3回、回収するようですね。このポストでは9:29と13:59と17時29のようです。 -
右側には高層マンションが見えてきました。
一番右はオフィスビルですね。
手前の敷地は更地ですね。いずれココにもオフィスビルかマンションが出来るのでしょう。 -
まもなく安福路を横断します。
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コレが烏魯木斉中路と安福路の北東角にあります高層マンションです。名前は匯賢居(The Summit)と言うらしいです。なんかスゴイ名前ですね。
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コレがその匯賢居(The Summit)の敷地内です。
http://www.chinainvestment.jp/estate/detailSale/B01-001356.htm
を見ますと、日本の投資家にも売り出してるようですね。
平米当たり5500ドルですって・・・・45000元ですね。
145?、3LDKがUSD79.8万ですって・・・・・・アチョー!!
家賃はと言うと・・・165?の3LDKが24000元(日本円36万円)ですね。 -
コレは安福路です。向こうが東ですね。安福路も綺麗になりました。
右に見えるのが匯賢居(The Summit)で、左が高層オフィスビルです。 -
安福路を越えて烏魯木斉中路を北へ行きます。
自転車が綺麗に並べられていますね。
前の黄色い服を着た女性が駐輪場の管理人なんでしょう。 -
この左には華山医院があります。
そこを散策します。 -
華山医院に入り振り返りました。向こうの道が烏魯木斉中路ですね。正面に見えます煉瓦造りの建物は、なかなか趣がありました。
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こちらが華山医院の敷地内です。
上海歴史ガイドマップによりますと・・・・上海医科大学付属の総合病院。前身は1907年に中国紅字会の大清医院やアメリカ教会系の医学校が合併して創設されたハーバード医学院。1912年中国紅十字会総医院。名称の変遷をえて1965年より現称。・・・・となっています。 -
こちらが華山医院の敷地内です。
上海歴史ガイドマップによりますと・・・・上海医科大学付属の総合病院。前身は1907年に中国紅字会の大清医院やアメリカ教会系の医学校が合併して創設されたハーバード医学院。1912年中国紅十字会総医院。名称の変遷をえて1965年より現称。・・・・となっています。 -
こちらが華山医院の庭園です。もともとは、周純卿の中国風の個人庭園だったとか。当時の名は周家花園。1952年から病院敷地の一部になったようです。
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庭園の樹木は皆、若葉が芽を吹き始めています。
花を満開に咲かせてる木も有ります。 -
池の淵の樹木も若葉だらけです。
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庭園から医院側を眺めました。
たった1つ残っています古い煉瓦造りの建物が見えます。
左に座ってる3人は、入院患者と見舞いに来た家族でしょう。 -
華山医院の庭園から華山路へ出ました。
また烏魯木斉中路に戻る為、華山路を東へ行きます。 -
華山路から烏魯木斉路に入り北に行きますと、烏魯木斉路は烏魯木斉北路になります。
右に見えます建物は上海賓館です。4星ホテルですね。 -
烏魯木斉北路を更に北に行きます。延安西路との交差点が見えてきました。
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延安西路を越えて右に見えてくるのがこの建物です。
上海市少年宮です。
少年宮とは少年少女(6歳から15歳)の学校外教育施設です。絵画、舞踏、音楽、書道などの芸術関係、武術・囲碁・象棋などのスポーツ、コンピュータなどの科学教育、英会話……など、あらゆるカリキュラムが設置されている施設です。
昔は公費でまかなわれていたようですが、今は各家庭の負担部分が多くなってるとか。
昔は、ココはユダヤの大金持ちのお屋敷と庭園でした。
この写真は延安西路側の柵越しに撮りました。 -
烏魯木斉北路から南京西路に入り西へ向かい、南京西路沿いの出入り口から少年宮の敷地に入りました。
建物の正面斜めから撮りました。
この建物、昔は大理石大廈あるいは嘉道理公館と言われていました。
上海歴史ガイドマップによりますと・・・・・・
英国籍ユダヤ人財閥カドーリSir.Elly Kadoorie(1867-1944)の邸宅。1919年着工、1924年竣工。1929年上に1階分を建て増す。すべてイタリアから運んだ大理石で建てられるた宮殿風の豪邸。カドーリはバクダッドに生まれ、香港のサッスーン商会を経て、上海に活動の拠点を置く。1953年より上海少年宮として使用。宋慶齢により創設され、正式名称は中国福利会少年宮。子供達に様々な課外活動の場を提供している。・・・・・となっています。
以前、上海歴史散歩で中を見学させて頂きましたが、内部も素晴らしかったです。大きな舞踏ホールがありまして、そこの支柱は、勿論全て大理石。昔は舞踏会などが催されていたんでしょう。そこで、上海の少年少女が踊りの稽古をしていました。トイレの小便用の便器もやけにドデカイんですが、コレも大理石。
こういうところで、課外活動が受けられるってのは素晴らしいことですね。今では費用も掛かるのだと思いますので、良家の子女が多いのかもしれません。そして、こういうところから上海のエリートが生まれるのかもしれません。 -
同じ敷地内にありました、子供用の遊び場の案内です。
勇敢者道路活動順知となってますね。
金曜日の午後3時〜5時、土日と休日の午前8時半〜11時半・午後1時半〜5時。
看板の下には中国福利会少年宮と書かれています。 -
コレが勇敢者道路ですね。
日本語ではなんと言うんでしょうか・・・。 -
大理石大廈の東側の玄関です。
上海の少年少女はこういうところで芸術活動ができるんですから、うらやましいです。
この建物の昔の持ち主・カドーリは、香港ペニンシュラの実質的なオーナー。
この一族は解放前後に香港に移り住んだわけですが、近々上海に戻ってくるとか。つまり、上海でもペニンシュラのホテル事業を始めると言うことです。そして、そのホテルの建設は始まりました。場所は外灘の一等地です。
それが、どこなのか・・・・興味ある方は下記をご覧ください。
「上海・裏ワイタンもなかなかなもの・前編(南京路より北)」
http://4travel.jp/traveler/dapuqiao/album/10030037/
「上海・外灘からボートで浦東へ」
http://4travel.jp/traveler/dapuqiao/album/10058157/ -
南京西路にまた戻り、東へ向かいますと、静安寺が見えてきました。
目指すそごう(久光百貨店)はその向こうに見える白っぽい建物です。 -
そごうのデパ地下で買い物を終え、また南京西路に出て、東へ向かいました。
この写真はポートマンの前ですね。
陝西北路まで行き、41路のバスに乗って帰りました。 -
さて、コレがこの日、そごうの地下で買ったものです。左上から、時計回りで・・・
「どん兵衛きつねうどん・東兵衛素鶏烏冬面・16.5元」
「どん兵衛天ぷらうどん・東兵衛天婦羅烏冬面・16.5元」
「小凡うどん・小凡烏冬面(上海製)・2.9元」
「にんべんのつゆの素360ml・仁辺露汁・36元」「烏冬麺・烏東面(韓国製)・3.5元」
その他ハンバーグなど惣菜を買いまして、合計123元です。やはり、日本食品は高い!!
私、上海では1元を60円感覚で使ってますので、7000円使ってしまった、と言う気分です。
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この旅行記へのコメント (4)
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- waterlilyさん 2009/03/17 16:02:45
- ありがとうございました。
- 井上@打浦橋@上海さま、
先程はいろいろとありがとうございました。
早速今、この旅行記を拝見、初めて聶耳氏の全体像も拝見させて頂き、感動!です。
躍動感に満ちた素敵な像ですね。
実は昨年も今年も、お正月の旅行記に聶耳氏の鵠沼の碑の写真を載せようと写して来たのですが、新春に終焉の地という碑を載せるのも相応しくないかと思い、迷った結果載せるのをやめたのでした。
井上@打浦橋@上海さまに、またも偶然そのお話を伺って、ユダヤ人街の旅行記といい、重なる偶然に驚いております。
井上@打浦橋@上海さまはその鵠沼の像をご存知かとは思いますが、もしご覧になられたことがないとしましたら、是非見て頂こうと先程パソコンの中を探したのですが、パソコンの中からも既に削除してしまっておりました。
それで、今日またお散歩を兼ねて行き、先程写して参りましたので、もし宜しければご覧くださいませ。
「2009年湘南の初春」という旅行記に載せました。
作詞家の方のことも併せて貴重なお話を教えて頂き、とても嬉しく本当にありがとうございました。
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2009/03/18 03:38:28
- RE: ありがとうございました。
- waterlilyさん、どうも。
やはり、聶耳記念碑、ご存知でしたか。
「2009年湘南の初春」を最初拝見した時、それが、出てくるかなと思ったんですが、
出てこなかった・・・ヒョッとすると、ご存知ではないのかも、となったんですが・・
そういう訳だったんですね。
そして早速お出かけになって、撮り直してきたとか・・・
フットワーク軽いですね。
いや実は、私は実際には、それを目の前にしたことないのです。
鵠沼にそれがあると聞いていただけなんです。
「2009年湘南の初春」をもう一度拝見しました、
コメント入れさせて頂きます。
-
- テル2000さん 2006/04/10 15:00:15
- 少年宮
- 家の下の子は、ここで小学校の試験の一つ、得意のダンスの試験がありました。その後このアスレチックで思い切り遊びました。子供を連れて行くには良いかもしてません。お金もかかりませんし。
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2006/04/10 16:26:14
- 少年宮・・・大理石大廈
- テル2000さん、どうも。
雨が続きそうですね、
この時期の上海は、毎年こんなもんですが、やはり雨はイヤです。
あの少年宮は立派ですね。
以前上海歴史散歩で見学させていただきましたが、全てが立派。
トイレのオシッコの便器も大理石だったような・・・。
あのホールがスゴイですね。
あそこで昔は舞踏会などあったのかもしれません。
お子さんが、そこで何かしら習ってますと、親も気軽に入れるんですか・・・
半年ほど前、日曜日に入ろうとしましたら、ダメだ、なんて言われてしまいました。
あのアスレチックというか、勇敢者道路というヤツはタダなんですか・・・。
幾らなのかな、とイロイロ看板などをチェックしましたが料金が書いてないので、
なんでかな・・なぁんて思っていたんですが・・・・
いつか娘を連れて行って遊ばせてあげます。
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