1998/08/18 - 1998/08/24
2579位(同エリア2724件中)
早島 潮さん
ケアンズ、キュランダ、アウター・グレート・バリアリーフ
平成10年8月18日(火)
ケアンズの町は、もうすっかり暗くなっていてタクシーからは外の景色ははっきり見えない。タクシーは十人乗りなので全員一台に乗ることができた。星が綺麗だと言っている人もいたが、座席の位置の関係で空を仰ぐことができない。それにしても窓の外に見えるのは椰子の木と砂糖黍畑で随分広い土地だなという印象である。そして街灯の点いている交差点で、高床式の住居を発見してやはり南方だなという印象を受けた。ほどなくマトソンプラッツアホテルへ到着した。予想していたよりも、規模が大きく外観は素晴らしいホテルである。
ホテルにはJTAの難波という若い女性が待っていてスケジュールについていろいろと世話を焼いてくれた。既に夜八時を廻った時刻である。仕事だとはいえ若い女性が責任感をもって頑張っている姿には神々しいものがある。
部屋割りが七階と九階に分散していて不便なこと夥しい。そこで安田氏がマネージャーを呼んで部屋交換の交渉をしたところ、九階に纏めて貰えることになった。難しいやりとりを英語でこなす安田氏は流石、元伊藤忠の商社マンだけあって素晴らしい能力を身につけている。今後の海外旅行を考える時、英語圏の国ではせめて、安田氏程度の会話能力は身につけたいと思ったものである。それにはヒヤリングと場数と心臓の強さだと再認識した。
平成10年8月19日(火)
昨夜は十時を廻ってしまいレストランも閉まってしまったので、パンやバナナで夕食を済ませた。
朝五時過ぎには目が覚めてしまった。湯を沸かしておいて洗面後、ビデオカメラを肩にして、海岸通りへ出てみた。大きな合歓の木の下は芝生になっており、これを通り抜けると海岸へ出る。海岸には歩道が舗装されており、既に現地の人達が老いも若きもそれぞれにショートパンツで走ったり、歩行したり、犬を歩かせたりしている。満潮時らしく海面は上がり、静かに波打っている。ホテルの直前の浜は礫石だらけである。マングローブが密生していたところを切り拓いて浜にしたらしい。左手前方にマングローブ林が見えているので、とりあえずそちらへ歩いていこうとすると、丁度右手前方の山に光がたちはじめた。日の出である。手前の海岸線から視線を前方に投げやると、さざ波のたっている海面の向こう側に濃紺に黒みがかった山並みが横たわっている。上空にはつい先程まで明けの明星が一際大きく、光彩を放って輝いていたのに、いつの間にか姿を消して、空に三条、山に二条、橙色の光の帯が輝やき始めた。空は朝焼けで朱色に変わり、山並みの色を紫色から次第に緑色に変えていく。日の出前の色の変化は実に素晴らしい。あっという間の変化である。日輪が円形の姿を現したのは六時五十分であった。眩しくてまともには目を向けられないが、ビデオカメラのファインダーから眺めていると、瞬時の太陽の形の変化を観察することができる。
日の出をビデオカメラに収めて歩きはじめると、顔を合わせた外人がグッドモーニングと声を掛けてくる。概ね若い人達は黙っているが、年配の人は必ずといってよいほど声を掛けてくる。今度は行き違う外人にこちらから、グッドモーニングと声をかけてみる。すると必ず例外なしにグッドモーニングと返ってくる。それだけでも気持ちが清々しくなってくる。
帰国して、届いていたESSの会報を見て知ったことであるが、オーストラリアでは観光振興には力を入れており、特にタウンズビル市の観光振興団体のリチャードバワー局長は「観光のポイントは一度来た人にまた戻ってきて貰うこと」として、そのためには土地の人々が時間にして3分でも、1分でもよいから観光客に話しかけることを提唱して市民運動を展開しているという。外人は一般に、気軽に挨拶をするという習慣があるように思っていたが、散歩の途中で行き交う人々に朝の挨拶の声をかけるのは、市民運動の一つの現れだったのかもしれない。
散歩をしていて挨拶をかわすことの素晴らしさを感じたことは前にもある。昨年は、一年間、京都市内の五条烏丸近くのマンションに住まいして、毎朝、五条大橋から北へ鴨川の河原を夜明けと共に歩きだし、荒神橋に至ってから折り返すことを朝の日課としていたのであるが、自分が能動的に挨拶をしかけるとどういう反応が現れるか実験してみたことがある。こちらから挨拶をすると先ず間違いなく、九十%の人は挨拶を返してくる。残りの十%の挨拶を返してこない人は決まって若い人である。そして特に、若い女性である。日本は治安の良いことでは世界でも指折りの国であるが、それでもたまには女性の一人歩きが事件に巻き込まれるということがあるので、若い女性は安全確保の観点から、当方の挨拶を無視するのであろうと理解していた。この傾向はケアンズでも見受けられた。若い女性はこちらの挨拶に対して、無視していく人が多いのである。変なオジサンではないというのにッタクモウ!
遊歩道の終点であり、且つ出発点でもある舟形の建物の中では、十人ばかりの人が集まって、宗教儀式めいた行為をしているのを目撃した。登る朝日を背後にして太陽エネルギーを体内に取り込んでいるような仕種がみられた。ビデオカメラで撮影していることがわかると、司祭者らしい太った白人女性が視線を投げかけてきてニッコリ微笑んだ。私も右手を挙げて挨拶を返した。浜辺のベンチでは若いカップルが男の膝の上に女が馬乗りになり、朝から熱いキスで夢中になっていた。カメラを向けるのも悪いような気がして、海浜で餌を漁る白い鳥の群れを撮影しながら、ついでにカメラを素早く回して瞬時、盗み撮りをした。
ホテルへ帰ると皆起き出してきて、朝食の用意を始める所であった。昨日のスケジュールの打ち合わせではオプショナルツアーに参加する費用として乗馬75$、キュランダ観光150$、グレートバリアリーフ観光140$、ターリーリバーラフティング128$と計493$必要となる。しかし、成田では300ドル程度しか両替していないので、現地通貨を調達する必要がある。そこで皆で、市内へ出掛けることにした。フロントへ立ち寄ると関西組の中山夫妻と斎賀氏が到着したところであった。
シティバンクのキャッシュカードを持参しているので、能書き通り、このカードで現地通貨を引き出せるのか実験をしてみたかったが、なかなかシテイバンクのATMが見つからない。用意してきた日本円を両替して貰う方が手っとり早くてよいかなと考えながら歩いていると、案内書にも紹介されているトーマスクックという交換率のいい店を発見したので、ここで両替してもらい、マーケットで食料品を購入して帰った。午後から、迎えのバスで乗馬に出掛けた。
初めての乗馬なので、どんなことになるか心配であったが、若い日本人女性や男性がいきいきした顔で働いているので、内心言葉の問題で悩まなくてもいいなとホットした。最初馬を与えられて、騎乗してから日本語でガイドからたずな捌きの説明があった。幾つかの馬にたいする命令が、たずなの扱い方によってなされることが説明された。見本も示された。一通り説明を受けたが全部覚えているかどうか覚束ないところがある。もう一度復習してくれるといいのだがと思っていると、そのあといきなり、隊列を組んで歩行の開始である。林の中の坂道を上がったり下ったり、身の丈以上もあるブッシュの中を草を分けながら進んだり、川を渡ったりと初心者に対していきなり、実地の体験をさせるのである。軽い駆け足をしたときには、尾てい骨の皮が擦りむけるやら、落馬しやしないかと必死に鐙を踏みしめるやらで、まことにスリリングな体験であった。ここでまたオーストラリヤ人の観光に対するとらえ方の違いをはっきり感じた。
観光による異文化の理解ということもさることながら、「観光は個人の楽しみのため」というコンセプトが観光する人の側にもプロモートする側にも徹底しているということである。日本であれば、安全対策がどうの、訓練期間がどうのという問題が発生して、今回の乗馬のように手軽には楽しめないのではないかと思う。楽しむためには観るだけでなく参加することである。この当たりの基本的な認識の違いがあるのではなかろうか。ここであるソフトハウスの社長が言っていた、楽しいレジャーの要件を思い出した。その一は、ある程度の危険が内包されていること。その二は、ある程度金のかかること、そして最後に自分の技術力でコントロール出来ることというのであるが、核心をついている卓見だと思った。
帰りのバスの中でワーキング・ホリデイでオーストラリヤに滞在している大学生の男子と隣合わせになったので聞いてみると、彼はこの牧場で働くかどうかを決めるために今日は現地見学にきたというのである。たまたま、近く契約終了で牧場を去る日本男子の後任として人を募集しているのを知って応募してきたというのである。カナダやタイ等で放浪した経験があるらしい。労働条件は宿泊所と三食を提供されるだけで、賃金は支給されないから小遣いと交通費は自己負担であるとのことである。彼らの主たる狙いは英会話が堪能になることと異国の文化を肌で感じ、変わった体験をすることにあるようである。それにしても若い日本人男女が溌剌として働いている姿は逞しいの一言に尽きる。
夕食はピアマーケット内のハーバービューという中華料理のレストランで会食をしたが相対に旨い味付けであった。焼き飯、焼きそばの味が特によかったようだ。
平成10年8月20日(木)
昨夜は全員揃って顔合わせの夕食を楽しんだが、今日は全員揃っての朝食である。いつもの習慣で5時には目が覚めてしまう。散歩にでる前に湯でも沸かしておこうと用意をしていると中山氏が起き出してきて、今朝はにぎり飯を作ろうということになった。真空パックされたご飯の袋の説明を読むと袋に穴を3個ほど開けてから電子レンジにかけるようにと書いてある。熱湯で調理する方法もその下に書いてあるが、生憎値段表が糊張りされていて説明文がよく読めない。レンジが2分で湯炊きが15分だということも分かっている。加熱されるから中の空気を抜く為に穴を開けるのだなと理解して、レンジと湯炊きは調理時間の相違だけだと判断して、袋に穴を開けて調理を始めた。加熱されて空気が膨脹し爆発する危険のことだけにとらわれていた。炊きあがった頃、夫人達が集まってきてお握りを始めた。見ているとどうも様子がおかしい。ご飯が柔らかくてお粥のようだと言っている。そこではたと気がついた。穴を開けたから水が外から入り、お粥になったのだ。レンジの時は水が入る心配はないから穴を開けるが、湯炊きの時は水が入るから穴は開けない。子供でも分かる理屈である。寛大なメンバーのお蔭で嫌な顔一つ見せないで、食べて貰えたが、恥ずかしい体験であった。
キュランダ行きのガイドも昨日と同じ会社の松原という、これまた若い女性である。彼女は学生時代英国で一月程ホームステイをしてから英会話力を養い、卒業後高校の英語の教師になったという。夏休みに語学研修で学生を引率してオーストラリヤに来たが、魅力に取りつかれてしまったらしい。責任を果たすために担当学年が終了する三月を退職の時期と定めて、豪州移住の準備を進めたという。出身は名古屋地方の多治見市の老舗のタイル屋の娘らしい。現在ケアンズ市内にアパートを借りているが、ベッドルーム二つと居間台所、風呂と便所がついていて週当たり2万円の家賃だという。彼女の話ではオーストラリヤは電化製品は高いが、食料品は安いし、特に野菜類が豊富で安いので生活はしやすいということである。キュランダへはスカイウエイを六人乗りのゴンドラで熱帯性密林を上から眺めながら、四十五分の行程でキュランダスカイウエイ駅へ到着した。
マーケット、バタフライサンクチュアリーを見学した後、アポロジニの槍投げ、笛吹き、民俗踊りを見学した。
ブーメランも投げたし、コアラを抱いて記念撮影もした。東南アジアの島々から遠い昔、先祖が渡ってきて住み着いたらしいが、体中に白い泥で模様を描いて、腰に布切れを纏っている姿はパプアニューギニアの住人とあまり変わらないのではないかと思ったりした。
彼らアボリジニは、先住民として固有の文化を持ち、大自然の中で慎ましく平和に暮らしていた筈なのに、大航海時代にヨーロッパ人が押しかけてきて、土地を奪われ、虐殺され、辺境に追いやられて、絶滅の危機に晒されながらも、生き長らえて、今観光客の前でかつては生存手段であった槍投げやブーメランの術を、芸として披露し生活の糧を得ているのである。このようなことを考えると民族の消長、文明文化の発展、停滞と進歩等ということについて思いを致さざるをえない。日本民族は今飽食の時代を謳歌し、世界中到る所に進出して繁栄しているが、地球の温暖化と食糧問題はやがて近い将来、必ずや人類滅亡の兆しとなって現れてくるのではなかろうかという予感がする。
帰りは電車に乗ったが、長時間窓際に熱帯性密林の木々を眺めながらの道中はいささか飽きがきた。
斎賀氏は夜、毎日カジノへ行って遊び、明け方2時頃帰ってくるらしい。丈夫なものである。
平成10年8月21日(金)
朝、6時半にホテルを出てタクシー1台でパラダイスパームゴルフクラブへ行った。宇津呂弁護士の教え子にあたる中野弁護士がアレンジしてくれたゴルフ場である。中山、安田、中野の3人がスタート続いて猪原、大熊、斎賀、石村の4人がこれを追うという形でプレーは進んだ。貸しクラブのため、ちょっと短い感じがしてボールの頭ばかりを叩いて、飛距離がでない。3ホール過ぎたころからやっと感じが掴めるようになったが既にそれまでに大きくスコアを崩して、落ちつく先が目に見えたようだ。軽井沢で調子の良かった石村氏も調子がでないようだ。結局、私は58と60で散々な目にあった。只一つ最終ホールで十メートル位あるパットを一打で沈めてボギーにしたのが自慢である。 ゴルフ場のテラスで昼食をとりながら雑談していると、肌に吹きつける風が心地よい。中野氏の現地事情の話を聞いていると時間が経つのも忘れてしまうようだ。ケアンズという街は日本の大京観光がリゾート地として開発してから俄に発展した街のようで、現地に生活する農民や漁民にとってはある日突然、棚からぼた餅が落ちてきて、あれよあれよという間に生活水準が向上し、観光客が押し寄せるようになっていたということのようである。それだけにインフラが十分でなく、東南アジアと日本の不況の影響を受けて、日本人観光客が減り、経済的にも苦境にたたされているらしい。街中には貸家、空き家のビラがあちこちに散見された。
ゴルフは、午前中に終わってしまいホテルへ帰ってからは自由行動ということになったので、洗濯をしてからホテルのプールで水泳をした。女性達は蟹食べ放題ツァーに参加して、既に帰宅していた。夕食は中野弁護士推奨のイタリアレストラン(ビアマーケットの2階にある店)でスバゲッティーとピザにワインをとって全員で会食した。
平成10年8月23日(日)
関西グループはシドニーへ向かうので朝、ホテルで別れて、我々は難度3〜4のターリーリバーのラフティングに向かった。現場へ行く前にターリーカントリークラブへ立ち寄り、ティータイムを取ったが、食堂ではラフティングのビデオを放映していた。どのような遊びなのか、不安に思っていたので食い入るようにして、これを見るとゴムボートから水中へ落ちたり、転覆して大騒ぎしている場面が頻繁にでてくるではないか。思わず、緊張感が背筋を駆け抜ける。最初は履いていった靴のまま挑戦しようとしていたが、靴は必ず濡れることが分かったので、レンタルの物を借りることにした。眼鏡も外したほうが良さそうなので不自由だが、外すことにした。
ライフジャケットを着用する前に、皆に倣ってナイロン制のシャツを着用しようと探したが、いずれも馬鹿でかくて体にあいそうもないので、海水パンツ一枚の裸で、挑戦することにした。後で考えて、転落したとき岩肌にぶっつかった時、肌を露出していると擦り傷ができるのではないか等と不安感がよぎっていく。サイズが合わなくてもぶかぶかのものでも着用すべきだったかなと反省するが、もう遅い。
同じゴムボートに乗っているのは、石村夫妻、安田夫妻、見知らぬ若い日本人女性の二人連れと私と日本人ガイドの馨君で計八人である。
乗船前に指輪、イヤリング、眼鏡は危険だから外すようにと説明があったにもかかわらず、私の真向かいに乗った女性は宝石のついた指輪を外していない。これに気がついた私が指輪を外してないではないかとクレームをつけると「外れることはないから大丈夫ですよ」と平気な顔をしている。むしろ文句を付けられて不愉快だという顔をしている。私が問題にしたのは、激流でボートから投げ出される時などに、相手の顔に指輪の石が当たって大怪我をさせる場合のことを心配したのである。彼女にはその視点はなく、指輪が無くならなければ良いという視点しかないのである。プレイ中は一種の運命共同体を形成する仲間に対して、危害を加えることになるかもしれないという視点が抜け落ちているのである。たかが遊びで、言い争いをするのも大人げないと思ったので、黙認したが、世の中には、これに類した自分の都合だけしか考えていない行動が如何に多いかということの一つの証左でもある。
多少のオリエンテーションがあって、いきなり流れに漕ぎだした。ボートから落ちないように、また転覆しないようにと、緊張した動きが続く。ボート部で鍛えた経験から、全員のパドルの動きが一致していなければボートは転覆すると考えてイチニ、イチニの号令をかけたが、途中からキャッチ、ロー、キャッチ、ローに切り換えてボートの動きを仕切った。お蔭で、一度も転覆することなく、幾つかの急流を乗り切って行くと次第に慣れてきて緊張感はなくなってきた。そのうちいつしか、号令をかけるのも馬鹿馬鹿しくなってやめることにした。
暫くしてこの遊びに慣れてくる頃には、船も下流にさしかかり、激しい流れの急流も少なくなった。安全上の問題がなくなったので、同乗のガイドはわざと企んでボートを転覆するように仕組んできた。見事転覆して、私はボートの下に沈んでしまった。暫く真っ暗なボートの下でもがいてから水中深く潜り、ボート下から脱出して水面へ首を出すことができた。多少慌てていたのでしたたかに水を飲んでしまった。今日のラフティングはスリリングで面白い体験であった。わざとボートが転覆するように仕向けたのも、オーストラリヤ人が「観光は個人の楽しみのため」「楽しみはスリリングである程、思い出に残って又、来たくなる」というコンセプトを実地に演出してくれたのではなかろうかと理解している。
帰りのバスの窓から外の景色を眺めていると、山々の立木が見えるだけで、人家や人工の物は一切目に入らない。送電線すら見当たらない。旅行の最終日になって、折りにふれ感じていたことを纏めれば、次のようなことになろうか。
第一に、自然環境を非常に大切にしている国だということ。これは外国から、穀物、動植物などの食糧品を持ち込ませないという政策を堅持していることからも読み取れる。他の大陸と違った生態系を持つ豪州は、上記のような政策を堅持することによってのみ、この国独特の生態系を保護することができるからである。
第二に、観光立国として生きていこうとする国であること。私が参加した遊びは、乗馬ブーメラン投げ、パラセーリング
シュノーケルを着けての遊泳、ラフティングであるが何れも、本文中で触れたように「観光は個人の楽しみのため」というコンセプトが確立されており、プロモートする側においても徹底されているのである。これが、ホスタビリティーとして日常の接客行動に現れてくるように思える。
これはハワイでも感じたことであるが、観光客に気軽に挨拶の言葉をかけてくることにも現れているように思える。
第三に、若い日本人男女が、ワーキングホリデイ制度を使って、到る所で活躍していることである。気候的にも風土的にも日本の若者を魅きつけてやまないものがこの国にはあるということである。
第四に、海岸を散歩していて、ビニール袋や空き缶、空きビン、煙草の吸殻、紙屑が全然見当たらないことである。朝の海岸の散歩で気のついたことであるが、まだ暗いうちから備え付けのごみ箱のごみを集めて廻っている市民の姿を目撃した。最初は市の清掃局員だろうとなにげなく考えていたが、服装や人品骨柄から判断するとどうもそうではなさそうである。見たところボランティアのようである。英語力があればその辺も確かめられたであろうが・・・・ 公共の施設を大切にし且つ綺麗に使うという公徳心が市民全員に堅持され、実践されているのであろうか。 1998年8月27日記
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