2005/12/31 - 2006/01/02
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ケントマイルドさん
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栄枯盛衰、悠久の都市「飛騨神岡」
年越し忘年会を神岡町の友人宅で行うのは今度で2回目。前回は飲んで騒いでただ帰って来ただけだったが・・・。今回は天気も良かったので市内を散策した。こんなちっちゃな町(失礼)に、1000年以上も続く文化があり、世界が注目する文化(研究)が今も芽生えている。
サブタイトルの「急ぐ旅なら出会えなかった」は神岡鉄道のポスターのコピー文句。今回の旅行で最後にたどり着いた最高の「一言」だった。
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東京方面からは、「平湯温泉」を経由して神岡に入った。数年前に出来た「安房トンネル」の開通により、平湯は奥飛騨の奥座敷から逆に表玄関となったように便利になった(関東側から見ると・・)
ここまでは列車とバスを乗り継いで来た。大晦日(31日)とあって、帰省客で混んでいるかと思ったが、電車(中央線)やバスも比較的乗客は少なかった。松本までは残雪(根雪というのか?)は無し。峠を越えるとそこは『雪国』だった。 -
平湯温泉から神岡までは「普通バス」を利用。乗車まで少し時間があるので、「ひらゆの森」なる温泉施設(クアハウス的存在)にて一汗流す。
この施設は、数年前のオープン時に利用してこれで3回目である。訪れる毎に改築を加えて立派になっている。ここの敷地は、そもそも三井金属(神岡鉱山)の保養所があったそうで(クチコミ情報)、今となっては一等地にこの広いスペースは商売繁盛間違い無しの場所である。
温泉にゆっくり浸かって体も温まり、冷たいビールを「ぐっ」と飲んで・・・
さてと友人の待つ神岡へ出発。 -
平湯温泉バスターミナル発、14時50分。乗客、買い物帰りのおばちゃんと2人だけ。
バスは山間の奥飛騨温泉郷を高原川に沿って走る。 -
元日の朝、晴天。
昨夜の「大宴会(?!)」の酔いも少し残っていたので、朝食の前に散歩に出かける。気温マイナス1度(これでも例年に比べれば暖かいとの事)。写真正面に見えるのが「大洞山」。家の前の路地より望む。町を歩いていても、どこからも眺めることの出来る美しい山容は、滞在中お気に入りの風景となった。 -
朝食をすませ、友人達はスキーへ出かける。私は元日から(というか、道具を持って来るのが面倒だったので・・)寒い思いで運動して怪我でもしたら大変ということで・・・パス。市内をゆっくりと散策することにした。正月元旦、町はひっそりと静まり返っていた。山間の町、空の青さと雪の白さだけが目立った。
神社を発見。さっそく今年一年の健康と・・会社の発展・幸せ・お金が貯まる・・・100円で沢山祈願した。 -
国道を挟んで神社の斜向えにある「道の駅」。正月元日なれど、ここだけはオープンしているだろうと期待していったが、残念ながらクローズだった。星の駅と銘打った施設の見学を楽しみにしていたのだが・・。
神岡町は、ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊先生の縁の地(正確には東京大学宇宙線研究所のある町)。「ニュートリノ」とは資料によると(凡人の私には資料を読んでもさっぱり理解できなかったが・・)、とにかくすごいことなのだ。宇宙の謎を解明すべく、世界がこの神岡を注目している。
元日でクローズだったので・・、中に入って見学していれば、もっと知識も豊かになっただろうに・・残念。 -
神岡城址。町を見下ろす高台(山腹か・・)に建っている。城の中(敷地内に?)は、「郷土資料館」があるらしいが当然正月元日なのでクローズ(って言うか、雪に埋もれていた)。本来「鉱山資料館」行きたかったのだが、正月じゃ・・探しても無駄でしょう。
お城の「殿様」と「神岡鉱山」の関係は・・・ということで調べてみた。城を建てた時期(戦国時代)と『茂住宗貞』なる人物が神岡鉱山を開拓して「第一次(?)黄金時代」を築いたのが同時期。どうやら「民間主導型」の繁栄みたい。ただ当時の採掘は”銀”が主流だったので、この繁栄もそう長くは続かず、その後180年以上後に「第2次(?)黄金時代」を迎えるが、それは明治維新以後の事。 -
城址を後に、町のメインストリートへ。大洞山の山麓が正面に見える。古い街並みは一見温泉街のようなたたずまい。
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橋の上より平湯・松本方面を望む。天気が良くて気持ちがいい。1000年以上前から続く鉱山の町。江戸時代に”銀”の枯渇による衰退を辿ったものの、明治時代になり西洋技術の導入により復活。”亜鉛””鉛”の採掘は飛躍的な発展をみせ「第2次黄金時代(?)」を迎えた。そして平成13年、採掘を中止。現在は鉛や金などのリサイクル等、精錬施設(工場)の稼動のみを事業の柱にしている。
栄枯盛衰、風景は変わらず残る。
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今回の旅行のメインとなった「神岡鉄道」乗車。平成18年末には廃止になると聞いて、昔は鉄道ファン(テッチャンと言うらしい・・)だった血が騒いだ。「これは乗るしかないな!」と。
昭和41年に旧国鉄神岡線として開業したこの鉄道は、さすがに三井(神岡鉱山)が肩入れしたなと思わせる雰囲気がある。軌道やトンネルに金を掛けている。神岡鉱山全盛時代の開業(友人のクチコミ)だそうで、その当時の繁栄が伺える。昭和59年に「第三セクター」となり、平成18年に終止符を打つ。ご苦労様でした。 -
乗ってビックリ。「ここは居酒屋か?」と思わせる趣向を凝らした座席。一両編成のワンマン運転なれど、「第三セクター」になってからの会社側の需要喚起策の努力が伺える。売上の8割を占めていた貨物輸送の廃止(神岡鉱山の貨物がトラック輸送に切替)が直接の要因。乗客獲得もモータリーぜーションの世の中大変である。この日の乗客も私を含めて2名。もう一人もおそらくテッチャン。こいつは運転席の後ろでかぶりつきで前方を眺めていた。
※「神岡鉄道の廃止」につきましては、会社の正式なコメント(平成17年6月)としては「平成18年末を目途として・・・判断するに至りました。」とあるだけです。したがって、存続要望の運動も実際に広がっており、その後の動向を注目したいです。(無理だろうなぁ、残すのは・・・。)
※2(2006年11月26日)廃止が決った「神岡鉄道」。最後の週末となった25・26日は、全国各地からファンが詰掛け鉄道会社も対応に苦慮したとか。最後・・、サヨウナラ。
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