1988/06/06 - 1988/06/10
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ももんがあまんさん
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ライン川から、西ドイツ中央部を北上します、ドイツの観光協会の命名によれば「メルヘン街道」とか「エリカ街道」とかの名前の付いている地域です。
写真は、その「メルヘン街道」の入り口の町、マールブルク、町の真ん中を流れるラーン川の、白鳥の親子です、マールブルクという町は、ハイデルブルクやテュービンゲンに並ぶ大学の町です、けれど、ドイツの大学の町と言うのは、ホントに、何故これほどに、環境が良いのでしょう、パチンコ屋も無ければ、ゲームセンターも、勿論、風俗産業も、見当たりません。
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マインツ
多分、市庁舎前の広場のオブジェだと思います、かなりユニークな作品だと思うけれど、何時・誰が・何を意図して作ったものなのかは、全くわかりません、ご存知の方がおられましたら、是非宜しく、ご教示を。
追記 jijidarumaさんから、以下の情報を頂きました。
マインツ市庁舎前の広場のオブジェ:
Mainzer Fastnachtsbrunnenマインツアー・ファストナハツブルネン(カーニバルの泉)と言い、シラー広場にある。9mの高さのブロンズ像は3年をかけて1967年1月に完成。
父なるライン川、僧侶、愚か者、猫、ティル・オイレンシュピーゲル(有名ないたずら者)、町の守護神の女神モグンティアなどなどの凡そ200体の人形、マインツやカーニバルの歴史と強いつながりを持つモチーフを表現しているそうです。
「ファッシング」、「ファスナハト」あるいは「カーニバル」は、特にラインラント地方やドイツの中でもカトリックの影響が強い地方の古い風習です。その中心地はマインツ、ケルン、デュッセルドルフ、ボンです。祭りは11月11日に始まり、灰の水曜日に終わります。お祭りの騒ぎがハイライトを迎えるのはいわゆる「汚れた木曜日」から灰の水曜日 (Aschenmittwoch)までの週です。バラの月曜日(Rosenmontag)には大規模なパレードが行われ、愉快な仮装をし、伝統的な民族衣装や仮面をつけてパーティーやパレードを楽しみます。この伝統の起源は冬を追い払う古い風習です。
マインツから、ラインを下ろうと、来たのですけれど、月曜はあいにく、船は、お休みとの事で、仕方なく、コブレンツまで直ちに列車で移動しました、従って、マインツの写真は、これきり、ちょっと惜しかったかも・・・。Fastnachtsbrunnen 観光名所
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ラインの風景
コブレンツで一泊して、翌日、観光船で、ラインを昇りましたけれど、今となっては、この写真が、何処の写真だったかは、残念ながら、覚えておりません。
追記 jijidarumaさんから、情報を頂きました、このお城の説明です。
ラインの風景の写真①はBurg Katzネコ城:
Sankt Goarshausenザンクト・ゴアーハウゼンの町の上にラインの古城群で最も美しく、バランスの取れた猫城がある。この城を建てたGraf Katzenelnbogenカッツェンエルンボーゲン伯爵のヴィルヘルム2世(カッツェンエルンボーゲンはドイツ語で「猫の肘」の意)の名前に因んでいる。現在も日本人が城主である。ねこ城 城・宮殿
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ラインの風景
このお城も、何処の城だか ?? とにかく、この川沿いには、やたらとお城が多いのです、これらの領主が、それぞれに関税(通行料)を課していたとすれば、商人も大変・・・??
追記 jijidarumaさんから、情報を頂きました、このお城の説明です。
ラインの風景の写真②はBurg Rheinfels ラインフェルス城:
St.Goarザンクト・ゴアーの町とライン川を見下ろす川面から115mの山上にある城址で、今はシェーンブルク城に次ぐ人気の古城ホテルになっている。正式にはSchlosshotel&Villa Rheinfelsラインフェルス城と呼ばれる。(この城もカッツェンエルンボーゲン家により1245年、ライン川の通行税徴収の目的で築城された。 ライン川地方でも強固な城塞の一つで、1688年からのプファルツ継承戦争でも仏軍の攻撃を撃退する。しかし1792年、フランス革命後のフランスの侵入、ナポレオンの侵入時には、既に近代的な砲撃に対抗できずに1794年、城は陥落する。)
ドイツ最大の廃城、大要塞も大部分が廃墟のままで、観光客を迎えている。
城址の横にホテル・レストランの本館、新館のヴィラが建てられているが、ヴィラの建つ以前、家族で宿泊もし、また日本からのお客さんの観光に、何度もお連れした場所である。ラインフェルス城 城・宮殿
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ラインの風景
こちらは、マルクスブルク城、ライン河岸の中でも、ひときわ目立つ、風光明媚な丘の上に立つ、とても格好の良いお城です。マルクスブルク城 城・宮殿
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ライン、ローレライの岩
シラーだったか誰だったか、有名な詩人の詩で有名になった岩ですけれど、どちらかと言えば、ガッカリ名所のうちに入るかも、だいたいが、現代の遊覧船に乗っていては、この川の「難所」と言うのが実感できないですし・・・
ローレライと言うのは、ギリシャ神話の、セイレーン(サイレンの語源)だそうです、川と言うのは、神話の世界では、常に、冥界への入口とされているそうで、中世ドイツのライン川も、同じように考えられていたそうです、妖女がいても、不思議は無いです。 -
アールスフェルト、市庁舎
この地方は、グリム童話「赤頭巾ちゃん」の舞台として有名なところであるそうです、村としても、とても小さな村です。
ドイツらしい、木組みの家も多いですけれど、どちらかと言えば、貧しい村だったことが、その木組みの素朴さからも窺い知れます、この市庁舎も、他の村のそれに比べて、かなり、質素です、マアでも、それでこそ「メルヘン街道」の村と言う感じですけれど。 -
アールスフェルト、街並
古い、木組みの家が、短いメインストリートに並んでいます、でも、背の高い家もあるけれど、あまり装飾的ではないし、豪華と言う感じもありません、同じ「メルヘン街道」の、ハーメルンやツェレに比べても、比較的には、貧しい村のような気がします。
けれど、故にこそ「赤頭巾ちゃん」の村に相応しいと、言えるかもしれません。 -
マールブルグ、街並
これも「メルヘン街道」に属する町、ヘッセン方伯の城 (写真後方、おぼろに映る高台の城) の残る、大学の町。
1529年には、この城で、ルター、ツヴィングリらが、宗教問答を交わしたとか。
慈善活動を讃えられ、カソリックによって聖人に列せられた (1235列聖) と言う、聖エリザベート (1231年、24才没) の教会のある町としても有名、因みに彼女は、フリードリヒ2世(神聖ローマ皇帝・シチリア王・エルサレム王)の従兄弟(チューリンゲン伯)の妻。 -
マールブルク、ラーン川
川沿いから眺める町の姿は、とても美しく、印象的です。
数組の、舟遊びに興じる若者達がいました。
パチンコやゲーセンで遊ぶ学生よりは、好感が持てます。 -
マールブルク、ラーン川
川沿いの風景です、とても気に入っている一枚、小さな滝 (大げさ??) に、街並が、とてもマッチングしています。 -
マールブルク、ラーン川
同じく、川沿いと街並の風景です、角度を変えても、美しいものは、美しい。 -
マールブルク、ラーン川
白鳥の親子、ヨーロッパでは、何処の町でも、良く見られる風景です。 -
ハーメルン、街並
1284年、この年は男と女が消え失せた年であり、130人の愛すべきハーメルンの子供達が天意によってか奪い去られた「ヨハネとパウロの日」のあの年である・・・と伝えられる伝説の町。 -
ハーメルン、街並
雨に煙って、少し暗いですけれど、わりと立派な町です、建物も、アールスフェルトなどに比べて、かなり立派です。 -
ハーメルン、ネズミ捕り男の家
ネズミ捕り男は、町の外から現れた「謎の男」のはずなのだけれど、何故、家があるのか・・・?? 良く解かりません・・・。
ただ、この伝説に、「ネズミ捕り男」のモチーフが、初めて登場するのは、1565年頃のことであるとか。
家の建築様式は「ドイツ・ルネサンス様式」か「バロック様式」か ?? 建築には詳しくないので、良く解かりませんけれど、時代的には、ちょうど良い頃でしょうか ??
ねずみ捕り男の家 建造物
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ハーメルン、笛吹き(ネズミ捕り)男の像
伝説の、一番古い資料では「引率者」となっているそうです、また、資料によっては、この男について、特に記されていないものもあるようです。
けれどやがて「笛吹き男」となり「ネズミ捕り男」となり「悪魔」にと変容する、伝説の主人公です、わりとイケ面ですね、古い資料では「30才くらいの若い男」「上等の服を着た、美しい男」と書かれたものもあるようです。 -
カッセルの街並
グリム兄弟が暮らした町です、メルヘン街道の町としては、少し大きすぎて、味気ないけれど、周辺の町へ行く基地としては、便利な町です。 古い街並も、無いわけではありません。 -
カッセル、ヴィルヘルムスヘーエ公園
この町が、メルヘン街道のイメージにそぐわないのは、この城のせいでしょうか、ヘッセン=カッセル大公の城との事ですけれど、フランスとの婚姻関係から、フランス(ロココ)の影響があるそうです、確かに、このだだっ広い庭園は、あまりドイツでは見かけない風景で、あまり、ドイツらしく無い気もして、あまり、好きでもありません。 -
ツェレ、市庁舎
ドイツ観光協会によれば、こちらは「エリカ街道」と言うのに属する町であるそうです、ドイツ人の憧れの町であるとか、美しく、豪華な木組みの家が、これでもかと並んでいます。 -
ツェレ、街並
「エリカ街道」の「エリカ」と言うのは、イギリスでは「ヒース」と呼ばれる花で、荒地に咲く赤紫色の花です。
日本でも、西田佐知子さんが歌っていましたね・・・
♪青い海を見つめて ♪伊豆の山陰に
♪エリカの花が〜 ♪咲くという〜♪
けれど、日本の伊豆にエリカの花なんて、ほんとに咲いているんでしょうか ?? 行ったことが無いので、なんとも言えませんけれど・・・あまり、聞いた事はありません、マア、あくまで歌(イメージ)ですから、例え嘘でも、べつに文句はありません、いい歌です。 -
ツェレ、街並(メインストリート)
ドイツの街並の美しさは、ヨーロッパの中でも定評のあるところですけれど、勿論それには、歴史的にも、理由があるようです。 -
ツェレ、街並
ドイツの街並の美しさには、19世紀初頭、ドイツ各地に結成された「歴史協会」が寄与していると言われています。 「歴史協会」とは、ナポレオンによる、ドイツ領邦国家の崩壊の中、ドイツ人自身のアイデンティティを求める要求の中で生まれた「地域密着型・大衆運動」の一つ(他に「合唱協会」や「読書協会」等)で、地誌の編纂や建築物の保存に力を尽くしたそうです(グリム兄弟の活動も、その一環)。
確かに、ヨーロッパ特有の、石の建造物のみならず、木造の建築物の保存状態の良さと言う点で、つくづくと、ドイツには、感心させられます、けれど、そのためには、国家の崩壊と言う経験も必要だったのですね。 -
ツェレ、ツェレ大公の城
ツェレ大公がどういう人だったのかは、良く解かりません、18世紀後半には、断絶してしまったようですけれど、でも、この町は、お城より、街並です。 お城はオマケ。 -
リューネブルク、市門
同じく、「エリカ街道」に属する町です、長居をしなかったので、印象は薄いのですけれど、かなり古い町のようです、ガイド本には1000年の昔からの「塩の道」とあります。 -
リューネブルク、街並
町を流れる、イルメナウ川の上にかかる、橋の上の風景です、建物も塔も、かなりユニークです、今度来るときは、もう少しゆっくりしてみたい気がします。 -
リューネブルク、川沿いの街並
イルメナウ川の川沿いの建物です、北ドイツ特有のスタイルでしょうか ? かなり、個性的デザインのファサードが並んでいます。
この後は、夜行で、北欧へ向いました。 -
ブレーメン、音楽隊の像
北欧の国々を、ひと廻りして、また、本場のヨーロッパに戻ってきました、この後は、フランスへ向います(夜行電車)けれど、ブレーメンで途中下車です。 -
ブレーメン、、市庁舎
音楽隊の像のある、市庁舎前の広場です、ブレーメンは、メルヘン街道の終点の町で、わりと大きい町なのですけれど、連日の夜行列車疲れで、寝不足気味、町をうろつき回る元気もありません、終日、このあたりで、ウトウトしておりました。 -
ブレーメン、聖ペトリ大聖堂
聖ペトリと言うのは、聖ペトロの事なんでしょうか ? デザイン的にはどうなんてしょうか、個性的ではありますけれど・・・・??? -
フランクフルト、レーマー広場
ヨーロッパの旅の終わり(10月27日)に訪れた、最後の町ですけれど、ついでですので、此処に入れてしまいます。
真ん中の正義の女神像が格好よい広場です。 -
フランクフルト、旧市街
同じく、レーマー広場の木組みの家です。
第二次大戦で、殆どが破壊されたフランクフルトですけれど、此処だけは、意地で再建されたようですけれど、なかなか見事なものです。 -
フランクフルト、街並
1988年現在の、フランクフルトです、ドイツ第一の、商業・金融の中心都市であり、近代都市。
これはこれで、美しい風景です。
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この旅行記へのコメント (3)
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- jijidarumaさん 2020/03/15 02:22:47
- マインツ市庁舎前の広場のオブジェya
- マインツ市庁舎前の広場のオブジェ:
Mainzer Fastnachtsbrunnenマインツアー・ファストナハツブルネン(カーニバルの泉)と言い、シラー広場にある。9mの高さのブロンズ像は3年をかけて1967年1月に完成。
父なるライン川、僧侶、愚か者、猫、ティル・オイレンシュピーゲル(有名ないたずら者)、町の守護神の女神モグンティアなどなどの凡そ200体の人形、マインツやカーニバルの歴史と強いつながりを持つモチーフを表現しているそうです。
「ファッシング」、「ファスナハト」あるいは「カーニバル」は、特にラインラント地方やドイツの中でもカトリックの影響が強い地方の古い風習です。その中心地はマインツ、ケルン、デュッセルドルフ、ボンです。祭りは11月11日に始まり、灰の水曜日に終わります。お祭りの騒ぎがハイライトを迎えるのはいわゆる「汚れた木曜日」から灰の水曜日 (Aschenmittwoch)までの週です。バラの月曜日(Rosenmontag)には大規模なパレードが行われ、愉快な仮装をし、伝統的な民族衣装や仮面をつけてパーティーやパレードを楽しみます。この伝統の起源は冬を追い払う古い風習です。
ラインの風景の写真①はBurg Katzネコ城:
Sankt Goarshausenザンクト・ゴアーハウゼンの町の上にラインの古城群で最も美しく、バランスの取れた猫城がある。この城を建てたGraf Katzenelnbogenカッツェンエルンボーゲン伯爵のヴィルヘルム2世(カッツェンエルンボーゲンはドイツ語で「猫の肘」の意)の名前に因んでいる。現在も日本人が城主である。
ラインの風景の写真②はBurg Rheinfels ラインフェルス城:
St.Goarザンクト・ゴアーの町とライン川を見下ろす川面から115mの山上にある城址で、今はシェーンブルク城に次ぐ人気の古城ホテルになっている。正式にはSchlosshotel&Villa Rheinfelsラインフェルス城と呼ばれる。(この城もカッツェンエルンボーゲン家により1245年、ライン川の通行税徴収の目的で築城された。ライン川地方でも強固な城塞の一つで、1688年からのプファルツ継承戦争でも仏軍の攻撃を撃退する。しかし1792年、フランス革命後のフランスの侵入、ナポレオンの侵入時には、既に近代的な砲撃に対抗できずに1794年、城は陥落する。)
ドイツ最大の廃城、大要塞も大部分が廃墟のままで、観光客を迎えている。
城址の横にホテル・レストランの本館、新館のヴィラが建てられているが、ヴィラの建つ以前、家族で宿泊もし、また日本からのお客さんの観光に、何度もお連れした場所である。
- jijidarumaさん からの返信 2020/03/15 02:32:50
- マインツ市庁舎前の広場のオブジェとライン川の古城写真について
- ももんがあまんさん、
今晩は。
疑問を持たれていた3点を以下に書きました。
マインツ市庁舎前の広場のオブジェ:
Mainzer Fastnachtsbrunnenマインツアー・ファストナハツブルネン(カーニバルの泉)と言い、シラー広場にある。9mの高さのブロンズ像は3年をかけて1967年1月に完成。
父なるライン川、僧侶、愚か者、猫、ティル・オイレンシュピーゲル(有名ないたずら者)、町の守護神の女神モグンティアなどなどの凡そ200体の人形、マインツやカーニバルの歴史と強いつながりを持つモチーフを表現しているそうです。
「ファッシング」、「ファスナハト」あるいは「カーニバル」は、特にラインラント地方やドイツの中でもカトリックの影響が強い地方の古い風習です。その中心地はマインツ、ケルン、デュッセルドルフ、ボンです。祭りは11月11日に始まり、灰の水曜日に終わります。お祭りの騒ぎがハイライトを迎えるのはいわゆる「汚れた木曜日」から灰の水曜日 (Aschenmittwoch)までの週です。バラの月曜日(Rosenmontag)には大規模なパレードが行われ、愉快な仮装をし、伝統的な民族衣装や仮面をつけてパーティーやパレードを楽しみます。この伝統の起源は冬を追い払う古い風習です。
ラインの風景の写真?はBurg Katzネコ城:
Sankt Goarshausenザンクト・ゴアーハウゼンの町の上にラインの古城群で最も美しく、バランスの取れた猫城がある。この城を建てたGraf Katzenelnbogenカッツェンエルンボーゲン伯爵のヴィルヘルム2世(カッツェンエルンボーゲンはドイツ語で「猫の肘」の意)の名前に因んでいる。現在も日本人が城主である。
ラインの風景の写真?はBurg Rheinfels ラインフェルス城:
St.Goarザンクト・ゴアーの町とライン川を見下ろす川面から115mの山上にある城址で、今はシェーンブルク城に次ぐ人気の古城ホテルになっている。正式にはSchlosshotel&Villa Rheinfelsラインフェルス城と呼ばれる。(この城もカッツェンエルンボーゲン家により1245年、ライン川の通行税徴収の目的で築城された。ライン川地方でも強固な城塞の一つで、1688年からのプファルツ継承戦争でも仏軍の攻撃を撃退する。しかし1792年、フランス革命後のフランスの侵入、ナポレオンの侵入時には、既に近代的な砲撃に対抗できずに1794年、城は陥落する。)
ドイツ最大の廃城、大要塞も大部分が廃墟のままで、観光客を迎えている。
城址の横にホテル・レストランの本館、新館のヴィラが建てられているが、ヴィラの建つ以前、家族で宿泊もし、また日本からのお客さんの観光に、何度もお連れした場所である。
以上ご参考までに。
(適宜、情報として旅行記に追加して書きこまれたら宜しいかと)
jijidaruma
- ももんがあまんさん からの返信 2020/03/16 09:07:56
- Re: マインツ市庁舎前の広場のオブジェya
- またまた、ありがとうございます、jijidarumaさん
(適宜、情報として旅行記に追加して書きこまれたら宜しいかと)
そうですね、前回頂いた情報も含め、追記として、旅行記に追加させて頂きますね。
有難うございました~
BY ももんがあまん
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